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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第五十九話「叛乱未遂の罪と罰」

第五十九話「叛乱未遂の罪と罰」


「いま彼女をノイエフレーリヒから取り上げてごらん。あたしが煽らなくても、叛乱が起きるよ」

「何ですと!?」


 イゾルデさんの発言は、流石に皆を驚かせた。


 突然すぎるし、叛乱とは穏やかじゃない。


 でも、叛乱のきっかけになるような事も思いつかなくて、首を傾げてしまう。


 確かに私は、代官布告も沢山出したけど、お爺ちゃんを見習って無茶な押しつけにならないよう気を配っていた。


 知恵を絞ってノイエフレーリヒが豊かになる道筋をつけるつもりでいたし、それは認めて貰っている。……と思う。


 リフィッシュの試食を持ってきてくれる加工場のヘロルドさんは、いつも笑顔だ。……私が試食を口にする一瞬だけは、心配そうな顔になるけど。


 洗濯屋のまとめ役マグダレーネさんとは、代官所でお茶を飲む仲になった。最近は旦那さんの愚痴よりも、やんちゃ息子カスパルくんの心配事を聞かされることが増えている。


 パン屋のデニスさんは、用もないのに作業場へ入ってくると、火の入ってない蒸留器をしばらく眺め、にやにやしてから帰る。試飲がよっぽど楽しみらしい。


 だから、そんな皆さんのいるノイエフレーリヒが叛乱って、信じられない。


 もちろん、私が居なくなったからって叛乱を起こすほど、皆さんの心が追いつめられた状況だとも思えなかった。


 色々と口にしたし手も出したけれど、道路も井戸もリフィッシュも、私の手を離れたからって無に帰るわけじゃない。


 秘密の蒸留酒だって、蒸留器をどこかに移動すればいいだけだ。


 しばらくの沈黙の後、ローレンツ様が声を掛けられた。


「……失礼、イゾルデ殿」

「はいよ。……あんたは?」

「ローレンツ・フォン・レシュフェルトだ。メルヒオルには、いつも助けられている」


 イゾルデさんは一瞬目を見張ってから、その場に跪いた。


 洗練された作法とお年を感じさせない動きに、流石は元男爵令嬢だなあと内心でつぶやく。


「……こちらこそ大変な失礼を、『陛下』」

「許す。……メルヒオル、イゾルデ殿をそちらに」

「はっ。大叔母上、どうぞ」


 ローレンツ様はイゾルデさんをソファに座らせ、アリーセにお茶を申しつけられた。


 執務室は緊張した空気のままだけど、イゾルデさんは先ほどの勢いをどこかに置いてこられた様子だし、ローレンツ様も、叛乱の話を聞くにしては表情が穏やかすぎる。


 ……それがむしろ、恐かった。


「改めて、イゾルデ殿。私の知る限りだが、ノイエフレーリヒ代官リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタットは、領民に賦役を課すことなく領内整備を行い、強制を伴う布告も……ああ、工事中はゴーレムに近づくなという布告はあったそうだが、理不尽なものは発したことがないはず。また、領民との関係も、むしろ良好だったと聞いているが、相違ないか?」

「はい、その通りでございます」


 三者面談のような気分を引き出されつつも、お二人を見守るしかないのがもどかしい。


 もちろん、私が横から口を挟んだりすることは出来なかった。礼儀の上だけでなく、王の言葉を遮る不敬と見なされる。


「……ふむ。では、彼女を代官から解任した場合、叛乱に繋がるとは、如何なる意味なのであろうか? 代官の圧政や乱心など、元より疑いすらしなかったが、その他の原因となると、正直、想像がつかぬ」

「代官殿の転任を伺い……恐れながら、彼女を派遣した又甥、いえ、王政府も、そして我らノイエフレーリヒの民も、そして、代官殿までもが、少しづつ、叛乱に至るであろう間違いを犯していたと気付いてしまいましたのです」

「それは?」

「はい。まずは……王政府が彼女の力量を見誤り、代官として当地に派遣してしまったことです」


 正式な女官の資格を持つ彼女は、必要十分な能力を持っていると見なせる。


 ノイエフレーリヒに限らず、南大陸の各領地では徴税も最低限に単純化され、経験を積んだ本物の官僚が必要な場所は、戦略物資の木材を産するリンテレン領と、人口二千人を数えるファルケンディーク領に限られた。


