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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第三十四話「漁師病」

第三十四話「漁師病」


 レシュフェルト領上陸の、第一歩。……南国の空気を味わうなんて余裕は、もちろんなくなってしまった。


「おい、数人を街へ走らせろ。一人はバルテル先生の助手だ」

「了解!」


 全員が緊張でぴりぴりだ。


「アリーセ、頼んだぞ」

「はい、お兄様!」


 とりあえず、アリーセをつけたメルヒオル様を、港の集会所兼待合所に預ける。


 ローレンツ様、アンスヘルム様と三人で、大通りを歩いて総督府へと向かったものの、街は閑散としていた。


 商店の連なっている通りは、店も閉まっているし誰もいない。


 総督府までは一本道で、すぐに到着した。


「ここも静かだな」

「はい。これは……想像以上に問題となっておるようです」


 二階建ての白い建物は、車寄せも立派なら、大きな両翼までついていた。場違いって言ってしまうと失礼だけど、街の素朴な様子に比べて、建築様式も何もかもが洗練され過ぎている。


 まるで王都の貴族屋敷を、そっくりそのまま移設したみたいな印象だ。


 入り口は開いていたものの、誰もいなかった。

 三人で顔を見合わせ、そのまま入る。


 ロビーには受付があったけれど開店休業だ。


 しばらくして、兵隊さんが現れたけど、仕事の途中なのか、木箱を抱えている。


「王室公爵ローレンツ・フォン・レシュフェルトだ。総督に面会したいのだが、執務中か?」

「殿下!? 失礼いたしました、ご来訪の連絡は受けております! しかしながら、総督閣下は漁師病の薬を手に入れるべく、フレールスハイムへと向かわれました!」

「何っ!?」

「現在は、主任政務官殿が総督府を預かっておられます!」


 もちろん、お薬の入手は最優先なんだろうけど、この状況で総責任者の総督閣下が不在っていうのはちょっとなあと、思ってしまった。

 ローレンツ様も、僅かに眉根を寄せられている。


 私達はしゃちほこばった兵隊さんに案内され、奥へと進んだ。

 人の気配がしたので、ちらりと一室を覗いてみれば、大勢がソファや毛布を敷いた床の上に寝かされている。


「どうぞ、こちらです。……ゲーアマン様、失礼いたします!」

「構わない、入ってくれ!」


 二階に上がり、総督執務室に入ると、書類束に埋もれた中年男性がいた。

 私達を見つけると、非常に驚いた様子で立ち上がる。


「忙しいところ済まない。ローレンツ・フォン・レシュフェルトだ」

「お迎えもせず申し訳ございません、殿下。南大陸新領土管区総督府所属、主任政務官アルマント・フォン・ゲーアマンでございます」

「善き哉」


 挨拶もそこそこに、応接セットに場所を移して、情報を聞き取る。

 もちろん、引き継ぎがどうのなんて、後回しにされた。


「漁師病の話は聞いた。私達を乗せてきた船も薬を提供してくれたが、流行の規模はどのぐらいだ?」

「おお、ありがとうございます! ですが……こちらで把握している患者の数は、数日前の時点で千人少々、流行は管区内全域です」

「千人!?」

「それほどか!」


 アリーセが心配した通り、薬が足りないとすぐに判明した。


 プリンツェス・ルイーゼ号の乗組員は五十名少々、それに対して患者の数は千人。

 これは南大陸新領土管区の人口の二割五分にもなる上、患者の数は今も増えているという。


 どう頑張っても、やりくりできる数じゃない……。


「総督府も使われていない部屋を開放、病室として使っております。兵士などは独り者が多く、世話をする者をつけるのも大変でして……」

「……そうか、ご苦労」


 ゲーアマン政務官の話によれば、漁師病は近隣一帯、つまりは将来レシュフェルト王国となる南大陸新領土管区の全土で、大流行していた。


 漁師さんどころか街の人達も漁師熱とその看病に追われ、総督府もまともに機能していないという。


「対策はどうなっている?」

「はい、薬を手に入れるべく、総督閣下が自ら、グロスハイムの都市フレールスハイムへと向かっておられます。しかしながら、帰還予定の最短が明後日であります」

「ふむ……」


 途中ですれ違ってしまったようだけど、海流と風の関係で、帆船というものは行きと帰りに同じルートを通るわけじゃないから、これは仕方がなかった。


「僭越ながら……誤解無きようにつけくわえますと、総督閣下は名人と知られた元海軍艦長で、風の魔術を得意とされておられます。最も早く、最も確実に薬を手に入れる手段として、総督府唯一の外洋船フラウエンロープ号の指揮を、我々全員で懇願いたしました」

