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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第五十八話「内示」

第五十八話「内示」


 蒸留酒の試作は数日で一段落したけど、マルセルさんからちょっとした提案が出された。


「あの作業場と蒸留器、お借りすることは出来ませんかね?」

「それは構いませんが……あ!」

「どうかなさったんで?」

「あの作業場、許可を得て建ててますけど、代官所っていうか王国の施設になるのかなって」


 村にある干物の加工場は、ノイエフレーリヒ村の施設だ。


 正しくは、領主の『私物』だったものを、領地が放棄された後に村の『共有物』と総督府が認めていた。


 規模と役割から個人に下げ渡すわけにもいかないけど、村には絶対必要な施設である。総督府が召し上げて代官に管理を任せることも考えられたけど、維持の面倒を村に丸投げ出来ると同時に、『民心の慰撫』なんてものも含ませたらしい。


 それに対して代官所は、王政府の所有する直轄施設だった。


 徴税という国の根幹が絡むから当たり前だし、代官も官吏には違いない。


 私は間借りした施設の中に加工場を建てさせて貰っただけで、所有権まで動かしたわけじゃなかった。

 許可を出してくださったメルヒオル様にしても、私が建築費用を自弁し、村の発展にも役立つだろうと許可したのであって、代官所の私物化までは認めていないと思う。


 私が言いよどんだのは、線引きの位置が不明瞭だったからだ。


 先日私は、税金を数えるのに必要な銭升をイゾルデさんに無料で貸し出したけど、これは代官所の備品で、所有者は王政府になる。


 でもこの場合は、税の徴収を円滑に行う為の貸し出し、つまりは『公益』の為と理由が付けられた。


 しかしながら、マルセルさんへの作業場の貸し出しは蒸留酒製造の為のもので、これは『私利』になってしまう。……売れば利益が出ちゃうからね。


 ついでに、というかこっちのほうが重要だけど、勝手をした私が後で怒られるぐらいならともかく、周囲に知れた時の悪影響が見逃せない。


 他の村から、『ノイエフレーリヒじゃ、ただで蒸留酒を作れる作業場が借りられるらしい。俺達にも貸してくれ』、なんて主張されると、言い訳がしにくくなった。


「ああ、そりゃあごもっともで。申し訳ないです、無理を言いました」

「とりあえず、宰相閣下にお伺いを立ててみますから、少し待ってて下さい。……なるべく、蒸留酒の件は秘密にして」

「お願いします!」


 私は他の用事もあるからと、代官所を一日お休みすることにした。




 ▽▽▽




「私も使いますから、毎日貸し出すというわけでもないのですが……」

「ふむ、作業場の貸し出しか」


 翌日、メルヒオル様に時間を作って貰い、迷った理由を話して一緒に考えて貰うことにした。


 今日は大部屋じゃなくて、宰相執務室が勤務場所なのかな、アリーセが淹れてくれたクナーケのお茶を前に、メルヒオル様と向かい合う。


「単にノイエフレーリヒの作業場のことだけならお手を煩わせることもなかったのですが、ちょっとまずいかなと思いまして」

「厳密なことを言い出すと、確かに色々と問題も大きいか。そもそも、代官所内に作業場を作ることがお目こぼしなのだが……」

「はい。……申し訳ありません」

「いや、リヒャルディーネ嬢はよくやってくれているし、必要なことも理解している。第一、今の段階では王政府に余裕はなく、村に利益をもたらしてくれる恩恵の方を取らざるを得ないからな。王政府の意を十分汲んでくれていることには、感謝のしようもない」


 明日の収穫も大事だが、今日食えねば飢えて死ぬと、メルヒオル様はため息をつかれた。


「さて……。貸し出しについては認める方向で話を進めたいが、君の懸念、そちらも確かに問題だ。ノイエフレーリヒの作業場のみの特例とすれば、今後も特例の大盤振る舞いになろう」

「そうなんです」


 他の領地でも、『私利』の為に際限なく王政府の資産を貸し出すような流れが出来てしまうと、本気で国が回らなくなる。


 殖産興業も急務だけど、何でも許されるってわけじゃない。


「ふむ……。他領でも同様の例が起きる事を想定し、常識的な範囲で判断しつつ、天秤は領民よりに傾けるのが無難か」


 メルヒオル様は棚から帳簿を取り出して、ファルケンディークの集合住宅の賃料から、作業場の賃料を導いてくださった。


 自分の家を建てればお家賃なしで暮らせるけれど、他の村はともかく、ファルケンディークはかなりの『都会』で、市街中心の土地はもう余っていない。


 もちろん、王政府が得る家賃収入など微々たるもので、修繕に回せばお足が出る程度に抑えてあった。


「……ふむ、ノイエフレーリヒとファルケンディークの発展差を考慮し、日割りなら五ペニヒというところか」


 見せて貰った帳簿には、二()に店舗付きの部屋の賃料が、年に百二十グロッシェンとある。


 百二十グロッシェンは千四百四十ペニヒ、月に十グロッシェンなら百二十ペニヒで、三十日で割っても計算が合わないけど、そこは日割りと月極で差が出て当然だ。


 ちょっと割高に思えなくもないけれど、これなら許容範囲かな。


「この五ペニヒの内、四割は地代として徴収させて貰うが、残りは君の取り分だ」

「え、私も貰えるんですか!?」

「方便としては、リヒャルディーネ嬢が使用する場合、代官が当地の領民生活の向上の為に研究している、ということになろう。これならば、公務の一部と見なすことが出来る。……実際、その通りだからな。故に、賃料は考慮しない」

