約束
「すまなかった。力及ばず!」
唇を噛みしめ深々と頭を下げるセイルクロスに6組の生徒たちは慌てて、慰めと称賛の言葉を送っている。
実際、三位に入り込んだことは6組としては充分すぎる成績なのだが、本気で一位を狙っていたセイルクロスとしては納得のいかない結果だったようだ。
神官戦士部門には他クラスも腕の立つ者を送り込んできていて激戦区となっていた。ただでさえ強敵揃いのトーナメント戦だというのに、6組は目の敵にされていた。
助祭部門で一位二位を独占されたことに、いたくプライドを気付つけられた面々が、本気で6組を潰しにかかっていたからだ。
実際、セイルクロスと共に個人戦に出場した6組代表のもう一人は、2組と当たり見せ場もなくねじ伏せられる。
本来トーナメント戦では序盤は力を温存して、上位を狙うのが定石なのだが相手は6組へ並々ならぬ闘志を燃やしているので、初戦から後の事を一切考えず全力で挑む姿があった。
それに怯むことなく正面から受け止め対峙したセイルクロスは、順調に一回戦、二回戦を突破したのだがそこからは体力の消耗が激しく、格下の相手にも苦戦する様になり結局三位止まりとなる。
ライトとしては個人戦に参加したメンバーでは一二位を争う実力に思えたのだが、体力を温存する余裕もなく全試合をこなした状態であそこまで戦えたのは立派だと、素直にセイルクロスを褒め称えた。
「お見事でしたよ。実力では負けていませんでした」
「いや、自分もまだまだ未熟だと思い知らされた。あのメンバーで一位を取れないのは、不覚だった。各クラスの上位陣は参加していないようだったからな」
ライトは肩を落とし大きく息を吐く、見るからに落ち込む友の肩に力強く手を置く。
「仇は私が討ちますよ」
珍しく感情のこもった声に戸惑いながらも頭を上げたセイルクロスの目に映るのは、いつもより口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべるライトだった。
「チーム戦に参加される方は、速やかに入場口までお越しください。繰り返します――」
その放送を耳にしたライトの笑みが更に深まるのを見て、セイルクロスは頼もしさよりも、うすら寒いものを感じていた。
「カリマカ先生。見ごたえのある個人戦でしたね」
「そうだな。ファイリ、マギナマギナは予想通りではあったが、セイルクロスも善戦してくれた」
教師としては生徒たちを公平に評価しなければならない立ち位置なのだが、やはりどうしても担任をしている6組を贔屓目に見てしまう。
「相手の攻撃を無力化する盾術の冴えに、不屈の精神と怪力。彼のような前衛がいてくれたら後衛は頼もしいでしょうね。今回の活躍で多くの上級生が目を付けたのではないでしょうか」
2年になれば本格的な勧誘が許される。なので、イナドナミカイ学園の上級生たちにとって、対抗戦は人材を見極める要素も含まれている。それをコシップは指摘したのだ。
「興奮冷めやらぬ中、続いて四人一組によるチーム戦となります。手元にある資料にざっと目を通したのですが、各クラス精鋭を取り揃えているようですね。例年なら勝ち抜き戦の方に力を入れるのですが、今年は少し特殊なようです」
司会者の言う通り、これまでなら個人戦や勝ち抜き戦に力を入れる方針のクラスが多かった。だが、今回は人並み外れた才能の持ち主である、ファイリ、マギナマギナを恐れ、助祭部門では出場を控えた選手が多かった。
勝ち抜き戦は神官戦士が腕を振るう場なので毎年一番盛り上がる。腕の優れた者は何人も抜き、自分の実力を周囲にアピールできる絶好のチャンスなので、毎年クラスで最も優れたメンバーが集められる。
だが、事前情報として戦闘技能としてはトップクラスのゼロのサウスノースの出場。そして、彼と戦うと約束したライトアンロックの参戦。この二人と戦う危険性を考慮して、チーム戦に総力を注ぎ込むという結果に繋がったようだ。
「っと、6組はまだメンバー表が手元に送られていないのですが」
「ああ、すまん。ギリギリで提出したからな。お前さんには俺の控えを渡しておこう」
