第二十四話「第二ラウンド」
第二十四話「第二ラウンド」
試験は無事に終わったけれど、私は筆頭のお爺ちゃんのリクエストに応え、もう一度強化付きの熱弾で騎士人形を貫いた。
「返す返すも惜しいのう……」
「まあ、殿下のお手つきでなかったら、うちで鍛えていたがな」
「お前なんぞに渡すはずなかろうが!」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ!」
お爺ちゃん達はまたまた口喧嘩を始めてしまい、宮廷魔術師マルティン様が、改めて私達に向き直った。
「ああなると長いのでね、覚えておくといい。……【浮遊】【浮遊】【誘導】【誘導】」
やれやれという表情でマルティン様が杖を振ると、練兵場の隅に置かれていた机と椅子が、別々に飛んでくる。
「さて合格者だが……三番、五番、六番となる。残りの者は不合格だが、もしも、まだ心が折れていないなら、次回の試験までしっかりと学び、鍛えておくように」
不合格の三人は、落ち込んだり、悔しそうだったり、それぞれの表情で騎士様に連れられて練兵場を後にした。
「では、三番の受験者」
「は、はい!」
「名前は?」
「王都南街区ベルタ通り、蹄鉄職人ゼルマルの娘、ベネディクタでございます!」
家の名がない庶民の場合、自分の名前に加えて、住処とお父さんの名前や職業を名乗ることが多い。
いわゆる『二つ名』を持つような人はとても少ないし、近所で通じる程度のはあだ名と変わりないから、お外では意味がなかった。
ついでにベネディクタさん、私の一張羅よりもずっとあか抜けたお出掛け着を着ていたから、貴族の娘さんかと思っていたら……流石は王都、侮りがたしだなあ。
「読み書きは出来るかね?」
「はい、大丈夫でございます!」
「ではベネディクタ、君はそちらに座って。五番と六番の二人は、採用認可状を出してくれ」
……やっぱり、アリーセさんも採用済みだった。
私と同じく、彼女もこちらを見て、肩をすくめている。
しばらくして返された採用認可状には、監督官マルティン様の名前と、特技として魔法を認む、という一言が書き加えられていた。
「二人は採用先が決まっているんだったな」
「はい、マルティン様」
一般採用なら、正規の合格に加えて特技でも合格を貰えたなら、手当てなんかの余禄と同時に、別のお仕事をまわされたりもするそうだけど、私には関係ないかな。
「では、今日のところは――」
「あの、マルティン様!」
「うむ?」
「その子と……六番の子と、勝負させてください!!」
「え?」
アリーセさん、突然何言い出すの!?
止める間もなかった。
ベネディクタさんも書類を書き入れる手が止まっているし、お爺ちゃんと騎士団長様も、喧嘩をストップしてこちらに顔を向けておられる。
練兵場には、ものすごく微妙な空気が漂っていた。
結局、彼女の熱意に私の方が折れた。
別に争う理由はない……気もしたけれど、ローレンツ様を間に挟んだライバルとなると、私もやっぱり譲れない。
服が汚れないならという条件で、魔法勝負を受けることにした。
……村で使っていたよれよれの練習着でも着てるんなら、何でもありのガチンコ勝負でもよかったけど、今着てるお出かけ着、ほんとに予備がないからね。
監督官のお二人とお爺ちゃんが準備を引き受けてくださるというので、そちらはお任せをして、私とアリーセさんは、練兵場の隅で向かい合っていた。
「……あなた、なんでしょ?」
「はい?」
「メルヒオル様が『最近知り合った娘が、大した器だった。書類仕事も任せられるが、魔法も並ではないらしい』って」
改めてお顔を見ると、凛とした表情や態度も相まって、私から見ても綺麗な人だ。
出来る女のギルベルタさんや、大人の魅力のアマルベルガさんとも違い、これまで私の近くにはいなかったタイプの、まっすぐで勝気な美人さんである。
「えっと、たぶん……。あの、アリーセさん?」
「自己紹介は、後にしましょ。情が移ったら困るわ。……勝負なんだから」
そのまま彼女が黙り込んでしまったので、私も練兵場に目を向ける。
いつの間にか、背丈が四、五階建ての雑居ビルほどもあるゴーレムが、両腕を高々と上げていた。