「……そうであったか」


 総督閣下の不在は、理由を聞けば納得できてしまった。すり合わせというか、情報交換はやっぱり大事だ。

 ローレンツ様とアンスヘルム様も、互いの顔を見て頷いてらっしゃる。


 プリンツェス・ルイーゼ号でも使われていたけれど、風魔法の補助があれば、かなり自由に帆船を操れた。

 全行程は無理でも、かなりのスピードアップになるだろう。


「ゲーアマン、私は医術には詳しくないが、漁師病は予防出来ない病なのか?」

「はっ、海際の街や村で患者が出やすいという以外、条件は不明であります。海の水なのか、食べ物なのか、患者に触れることなのか、それ以外なのか……」


 普段でも、漁師病は月に二人三人と罹るそうだ。

 お陰でみんな、病気の対処には慣れているものの、困ったことに、看病している人に必ず感染するわけでもなく、本当に条件が絞り込めなかった。




 ほんの数分の話し合いで、これは領地の掌握どころじゃないと、ローレンツ様は即断された。


 ゲーアマン政務官から一時的に権限の一切――レシュフェルト領だけでなく、新領土の管区全て――を委譲され、追加の対策について相談をはじめられている。


 総督閣下から正式に権利を引き継いだわけじゃないので、王国の法に照らし合わせれば本来は越権行為になってしまうけれど、緊急事態であることは誰もが理解していた。


 流石にローレンツ様をお一人にするわけにはいかないので、アンスヘルム様も護衛兼業で書類と格闘されている。


「【氷結】、【衝撃】。はい、どうぞ」

「助かります、女官さま!」


 私は自分に出来そうな仕事から、看病の補助を申し出た。


 魔術師に、人を直接癒す力はない。


 でも、熱を出した人が少しでも楽になれるよう、手桶に放り込んだ水を氷にして砕き、病室に配って歩くことなら出来た。もちろん配膳のお手伝いや、寝具の洗濯も引き受けている。


