因縁の対決
「では、チーム戦の対戦相手を発表します。神聖なるくじ引きの結果、一回戦は6組対1組!」
その発表に悲鳴にも似た歓声が会場を揺るがす。
何故こんなにも歓声が沸いているのか。例年なら最下層である6組が1組にいいように、いたぶられるだけの公開処刑が行われるだけだ。しかし、今年は一年最強の呼び声の高いライトアンロックが6組にいる。
沸き立つ観客と対照的な、1組とその関係者の口から漏れたのは悲鳴と怒号。
他のクラスとしてはライトに敵対心があるとはいえ、本音は1組の面子が無残にやられろと願う生徒も少なくない。
自分たちより上にいる1組が蹴落とされる姿に期待する、仄暗い願いがあるのもまた事実。
敬虔な信徒である生徒は邪な考えに流されそうになった自分を戒め、神に祈りを捧げているようだ。
他の組み合わせも公表されたのだが初戦ほどの盛り上がりは無く、会場の殆どが1組と6組の戦いを今や遅しと待ち構えていた。
「皆様お待たせしました、第一回戦の開始です! 両チーム入場してください!」
まずは東側に設置された両開きの鉄扉が、重々しい音を響かせ開いていく。そこから、まず現れたのは、白銀に輝く鎧に包まれた二人の男子生徒だった。
その二人は良くも悪くも名の知れた存在であり、いつもは自信に満ち溢れた表情を浮かべ、他者を見下す態度が今は鳴りを潜め、その顔は見事なまでに悲壮を表現している。
開け放たれた扉から助祭見習いの女生徒が二人続いて歩み出てきたのだが、男子生徒ほどではないが覇気が感じられない。
四人の見つめる先にある鉄扉がゆっくりと開いていくと、そこには二人を以前、絶望のどん底に叩き落としてくれた張本人が、いつもと変わらない小憎たらしい笑みを浮かべていた。
二人の姿を確認したその男――ライトアンロックはまるで親しい友人に向けるように、手を振っている。
その瞬間、二人の顔に生気が戻るどころか怒りで赤く染まっていく。
落ち込んでいた気持ちが吹き飛び、代わりにめらめらと対抗心が燃え盛っている。
「予定とは違ったが都合がいい。あの時の雪辱を晴らすぞ、ロイマス」
「ああ、わかっている、フォルデン」
二人――権力者の息子であるフォルデン、ロイマスは一日たりともライトアンロックを忘れたことなど無かった。
自分たちは人生の勝ち組で、輝かしい将来が保証された選ばれし存在だ。と思いこんでいた慢心とプライドは入学試験のあの日、跡形もなく粉砕された。
残ったのは恐怖心と絶望、そして表面上は同情している振りをしていた友人たちの蔑み。それは二人の心が見せた虚像だったのかもしれないが、砕け散ったプライドを掻き集めることに必死な二人にとって、それは真実と同等だった。
あれから二人は汚名返上を誓い、自分を限界以上に鍛え上げ、生まれて初めて本気の努力を続けてきた。そして、ようやく自信を取り戻しつつあった今、再びライトと遭遇してしまった訳である。
「組戦での策はチーム戦では使えないが、我らが以前とは違うことを見せつけてやろう。下賤の者に、これ以上調子に乗らせてたまるか」
「ああ、生まれ以て人の上に立つべき者と、従うべき者との差、見せつけてくれる」
挫折を一度経験して身体的には大きく成長した二人だったが、腐った精神には変化が無く、相変わらず身分の低い相手を見下す習性は抜けていない。
今までしたことのない努力が裏付けとなり、彼らに過剰なプライドを再生させてしまっていた。
両チームが距離を開けて対峙する。
1組の陣営はフォルデン、ロイマスが前衛として並び、少し後ろに二人の女生徒が緊張した面持ちで杖を握りしめている。
対するライトの陣営はライトが先頭に立ち、右後方に金属の部分鎧を装着したクライム、壁際にウーワ、リーワが控えている。
「クライムさんの鎧は独特ですね」
後方へ首を巡らすライトの視界に映るのは、一般的な神官戦士とは異なる形状をしている鎧だった。神官戦士は全身鎧に身を包み、巨大な盾を構えるというのが一般的だ。兜も被り皮膚を一切見せない者も少なくはない。
クライムはというと、金属の鎧ではあるが肩と胸元だけを覆う部分鎧を着込んでいる。あとは手甲脚甲も揃えているが、それだけだ。二の腕や下腹部からは白い衣服が丸見えになっている。
ちなみにクラス対抗戦では武器防具の持ち込みが禁止されていない。自分が冒険者として稼いだ収入で買い込んだ武器防具も実力の内――というのが建前。
だが、本当のところは資産家が有利に事を運べるように、こういったルールが制定されたというのが教師たちの共通認識である。
「僕は非力なので、全身鎧を着こむと殆ど動けなくなってしまって……だから、自分の持ち味でもある素早さを活かす為に、この装備になったんだ」
「なるほど。では、後方の助祭にちょっかいを出してもらえますか? 倒さなくてもいいので、かく乱していただけると、ありがたいのですが」