「ありがとうございます!」

「領民に貸し出すなら、農地や店舗の貸借に準じていれば、さほど問題にはならないだろう」


 俸給の全額遅配の件は本当に感謝していると、丁寧にお礼を言われた。


 ……後からアリーセに教えられたけど、かなり気にして戴いていたらしい。


「それから、リヒャルディーネ嬢。これは内示になるのだが……」

「はい、メルヒオル様?」

「こちらで学ばせている騎士が、ようやく育ちつつある。可能な限り早く、ノイエフレーリヒ代官を交替させたい」

「……へ!?」

「君にはもっと大きな仕事を任せたいと、こちらでは考えているのだ」


 お褒めの言葉には違いないんだろうけど。


 まだ代官のお仕事を初めて二ヶ月、種を播く努力はしたけれど、成果を出したとはとても言えない。


「ローレンツ様の護衛という意味では、騎士一人を外に出して君を戻せるならほぼ問題はないと、アンスヘルムも頷いていた」

「は、はい。……あの、時期はいつ頃になりますでしょうか?」

「ローレンツ様の即位戴冠式、その直後に新たな人事を発令する予定だ。君には王政府に入って貰いたい」


 あらら、ひと月もないや。


 でも、せっかく村の人達とも仲良くなれたのに、ちょっと残念。


 代官のお仕事はほとんどなかったけど、それ以外の全てが楽しかったのになあ……。


「あの、村のまとめ役のイゾルデさんとファルコさんには、前もってお話ししておきたいと思います」

「大叔母上と組合長か。その二人なら、構わない。但し、口止めは忘れないように」

「ありがとうございます」


 私も今は宮仕えの身、人事には口を挟めないし、王政府に呼び戻されるならローレンツ様のお側にいられることになる。


 悪いことばかりじゃないよねと、私は自分にはっぱをかけた。




 メルヒオル様とお話しした後、私はレシュフェルトの街に降りて加工場に顔を出した。問題がないか聞き取りしてから、街でノイエシュルム産のハードチーズや干した果物などの食材を買い込む。


 ……こういう時でもないと、お買い物、出来ないからね。




 ▽▽▽




 ところが翌日。


「なんだって! あんた、代官辞めさせられるのかい!?」

「い、いえ! 辞めると言っても、転属というか、王政府に戻されるというか……」


 イゾルデさんに内示のお話をすれば、何をそんなにというほど、驚かれてしまった。


 でもイゾルデさんの目は、正真正銘、真剣味を帯びている。


「はあ……。又甥が大馬鹿者とは言いたくないけどね、中央貴族の悪いところが出たかねえ。どっちにしろ、この村に……いやこの村だけじゃない、新王国にとっても一大事だよ!」

「……はい?」

「代官殿、あたしを又甥のところに今すぐ連れてお行き! ほら、馬を出しといで!」

「え、は、はい!」


 勢いに押され、横乗りしたイゾルデさんを抱えるようにして、レシュフェルトに駆け戻る。


 がんばれ、ヒンメル号!


「イゾルデさん、何がそんなに……」

「……あんたまで分かってないのかい?」


 説明は又甥に会ってからまとめてするよと、質問はかわされてしまった。


 いやもう、何が何だか……。


 半刻かからず王政府に到着し、イゾルデさんに宰相執務室へと追い立てられる。


 お話中だったようで、執務室にはローレンツ様とアンスヘルム様、それにアリーセも居た。


 ……もちろん、イゾルデさんはお構いなしである。


「メルヒオル!」

「大叔母上!?」

「あんた、代官殿をすげ替えるって、本気で言ってんのかい?」


 室内の視線が私に集中したけど、私もまだ、イゾルデさんが激昂している理由が今ひとつ分かってない。


 一瞬考え込まれたメルヒオル様は、すぐに状況を把握されたらしく、イゾルデさんに向き直った。


「大叔母上、リヒャルディーネ嬢が任地で慕われていることは、私も存じております。しかしその才知は、ノイエフレーリヒ村だけで独占させるには惜しいのです。たとえ、大叔母上のお怒りを買うことになっても、王政府は真に彼女を必要としております」

「ふん、そりゃあ大した評価だ。あたしもそう思うさね。……でもね、メルヒオル」


 イゾルデさんはメルヒオル様の氷の視線に臆することなく、とんでもない一言を言い放った。


「いま彼女をノイエフレーリヒから取り上げてごらん。あたしが煽らなくても、叛乱が起きるよ」

「何ですと!?」


 いやいや、叛乱って。


 ……え?


 ノイエフレーリヒが!?


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