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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅰ・アールベルク編

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第十三話「事件の裏側、表側」


 男爵閣下の逮捕はもちろん大騒ぎになったけれど、庁舎の方も当然、開店休業な状態だった。


「ギルベルタさん、資料室のお手伝いは助かりますけれど、執務室の方はいいんですか?」

「はい、私はただの書簡係でしたから、預かっていた鍵を提出して、仕事内容の取り調べを受けた後は解放されましたので……。それに今、執務室は騎士や兵士が闊歩していますから、お仕事になりません」


 ギルベルタさんのお陰で、少しは気が紛れる。資料室でもれるため息は、二人分で倍になっちゃったけど。


 とにかく、今日は朝から大変だった。

 起床時間の少し前、何か騒がしいなと思ったら、代官屋敷は別の街から駆けつけた騎士と衛兵に取り囲まれていて、男爵閣下はもう逮捕されていたからね。


 昨日のローレンツ様達の様子を知っていても、本当に寝耳に水だった。


 雰囲気はピリピリとしていたけれど、他の者は必要に応じて呼ばれるので通常業務に勤しむよう発表があり、代官の職はゾマーフェルト政務官が代行している。政務官様はこちらに派遣されて八年目、当面の間なら、管区を預かるのに問題はないそうだ。


 こんこん、こんこん。

 ……っと、考え後としてる場合じゃないや。


「はい、ただいま!」


 扉の先には、見知らぬ衛兵さんが二名様。余所の街から来た人達だ。


「お待たせいたしました、資料室でございます」

「書簡係ギルベルタはおるか?」


 前置きなしでいきなり用件を突きつけられる。

 ギルベルタさんが、すっと立ち上がった。


「私です」

「出頭だ。ついてこい」

「はい。……リヒャルディーネ様、お掃除、途中で申し訳ありません」

「い、いえ……」


 ぎいと扉が閉じられる。

 私には、厳しい顔の衛兵さんに挟まれていくギルベルタさんを呆然と見送るしか、出来なかった。


「……」


 確かに、代官のような立場の人が逮捕されれば『周辺の人』が疑いの目を向けられるのは当たり前で、書簡係なんていう連絡の要に位置するギルベルタさんは、残念ながらその『周辺の人』になってしまう。


 不安な中でも楽しかった、一昨日。

 昨日はお役立ちしようと、懸命に頑張った。

 なのに今日のこれは……なんなんだろう?


 ローレンツ様が悪いわけじゃない、とは思うけれど、どこかもやもやとして、気分が優れない。


 それに、男爵閣下はお爺ちゃんが私を預けてもいいと思うような人で、横領なんてせこい真似するのかなって、少し疑問が残る。


 もちろん、表の顔と裏の顔があっても、不思議じゃないけれど……。


「ふう……」


 どちらにしても。

 ……憂鬱だ。




 夕方まで鬱々としながら手を動かしていたけれど、それにも飽きて、私はぬるくなったお茶をちびちびと舐めながら、ぼーっと外を眺めていた。椅子と机を窓の際まで持ってきたけれど、元応接室だけあって、庭の眺めはいい。