「了解だよ、ライト君」
無理だと怯えて断られるかと覚悟していたライトは、予想外の即答に思わず「ほう」と声を漏らした。
小動物を彷彿とさせる、勇敢さとは無縁に見える容姿だというのに、意外と胆が据わっているようだとライトは評価を上方修正する。
「お二人はクライム君の補助魔法と聖光弾での援護射撃をお願いします。私の方は無視して構いませんので」
「わ、わかりました」
「あ、ああ、了承した」
双子の姉妹も覚悟を決めたようで、まだ緊張は抜けていないが神妙な顔でしっかりと頷いた。
ライトは武器であるメイスを手にすることもなく、自然体で試合が始まるのを待っている。
「両者準備は整いましたか。では、試合開始の前にルールのおさらいをしておきます。全員が戦闘不能になるか降参をする。もしくはリーダーが負けを認めた時点でチームの負けが決定します。骨折重傷程度であれば問題ありませんが、相手を殺したらその時点で負けとなり、停学もしくは退学となりますので、気を付けてくださいね」
コシップの説明は出場者全員に向けての発言である筈なのだが、何故か自分へ向けて説明しているかのように感じているライトだった。その考えはあながち間違いではないのだが。
「では、第一試合、6組対1組のチーム戦……開始っ!」
合図と共にクライムが壁際へ逃げるようにして駆けていくが、それを気に留める者は会場にほとんど存在しなかった。誰もが噂の人物であるライトの一挙手一投足に注目していて、それどころではなかったからだ。
「久しぶりだなライトアンロック。貴様とこうして戦う日をどれだけ待ち望んでいたか」
折角の優男が台無しになる、唇を噛みしめ苦渋の浮かぶ顔。フォルデンとロイマスの殺気を孕む視線に射抜かれているライトは……小首をかしげていた。
「すみませんが、どちら様でしょうか?」
ライトの口から放たれた一言に、二人は呆気にとられポカーンと大口を開け間抜けな面を晒している。
「ふ、ふざけるな! あの戦いでどれだけ僕が傷つき絶望したかっ! この恨み辛み晴らさずにおくべきかっ!」
溜め込んでいた鬱憤を爆発させ、怒鳴り散らすフォルデンをライトは目を細めて見つめている。暫く、額に手を当て唸っていたが、何か思い当ったようで手を打ち合わせて、何度も頷いている。
「ああ、入学試験で気絶した人ですね! 思い出しましたよ。高所は平気になりましたか?」
ライトの何気ない一言が引き金になったようだ。フォルデンとロイマスが怒りにより目が血走り、血が熱せられ顔が赤銅色に変貌する。
「何処まで愚弄する気だ! お前ら、さっさと支援魔法を寄越せっ!」
挑発にまんまと乗り冷静さを完全に失ったフォルデンが仲間の女生徒に命令するが、いくら待っても彼らに支援魔法が飛んでくることはなかった。
「何をしている、うすのろ共がっ! 女なんて戦闘では碌に役に立たないんだ、これぐらいはさっさとしやがれ!」
今度はロイマスがライトを睨みつけたまま、後方の女生徒を急かしているが、魔法が発動することも返事もない。
「そんな無理を言ってはいけませんよ。時間稼ぎはこれぐらいで充分ですね。もうお二人は倒されていますから」
肩をすくめてため息を吐くライトの言葉に釣られ両名が後方へ振り向くと、そこには地面に横たわる二人の女生徒と、妙な形状の武器を両手に構えたクライムがいた。
クライムが手にしている武器は拳の先から肘よりも少し長い棒状の武器で、真ん中よりも先端寄りの部分に、握り込む柄が垂直に取り付けられている。
通常時は腕を覆う防具としても利用でき、攻撃の際には棒状の部分を180度回転させ、棍棒のように扱うこともできる。クライムから事前に伝えられた話によると、旋棍と呼ばれる攻防一体の武器だそうだ。
かなり扱いの難しい武器を自在に操るクライムの技量にも驚かされたが、それよりも、女生徒の胸部へ容赦のない一撃を叩き込んだ、見た目と反する思いっきりの良さにライトは感心していた。
「ば、馬鹿ないつの間にっ!」
フォルデンの驚きは会場中の人々の思いを代弁してくれていた。ライトに注目しすぎていて、誰もがクライムの存在を忘れていたのだ。
「卑怯な――」
ライトばかりを意識していた自分たちの落ち度なのだが、それを認められないフォルデンは卑怯と吐き捨てると、ライトへ向き直る。
が、視線の先にライトの姿は無く、代わりに眼前へ迫る拳があった。
隙だらけのフォルデンの顔面を捉える筈だった拳は、寸前で青光りする光の壁に遮られ、頬には届かなかったがフォルデンの体は全力で投げつけられたボールのように、地面すれすれを高速で飛行している。
フォルデンが壁に激突した衝撃により会場中が震える。入学試験の一幕を知らない人々は、あまりの威力に死者が出たと勘違いをしているようだが、一年生と職員は誰一人としてフォルデンが死んだとは思っていない。