 代官としては新人だが、彼女も期待に応えるべく采配を振るっていたし、その点に問題はない。

 

 しかし王政府は慣例に従い、彼女のくびきを解き放つように副業の許可を与えてしまった。

 副業は代官の収入を補う施策であり、同時に領民生活の一助ともなる。彼女は僅かな期間の内に、魔法について領民から頼られるようになっていた。


 領民生活の向上という名目の元、代官の好き放題は領民を巻き込むに至っているが、これも決して悪事ではない。


 代官のやる気に引きずられるようにして、二ヶ月の間に村の収入が僅かながら向上したと、イゾルデさんはちらりと私の方を見た。


 ……村の帳簿はイゾルデさんの預かりで、そのあたりは私よりもよくご存じである。


 しかしそれこそが、王政府の失策であった。


 普通なら、民はこの代官の元でなら村は発展すると考えるのだが、閉塞感が長く支配したこの南大陸では……。


「代官殿は王政府の意を受け、ノイエフレーリヒの発展をお考えであったのだと思います。それはとても正しい事ながら……今、代官殿を取り上げたならば、民はこれで村の発展もお終いだと思い、王政府への敵意が育ってしまうことになりましょう」

「ふむ……」

「その求心力が、一体どれほど恐ろしいものか……。代官殿は着任早々に人頭税を倍、つまりは北大陸のものと同じにしたいと、宣言されました。同時に、領民に負担を強いるつもりはないと家名に賭けて誓約され、それは現在も破られておりませぬが……」

「その報告は受けている。反発はなかったと聞いたが?」

「はい、ノイエフレーリヒはそれを受け入れました。代官殿の言葉に嘘はなく、誰に恥じることのない筋道が立てられておりました故。その上で……ノイエフレーリヒは一度、捨てられた村でございます。これが最悪の下地となり、やがて叛乱の芽が育つ元凶となりましょう」


 開拓の苦労の後、役に立たないどころか害悪であった領主を追い出し、ようやくまともな――南大陸の水準に近い暮らしぶりになったものの、住むのは食い詰め貧農の次男坊三男坊に元海賊や元山賊と、男ばかりで嫁の来手(きて)もほとんどなく、未来が閉ざされた村、ノイエフレーリヒ。


 生きることは、出来るようになった。


 だが、未来はない。


 そんなノイエフレーリヒに、私が派遣された。


 瞬く間にもたらされた、新しい道、新しい井戸、新しい産物。


 彼らはそこに、諦めていたはずの未来を見てしまった。




 領民は、辛い暮らし――これまでの暮らしに、戻れなくなったのだ。


 王政府が派遣した、私のせいで。




「代官殿は、昨日までの辛い日々の思い出と、今日のその日暮らしの諦観を捨てさせ、明日に繋がる夢を、皆に見せてしまわれたのです」

「領民を励ますのは、悪いことではないが……ああ、代官の枠を越えてやりすぎたのが、彼女の間違いか?」

「いいえ。代官殿の行動『のみ』に関して申し上げますと、それだけならば、惜しみつつも転任を見送ったことでしょう。経験が浅いとか、南大陸の現状をよく知らぬなど、些細なこと。何某かの行動の前に、必ず王政府に諮っていらっしゃったようでございますし、ご無礼な申し上げようながら、初任の代官などとはとても思えぬほど、適切な判断を行われております」

「……その通りだな」

「代官殿のお間違いは、言うなれば――」


 申し訳なさそうな表情になったイゾルデさんが、私に向き直った。




「慈しみ溢れる良き『領主』として、民に接してしまったことです」




 はっとして、イゾルデさんを見る。


 ……代官に指名されてから、私がお手本にしていたのは、『領主』であるうちのお爺ちゃんだった。


 これは本当に、反論の余地がない。


「代官と領主は似て異なるもの、治める領地が王の物か領主の物かという、決定的な違いがございます。仕事上で現れる違いが何処かと問われれば、非常に曖昧ではございますが」

「……概ね、理解した。つまるところ、彼女の解任は、ようやく手に入りそうな未来を奪うと、民に思わせてしまうわけだな? そしてそれが、他領に波及する可能性もある、と……」