 ……ギルベルタさん、戻ってこないし。


 こんこん、こんこん。


「はい、ただいま!」


 はいはい、今度は私ですかなんて、投げやりな気分で扉を開ける。


「失礼いたします、政務官殿が……ああ、代官代行がお呼びになられています」

「はい? っと、ええ、すぐにお伺いします」


 やってきた税務官さんに連れられ、大部屋奥にあるゾマーフェルト政務官の執務室へと向かう。

 代官執務室はまだ調査中なのか、見知らぬ衛兵さんが張り付いていた。


「失礼いたします。リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフ、参りました」

「うむ、ご苦労」


 前に挨拶した時も恐そうな人だなと思ったけど、今日は不機嫌そうな分が上乗せされていて、最悪だ。


 特にその、目つきがいけない。

 まあね、この状況で政務官様が上機嫌なはずないか。


「早速だが尋ねたい。……調査官である騎士ローレンツについてだ」

「はい」


 そう言えば、今日はまだお会いしてなかったなと、その顔を思い浮かべる。


「君は昨日一昨日、彼らと行動を共にしていたと聞いたが、間違いないかね?」

「はい」


 これは男爵閣下に案内役を命じられていたから、隠す事じゃない。……って、なんで隠すなんて気になってるんだろう、私は。


「一昨日は、アールブルク市中の店を巡り、産物の実物を直接お見せして回りました。昨日は資料室にてその関連資料を調べておいででしたので、これを手伝いました」

「……君は調査官の部下ではないはずだが?」

「はいっ!? ええ、もちろんそうですが、案内役を仰せつかっていましたので……頑張りました」


 目つきの鋭くなってきた政務官様にどうしたんだろうと思いつつも、『頑張りました』――この場に相応しくない言葉と笑顔を選ぶ。


 よく考えれば、私も男爵閣下直属の部下で、古い上に誰でも見られるけれど資料なんていう『情報』を扱う立場だった。

 その上、年齢はともかく男爵閣下とは親しい領主の孫娘とくれば、ギルベルタさん以上に疑われても仕方ない立場だよ、これ……。


「ふむ。私も彼らは産物調査の一団だと聞いていたが、実際には内偵の先触れであったそうだ。このことは知っていたかね?」

「いいえ。何かおかしいなとは思いましたけれど、知りませんでした」


 実は……隠し事や腹芸なんて、とても無理な私だった。


 中途半端に顔に出るらしく、誤魔化したいことがあるなら半分までは本音を出せ、そうすれば多少はましになるぞと、お爺ちゃんに笑われたことがある。


「おかしいとは?」

「調べ物の最中、『手はず通りに』という言葉があって、そのまま護衛役の人が走っていきましたから、不思議に思っていました」

「そうか……」


 これはそのまんまだから、いいよね。内偵の先触れってことまでは私も知らなかったけど、政務官様は先にご存じだったようだし。


「では……彼らが調べていた資料については、どのようなものであったか?」

「古いものから新しいものまで、産物についての全部です」

「全部!?」

「順に並べて、見比べていらっしゃいました」

「……」


 これも本当のことだ。

 正しくは、年ごとの数字をローレンツ様とアンスヘルム様がメモして、メルヒオル様が表にしてからチェックを入れていったんだけど、大筋じゃ間違ってないと思う。


 ただねえ……。


「……いいぞ。下がってよし」

「はい、失礼いたします」


 何をそんなに悩んでるんでしょうか、政務官様は?




 足取りも重く廊下を歩き、鬱な気分で資料室の扉を開ける。

 本当に、何でこんな騒ぎになっちゃったんだろうなあ……。


「あーあ……」

「おかえりなさい、リディ」

「へ……?」


 誰もいない資料室のはずなのに、ローレンツ様一行がゆったりとお茶を飲んでいらした。

 ……たぶん、ため息をもらしたところはしっかりと見られていたはずだ。


 私はそっと、扉を閉じた。


「リディ!?」


 すぐに内側から開けられる。

 もちろん逃げようもないけれど、私にだって気分ってものがあるし、表情だって引き締めたい。


「……失礼いたしました、皆様」

「ごめん。そんなに驚くとは思わなくて」

「いえ、大丈夫です。申し訳ありません」


 私の手を取って席に座らせたローレンツ様は、手づからお茶の用意をして下さった。


 正面にはローレンツ様、両脇にメルヒオル様とアンスヘルム様。


 こんな時じゃなかったら目の保養過ぎるんだけど、今はちょっとね。


「さて……。リディの方から、色々聞きたいことがあるんじゃないのかと思ったんだけど、先に私達の話をしましょうか」

「ありがとうございます。……お願いします」


 お茶に口をつけてから深呼吸し、姿勢を正して前を向く。


「まず、私はローレンツ・フォン・ヴァルケです。商務府に勤務する地方産物の調査官で、王国騎士として『聖竜』騎士団にも所属しています」

「あの、それって一番最初、お名乗りになられたまま……ですよね?」

「はい、その通りですよ。一番注目されるのは、私ですから」


 ローレンツ様は見せ札だったのかな?


