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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅱ・王都編

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第二十三話「魔法試験に名を借りた『勝負』」


 お爺ちゃんはまだ残念そうだったけど、その場で採用認可状が発行され、私は晴れて、女官となった。


 今の時点では、正しくは『女官候補』になるけど、一安心だ。


 受け取った認可状と共に、身元保証人ローレンツ様の一筆を任官の書類とまとめて宰相府の人事部署へと出せば、正式な女官と認められる。


 なるほど、その場で認可状が出されるから、こんなに偉い人が面接、というか試験を直接担当していたのだと、理由が分かった。


「合格だからね、魔法の試験はどちらでもいいが……どうするかね?」


 面白そうな表情で、若い文官さん――商務府所属のグラウデンツ書記官がこちらを見た。


「もう一人の子も、受けるようよ」

「えっ!? ……私も受けて、構いませんか?」

「ほう?」


 貴婦人――茶事(ちゃじ)指南役カトリーン夫人の言葉に、少し迷ったけど、私は今朝出逢ったアリーセさんのことが気になって、魔法の実技試験を受けることにした。


 ちりりんと卓上の呼び鈴が振られ、先ほどとは違う女官さんが現れる。


「彼女は魔法の試験を受ける。訓練場の控え室へ」

「畏まりました」

「ありがとうございました。失礼いたします」

「試験までには少し時間があるから、食事でもするといい。……君、手配を」

「畏まりました。どうぞ、ご案内いたします」

「皆様、重ねて御礼申し上げます」


 休憩は、ちょっと嬉しいかな。

 肩が凝ってる気がする。


 やっぱり試験なんて、どこで受けたって緊張は変わらないものなのだ。




 ▽▽▽




「後ほどお迎えに上がりますので、この中でお過ごし下さい」

「はい、とても助かりました。ありがとうございます」


 こちらにどうぞと、また建物を三つほどぐるっと回り込み、騎士団か近衛隊の食堂らしい場所に連れていかれると、女官さんがコックさんに一言告げただけで、私は大振りの白いパンと、やたらと肉の多いシチューをご馳走になることが出来た。


 流石はお城、おいしかったけどお昼にしてはちょっと重いなあ、なんて考えながら、食後のお茶までしっかりいただいていると、鎧を身につけた騎士の集団が入ってくる。


「……む、リヒャルディーネ嬢!?」

「え、アンスヘルム様!? うわ、ご無沙汰しております!」


 慌てて立ち上がり、ぺこり。

 先頭の一際大きな人は、ローレンツ様の武の片腕、アンスヘルム様だった。


 身体に見合う大きくて重そうな鎧を身につけているというのに、アンスヘルム様は『普通に』歩いて私の所までこられた。


 そう言えば、鎧姿は初めてみたなあと、背の高い偉丈夫を見上げる。


「隊長、お知り合いですか?」

「うむ」


 私はあっと言う間に、鎧の集団に囲まれた。


 威圧感は、殆どない。


 アンスヘルム様も緊張されている様子はないし、他の騎士様も興味津々のご様子で、私とアンスヘルム様を見比べて、楽しそうだった。


 王城勤めの騎士なんて、もっと堅苦しいかと思っていたけれど、休憩時間は意外に普通みたいだ。


「……ああ、今日は女官の試験日だったな。リヒャルディーネ嬢、こちらにいるということは、魔法試験か?」

「はい。試験官様が、時間があるので食事を摂っておくようにと、案内の女官さんをつけてくださいました」

「そうか。合格を楽しみにしている」

「……あ」

「どうした?」


 私は鞄から、認可状を取り出した。


「ごめんなさい。もう、合格してます」


 合格の一言に、アンスヘルム様が驚かれた。

 周囲の騎士様もざわつく。


「むっ!? 済まない、おめでとう」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。ありがとうございます」