カリマカから渡されたメンバー表の控えに目を通したコシップの視線がある一点で停止し、体が硬直する。
ぎぎぎぎっ、と錆びた鉄が擦れるような音が聞こえてきそうな、ぎこちない動作で首を回らす、コシップの引きつった笑みを浮かべる顔がカリマカを捉えていた。
「え、これ事前に仕入れた情報と異なるのですが……」
「と言われてもな。いやー、ずっと提出するのを忘れていて、今慌てて持って行ったところだ。教師が忘れ物をするとは生徒に示しがつかんな、まいったまいった」
そう言って頭を陽気に叩く姿に悪びれる様子は皆無だ。その瞬間、コシップは悟った――他クラスの手が職員にも及んでいることを危惧して、直前に持ち込んだのだと。
「もしかして、他のクラスにメンバーを悟られない為にあえ――」
「っと、メンバーを放送しなくていいのか? 皆が待っていると思うが」
言葉を遮り放送を続けるように促すカリマカを軽く睨むと、コシップは深呼吸を繰り返した。
「失礼しました。6組のメンバーはウーワ、リーワ。この二人は双子で姉がウーワ、妹がリーワだそうです。両者助祭見習いのようです。続いてクライム。彼は神官戦士見習い。そして最後が問題なのですが――ライトアンロックとなっています」
ぴきっと空気が凍り付くような音が会場中に広がると、人々の時が止まった。
雑談をしていた生徒たちも、その言葉に耳を疑い、自分の聴覚がおかしくなったのではないかと頭を振る者までいる。
「繰り返します。6組チーム戦にライトアンロックが出場」
会場に突如、混乱と狂乱を招く混沌とした感情の渦が発生した。
他クラスは目論見が外れたことに唇を噛みしめ、恨みがましい視線を6組へ注いでいる。6組の面子も知らされていなかったことなので、睨まれるのはお門違いなのだが、当人たちも驚いているのでそれどころではない。
「ど、どういうことだ! ライトアンロックは勝ち抜き戦に出場するのではなかったのか!」
怒気と唾を撒き散らかし、がなり立てる男がいた。
防音気密性に優れたガラス張りの関係者席。そこの一際立派なソファーに沈んでいた肥えた贅肉の塊が、顔中に汗を浮かべ烈火の如く怒る――言わずと知れた大司教その人だ。
脇に控えていたフードの男は顎に手を当て、辛うじて見える口元を少しだけ嬉しそうに緩ませた。
「なるほど、あの約束も引っかける為の餌だったか」
2組のサウスノースと交わした約束。あの時ライトアンロックは「善処します」と口にした。傍から見ればそれは同意したようにしか見えなかったが――嘘ではない。善処したがクラスの事を考えメンバーには成れなかった。と言い訳されれば、相手も言い返せないだろう。
そもそも、口約束を守らないといけない義務はない。聖職者を育成する学園なので、嘘を嫌い約束事は必ず守るという良識を信じすぎた。これは、情報収集の指揮をしていた自分の落ち度だ。と男は納得している。
大司教という地位にいる男がこうなのだ。学生相手とはいえ甘い考えを捨てるべきだった。
「貴様らには高い金をやったのだぞ! 情報収集も碌にできないとは、それでも暗殺――」
大司教はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。喉元に当てられた刃の冷たさに全身の汗が冷汗へと変化する。
大司教の首に短剣を添えたフードの男の愚行に、周囲の取り巻きが一斉に戦闘態勢に入ろうとするが、全員の背後に突如現れた男と同じフード姿の何者かに、大司教と同様に刃物を突き付けられ動きを封じられた。
「いやいや。今回はしてやられた。刺客も撃退され割に合わない仕事過ぎるな。支払われた現金はすべてお返しする。そして、今後一切我々は貴様の依頼は受けない。金払いの良さだけが取り柄の傲慢な豚の相手は疲れるのでな。己が生み出した糞の始末ぐらい自分でしろ。今までのご愛顧感謝いたします」
怯える大司教の耳元でそう囁くと、首の刃物をそっと外す。そして、後ろにすっと下がると、全員が部屋から走り去っていく。
死が去ったことに全身の力が抜けた大司教は相手を追う指示を出すことも忘れ、ただ呆然と眼下の戦いを眺めるしかできなかった。
