個人戦
対抗戦の殆どは入学試験でも使われた戦闘訓練場で行われる。ただし、組戦だけは総勢40名近くの生徒たちが一斉に戦うにしては狭いので、別の場所となるが。
その訓練場に配置されている観客席には、現在生徒たちと関係者、保護者が席の殆どを埋めている。
イナドナミカイ学園の二年生、三年生も希望者のみ観戦を許されているが、ほぼ全員が集まっていた。優秀な人材の調査及び確保という目的もあるが、単純にお祭り騒ぎの一環として楽しもうとしている生徒が大半のようだ。
「絶好の対抗戦日和となった本日、司会進行を務めさせていただくのは、この私、二年二組に在籍中の噂話が大好き乙女、コシップがお送りします」
観客席の一部に結構なスペースを確保して、魔道具の拡声器で声を張り上げているのは、土色の髪に浅黒い肌。活発という言葉が似合う、くりくりとした大きな目が自慢の女生徒だった。
「そして、本日の解説はこのお方。筋肉は衣類だ、でお馴染みの一年生の実技担当、カリマカ先生に来て頂いています」
「そんなことを言った記憶が皆無なのだがな」
袖のない白いシャツから飛び出る、丸太のような二本の腕を組み、大きく息を吐くと隣に座るコシップを睨みつけている。
「小さなことは気にしないでください。では、これから対抗戦が始まるわけですが、優勝候補はやはり1組となるのでしょうか」
拡声器をぐいぐいと頬に押し付けるので、カリマカは軽く手で払うと大きく息を吸った。
「いや、そうとは思わないぞ。今回は6組が台風の目となるのは確かだ」
そう断言するカリマカの発言に「ほおおぅ」とコシップの口から感嘆とも呆れとも取れる声が漏れる。
会場中に響くカリマカの声に、生徒や観客からも驚きの声と嘲笑が響く。
「確か、カリマカ先生は6組の担当でしたね。自分のクラスを贔屓したい気持ちはわかりますが、正直厳しいのではないですか。学園が創立して以来、下のクラスが上位のクラスを超えたことは10回前後あるかないか。6組が優勝したこと等、皆無ですからね!」
「そうだな。いつもなら確かにそうだ。俺の言っていることは世迷言と一蹴されて終わりだ。だが、今回は俺の発言を笑えない者が多いんじゃないか?」
その発言に一年生たちからの嘲る声は止んだ。
それは自分の受け持つクラスに対する過剰な期待ではなく、無視できない存在であることを生徒たちも認めてしまっているという事実でもあった。
「なるほど、6組の話題の生徒たちですね。まずは、鉄壁の盾セイルクロス。混色の魔法使いマギナマギナ。聖女ミミカ様の妹であり、姉に匹敵する実力だと噂されるファイリ。そして、最大級の問題児、怪力無双のライトアンロックですね」
放送を耳にした人々の視線が観客席に陣取る6組に集中する。
そんな視線に慣れていない6組の生徒たちがおどおどと挙動不審になる中、ファイリ、マギナマギナ、セイルクロス、ライトアンロックは堂々とした態度で、我関せずと雑談を交わしていた。
「言われていますよ、皆さん」
「一番注目されているのはライトだ!」
「間違いない。この私を差し置いて良い身分だなっ」
「流石、ライトさんですわ……けっ」
この状況下に置いても、いつもと変わらない様子の四人の姿を見て、徐々に落ち着きを取り戻していくクラスメイト。それを狙って落ち着いた振りをしているのなら立派なものなのだが、彼らは揃って素である。
この四人は胆が据わっているというより、神経が図太過ぎるといった感じだ。
「っと学園長のお話が始まったようだ」
セイルクロスの発言に周囲の視線が、訓練場のど真ん中に進み出た人物に集中した。
学園長の姿を知る生徒たちは落ち着いたものだが、初見となる観客席の一部からどよめきが起こった。
腰まで届いている銀の髪が風にそよぐ姿は陽の光を浴び煌めく小川を彷彿とさせ、最高級の陶磁器ですら、その美しさには及ばないと思わせる白い肌。笑みを湛えた顔は見惚れることすら罪ではないかと思わせる程の神々しさと美しさが同居していた。
服装は学生と同じ白の法衣のように見えるが、袖と襟に金の縁取りがされている。胸元と背中にも金の刺繍が施され、飛び立つ直前の金色の鳥が描かれていた。
「えらく美しい御婦人ですね」
ライトの呟きが届いた範囲の生徒たちが一斉にライトへ顔を向ける。
その表情は「こいつは何を言っているのだ」と語っていた。
「ライトさん。学園長をご存知ないのですか?」
「ああ、学園長なのですか。何処かで見かけた気はしていたのですよ」
「入学式や学校行事ごとに顔を見せていた筈だが。眼中になかったという訳か、流石、ライトアンロックだと言っておこう」
蔑むような冷たい目と感心している熱い眼差しの両極端な視線に挟まれているが、ライトはどこ吹く風だ。
学園長は年齢不詳でこの国で最も美しいと、まことしやかに囁かれている女性なのだが、ライトは容姿の美醜は理解できても見た目にこだわりがないので、他の男子生徒のように浮つくこともなく、ぼーっと眺めている。