「殿下より魔法が得意と聞いていたが、そう言えば、メルヒオルが褒めるほどの才女でもあったな、貴女は……」


 ふむと顎に手をあてたアンスヘルム様の後ろから、手が挙がる。


「あの、隊長」

「なんだ?」

「せめて、こちらのお嬢様を我らにもご紹介戴けませんかね」

「そうですよ!」

「隊長だけずるいです!」

「うむ、彼女は――」

「こらあああああああ!!」


 突然の大声に、私だけでなく、騎士様一同がそちらを向く。


 あ、さっきの女官さんだ。

 ものすごく怒った様子で、こちらにやってくる。


「何ですか、あなた方は! 小さな女の子を鎧で囲むなど! 騎士として恥ずかしくないのですか!!」

「へ?」

「うむっ!?」

「まあ! ヴォルフェンビュッテル隊長! そんな……。あなたの隊は、従士に至るまで真面目な好青年揃いと思っていましたのに……」

「いや、あー……」


 心底呆れたという風な女官さんと、ものすごく困った顔のアンスヘルム様の対比がおかしくて、私はつい吹き出してしまった。




 すぐに誤解は解いたけど、恐縮してぺこぺこと謝る女官さんが可哀想すぎて、私も一緒に謝った。


 そりゃあ、私を取り囲んでいたから騎士様達の笑顔は見えなかったし、誤解はあったけど申し訳なさが先に立つ。


 それにこの女官さん、騎士の一団を怒鳴りつけるという無茶をしてまで、私を助けようとして下さったのだ。

 すごくいい人だと思う。


「ああっ、わたくし、なんてことを……」

「だ、大丈夫だと思いますよ。私を庇おうと大声を出してくださった時も、『真面目な好青年揃い』って仰っていたじゃないですか。あれで悪印象も薄れてますって」


 アンスヘルム様も他の騎士様達も笑って許してくださったので、今は私も、どうにか試験の方に気分を傾けていた。


 落ち込む女官さんを励ましながら、騎士団の練兵場へと案内してもらうというか、道順を聞きながら背中を押すというか……。


 騎士団食堂の隣、大きな壁一つ向こうだったので、すぐ着いたけどね。


「お待たせいたしました」

「うむ」


 広い練兵場では、マントをまとった白髪頭の騎士様とその部下らしい騎士の一団、そして中年の魔術師と、やはりその部下らしい魔術師、それに受験者が六名……。


 もちろん、あのアリーセという名の美人さんもいる。


 小さく会釈すると、不敵な笑みで応じられてしまった。


「時間前だが、始めるか?」

「団長殿、老師もいらっしゃるとのことですが……」

「あのジジイ、どうせ興味本位だろう。構うものか」


 老師って、筆頭宮廷魔術師のあのお爺ちゃんかな?


 まあ、見られていて試験内容が変わるってわけでもなさそうだから、いいか。


「魔法の特技を申告した受験者に告げる。私は魔法試験の監督官、『聖竜』騎士団団長のメルツィヒだ」

「同じく監督官を拝命している宮廷魔術師、マルティンです」


 最初に伏せたカードを引かされ、番号が割り振られた。私は運良く、最後の六番だ。

 但し、一つ前の五番がアリーセさんなので、印象という点では難しい順番かもしれない。


 ……表情を見ると、アリーセさん、ものすごく余裕ありそうだし。


「試験は基本的にこちらで手本を見せ、同じ事をやって貰う。成否と内容で点数を付けるが、呪文の選択や組み替えは自由にして良い。例えば、一番最初の試験は、重い荷物を移動させることだが……おい」

「はっ!」


 団長さんが指示を出すと、騎士様が二人、前に出てきた。


 一抱えもある大きな鎧を地面におくと、十歩ほど離れた地面に円が描かれる。


「【浮遊】【誘導】」


 騎士様が離れると、マルティン様が杖を掲げて鎧に呪文を掛けた。

 ふわっと浮き上がった鎧が、円の中にすーっと移動する。


「もちろん、今の魔法で必要十分です。しかし、結果が同じなら組み替えてもいい。……【浮遊】【魔手】」


 同じように浮き上がった鎧が、元の位置に戻される。


 魔手は操作が難しいけど、誘導より魔力の消費が少ない。


 ……これって、ヒントなのかな?

