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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第五十七話「作業場と研究機材」

第五十七話「作業場と研究機材」


 お年始の諸々が終わって、王政府もようやく徴税の騒動が落ち着いた頃、待望の作業場が完成した。


「ほんとうにお疲れさまでした、ケヴィンさん、デトレフさん」

「いえいえ、代官様のお陰でこちらこそ楽をさせて戴きましたよ」


 扉だってないし、日干し煉瓦がむき出しのままだけど、煙突付きの大きな竃もある作業場は、今後の稼ぎ頭になってくれるはず。……中で火をたくさん使う予定なので、扉はわざと作らなかったんだけどね。


 次に大きな行事があるのは二月、ローレンツ様の即位戴冠式だ。


 リフィッシュも順調のようだし、今なら多少まとまった暇がある。お陰でようやく、やりたかった研究に手を付けられるようになった。


「さあて……」


 作業場の建物だけがあっても、何が出来るわけじゃない。


 大事なのはもちろん、中身の方で、ここからは魔法の出番だ。


「【待機】【熱幕】【強化】【強化】……」


 レシュフェルトの鍛冶屋、ツェーザル親方に頼み込んで、お仕事に支障がない程度に売って貰った鉄材――鉄の延べ棒を熱し、ハンマーを持たせたゴーレムでゴンゴンと叩いて伸ばす。


 ある程度伸びるというか、平らに広がったら、魔手操作で大体の形に仕上げていく。


「【待機】【多重】【四層】【魔手】」


 熱を与えて柔らかくした鉄なんて、自分の手で触ったら火傷じゃ済まないけれど、魔法で作った手なら、ちょっと堅めの粘土細工と変わらない。ぎゅっと押してぐにぐにぺたぺたすれば、かなり細かな部分まで作り込む事が出来た。


 ……申し訳ないながら、ローレンツ様の姉、ゼラフィーネ王女殿下に見せていただいた製鉄魔法の完全魔法版、あれがすごく役立ってる。


 ゼラフィーネ様は、馬鹿従兄との結婚を嫌い出奔、今は行方不明だった。


 もう一度会えるかどうかは分からないけど、会えたら是非、お礼を言いたい。

 あの魔法には、中級以上の魔法使いが個人で鉄を扱うなら、とても便利な要素が沢山詰まっていた。




 機材の作成に手を付けて五日目。


「ふう……」


 見かけ、取っ手と注ぎ口のついた四段重ねの巨大な蒸し器のような研究機材……の試作品が、無事に完成した。……ちょっと部品を追加すれば蒸し物にも使えるけど、今のところその予定はない。


 合間に組合の持つ加工場増築のお手伝いが入ったけど、魔法仕事で稼がないと食べていけないので、むしろありがたかった。


 早速、試験だ。


 竃に仕掛けて火を入れ、最下段には水をたっぷり張って湯を沸かす。


 下から二段目にも、やはり水をたっぷりと入れた。


 徐々に温度が上がるのを待ちつつ、下向きの注ぎ口のついた三段目は飛ばし、最上段にも水を入れる。


 さて、これでどうなるのかと言えば……。


 様子を見ながら待つこと四半刻、約三十分。


「おおー!」


 若干の歪みがあるようで、隙間から蒸気が漏れ出ているけれど、今は印を付けて後回しだ。


 慎重に魔手操作で機材を持ち上げ、最下段は熱湯、二段目はそれより若干ぬるいお湯、最上段はまだ温まりきっていない状態と、それぞれを確かめる。


「……ん、よし」


 まだまだ改修の余地は大いにあるけれど、機材その物は、ほぼ望んだ状態に持ち込む事が出来ていた。




 そう、私はらんびき(・・・・)――蒸留器を作りたかった。


 南大陸で手に入るお酒と言えばミレ酒で、マルセルさんにミレとミレ酒の増産のお願いをしたのは、蒸留酒に繋がるわけだ。




 最下段は水を差して温度が調節出来る熱湯、二段目にミレ酒、三段目が蒸留部分で、最上段が冷却水。


 四段仕掛けは面倒でも、直火で温度を調節するよりも、お湯に水を足す方が管理も楽だし焦げつかない。


 蒸留器そのものは、この世界にもある。……っていうか、私が作った目の前のこれよりも、もっと大型で、効率的で、洗練されたものが存在している。


 じゃなきゃ蒸留酒が世間に出回って、庶民の口にまで入るはずがない。


 蒸留酒はとても手間で、熟成に時間が掛かり、燃料代も必要な分、エールやワインよりお高いけれど、少なくともアールベルクの酒屋さんには置いてあった。うちのお爺ちゃんも、蒸留酒はたまに呑んでた。


 また、蒸留器は魔法学の一つ、魔法薬学で薬液を濃縮するのにも使われる。

 こちらは卓上に置けるサイズだけど、薬草や鉱物などの試料を水に溶かし、蒸留精製することで効能を引き出すのに必要だった。


 アリーセがこちらに持ち込んでいたら、借りたかったんだけどね。代わりに魔法薬学の本を借りて研究機材の項目を読み込み、出来上がりを思い描いてこれなら魔法で行けると、今回の蒸留器作成に踏み切っていた。