「見ての通り、攻城戦に使う大型ゴーレムじゃ! だが、ただのでかいゴーレムと思う貰っては困る! 今を去ること三十六年の昔、バウムガルテンとの香辛料戦役に於いて、三重の城壁を持つ――」
「ジジイ、お前の口上など聞き飽きたわ! 二人が困っておるではないか!」
時間のある時なら、聞いてあげてもいいかなと思うけど、今は流石に私もそんな気分じゃない。
勝負はもちろん、目の前の大きなゴーレムをやっつけること。
服が汚れないならと条件をつけたお陰でゴーレムは棒立ち、単純に壊すまでの時間を競う。
ただ、油断は出来ない。
アリーセさん、さっきの騎士人形をやっつける課題でも、かなりの余力を残していたはずだからね。
銀貨を取り出したお爺ちゃんに対抗して、騎士団長様が見栄を張って取り出した金貨を投げ、アリーセさんが先行、私が後攻に決まった。
「はじめ!」
「【飛翔】【強化】!」
うわ、いきなり浮遊呪文すっとばしての飛翔だ!
浮くのはそうでもないんだけど、飛ぶって、結構怖いんだよね。気分の問題なんだけど、特に、足を踏ん張って止まれないのが怖い。
アリーセさんは、空中でも杖を振るって幾つかの呪文を唱えたようだ。
ゴーレムの頭の後ろにすばやく回り込むと、杖を右手に掲げ、左手をゴーレムに触れた。
「【開放】!」
どかんと派手な爆発が起きて、ゴーレムの首がわずかに傾いだ。
その爆煙の中から、アリーセさんが飛び出してくる。
今度は上から、かな?
「ふははは! その程度でわしのゴーレムが倒せると思うたか!」
お爺ちゃん、ノリノリだけど、それじゃあ悪役の台詞だよ……。
次にアリーセさんが選んだ魔法は、炎だ。
ゴーレムが三重か四重の、炎で出来た薄い膜に囚われる。
「綺麗……」
内側の膜ほど温度が高いのか、色違いのグラデーションがとても美しい。
しばらくすると、ゴーレムが異音を立てて真っ二つに割れた。
「それまで!」
「ほう……」
「砂時計は三分の二というところじゃの」
地上に降りてきたアリーセさんが、ハンカチで汗を拭く。
やっぱりまだ、余力残してたじゃないの。
「お目汚しを」
「四重の熱幕と……あとは水系の何かか?」
「はい、氷の槍を予めゴーレムの延髄に打ち込み、決め手の核と致しました」
「うむ、見事じゃった!」
「シンメンタール様にそう仰っていただけるとは、光栄です」
さあ、次は私の番だ。
砂時計三分の二――二分より短い時間で、尚且つ、先ほどの呪文よりもインパクトのありそうなやつ……。
そうだ、アリーセさんが『動』だったから、私は『静』で行こう。
再びゴーレムが用意され、私は右手の指輪を掲げて位置についた。
「はじめ!」
「【浮遊】【加速】。……【解除】!」
スケートっぽく地上滑走でゴーレムに近づき、そのふくらはぎに手を当てる。
せっかく棒立ちなんて条件があるんだから、有効に使わなきゃね。
「【解析】【術式】、【展開】」
あ、これなら簡単だ。
まあ、普通はこのサイズのインスタントなゴーレムに、複雑な抵抗術式は込めない。
戦場で作って、すぐに敵のお城に殴りかかるのが目的なので、力と防御に術式を割り振るのが普通だ。
そもそも戦争の最中に、のんびりとゴーレムに触れるようなことは……ないとは言わないけど、休憩中の敵陣地に忍び込んでゴーレムをこっそり奪うなんて、うちのお爺ちゃんぐらいしかやらないだろうし。
インスタントじゃないやつもあるけど、王様が直接出陣するような大きな戦にしか出さなかった。
……そっちはお値段が尋常じゃないからね。
「【消去】、【書換】。……【起動】、【指揮】」
とりあえず、『私のもの』にしたゴーレムに、手を振らせる。
「おいジジイ、勝手に動かすな!」
「わしではない! む、動かん!?」
「そ、それまで……?」
これなら、砂時計三分の一よりは早かったと思う。
許可を取ってから歩かせ、資材置き場になっている隅っこのほうで解体する。
「これは……『雷剣』アロイスが闇討ち六法の一つ、『傀儡』ではないか!?」
「ありえんわ! あのアロイスの技をこのような年端も行かぬ少女が……」
え、これって、うちのお爺ちゃんの必殺技なの!?