フード姿の連中は自由に通せと事前に連絡が行き届いていたので、足早に走り去る怪しい集団を職員たちが見かけても誰も咎めることはなかった。
会場から出た一行は二人を残し、各方面へと散らばっていく。
残ったのは隣に並ぶ人物の肩程までしか身長がなかった。小柄な方がフードを払いのけ、陽の下に晒した顔は、無精ひげを生やした目つきの鋭い野性味の溢れる男だった。年齢は40代といったところか。
「くくっ、あれが噂の聖職者見習いか。直接見に来た甲斐があったな。なあ、母さん」
「そうですね、アナタ」
背の高い方のフードの下から現れたのは、目鼻立ちのすっきりした顔に、無表情とも取れる冷淡な表情。知的さを感じさせる容貌から似合わない甘えた声が、隣の男に注がれる。
「施設を新たに増やす為に資金が必要だったとはいえ、焦り過ぎたようだ。しかし、情報は得ていたが、なかなかの傑物に育ちそうじゃねえか」
「敵対するよりも、今は泳がしていた方が面白そうですからね。それに凄腕の護衛の存在も気になりますから」
夫婦らしき男女はとある暗殺者育成機関のトップである。盗賊ギルドとも繋がりがあり、そこからの依頼によりライトアンロックの情報収集と生け捕りを命じられていた。
最終的には殺す手筈だったようだが、生きたまま豪邸へ運び念入りにいたぶってから始末する予定だったようだ。正直、こういった胸糞の悪くなる依頼を受けることは希有なのだが、懇意にしている盗賊ギルドのトップに懇願され渋々受けた依頼だった。
大司教の態度にうんざりしていた彼らとしては、依頼を断る良いきっかけとなったようだ。
「冒険者ギルドの猛女からも釘を刺されていたしな。これ以上、相手にするにはデメリットが大きすぎる」
「あのギルドマスターを敵に回すのは得策ではありませんからね」
「それに……あの女秘書とも関わりたくない」
こうして命を脅かす存在が、ライトのあずかり知らぬところで一つ消えた。
そんなことを全く知らないライトたちは今、訓練場の控室でともに出場する選手たちと、出番を待っていた。
「さあ、皆さん頑張っていきましょう」
満面の笑みで共に戦うこととなるチームメイトを鼓舞するライトだったが、誰も応えてはくれなかった。
眼鏡をかけた神官戦士見習いの、見るからに大人しそうで小柄な男子生徒は胸の前で手を組み、ぶつぶつと神に祈りの言葉を捧げている。ライトの方を見ようとすらしていない。
瓜二つな顔をしているウーワ、リーワ姉妹は顔面蒼白で、限界まで見開かれた瞳にはライトの無邪気な笑みが映っている。
「あ、あのライト様。何故私たちがチームのメンバーに選ばれたのでしょうか。そもそも、控えの選手として登録していた筈ですよね」
そう、あれは大会一週間前。闘技場の一件で迷惑を掛けライトと一切かかわらないことを約束させられた二人は、クラスメイトであるライトを遠くから眺めることしかできないでいた。
自分たちがしたことがどれだけ愚かで最低な行為であるかを自覚しているだけに、約束を守ることだけが唯一の贖罪だと理解していた。
助けてもらった恩を返したい。そして、出来ることなら言葉を交わしたい。
そんな些細な願いすら、ライトにとって迷惑なのだろうと二人は心を殺し、せめて妹の借金分は返そうと、卒業後は冒険者として活躍できるように日々腕を磨いていた。
そんなある日の事、朝の自然な挨拶以外では話しかけられることが無かった二人の元に、ライトが歩み寄ってきたのだ。
想像もしていなかった展開に軽くパニック状態に陥る二人に対し、ライトは慈愛溢れる笑みを浮かべ、こう口にした。
「自ら関わりを持たぬように言っておきながら失礼な話だとは思いますが、お二人に手伝ってほしい事があるのですよ」
それが何であるかも確認することなく二人は同時に、
「はい! 私にできることなら何でもします!」
と断言してしまった。
「ありがとうございます。頼れる人が貴方たちしかいませんでしたので、本当に助かります」
頼れる人。この一言が姉妹の心に浸透していく。
散々迷惑を掛けた私たちを頼ってくれている。それが心から嬉しく、涙が溢れそうになっていた。