 アリーセも、メルヒオル様を総督府に預けた後は、患者さんが多く集められている教会を中心に、街の中で同じように氷を配り歩いていた。


「失礼いたします!」

「夕食の配食であります!」

「ご苦労様です!」


 プリンツェス・ルイーゼ号も、出航を先延ばしにして、水兵さんを炊き出しに回してくれている。


 様子を見に来たオストホフ艦長にお礼を言えば、『海の男なら、港の危機に力を貸すのは当然!』と、胸を張っていた。


「悪いな、水兵殿!」

「なに、こっちも役得だ。……上陸期間が伸びたからな!」

「違いない!」


 海と陸では、兵隊さん同士の仲が悪いって聞いてたけど、この場はそんなこともなく、和やかな空気だ。……実は、ちょっとだけ心配してた。


 後で聞いたら、あれはお偉いさんとか中央の話で、田舎出身の下っ端には関係ないんですと、苦笑いを向けられている。


 申し訳なくなって、うちの実家の話をしたら、じゃあお仲間ですねと笑ってくれたので、ちょっと気が楽になった。


 実は兵隊さん達の方も、王子様のお付きの女官なんていう『雲の上の人』が看病に走り回っていたので、やっぱり少し、緊張していたそうだ。




 看病を手伝う内に、漁師病についても、詳しく教わった。


 漁師病は、海際の街や村で時々見かける病気だ。


 急に熱が出て、身体に力が入らなくなり、その後、お腹も痛くなってしまう。


 特に漁師さんがよく発症するけれど、その奥さんも子供も、水兵さんも魚の仲買人もみんな罹る。

 そのぐらいには知られた病気で、対処法もあるから、当初は誰も慌てていなかった。


 患者に熱冷ましと腹下しを飲ませ、安静にしていると数日で治るけれど、放っておくと更に高い熱が出て吐血や下血が始まり、死に至る。


 けれど今回、あっと言う間に新領土の全部で大流行してしまい、十分備えていたはずの薬が足りなくなった頃にはもう、取り返しのつかない状態になっていたという。


 今のところ、幸いにして死者は出ていない。

 でも、送り出した船の戻り次第では、その危険もあった。




 それから……誰も話題にしなかったけれど、実はもう一つ、漁師病を治す手だてがある。


 聖職者が使う、神聖魔法の【平癒(へいゆ)祈願】だ。


 でもこちらはかなり高度な呪文で、司教様かそれに匹敵する人でもないと使えないし、治療できても日に数人。


 しかも、必ず治るわけじゃない。

 お布施も高くなるから、普通は熱冷ましと腹下しで済ませる。


 もちろん新領土には、そんな高位聖職者なんて、いなかった。




 ▽▽▽




「はい、お待たせです」

「申し訳ない、女官殿。……いたたた」


 そんな感じでレシュフェルト到着から二日間、私は全力で看病に走り回っていた。


「大丈夫ですか!?」

「いや、腹ではなく腰の古傷が……」

「あらら。じゃあ、魔法でそっと持ち上げますね」

「女官様、隊長の古傷はぎっくり腰なんで……」

「こら、貴様!」


 北大陸中部の出身だという衛兵隊長さんは、かなりのお年だ。


 部下の兵隊さんにも慕われてるというか、殆どお爺ちゃんと息子や孫状態である。


 皆で漁師病に耐えつつ、薬の到着を待っていた。


「ぎっくり腰も大変ですよねえ。……あ、少しならお楽に出来ると思いますよ」

「おお、是非に!」

「はーい。仰向けにさせて貰いますね」


 そっと魔法で持ち上げ、隊長さんの身体を裏返す。


 寝間着をまくり上げると、うちのお爺ちゃんと一緒で、古傷だらけだ。……少しだけ、オルフの村が懐かしくなる。


「今から雷属性の魔法を使います。子供が泣く……かもしれないほどビリビリしますけど、三日は動けない痛みが、二日ほどで引きます。少しだけ我慢して下さいね」

「うむ。……お願いいたす」


 私は隊長さんの腰に、そっと手を当てた。


「では失礼して……【待機】、【限定】【微力】【微力】【持続】【電撃】、【放散】」

「あがっ!? お、おおおお……」

「隊長!?」

「う、うむ。……慣れるとそう痛くもない、ような?」


 実家のお爺ちゃんやお婆ちゃんにも好評の、電気治療魔法である。治療中はかなりビリビリするけど、効果は抜群だ。


 腰痛のお婆ちゃんの為に、前世の電気治療器を再現してみようと自分に向けて呪文を試した時は、最初、制御の為の【微力】を十個ぐらい入れてた。


「はい、おしまいです。どうですか?」

「お、おお……。あ!?」


 隊長さんは、しばらく腰に手を当てたり、身体を軽く動かしたりしていたものの、神妙な顔で自分から仰向けになった。


「隊長……?」

「……痛みが、引いとる」

「えっ!?」

「女官殿、ありがとう! ありがとう!」


 そのまま飛び起きそうだったので、まだ熱が下がったわけじゃないんですから安静ですよと、釘を刺しておいた。


 ついでに言えば、ぎっくり腰は、舐めてはいけないのだ。


「あの、俺もお願いしていいっすか?」

「俺も!」

「はーい!」


 度胸試しじゃないんだけどなあと思いつつも、希望者に電気治療魔法を掛けていく私だった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字……というか、他の作家さんでも時々ありますが。 >「はーい。仰向けにさせて貰いますね」 > そっと魔法で持ち上げ、隊長さんの身体を裏返す。 ギックリ腰治療だと仰向けになるのか、…
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