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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅰ・アールベルク編

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第十二話「そこに在って、見えないもの」

 一日目の視察はそれで話が終わったけれど、どうにも気になる私だった。


 もちろん、気にしたところで私は案内役であって護衛や衛兵さんじゃないから、どうしようもない。魔法はそこそこ使えても、素人の女の子って部分は変えようがなかった。


 だけど、巻き込まれても嫌だし、ローレンツ様が酷い目に遭うのも嫌というこの気持ちも、どうしたものかと考えてしまう。


 結局、私には何も言わなかったローレンツ様の態度を優先して、報告は保留にした。




 翌朝、今度は三人揃って現れた一行を、代官屋敷の玄関でお出迎えする。


「昨日はありがとう、リディ」

「こちらこそ、ありがとうございます。お仕事の一助に成れたのなら幸いです」


 ローレンツ様の様子は、普通、かなあ。


 書記方のメルヒオルさんも護衛のアンスヘルムさんも、一昨日会った時と変わらない。無表情とまではいかないけれど、完璧なお仕事モードだった。


 逆に怪しいけれど、聞くわけにもいかない……か。


「こちらです」

「うん」


 庁舎で男爵閣下と政務官様に挨拶を済ませてから、私のいつもの仕事場へと先導する。


 資料室には昨日の内に机と椅子が運び込まれ、一行がこの場でお仕事出来るようになっていた。……一つしかない応接室をずっと占有するわけにはいかないという、地方庁舎ならではの問題もあるけどね。


「ローレンツ様。狭い場所で申し訳ありませんが、どうぞお楽になさって下さい」

「十分ですよ、リディ」

「さあ、メルヒオル『様』もアンスヘルム『様』も、どうぞ」


 席を勧めつつカマをかけ、仕上げ前の目録を広げる。


「うむ、世話になる」

「……自分は護衛ですから」

「お前も座れ。今日は本気で手が足りん」

「メルヒオルの言うとおりだ。構わない」

「はっ、ローレンツ様のお言葉であれば」


 うん、やっぱりね。


 少なくともメルヒオル様は貴族で、そのメルヒオル様に対等な態度で接するアンスヘルム様も、たぶん貴族だろう。




 私は三人の前で家名を名乗っていたから、無視されるというのも考えにくい。


 それに平民ながら書記方――文官を名乗っているような人が、私に対して『うむ、世話になる』は、あり得なかった。


 つまり、ローレンツ様の男爵家子息というのは嘘ではなくても、脇の二人が家名を隠している可能性は高い。


 その上で考えを重ねると、今の『うむ、世話になる』という台詞は、私のカマかけに対する返事、あるいは牽制なのかもしれなかった。


 気付いた理由は、昨日のローレンツ様の様子を思い出しながらずっと考えていたから、ってことになるのかなあ。


 こんなに世慣れてない人を、幾らなんでもそのまんま地方行脚に放り出すのはちょっとなあ、って思ってしまった。

 補佐役にどんな切れ者を宛っても、平民じゃ立場が弱すぎる。


 ただねえ……。

 それに気付いたとしても、実は何かが変わるわけじゃなかった。


 お二人を通してローレンツ様に対する尋ね事、例えば予定が変わりましたとか、お茶の用意をしましょうかなんてお伺いを立てる時に、多少気を使うくらいだ。


 だって。

 元より、王都から派遣されてきた男爵家のご子息とその一行なので、それ以下には下げようがないんだもん。


 地方領主の娘じゃ、結局見上げるしか選択肢がない。


「清書前で申し訳ありませんが、こちらが蔵書録になります。三年前より手前は各部署が直接管理していますが、それ以前の物は全てこの部屋にあります」


 頼んだ通り、三人が事務仕事を出来るように大きな机が持ち込まれていたので助かるよ。

 いつもの机は、私一人でも小さいからね。このままこの机に入れ換えて貰えると嬉しいけど……。


「ほう、蔵書録が……」

「メルヒオル様、私は資料室が本来の持ち場です」

「うむ、頼らせて貰うぞ」


 ……私が理解したって事に気が付いて、隠す気なくなったのかな。まあいいけどね。

 メルヒオル様が早速手を伸ばし、下書きの目録をぱらぱらとめくりだした。


「メルヒオル、今日はお前の力が必要だ。『私』も使え」

「はっ」


 ローレンツ様の一言で目つきの変わったメルヒオル様に、本気度合いが伺える。箔付けの地方行脚とは言うものの、報告書には質が求められていたりするのかもね。出世の足がかりなら、それもあるかな。


「ローレンツ様、アールブルク管区の各領地に於ける主要な産物については、昨日の内に大凡把握しております。本日はその出荷量や出荷額の推移に重点を置き、資料にあたりたく思います」

「うむ」


 とにかく、これは私も忙しくなりそうだ。

 どう考えたって、書架まで冊子を取りに行って戻すのは、私の仕事になるはずだった。




「お待たせしました」


 お昼過ぎ、頼まれた『昨日のガレット』を仕入れて帰ってくると、三人は私が出ていった時と全く同じ姿勢で黙々と本を読んでいた。


 ほんの時々、ペンが動いて書き付けが埋まる。朝からずっとそれの繰り返しで、たまにお声がかかって私が本を取りに行くぐらいしか部屋には動きがなかった。


 藁紙に包んだガレットをそれぞれの手元に置き、厨房から借りてきたお茶セットを用意する。


「どうぞ」


 返事の代わりに藁紙を開く音が響き、ガレットにかぶりつく小さな音が三つ。

 昼の休憩まで潰して調べ物をする三人に、やはり報告書が出世の足がかりになるんだろうなと一人頷く。




 ……ん?


