第二十五話「名ばかりの王室公爵」
第二十五話「名ばかりの王室公爵」
アリーセさんと二人、アンスヘルム様に車寄せまで送ってもらうと、笑顔のローレンツ様が待ってくれていた。
「二人とも合格だそうだね、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「いよいよですわ!」
アリーセさんにも馬車が迎えに来ていて、アンスヘルム様のお見送りで二台が連なって王城を後にする。
「じゃあね、『リディ』!」
「うん『アリーセ』、また明日!」
仲直り……ってわけでもないけど、喧嘩は自然消滅した。
アリーセさんのご実家にアンスヘルム様を訪ねてきたメルヒオル様が、あまりにも私をベタ褒めしていたので、大きな誤解を生んだらしい。
想う相手が違えば、争う理由がなくなった。アリーセさん――アリーセも本気で謝ってくれたし、私の実力も認めてくれている。私もね。
「そうだ、リディ」
「はい、ローレンツ様?」
「僕の叙爵式が、明後日に決まった。今更慌てることでもないけれど、そのつもりをしていて欲しい。ああ、君とアリーセの正式な任官はその翌日、明々後日になるかな」
「はい、畏まりました」
ローレンツ様の王室公爵就任はもちろん、領地に行く準備もしなくちゃいけない。
とりあえず試験にも合格したし、これからが忙しくないはずもないけど……ひと段落、でいいのかな。
でも。
まずはローレンツ様に、心の平穏を取り戻して貰いたいと思う私だった。
▽▽▽
試験後私は、ローレンツ様のお式の準備に忙しいギルベルタさんとアマルベルガさんに代わり、掃除に洗濯に食事の準備と、月光宮の一切を任された。
田舎料理がせいぜいだけど、薄くスライスしたハムのカツレツを添えた根菜のスパイス煮込みは、ギルベルタさん達だけでなくローレンツ様にも褒めて貰えたので、とても嬉しい。
食料庫のありものから思い浮かべたアレンジ料理――ハムカツとカレーもどきなので、実は最初から美味しいと決まっていたなんて、誰にも話せない私だけの秘密である。
そして、王室公爵の就任式当日。
「殿下、おめでとうございます」
「みんな、ありがとう!」
早朝にはメルヒオル様とアンスヘルム様とアリーセが、もう揃っていた。
表門に全員で――レシュフェルト王室公爵を支えるみんなで並び、今後のことなどを話していると、早々に先触れの騎士さまが確認に来て、その後すぐに王室の馬車が姿を現した。
「ローレンツ殿下、お久しゅうございます」
「ブルクハルトが来てくれたのか! 元気そうで何よりだ」
「はい、殿下。臣ブルクハルト・フォン・バイルシュミット、本日の見届け役でございますれば、よしなに願います」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む」
品のいい老貴族が迎え出て、ローレンツ様は車上の人となり、王宮へと向かわれた。
ギルベルタさんだけはエメリッヒさんが操る紋無し馬車で、着替えと一緒に追いかける。いつもの馬車は、公爵就任に伴ってローレンツ様の紋章が変わるので、工房に預けられていた。
殿下の御一行を見送り、残された私達はすぐに解散、夕方、ローレンツ様を迎えるまでに片付けておきたいそれぞれの仕事に取りかかった。
「旧ヴィルマースドルフ領の資料なんだが、どうにもな……」
「今更だ。自由に出来るだけ、随分と状況はいい」
「中央から遠いことも、都合がいい、か」
メルヒオル様とアンスヘルム様は、旅程の確認と、旧ヴィルマースドルフ領――ローレンツ様に下賜されてから名前が変わるレシュフェルト領の差配についての相談中だった。
時々茶杯を入れ替えに行くけれど、なんだか頭を痛めておられるご様子だ。こっちの都合で選べるわけじゃないからねえ、下賜される領地って……。
何だか王都からものすごく遠くてその旅程はたっぷり一ヶ月半、船を使うとしか聞いていない。もしかするとうちの実家よりも田舎なんじゃないかと、少しだけ恐い想像がよぎった私だった。
アリーセは、月光宮で新しく雇うというメイド候補を迎えに行っている。ギルベルタさんがローレンツ様についていくので、アマルベルガさんだけじゃ、月光宮が回らなくなることを見越しての新規雇用だった。
小さいとは言え、ローレンツ様は王室公爵就任と同時に領地を下賜されるので、この月光宮は本邸からレシュフェルト家王都別邸にお役目が変わる。
……今後はそれほど王都に用事がないような口振りのローレンツ様ではあられたけど、もちろん、このお屋敷も下賜されたもので、勝手な処分など出来るはずもない。
幸いなのは、国から与えられていた第三王子の歳費は打ち切られるものの、小領の収入はそれを補っても余りあるということだ。
