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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第三十三話「南の果て」

第三十三話「南の果て」


「おう、ちっこい女官殿!」

「艦長さん、おはようございます!」


 北大陸のムッシェルハーフェンを出て、早半月。

 苦難と言うほどの苦難もなく、観光は出来なかったけど、ほどほどにのんびりとした航海はそろそろ終わりに近づいていた。


「おはようだ! 風次第だが、今日の昼過ぎにはヴィルマースドルフ……あー、レシュフェルトにも着けるだろう」

「はーい」


 急いでいるのに『のんびり』の理由は、プリンツェス・ルイーゼ号の船足が、本当に速かったからだ。

 並の商船なら直行でも三週間は掛かるのに、三つの港に寄り道してもこの日数である。艦隊一番の快速は、本当だった。


「いやあしかし、楽しい航海だった。俺は十四で少年水兵になって以来、三十年を王国海軍で過ごしてきたが、あれほど楽に海賊を下したのは初めてだ」

「運が良かっただけですよ」


 プリンツェス・ルイーゼ号は先日、グロスハイムの商船を海賊から助けていた。


 国同士は微妙に対立していても、戦争をしてるわけじゃない。

 そもそも海賊は、全ての国から敵と見なされている。


 その時の活躍で、私はオストホフ艦長ととても仲良くなった。




 ▽▽▽




 こちらの海には、割と海賊がいる。……街道にも、山賊がよくいるけどね。


 海軍も頑張ってるけれど、レーダーや無線機なんてないし、四六時中全ての航路の見回りができるほど軍艦は持ってなかった。


 だから商船も気をつけている。でも、海のことなら海賊だってよく知っていた。


 お陰で運が悪いと、行き会ってしまうわけだ。


 その不運なる商船は『ホヴァルツ』号、もう一つおまけに……もっと不運だったのは、海賊船『グライフ』とグライフ一家である。


 で、海賊は一隻の商船が相手なら、楽に勝てる準備をしているのが普通だ。

 もちろん、出来ることなら脅しだけで降伏させて、戦わずに勝ちたい。船も傷つかないし、その方がずっと儲かる。


 その為に、海賊するときだけ髑髏マークの旗を掲げたり、これ見よがしに魔法を打ち上げたりして脅すわけだ。

 髑髏の旗を見せっぱなしだと、普通の港に寄れないからね。


 でもグライフは、相当に運が悪かった。


『海賊旗確認!』

『全艦、戦闘配置につきました!』

『海賊、商船との接舷を解きつつあります!』


 丁度ホヴァルツ号を襲っている最中に、プリンツェス・ルイーゼ号と出くわしちゃったのだ。


 グロスハイムのほぼ東端、シュテルンベルクの南大陸領土に近い海域なんて言う軍艦が殆ど目指さない場所に、ムッシェルハーフェン艦隊最速の軍艦がいたなんていうのは、何処の誰にも想定外だ。もちろん海賊も、そんな不運な偶然まで考えて船を襲ってるわけじゃない。


 ついでに言えば、私が乗っていたことも、最悪だったかもね。


『よし、杖を抜け!』

『風魔法用意!』


 私は邪魔にならないよう、艦長さん達が風の魔法で船を加速させるのを、後ろでじっと見ていた。


 この距離なら一撃で行けるかなあ、なんて考えていると、隣のアリーセから袖を引かれる。


『ね、リディならあの海賊船、無傷で仕留められない?』

『え、無傷!? 沈めるのは簡単そうだけど、無傷は……』

『おう、やれるもんならやってくれていいぞ! 魔法戦の開始までは、もうちょい時間もある!』

『リディ、無理はしなくていいけど、出来るかい?』


 にやりと笑ってる艦長さんはからかい半分なんだろうけど、ローレンツ様まで余裕の笑顔だった。


『やります!』


 やる気スイッチが入ってしまったからには、やるしかない。


 でも、無傷っていう条件が……あ!