 もちろん、私が欲しいのはお酒を蒸留する方なので、学校給食の寸胴鍋よりもまだ大きいサイズで作っている。


 構造そのものは、前世の雑貨屋でも扱った覚えがあったから、なんとなく覚えていた。


 雑貨屋さんって、本当になんでも扱わされるのだ。扱うのに資格が必要か、よほど特殊で専門店でなきゃ手に入らない品以外、おおよそ全ての品物が取扱商品になる。


 陳列する時は実物に触れるし、商品説明の為に知識も頭に入れておかなきゃいけなかった。……今になって助けられるとは、思ってもみなかったけどね。




 調整すること、更に二日。


「おはようさん。どうだい、調子は?」

「おはようございます、イゾルデさん。……微妙、ですね」


 原酒の抽出そのものは、無事に出来ていた。


 ただ、あんまりにも効率が悪すぎる気もしている。


 蒸留器の最下段には、温度調節用の水を入れる受け口が追加され、最上段の冷却水を抜く排水口は長目に作り直した。


 もちろん、合わせ目も調節して、前よりは酒精(アルコール)のロスが少なくなってる……気がする。


 でも……これだけ頭を捻っても一回で小樽一杯分、四リットルぐらいを蒸留して、出来上がるのは小さな手鍋に半分ぐらいだった。

 十分の一ぐらいになってしまうわけで、やる気がしぼんでしまう。


「資料も借りられましたし、基本はそう難しいこともないんですが、洗練にはほど遠いなって」

「この辺鄙(へんぴ)な村でも蒸留酒が出来るってことが、あたしにゃそもそもの不思議だよ」


 イゾルデさんには最初にお話してたし、マルセルさんにも伝えてあったけど、昼間っから、代官所の周りじゃお酒のにおいがぷんぷんしてたわけで、村の人達には私が何をやってるか、すぐにばれた。


「釘は刺しといたけど、みんな早く飲みたくてしょうがないって顔してるからねえ」

「えっと、気持ちは分かります」


 一応、他の村には絶対内緒、ばらしたら罰として試飲に呼ばないってことになってる。


 ……皆さん揃って、ものすごく従順に遵守を約束してくれた。


 実は王政府にも報告してなくて、ローレンツ様の即位戴冠式の日に、お祝いの品としてお持ちしようと考えている。


 もちろん、現代日本と違ってお酒の密造を取り締まる酒税法はないし、流通に乗せれば乗せたで、他の品と同様に税金が掛かるけど、こちらじゃ人頭税以外の税がない。


 もちろん、今普通に飲まれているミレ酒も、税金は掛けられていなかった。


「ただ、ちょっと困ったこともありまして」

「なんだい?」

「私が思っていたよりも、製造に費用が掛かりそうなんですよね……」

「そりゃ、しょうがないんじゃないのかねえ。元々高いよ、蒸留酒は」


 イゾルデさんは蒸留器と私を見比べて、肩をすくめた。


 元になるミレ酒のお値段は、ワイン樽と同じ大きさの樽が一つ十二グロッシェン。蒸留器に仕掛けて大体四十回分ぐらいかな。


 炭焼き職人のジーモンさんから買う炭は、手桶一杯分が二ペニヒで、連続で使えば一日四回の蒸留が出来た。ワイン樽一杯分には二十ペニヒ分の炭が必要な計算になる。


 それから、人件費。


 私はただ働きだけど、誰かに任せるなら最低でも一日に二十ペニヒ。


 ついでに出来上がった原酒を樽で寝かせて熟成させると、その間に『神様の取り分』と言って目減りする。使い回すにしても、樽だってただじゃない。


 その辺りまで計算に入れて原価を求めると、ワイン瓶一本分のミレ蒸留酒は、二グロッシェン少々になってしまう。


 エールの蒸留酒……っていうか、ウイスキーと同じように、原酒に加水して飲みやすくしたものを流通させるとしても、原価は一グロッシェンよりは高くなる。


 商売にするなら、もう幾つか蒸留器を増やすにしても、人件費は削れない。


 一本でその日の稼ぎよりも高いお酒なんて、とてもここじゃ、日々のお楽しみにはならないだろう。


 そんな話をイゾルデさんにすれば、ものの見事に笑い飛ばされた。


「いいじゃないか。飲む奴がもっと働くようになるさ」

「は、はあ……」

「ワインだって、お高いのは一瓶で軍馬が買えるようなのがあるよ。それに比べりゃ、二日三日頑張れば買えるんだから、些細な違いさね」


 ……それは確かに、仰るとおりです。


 とりあえず……今手元にあるミレ酒の樽、この一樽は蒸留酒に使い切ってしまおう。


 その結果、皆さんに受け入れられたなら蒸留器も増やしたいけれど、追加で鉄材を買うお金もないし、ミレ酒の増産も始まったばかりで、急に蒸留酒を沢山作るのも無理だ。


 元々寝かせるものだし、気ばかり急いてもしょうがない。


 イゾルデさんと今後の展望をあれこれ話しながら、寝かせてなくて風味の足りない原酒も、チューハイのように飲むならいけるかもと、私は試飲の日のことを考えていた。


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