なんなら領地を育て、収入を増やしてもいいんだけど……ふふふ、期待してるよなんて、言われてしまった。
「アマルベルガ様、味見をお願いします」
「はい。……ええ、これなら大丈夫です」
私とアマルベルガさんは、夕方開く小さな祝宴の準備に大忙しだ。
公式のお披露目や集まりじゃないけれど、レシュフェルト家の家臣団がここ月光宮に揃うことになっていた。
私とアマルベルガさん以外は旅行というか異動に伴う移動の準備に奔走されていたから、忙しさは誰も皆、変わらないにしても、お迎えの準備はとても大変だった。
「では皆、杯を掲げてくれ。……乾杯」
「乾杯!」
無事に王室公爵ローレンツ・フォン・レシュフェルト――レシュフェルト大公となられたローレンツ様は、食堂に揃った顔ぶれを満足げに見回した。
「皆揃ってくれて嬉しく思う。今後とも宜しく。じゃあ、後は気楽にしてくれ」
「は、ありがとうございます」
ローレンツ様は王族から離れて臣籍になるというわけではなくて、成人の証として公爵位を与えられたので、敬称はこれまで通りの殿下でいいらしい。
テーブルにはローレンツ様を含め、六人が席に着いていた。
「メルヒオル、進捗はどうだ?」
「は、王都にて行うべき手配は、結果待ちの数件を残すのみであります。予定通り、来週には出立できましょう」
まずは文の要の筆頭家臣で皆のまとめ役、メルヒオル・シュテフェン・フォン・テーグリヒスベック様。
商務府から異動になったメルヒオル様は、仕事の桁は一つ二つ減るが、権限は大きくなるなと笑っておられた。
「アンスヘルムはどうだ?」
「はっ、騎士団の引継は終了、いつでも動けます」
武の象徴たるレシュフェルト騎士団長には、もちろんアンスヘルム・フォン・ヴォルフェンビュッテル様が指名された。
公爵領の懐具合を表すかのように、所属するのは団長一人のみの名ばかり騎士団だ。アンスヘルム様が騎士団長としての礼遇を受けられるようになることが騎士団設立の目的だったので、まあいいだろうと幹部は皆頷いていた。
「ねえ、リディ。この料理、貴女が作ったの?」
「うん。……いっぱい手伝って貰ったけど」
女官長にはその妹、アリーセ・フォン・ヴォルフェンビュッテルが内定した。
明日にならないと任官が認められないから、内定止まりなのは仕方がない。満面の笑みを浮かべてワインをお代わりしてる。
「ふふ、前菜はリヒャルディーネ様がお一人で全部こなされたんですよ」
侍女頭にはもちろん、ギルベルタ・フォン・グリースバッハさんだ。
公爵邸の采配は、もちろん彼女が一切を仕切る。他の人選は考えられなかった。今日は祝いの席なのでテーブルについてらっしゃるけれど、落ち着かないご様子だった。
「先日のカツレツも美味しかったけど、今日のこの、ぷりぷりとした食感の不思議な料理もいいね」
「ありがとうございます、殿下! それはか……運良く手に入ったスズキの白身をすり身にしてこね上げ、蒸したものなんです」
「へえ……」
あやうく蒲鉾、と言いそうになって、調理法だけを付け加える。
無理に名前を付けるとすれば、『スズキの練り蒸しの温野菜盛り・チーズと胡椒のソースを添えて』……ぐらいになってるといいなあ。
お酒の肴にも良さそうだねと、ローレンツ様はにこやかに頷いてくださった。そりゃあもう、チーズと蒲鉾の相性については、改めて言うまでもない。
本当のところは『蒲鉾もどき』だけど、私の舌も、味は悪くないと言っている。これは、本格的な再現に挑戦してもいいかもしれない。
「ご領地は海際とお聞きしておりますので、実は楽しみにしております」
「ふふ、僕も楽しみにさせてもらうよ」
私、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフは、ローレンツ様付きの女官……にはならなかった。
アリーセ配下の平女官、その実、皆のお手伝いをする何でも屋さんとして、みんなを支える。
出世するぞと意気込んではいたけれど、最初の一歩は小さい一歩の方が、私にはいいかもしれない。
ここにはいないけれど、御者のエメリッヒさんは退職を選んだ。
身体もなまってきたし年老いたご両親も王都にいらっしゃるということで、代わりに息子のイルミンさんが殿下の御者を引き継ぐことになっていた。
「来週からは旅続きだ。今週いっぱいは、十分英気を養ってくれ」
「お気遣い感謝いたします、殿下」
とにかく今日、ローレンツ様は王室公爵となられ、領地を下賜されて、支える臣下も揃った。
私も女官の試験に無事合格している。
……名ばかりの公爵に寂れた田舎の領地でも、ローレンツ様には自由への船出に違いない。
私は銀杯に半分のワインをちびちびと舐めながら、これが本当の苦労の始まりなのかなと、皆さんの顔を見回した。