どうしよう、黙っていた方がいいような、お爺ちゃんの昔話を聞いてみたいような……。
「マルティン」
渋い低音の呼び声に、マルティン様は練兵場の入り口へと目を向けられた。
アンスヘルム様だ。ゆっくりと、こちらにいらっしゃる。
「やあ、アンスヘルム。どうかしたか?」
「その二人を引き取りに来た。うちの団長と筆頭殿があの様子なら、こちらは終わっているのだろう?」
「お兄さまあああああ!」
アンスヘルム様に駆け寄ったアリーセさんは、半泣きで抱きついて……って、お兄様!?
「アリーセ、まさか……不合格だったのか!?」
「合格はしました! でもお兄様、あの娘に、負けてしまいました……」
似てない。
全っ然、似てない。
頼りがいが全身から溢れそうなほどがっしりとしたアンスヘルム様に対して、アリーセさんは女性にしては背が高いとは思うしスタイルも抜群だけど、別に筋骨隆々なわけじゃなかった。
むしろ、メルヒオル様の妹って言われた方がしっくり来る。
「お前ももう十八、世の中を知る時期が来たのだろう。若い世代にも自分より強いものがいると知れて、よかったではないか。新たな知見を得て、慢心を戒め、更なる高みへと至る、その礎に感謝せよ」
「はい、お兄様……」
でもアンスヘルム様の妹なら、ローレンツ様と親しいのは当然で、そりゃあ、私の方が後からもぐりこんできた余所者ってことになっちゃうか……。
もちろん、そんなこと位で諦めないけど。
「先ほどからのご無礼な態度をお許しください。ヴォルフェンビュッテル男爵家の長女、アリーセ・フォン・ヴォルフェンビュッテルですわ」
「いえ、こちらこそ、失礼致しました。東方辺境はアールベルク、オルフ領主ランドルフ・バルド・フォン・オルフが三女、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフと申します、アリーセ様」
「リヒャルディーネ嬢も合格と聞いている。よく学ばせても貰え」
「はい、もちろん」
表情を見る限り、わだかまりはなさそうだ。
でも、体育会系思考のような、騎士道精神のような……真正面から突っ込んできそうな雰囲気がする。
……っていうか、すぐにアンスヘルム様を向こうに押しやって、肩を寄せ合うように内緒話の姿勢に持ち込まれた。
ぎゅっと肩を抱かれたので逃げられない。
「……メルヒオル様は渡さないからね。正々堂々、勝負しましょ」
そのまま髪を翻して去ろうとしたアリーセさんの肩を、がっしりとつかむ。
それはこちらとしても、聞き捨てならなかった。
「ぐえっ!?」
「私が好きなのは、ローレンツ様です」
「……え?」
アリーセさんが、これ以上ないほど驚いている。
思い込みも激しいのかなと、少し心配になった。