 後の試験を考えて、魔力を節約しておく方がいいかもね。


「言っておきますが、爆風の呪文で吹き飛ばして動かしたりしないように。鎧に傷が付きそうな魔法は、大きく減点します」


 そりゃそうだ、とは思うけど、受験者全員が全ての呪文を覚えて試験に臨むわけじゃないし、魔力の大小や、操り方の上手い下手もある。


 でも。

 マルティン様の表情で、注意が必要……というより、過去の受験者にそういう人が居たんだろうなと、直感した。




 最初の荷運びは全員無難にこなし、二番目の炎の魔法から木のコップを守る試験で、二人が失敗した。


 もちろん、魔法の得意不得意はあるので、脱落とはならない。


 三つ目の、四人の騎士様が押してくる丸太を押しとどめる力比べは、私とアリーセさんだけが合格した。


 次はその丸太が縦に置かれる。


「きっかり一ディギトゥス(指幅)、動かしてくれ」


 一ディギトゥスはほんの二センチ弱、重い物を僅かに動かすのは、とても難しい。


「【浮遊】【誘導】」

 

 前の四人は失敗したけれど、アリーセさんは上等そうな杖をさっと一振りして、難なくこなしてしまった。


 いやほんと、詠唱も綺麗なら魔力の使い方も上手い。


「次、六番!」

「はい! ……【浮遊】【微力】【魔手】」


 ここまでは、私も失敗なし。……無論、負けるわけにはいかない。


 私の魔力じゃ強すぎるかもしれないと、制御の言葉を入れて力を加減する。

 ここまでの試験で、結果が正しくて乱暴な魔法じゃなければ、合格が貰えると分かっていたからね。


「では最後だ。……おい!」

「はっ!」


 剣技や魔法の訓練に使う、丸太人形が持ち出される。

 今は分厚そうな鎧を着せられていた。


「四人の敵が襲ってきた、さあどうする? ……という設定だ」

「もちろん、人形はあなた方に向かってきます。【多重】【四層】【魔手】。【指揮】」


 ごごごごと、地面を削りながら人形が向かってくる。って、結構早い。


 これが本命らしいけど、女官の試験にしては……随分と物騒だ。


 ……お爺ちゃんの特訓のお陰で慣れてるのは、いいんだか悪いんだか。


「始め!」

「【直射】、【火弾】。【直……きゃああああ!」


 三人は詠唱が間に合わず自分の側まで騎士人形に寄られ、四人目は諦めた。


 もちろん、次は……。


「【待機】。【多重】【四層】【直射】【炎弾】。……【解放】」


 アリーセさんは、火弾の上位呪文、炎弾の多重詠唱で騎士人形を一気に吹き飛ばしてしまった。

 こちらを見てから、くるんと杖を回して腰に納め、にやっと微笑んでる。


 ……むう。

 禁じ手の奥の手……は使わないにしても、ここまでは互角、絶対負けたくない。


「行きます!」


 じゃあ、私の持つ四十八の得意魔法の一つ、『アレ』しかない。


 ……いや、四十八もないけど、気分よ、気分。


 右手の指輪を意識して、精神を集中する。

 目標は四人の騎士人形、お爺ちゃんの特訓に比べれば、そう複雑なシチュエーションじゃない。


「【待機】。【多重】【四層】【誘導】」


 相手が同じなら、ここまでは似たような構成になる。


「【熱弾】【強化】【強化】【強化】【圧縮】」


 私はアリーセさんの呪文を意識して、炎系統の別呪文……というか半分オリジナルの熱弾に三重の強化を掛け、更に威力を高めるために圧縮した。


「【解放】!」


 びゅんと風を切る音、同時に微かな熱気が頬を撫でる。


 続いて騎士人形の鎧がぎゅんと軋んで唸り、練兵場の壁にも大きな土煙が上がった。


 うんうん、久しぶりだけどいい手応えだ。


 ストレス解消にいいんだよね、魔法って。


「……なんだと!?」

「馬鹿な! 騎士団制式の重鎧だぞ!?」


 監督官のお二人だけでなく、アリーセさんも驚愕の表情だ。

 そちらには、にっこりと笑顔を返しておく。


 鎧が魔法強化されている可能性も考えて三重の強化を掛けたけど、私の魔法は騎士人形の胸の真ん中を貫き、丸太もしっかり貫通していた。


 ……ふっふっふ、大成功!


「なんじゃ、急いで来たのに試験は終わったのか?」

「遅いわ、ジジイ!!」


 ようやく筆頭のお爺ちゃんがやって来たけれど、騎士団長さんが怒鳴り返し、口喧嘩が始まってしまった。


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