第七十九話「褒賞と借金」
第七十九話「褒賞と借金」
「じゃあ戻るよ、リディ。明日には一度、メルヒオルを寄越すようにする」
「畏まりました。ローレンツ様もお気をつけて!」
「うん、ありがとう。……進発せよ!」
「はっ!」
方針の概略を決められたローレンツ様は、騎士団を率いて日の高い内に王都へと戻られてしまった。
今日の内に相談を済ませ、なるべく早く――出来るなら明日中に、メルヒオル様を団長とする外交交渉団をフレールスハイムに送る予定だと聞かされている。
ここからは時間勝負らしいけど、国同士の外交は流石に私の知恵や魔法が及ぶ範囲じゃないので、戦果と一緒に丸投げしていた。
分からないことに首を突っ込んでも、ご迷惑を掛けるだけだしね。
代わりに続々と小船や荷馬車、あるいは徒歩で、人々がノイエフレーリヒへとやってきた。
「ザムエルさん、皆さん!」
「よう、リディお嬢! とうとうやらかしたらしいな!」
「やらかしてませんって、もう……。クリストフもとんぼ返りでご苦労様」
「これならそのまま残ってた方がよかったなあ」
「そうよねえ」
うちのザムエルさん一族他、その数、各地合わせて約百人。
捕虜のお世話だけでなく、万が一にも備えた人手である。
ノイエフレーリヒの領民は二百人、流石に手が足りない。
もちろん、メルヒオル様と王政府の手配によるもので、人々と共に『王政府が買い上げた』可能な限りの食料なども到着していた。
ちなみに、こちらに来た人々も『王政府に雇われた』応援で、今のところフロイデンシュタット家のお財布からはお金が出ていない。
当然ながら、急に百人も雇うお金は我が家にはなく、捕虜に数日間食べさせられるかさえ怪しかった。
そのあたりは筒抜けというか、フロイデンシュタット家が泣きついたというか……。
幸いにして最初からご配慮いただいていたようで、後ほど与えられる褒章から相殺しようと、ローレンツ様からもお言葉を頂戴している。
つまりフロイデンシュタット家は、王政府から借金をしてるわけだ。
一応、基本の落としどころは聞かされていて、私も了承している。
まずは現在、即時必要とされている食料の調達や追加の見張りなど、一千人の捕虜を管理する費用は一旦王政府が支出し、後ほどフロイデンシュタット家が全額支払うことと決められた。
王政府としても、今後、沢山の貢納金を納めてくれそうなフロイデンシュタット家への期待だけでなく、他国との有利な交渉材料を無条件で王政府に差し出したという貢献も大きく評価……という流れでフロイデンシュタット家を支援した方がお得らしい。
王政府も手元不如意だけど、流石に我が家より幾分ましだった。
年始に徴収された税金は、今年一杯を乗り切るには不安でも、それなりに残っている。
ちなみに……何故我が家の全額負担になるかと言えば、今回の騒動で降伏した捕虜は、全てフロイデンシュタット家の『財産』と看做されるからだ。
身請け金や奴隷売買で得た利益も、当然我が家の権利になる。
人を売ってお金儲けとか、言い訳のしようもない人身売買そのものだった
ちょっとどころでなく寝覚めが悪いので、本当は遠慮したいところだけど……。
しかしながら、世の中がまだ私の知る現代社会ほど成熟しておらず、更には横紙を破った時に世間から受ける批判を考えれば、この状況を大人しく受け入れないと、フロイデンシュタット家どころか王国の屋台骨が揺らいでしまうのだ。
そのようなわけで、権利は権利として行使しないといけないんだけど、捕虜はくれぐれも丁寧に扱うようにと、ファルコさん達にも『お願い』している。
懐柔するつもりなのかと聞かれたけれど、そこは適当に誤魔化していた。
受け取り方はともかく、私の精神的安定の為にも、抵抗や叛乱の可能性を低くする為にも、なるべく平穏無事にこの問題を解決していきたいところである。
ほんとにもう、戦争がどうのこうのより、こっちの問題の方が気が重いよ……。