 ちょっと待とうか私。




 ここは落ち着いて考えよう。


 もしも、私がお手伝いした報告書が出世の足がかりになるのなら、これって大きなチャンスじゃないんだろうか?


 ローレンツ様が出世すると、覚えのよかった私にも、おこぼれが!


 うん、可能性はものすごく低いけれど、ゼロじゃない。


 ともかく、足がかりがうちのお爺ちゃんと代官の男爵閣下だけしかない今の私、それが一つ、王都に増えるんだと思えば、一日二日の頑張りなら絶対に損しない。


 ふっふっふ。

 ここは私も本気で手伝おうじゃないの。


 ついでに言えば、私は案内役のお仕事を与えられているわけで、ローレンツ様の出世がどうあれ、一行が満足して問題を起こさずにアールブルクを去るだけでも、男爵閣下からの評価は上を向く。


 うん、それがいい!


「メルヒオル様、失礼いたします。こちらを」

「うむ?」

「もしかすると、お役に立つかなと。……ここにある資料の内、破損している資料の一覧です」

「……何!?」


 あ、初めてまともに視線を合わせてくれたかも。


 年は知らないけれど、メルヒオル様は二十代半ばぐらいかな。淡い青髪が窓から入ってくる光にきらきらして正に貴公子然としているのが、とても目の保養になる。


 ……今だけは、手渡した書き付けを見つめる目つきが茶化せないほど真剣で、ちょっと引くけどね。


 しばらくして、メルヒオル様の手が、ぴたりと止まった。


「……リヒャルディーネ嬢、この印はなんだ?」

「明らかに『破り取られていた』冊子です」

「全部持ってきてくれ!」

「は、はいっ!」


 怒鳴り声ってほど大きくはなかったけれど、迫力がありすぎる声に、私は書架にすっ飛んで行った。


「えっと……よし、【浮遊】」


 破損していた冊子は、後からもう一度チェックしようと別にしていた。ナイス判断だよ私!


「どうぞ」


 重さを軽くした本の山を両手で抱えて机に戻ると、メルヒオル様は返事もせずに上の一冊を奪い取った。

 仕方がないので、右手側にそっと積んでおく。


 ローレンツ様もアンスヘルム様も驚いていたけれど、私と同じく、黙ったままメルヒオル様を見つめていらっしゃる。


「……リディは魔法も得意なんですね」

「……いえ、祖父から笑顔であしらわれる程度です」


 やがて、三十冊ほどある内の半分ほどを確かめたメルヒオル様が、静かに顔を上げた。


「……ローレンツ様、『黒』です」

「間違いないか?」

「はっ」


 ふむと深い表情で頷いたローレンツ様が、アンスヘルム様に命じる。


 って、何が『黒』なんだろう?


 口振りと調べ物の内容を考える限りじゃ、不正の証拠でも見つけたんだろうけど、最初からそれを調べに来た可能性もあるわけで……。


「アンスヘルム、『黒』の場合の手はず通りに」

「はっ!」


 アンスヘルム様が退出すると、今度は……ああ、私か。

 立ち上がったローレンツ様は、わたしの手を取った。


「リディ、済まないが……」

「他言無用、態度にも出すな。……ですよね?」


 若干申し訳なさそうなローレンツ様の先手を取って、私は正式な礼をしてみせた。


 ふふ、少しぐらいは格好つけてもいいよね。

 十四の見かけは変えようがないにしても、中身ならローレンツ様より『お姉さん』なもんで、ずっと子供扱いばかりじゃ、なんか……くやしかった。


「……この埋め合わせは、ローレンツの名に於いて必ずさせて貰うと誓おう」

「はい、ありがとうござ……ふぇ!?」


 頷くだけかと思ったら、おのれ名家のお坊ちゃんめ!


 実に洗練された作法通りの紳士の礼――手の甲にキスって反撃に、私は真っ赤になってうつむくしか出来なかった。




 その日は調べ物のお手伝いを続け、メルヒオル様が納得したところでお開きとなったけれど……。


 翌朝早く。


 公金横領の罪により、アールベルク代官バシリウス・フォン・ベーレンブルッフ男爵が逮捕されたとの一報が、アールベルクの市中を駆けめぐった。

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