 小説や漫画でよくある、目立つ行動をすることで他の人が動きやすくするためのお役目だ。


「私はメルヒオル・シュテフェン・フォン・テーグリヒスベック。同じく商務府の調査官。主担当は税務だ」

「はい、改めてよろしくお願いいたします、メルヒオル様」

「メルヒオルは今回の実務担当者です」

「リヒャルディーネ嬢、貴女のお陰で調査が早く片づいた。私からも礼を言わせて貰おう」


 メルヒオル様、いい感じですよ。


 たまにしか言わない礼を言ったって空気を他のお二人から感じるのが、特に!


「『聖竜』騎士団の騎士、アンスヘルム・フォン・ヴォルフェンビュッテルであります」

「彼は万が一の荒事に備えて、今回の調査に加わって貰ったんです」

「よろしくお願いしますね、アンスヘルム様」

「ああ……」


 鋼鉄の像が服着て歩いてるような感じだけど、内側から頼り甲斐がにじみ出てる。実直そうで好感度大だ。

 クリストフに紹介したら、すごく喜ぶんじゃないかな。


 メルヒオル様が私の方に向き直った。


「紹介で分かるだろうが、産物の調査は隠れ蓑、アールブルクに於ける不正の調査が……いや、不正の特定が目的だった。今は協力者などがいないか、虱潰しに更なる調査を進めているところだ」

「あの……ベーレンブルッフ男爵閣下は、どうなるんでしょう?」

「心配か?」

「祖父の親しい友人なんです」


 今更だけど、お爺ちゃん、今頃どうしてるかな。


 何十年ものおつき合いがある人が逮捕されたんだから、色々と思うことはあるんだろうな、くらいしか思いつかないけれど……ああ、まだ伝わってない可能性の方が高いね。


「……そうか」

「あー……そう言えばリディ、あなたは祖父殿の紹介で庁舎に出仕していたそうですが、これからどうするのです?」

「あ……。そう、でしたね」


 お爺ちゃんの推薦状を受け取った男爵閣下が、出仕の許可を出して仕事場まで用意してくれたわけで、言うなれば縁故人事だ。


 このままハイさよならって可能性もある。


「……リヒャルディーネ嬢」

「はい、メルヒオル様?」


 何か気に掛かるのか、メルヒオル様は訝しげな表情だった。


「貴女が先ほどゾマーフェルト政務官に呼ばれていたのは、今後の人事に関してではなかったのか?」

「え!? ローレンツ様とご一行のことを尋ねられていたんですが?」

「ほう?」

「そう言えば……」

「うむ?」

「皆様が、全部の資料を見比べていらしたと告げた時、なんか難しい顔をされていましたよ」

「……詳しく、頼む」


 メルヒオル様が妙に食いついてきたので、一字一句間違いない、とは言えないけれど、様子も含めて思い出せる限りを話す。


「……リヒャルディーネ嬢」

「は、はい!?」


 睨まれた。……じゃなくて、真剣に見つめられた。


「大手柄だ。……ローレンツ様、しばしの自由行動をお許し下さい」

「任せる。良いように」

「ありがとうございます。アンスヘルム、来てくれ」

「うむ。自分も失礼いたします、ローレンツ様」

「ああ」


 二人が去ってしまい、ローレンツ様と私だけが資料室に残された。


「……リディ、帰りましょうか」

「……はい、ローレンツ様」


 どちらにしても、今日はもう仕事にならない。


 私は帰り支度をして、お茶の道具を厨房に返しに行った。

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