『艦長さん、望遠鏡貸して下さい』

『おう! 副長!』

『はっ!』


 差し出された望遠鏡をまずは調整、海賊船に向ける。


 そのまま船縁にもたれかかって身体と望遠鏡を安定させると、私は杖を抜いた。


『【強化】【魔手】、もいっちょ【強化】【魔手】』


 私は帆を結んでいる綱を、素速く解いていった。


 新しい杖、すんごい使いやすい。長距離でも全然余裕だ。


 バランスの崩れた帆がだらーんと帆柱に巻き付き、まともに風を受けられなくなった海賊船の船足が、がくんと落ちる。


 これなら壊したことにはならないだろう。


『え、もう白旗!?』

『おう!?』

『ふふ、リディ、ご苦労様』

『はい、お粗末様でした!』

 

 しばらくして、縛られた海賊達が連れてこられたけれど、あれはずるいとかなり騒いでた。

 動けなくなっちゃったからね。そりゃしょうがないと、みんな頷いている。


 ホヴァルツ号の船長さんにはとても感謝されて、落ち着いたらお土産を持ってレシュフェルトを訪ねると約束してくれたのがすごく嬉しい。


 サメの餌になる覚悟までしたのに、船も積み荷も船員さんも全部無事だったから、そのぐらいはしないと気が済まないって言われた。


 ちなみに海賊船を捕まえると、報奨金が貰える。


 船と積み荷と海賊――犯罪奴隷として、鉱山などに売られる――が査定されて、領海の持ち主であるグロスハイムに三分の一、軍艦の持ち主であるシュテルンベルクに三分の一、残りがプリンツェス・ルイーゼ号の取り分で、海軍の規定に従って乗っていた全員に金貨含みの小袋が渡されることになった。


 ほんのお小遣い……というには多かったけど、貰って困るものじゃない。


 こちらも随分と感謝されて――カードの負け分が払えると、艦長さんは笑顔だった。




 ▽▽▽



 艦長さんの言葉通り、昼過ぎに到着した新大陸領土管区、レシュフェルト領。


 そこそこ大きな島に守られた入り江の奥に見えてきた港は、とても小さかった。


 プリンツェス・ルイーゼ号を横付けできそうな桟橋と、倉庫や事務所はあるけれど、ちょっと微妙だ。


 港の向こうには小さな町があって、教会の尖塔や庁舎らしい大きめの建物も見える。


 でも、あまりにも人の気配が少ない。


 規模の違いすぎるムッシェルハーフェンと比べるものじゃないけれど、あちらはもっと、いかにも港町という活気に満ちていた。


「船足を止めろ!」

「よし、艦首の両舷から竿を入れるんだ!」


 船が停止したのは、港にはほど遠い場所である。……引き潮のせいでもあるけれど、水深は極浅く、下手にこれ以上進むと座礁する可能性が高いらしい。


 一旦停止して、竿で水深を測りながら、ゆっくりと進む。


 水が綺麗なお陰で、海の底も見えている。所々に岩場があって、魚が泳いでいた。


短艇(たんてい)用意!」


 時間が掛かると見た艦長さんの判断で、短艇(ボート)が魔法で水面に下ろされた。私も荷物の移動をお手伝いする。

 プリンツェス・ルイーゼ号はここで水の積み込みと乗組員の休憩を兼ねて、一泊していく予定だった。


「大丈夫ですか、メルヒオル様? もうすぐ陸地ですよ」

「う、うむ……」


 意外にも、船に弱いメルヒオル様だった。


 この二週間、ずっとこんな調子で、顔色が青い。

 アリーセがついてるけど、早く陸の上で休ませてあげたいと思う。


「ここまで整備されていないとは、思わなかったな」

「は……」


 ローレンツ様とアンスヘルム様は大丈夫だったけど、港の様子を見て、難しい顔をされていた。


 ……私も、そう思う。

 田舎なのはしょうがないけど、せめて、プリンツェス・ルイーゼ号が水深を気にせず入れるぐらいの港は、欲しかった。


「おーい! おーい!」

「お、出迎えか?」


 畳二畳分ぐらいの小さな三角帆を張った漁船が、こちらにやってくるのが見える。


 なんだか慌ててるみたいだけど……。


「海軍さん、頼む! 熱冷ましと腹下しを分けて貰えないか?」

「熱冷ましに腹下し!? 『漁師病』か?」

「ああ、そうだ! 漁師だけじゃねえ! 沢山やられちまってよ、薬が足りねえんだ!」

「おう、分かった! 誰か、バルテル先生(船医)を呼んでこい! 漁師病だ!」

「了解!」


 艦長さんは、一瞬も悩まずに命令を下した。

 水兵さん達も海賊を見つけたときのように、きびきびと動き出す。


 こういうところは、如何にも海の男らしくて格好いい。


「アリーセ、漁師病って知ってる?」

「海際の街や村で、時々流行る風土病ね。高い熱が出て、そのうち吐血や下血に至るの。亡くなる人もいる恐い病気だけど、よく知られているから、対処法もあるわ」

「漁師さんの言ってたお薬のこと?」

「そうよ。でも、数は足りるかしら? 少し心配だわ……」


 大流行なら厄介よと、アリーセは港の方を見た。


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