「もう少し筋肉がある方が良いな」
セイルクロスにも、その美貌は通用していないようだ。
「――というわけで、皆さんその力を惜しみなく発揮してください。その活躍を期待していますよ」
その声は上質の竪琴を奏でているのではないかと幻聴させる澄んだ心地の良い音色で、外見の美しさと相まって会場中の男性を魅了していた――ライトやセイルクロスのような一部の人間を除いてだが。
学園長の話が終わり扉の向こうへ消えると、職員たちの手により慌ただしく個人戦の準備が行われている。
「では、皆さんいきましょうか。ライトさんはここでご覧になっていてくださいね」
「我の蹂躙する姿を見るがいい!」
「自分も出陣しなければならぬからな」
「皆さん頑張ってくださいね」
ファイリとマギナマギナは助祭部門。セイルクロスは神官戦士部門の代表として参加している為、ライトは留守番となる。
三人を送り出すと椅子に深く腰掛け、今大会のプログラム表にもう一度目を通した。
「初めは個人戦の助祭部門。続いて神官戦士部門ですか。次がチーム戦。そして、サウスノースさんが出場する勝ち抜き戦。最後に組戦と」
個人戦の結果いかんによっては、他クラスの意気込みが変わってくるだろうなとライトは考察している。ファイリ、マギナマギナが1、2位独占。セイルクロスが3位までに入ってくれれば御の字なのだが。
「余程のことが無い限り問題は無いでしょう」
それは慢心でも油断でもなく、仲間を信頼しその実力を理解した上での発言だった。
「カリマカ先生。助祭部門が始まりますね」
「見ればわかるが」
司会者席のトークが観客席全体に響き渡り、ライトもその声に耳を傾けている。
「では、簡単なルールの説明を。助祭部門は各クラスから二名、神聖魔法に長けた生徒が出場します。神聖魔法の初歩と言われる『治癒』『上半身強化』『下半身強化』『聖属性付与』『聖光弾』を順に発動していき、魔法の威力、発動の速さが競われます。そこで、カリマカ先生、疑問はありませんか?」
「……別にない。毎年見ているからな」
「ちゃんと進行に従ってくださいっ、ほら、そこのカンペカンペ」
小声でカリマカに注意しているのが丸聞こえなのだが、コシップは気づいていない。妙な沈黙が続き、紙が擦れる音とわざとらしい咳払いが響いた後に再びカリマカが口を開く。
「あー、そー言えば。発動の速さはわかるが……ええと、魔法の威力はどうやって調べるんだー」
間延びしたやる気のない棒読みな声が響き、先生も大変だなという生徒たちの生暖かい視線が司会者席へと届けられていた。
「やっぱり、そこが疑問ですよね! では先生のような方の為に説明しましょう。今、訓練場の中に運び込まれている、大きい六角柱の水晶が見えますか?」
その説明にあわせて観客席の視線が一点に集中した。
訓練場には大人と同程度の高さがある、青白い光を放つ水晶の柱が運び込まれている。その数は12。個人戦助祭部門に出場する生徒と同数。
「あれに手を触れて魔法を発動することにより、威力が数値として現れます。これは古代人が残した遺産の一つで、現代の技術では作ることが不可能な魔道具だということです。そして、そのポイントの合計が参加者の得点となり、総合計した数値に発動の速さも考慮されて最も優秀な生徒が決められます」
「知っているがな」
「というわけで、皆さんわかりましたか? では、選手の皆様も頑張ってください!」
強引に締めくくると、司会者席でのおしゃべりは一旦終了となるようで、観客は入場した選手たちを見つめ、好き勝手に考察をしている。
やはり、本命はファイリらしく、続いてマギナマギナとなっていた。後は順当に1組から順番に上位に入るだろうというのが下馬評だ。
ただ、他クラスは助祭見習いの生徒たちの中で、最も優秀な生徒は選出していないようで、誰もが三番手、四番手以下の実力者。
これはファイリたちを甘く見ているわけではない。むしろ、その実力を評価して、誰を出しても勝てないだろうと考え、ならば他の競技に優秀な者を選出しようと考えた故の結果である。
そんな面子しかいない個人戦で彼女たちが苦戦するわけもなく、観客の見どころはファイリとマギナマギナ。どちらが勝つか、その一点だった。
「マギナマギナさん、本気でお願いしますね」
「当たり前だ。友であろうが、戦い競い合うとなれば全細胞を活性化させ、圧倒的な己が波動で蹂躙するのみ」
穏やかに微笑むファイリと、自信満々な態度を崩さず、親しい者でなければ意味不明な発言をいつも通りにしているマギナマギナ。
表面上は友人とお互い全力を尽くす約束を交わした、爽やかな場面に見えるかもしれないが、負けず嫌いなファイリの内面は熱く滾っていた。
神聖魔法の優劣を決めるこの戦い。負けるわけにはいかねえなっ! この学園で最も優秀な神聖魔法の使い手。その座を掴むのはこの俺だっ!