実際、壁際の粉塵が晴れるとすり鉢状に陥没した壁を背にして、無傷のフォルデンがそこにいた。
「相変わらず厄介な鎧を着込んでいますね」
予想通りの展開にライトは思わず苦笑いを浮かべている。
フォルデンは入学試験と同様に、自動で攻撃を防ぐ『聖域』を張る鎧を着込んでいた。
「前回と同じだと思うなよ。今度は再び上空へ投げられたとしても、気を失うこともなく決して負けを認めることもない」
その自身の源はライト対策として鍛錬を続けた日々。身体能力の向上、技の冴えはもちろんのこと、ライトとの戦いを教訓として対策も十二分に練ってきている。
命綱を取り付けた状態で谷底へ跳び込み、落下する恐怖も乗り越え今では、その感覚を心地よいとさえ感じている。もう二度と同じ手でフォルデンを倒すことは不可能だろう。
「俺だけではなくロイマスも同様だ。我ら二人を貴様が倒すことは不可能! いくぞロイマス!」
今回は自分が装着している鎧と同等の物をロイマスにも与えているので、今の一撃ならば無傷でいるとフォルデンは確信していた。
目を離すことが危険だということは重々承知しているので、ライトから視線を逸らしてロイマスの姿を探すような、愚かな真似はしない。
「だ、そうですよ。ロイマスさん」
ライトはそう語り掛けると、ひょいっと右に軽く跳んだ。さっきまで立っていた場所の後ろが見えるようになると、そこにはロイマスの生首が転がっていた。
「ロイマスぅぅぅぅ! 貴様、殺したのかっ!」
「いえいえ、良くご覧ください」
怒りにより我を失いかけていたフォルデンが、もう一度ロイマスを注意深く観察すると、首から切断されたのではなく、その体が地面に埋まっているだけだということがわかった。
友が無事だという事実に安堵の息を吐くフォルデンだったが、それが何を意味するかに思い当たり、顔中から冷汗が流れ落ちる。
「対策を考えていたのは貴方だけではないのですよ? 絶対の自信がある防御だとしても、こうやって地面に埋められ身動きを封じられたら……どうなるのでしょう」
どうにもならない。その答えが頭に浮かぶ。
だが、フォルデンはそれを認めるわけにはいかなかった。
それを認めてしまえば、ライトアンロックに勝つ為だけに、平民のように泥にまみれ鍛え上げ続けた日々が、努力が、無に帰してしまう。
「そんなことが許されるかっ! 僕は大司教の息子だぞ! 誰もが跪き敬愛する人間になることが決められているんだ!」
こんな理不尽な事があってたまるか。何処の馬の骨ともわからない、身元さえはっきりとしない、落ちこぼれの寄せ集めである6組のまともに神聖魔法を扱えない、あんな男に負けるわけにはいかない。
今までの努力の結晶をその刃に託し、ライトへの間合いを詰めると大剣を上段から一気に振り下ろした。
「執念のこもった良い一撃です」
以前とは比べ物にならないフォルデンの身のこなしだった。入学当時のライトならばその肌に傷をつけることも可能だったかもしれない。
だが、成長したのは努力をしたのはフォルデンだけではない。物心ついた頃から育ての母に鍛えられ、入学してからはギルドマスターと日々限界まで己を痛め続けたライト。
努力の質も量もライトを圧倒的に下回っている、そんな男の剣が――届くわけがなかった。
寸前で半身を傾け斬撃を躱すと、背後からフォルデンの肩に両手を添え、一気に地面へと押し込んだ。
その鎧の頑丈さが仇となり、硬い地盤だというのに問題なく鎧ごとフォルデンが埋没する。
女生徒はいつの間にか背後に回り込んだクライムに倒され、気を失っているらしく戦闘不能を宣言され、自分たちはその身を大地に拘束されている。フォルデンたちがここから勝つことは、どう考えても不可能。
「すみません、これは6組の勝ちで良いのでしょうか?」
「まだだ、まだ負けてはいないぞ!」
埋まったまま負けを認めず睨み続けている二人を無視して、ライトは教師や職員たちが居並ぶ一帯へ声を飛ばす。
職員たちは戸惑い、顔を見合わせて慌てふためいているだけで誰もが勝敗の決定を恐れているように見えた。その視線は、特設された観客席の大司教へチラチラと向けられていた。
大司教は屈辱に震えているようだが、珍しく怒鳴り散らすこともなく黙っている。
そうこうしていると、観客席の一角で動きがあった。
職員が慌てて駆け寄り魔道具である拡声器を手渡したのは、年齢不詳でありこの世の者とは思えない美貌を備える、イナドナミカイ学園長だった。
「1組が戦闘不能となりましたので6組の勝利とします」
静かだが有無を言わせない迫力に、誰もが異論を唱えることなくライトたちの勝利が決定する。
「学園長は比較的まともなのですかね……」
ライトの呟きは喜ぶ仲間と、観客席から降り注ぐ歓声に埋もれてしまい誰の耳にも届かなかった。