「それで、何をすればいいのでしょうか」
姉であるウーワがそう訊ねると、ライトは小さく頷く。
「簡単なことですよ。今度のクラス対抗戦で正式のメンバー以外に控えの選手が必要らしいのですが、チーム戦の控えが埋まらなくて……そこに名前を記入してもらえませんか」
そう言って差し出された書類には名前の記入欄四つあり、どれもまだ埋まっていなかった。姉妹は迷うことなくそれに名前を書き込む。
「控えなら問題ありませんが、メインの人たちは決定したのですか。噂によると、勝ち抜き戦にライトさんが参加するから、他のクラスは勝ち抜き戦を避けていると聞きました。その代わりにチーム戦に主戦力を纏めているので戦いたくないと、皆が口にしていたようですが」
ウーワの疑問は的を射ていた。
実際、他のクラスの大半がその方針でメンバー編成をしている。
「それに、これも噂だけどさ……ライトさんの影響で6組を敵対視している人が増えたらしい。チーム戦では実力差を見せつける為に、6組代表を完膚なきまでに叩き潰すと意気込んでいるって話だ。だから余計にチーム戦には出たがらないそうだよ」
リーワが姉を押しのけるようにして、話に乱入してきた。妹の積極的な姿勢に姉として言いたいことがあるようだが、顔をしかめるだけで口にすることはない。
「どうりで人の集まりが悪かったわけですね。貴重な情報提供感謝します。あと一人は何とかなりそうなのですが、もう一人誰か控えを快く承諾してくれる方をご存じありませんか?」
「あ、それなら、私たちの幼馴染がいます。神官戦士見習いなのですが、構いませんか?」
「ええ、もちろんです。助祭が二人に神官戦士の方が控えとはいえ、バランスがいいですからね」
「ええと、教室に今もいる……あっ、クライムちょっといい?」
教室の隅の席で熱心に本を読んでいた男子生徒に呼びかけると、顔を上げ訝しそうにこちらを見ていた。
目元まで伸びた黒く艶のある前髪は綺麗に切りそろえられている。後ろ髪も首筋が見える程度の長さで揃えられていた。立ち上がりこちらに向かう姿は一見女性に見える。
背も低く、おどおどとした態度で胸の前で指を組み替えている姿に、セイルクロスのような男らしさは微塵もなかった。
ライトの正直な感想としては神官戦士よりも助祭に向いているのではないか、と思わせるぐらいか細い少年だった。
「ど、どうしたの二人とも。ライト君と一緒にいるなんて珍しいね」
前髪に遮られて眼鏡越しの瞳は見えないが、ライトはその視線がこっちを捉えていない気がしている。
「うん、ちょっとね、頼まれごとをされたのよ。このチーム戦の控えなのだけど、クライムも記名してくれない?」
「控えの選手って事だよね。うん、それならいいよ。滅多なことじゃ変更ないだろうし。ラ、ライト君も困っているのだよね?」
「ええ。手伝ってもらえますと、とてもありがたいです」
「うん、ならいいよ。僕の実力じゃ正式メンバーに選ばれることはないしね。本当は代表選手としてやってみたかったけど僕の実力じゃ足手まといになるだけだし……控えだけでも、みんなの力になれるなら嬉しいな」
頬を仄かに赤く染めて、嬉しそうに微笑む姿を見て、ライトはクラスメイトの中で一番理想的な聖職者に近いかもしれませんねと、感心していた。
「私、もう二度と怪しい書類には記名しない! ウーワ、誓うわ!」
「私もよ、リーワ!」
「美しい姉妹愛ですね」
抱き合う双子の姉妹を見て見当違いなことを呟くライト。
神への祈りの言葉を終えたクライムがライトの横に並び、頭一つ分は負けているライトを下から覗き込んでいる。
「クライムさん。騙すような事をして申し訳ありません」
「ん、いいんだよ。僕は選手として出場したかったしね。足を引っ張るかも知れないけど、一生懸命頑張るよ!」
小動物を彷彿とさせる人懐っこい笑みに、思わずその頭を撫でたくなる衝動に駆られるライトだったが、意志の力で欲望を抑え込んだ。
精鋭が名を連ねるチーム戦で場違いどころか、足を引っ張る未来しか見えない双子の姉妹は和やかなムードの二人を信じられない目で凝視していた。