そんな二人の戦いの幕が切って落とされる。
開始の合図と共に選手たちが、水晶の柱を手の平で挟み込むようにして魔法を発動させると水晶が光り輝く。
威力が強ければ強い程、その光は増すようで、ファイリとマギナマギナが触れている水晶はまるで天空から大地を照らす太陽を直視しているかのような、目が痛くなるぐらいの光量を溢れさせていた。
魔法の発動を止めると、水晶の上部に赤く数字が浮かび上がりそれが魔法の威力を示しているようだ。
「結果が出たようです。これは予想していたとはいえ驚きの結果ですね。数値を公表する前に数字の説明をしておきます。基本的に100が一年生平均の魔法の威力だと考えてください。魔道具もそうなるように調整していますので。それを踏まえた上で、上位三名の発表をします。まず、第三位は1組ケグルイ。数値は210!」
「ほう、200を超えるとは中々優秀だ」
会場からはパラパラとだが拍手が聞こえる。
「続きまして二位は……6組マギナマギナ。数値は508!」
会場はシーンと水を打ったように静まり返る。
一年生たちは三位との倍以上の差に驚き、二年生と三年生は自分たちが今まで対抗戦で見てきたどの数字よりも遥かに上回る値に、声も出ないぐらいに驚嘆していた。
教師や関係者も想像していた数値を楽々と超えてきたことに息を呑み、そして、そんな数値を叩き出したマギナマギナが二位だという事実が頭に浸透すると、黙って次の発表を待つしかできないでいる。
「500か……俺も教師をしてそれなりになるが、生徒で500を超えた奴は今まで一人しか知らんな」
「ええ、私もこの数値には驚かされました。っと、思わず司会者としての本分を忘れるところでした。『治癒』一位は6組ファイリ。数値は513!」
会場から拍手が豪雨のように降り注ぎ、称賛の嵐の渦中にいるファイリは片腕をそっと上げ、照れたように観客へ手を振っている。
ひとしきり拍手と歓声が止むと、興奮冷めやらぬ人々が噂通りの実力に満足し、雑談に花が咲いていた。ただし、1組や2組の関係者席は何とも言えない重苦しい空気が漂っているが。
「いやー、本当に驚かされました。順位は予想通りだったとはいえ、その威力が驚愕でしたね、カリマカ先生」
「そうだな。二人が優れた資質を持つことは承知していたが、ここまでだったとはな。この先も楽しませてくれそうだ」
期待を込めたカリマカの発言は裏切られることはなかった。
『上半身強化』『下半身強化』の結果もファイリがマギナマギナを抑え込む。
『聖属性付与』『聖光弾』は他属性の攻撃魔法に優れていたマギナマギナに一日の長があったようで、ファイリを上回っていた。
全ての数値が明らかになり、発動の速さも含めた助祭部門の結果が下から順に発表される。
三位までは6組を除いた5組から順に上がっていき特に盛り上がりもない。会場中の人の興味は二位と一位のみなので、発表中も乾いた拍手が時折聞こえる程度だった。
「では、皆様お待ちかねの二位一位の発表となります。皆さんはどう予想しますでしょうか。残った二人はもちろん、マギナマギナ、ファイリの両名。あまりに焦らすと、各所からお叱りの声を頂きそうなので、二位一位を続けて発表します!」
人々が固唾を呑んで耳に意識を集中する。
すうぅぅ、と息を吸い込む音が聞こえたかと思うと、滑舌の良い声が会場を満たした。
「二位、マギナマギナ! 一位、ファイリ!」
割れんばかりの拍手と歓声の中、当の本人たちは視線を合わせると、お互いに握手を交わしていた。
「見事だったぞ、ファイリ。やはり、神聖魔法の技能では一歩及ばぬようだ」
「マギナマギナさんが治癒魔法と補助が苦手で助かりました。聖光弾では圧倒的な差を付けられていましたからね」
お互いを称え、にこやかな表情の彼女たちは結果を受け止め納得しているようだ。
ライトも観客席から全力の拍手を彼女たちへ手向けていた。
「お疲れ様でしたお二人とも。まずは予定通りですね。次はセイルクロスの番ですか」
二人を称賛しながらも既にライトの頭は次の競技へと向いている。
他のクラスも予想していたとはいえ、改めて二人の実力を思い知ることとなり、6組への警戒を強めていった。
この物語とは関係ありませんが、新作で『終わらない輪廻を超えて 死の遊戯を制覇しろ』を投稿していますので、お暇ならご覧ください。