それからもう一つ、フロイデンシュタット家には戦争捕虜以外にも、大きな財産が転がり込んできていた。
船底を壊された四隻の軍艦――中型の戦列艦一隻と、巡航艦三隻だ。
戦列艦は海軍の主力で、水兵も沢山詰めこめて、船体も太くて頑丈だった。
巡航艦は戦列艦よりも小さくて細長いけれど、そこそこの大きさを持つし、何より船足がとてもはやい。
当然、水兵の代わりに樽を積み込んで商船に看板を架け替えてもいいわけで、壊れてるからって、そのまま放置しておくのはもったいなかった。
可能な限りはやく引き揚げて、修理する予定にしている。
グロスハイムが交渉を突っぱねて何の成果が得られなくても、とりあえずこの四隻を売り払うなり貸し出すなりすることで、王政府からの借金は返済できる算段になっていた。
お陰で私は、捕虜一千人の食費その他に加え、百人の見張りや世話人を雇うという我が家のお財布的には厳しすぎるこの状況下でも、割とお気楽でいられるのだ。
▽▽▽
「ではリヒャルディーネ嬢、彼らを借りていくぞ」
「はい、畏まりました。道中、ご無事で。……アリーセも気をつけてね」
「ありがとう、リディ」
翌早朝にやってきたメルヒオル様は、視察……というか、ファルコさんやウルリッヒさんと相談して何人もの捕虜と面談した後、艦長二名と海尉――士官や水兵から八名を選んで、フラウエンロープ号へと乗り込んだ。
艦長たちは一方的な戦争が起きたという事実の裏づけに、残りの八名は交渉の行方次第だけど、やはり交渉を有利に運ぶ為、母国へと連れ帰られる。
「では出航だ!」
「錨を上げろ!」
漁師熱の時と同じく、『暴風のハンス』が本気を出すので、フラウエンロープ号は片道四日ほどでフレールスハイムに到着する予定だった。
総督の独断が発端の戦争とはいえ、勝利を確信しているはずの相手を驚かせるなら、早い方がいいらしい。
交渉で何を得るのかまでは聞かされていないけど、何とか無事に、いい結果を引っ張ってきて欲しいなあ。
「さて、もう一頑張りしようか」
「はい、お嬢様!」
魔法城壁の中はファルコさんとウルリッヒさんに任せてるけど、廃材を利用した日よけや干したミレの茎をクッションにした寝床が作られはじめていた。
全員に行き渡るほどの数は到底望めないし、交代でどうにか使えるようになるまで、まだ数日は掛かるらしいけれど、大きな進歩である。
食事の調理と配給はイゾルデさんがまとめ、女衆が大活躍だ。
また、食糧確保の要である漁も今朝から再開し、私も埠頭に小型船用の船着場を追加して作業の効率化を図っている。
煮炊きに使う燃料の確保には、王政府の許可の下、ファルコさんの選んだ大人しめの捕虜を加えた数十人が隣の無人領へと伐採に向かい、忙しくしていた。
乾いてない生木は煙が出るとか効率が悪いとか、そんなことは言ってられない。
ちなみに伐採に参加したり、寝床作りに加わった捕虜には、夕食の汁物が大盛りで出される。
……普通なら命令して無理やりにでも働かせるし報酬もないんだけど、私の懐柔策を聞いたウルリッヒさんが上手く手配してくれたようで、初日ながらそれなりに回っているらしい。
もちろんパン屋のデニスさんに炭焼き職人のジーモンさんも、全力全開どころか人手を増やして対応してくれている。
とまあ、ノイエフレーリヒ領民の皆さんも総動員してるわけで、これは雇い賃どころかボーナスが必要だなあなんて考えながら、私はグレーテを連れて浜の西、比較的開けた場所へと向かった。
「大体の大きさしか分からないし、適当でいいかなあ」
「修理は後回しになるでしょうから、とりあえずは、陸の上に置ければ何でもいいと思います」
「それもそうだね」
私には沈没させた四隻の軍艦を引き揚げるという、大事なお仕事が待っている。
簡単な線引きは今日中に済ませ、明日から本格的に手をつける予定にしていた。