「仰せの通りにございます」


 イゾルデさんの肯定に、ローレンツ様の口から大きなため息が、こぼれた。




 ▽▽▽




 仕切り直しと見てアリーセがお茶を入れ替え、アンスヘルム様が足りない椅子をまとめて運び込まれた。


 叛乱に至ってしまう道筋と、何故そんなにイゾルデさんが慌てていたかは、私にも分かったけど……。


 全ては、ここからの話し合いで決まる。


「さて……」


 ローレンツ様は普段に近いご様子に戻られていたけど、メルヒオル様は滅多に見ないほど、緊張されていた。……アリーセが表情だけでおろおろしてる。


「イゾルデ殿には、ご迷惑をおかけした」

「いえ、陛下。……直言など不敬の極み、わたくしの首一つでご寛恕(かんじょ)戴ければ、幸いでございます」


 全員がぎょっとしてイゾルデさんの方を見たけど、老いたその表情は穏やかだった。


「老体の一番のお役目は、その首で村を守ること。……二十年前、村長を置くことを拒否した理由の一つでもございます」

「恐いことを仰るな。……だが、貴女のお覚悟と諫言(かんげん)は、しかと受け止めさせていただいた」


 ふむと頷いたローレンツ様が、皆を見回してから、メルヒオル様に目を向けられた。


「……メルヒオル」

「はっ」

「王政府の大方針に多少ならず影響を及ぼそうが……この件の落としどころ、私が決めてもよいか?」

「御心のままに」

「すまない。……言質(げんち)は取ったぞ」

「ローレンツ様!?」


 珍しく、意地悪そうに笑ったローレンツ様は、立ち上がってメルヒオル様の肩に手を置かれた。


「王政府が叛乱の芽吹きを見逃しかけたことについては、看過しえぬが……ふむ、それはそれとしてだ。国家宰相メルヒオル・シュテフェン・フォン・テーグリヒスベックに、三日間の自主研鑽(けんさん)を命ずる。派遣先はノイエフレーリヒ、イゾルデ殿の元でよく現地を学べ。……本来なら私が学ばねばならぬところだが、それは叶わぬ。頼んだぞ、メルヒオル」

「御意!」


 罰ではあるけど、罰じゃないっていうのかな、研鑽なら勉強して来いってだけの話で、出世や昇給に繋がる考課の対象になることも、悪評になることもない。恩情ある沙汰……でもないや、正に落としどころって感じかも。


 ローレンツ様は、そのままイゾルデさんに一礼された。


「イゾルデ殿の直言については、不問とする。内容も含め、記録に残さない。……だがやはり、そのままとするわけにも行かぬ。罰の代わりとして、三日ほどメルヒオルの面倒を見て貰いたいのだが、如何だろうか?」

「寛大なるご処置に、心より感謝致します」

「うむ、これからもよろしく頼む」


 これも、罰なのか何なのか、よく分からないお沙汰だけど、ローレンツ様には厳しい処罰を与えるつもりがないということも、同時に分かった。


 さて、次は私だ。


 ローレンツ様の視線がこちらへと向くのに合わせ、姿勢を正す。


 この流れだと、代官の職はそのままに、王政府のお仕事と兼務って感じの沙汰が下されるかな。忙しくなりそうだけど、それは今更だ。


 但し私は、現地の代官でありながら、叛乱の芽を見過ごしているどころか、引き起こす原因になりかけたわけで……。


 お二人よりは、厳しいお沙汰を覚悟しておこう。


 ローレンツ様も、表情を改められた。


「ノイエフレーリヒ代官、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット」

「はいっ!」

「本日ただ今をもって、ノイエフレーリヒ代官の職を解く」

「……!!」

「ローレンツ様!?」

「陛下!?」

「この件については、以上だ」


 そのお言葉に、私は身体が固まって動けなかったけど、他の皆さんも慌てていた。

 

 私の代官解任は、それこそ叛乱の引き金で……!




「それで、だ。……改めて、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタットの漁師熱治療への貢献、並びにリフィッシュに関する功績を賞し、フロイデンシュタット家の家格を引き上げ男爵家とする。また、『ノイエフレーリヒ領主』に封ずる故、当地をつつがなく治めよ」




「……へ!?」

「どうした、不服か?」

「いえ! あ、えっ、謹んでお受けいたします!」


 思わず返事しちゃったけど……男爵?


 ……領主!?


「未来の領主候補は、何も騎士だけに限っていたわけじゃなくてね。……本当はもう数年、後にする予定だったんだけどなあ」


 ローレンツ様は頭を掻きながら、リディならしょうがないかと、悪戯が成功した子供のような笑顔を私に向けてくれた。


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