48 婚約者さまへのお願い ②
秋乃が探したのは、王さまでも王妃さまでもなく、名ばかりの婚約者である。
なぜなら、その上司が判断して下した結果でも、結局引き受けることになるのはその男だろうと思ったからだ。
ならば直接聞いてしまったほうが早いと判断したのだ。
シエラの付いて来て貰いながら――というより案内してもらいながら、公館のヴァレリーの執務室へ向かったが、生憎不在だった。
「ありゃ」
そうか、居ないことは考えていなかった――忙しい人なのだ。部屋にじっとしているわけではないと秋乃は今更気付く。
「どこにいるのかな・・・探してもいいものかな?」
シエラに聞くと、シエラも不安そうな顔ではあるが答えてくれる。
「このお時間なら・・・近衛隊の兵舎のほうだと思われますが」
そうでなければ王さまの執務室だ。
示された二択で、秋乃が選ぶのはひとつしかない。
煌びやかな王宮の奥に入るより、外に出てみたいと言う気持ちのままここにいるのだ。兵舎を選んだ。
「兵舎に探しに行ってもいい?」
「はい、それはもちろん・・・ですが、あまり綺麗な場所ではありませんので」
男たちが集まる場所であり、軍属の場所でもあるところを、秋乃は何の期待もしていない。ドレスの裾が汚れるかな、と心配するくらいだが、シエラが行ける場所なら平気だろう。
秋乃が今日も着せられたドレスは、昨日のものと変わらないほど綺麗なものだ。
形は同じものだが、少し襟ぐりが狭いものをお願いした。昨日のドレスは、あまりに肩が見えすぎていて、貧相でもないと思っているが自慢出来るものを持っているわけではない秋乃にしてみれば、遠慮したい形でもある。
ハイウエストできゅっと絞られた上は身体に沿ったラインだが、見える肌は鎖骨の辺りまでだけでいくらかほっとできる。
付けたウィッグも昨日と同じで、後ろに流して貰っている。
現代社会をこの姿で歩けと言われたら全力で遠慮するが、ここでは同じような姿の人しかいないのだ。恥じらうこともない。
秋乃はそのまま、建物の外へシエラに案内してもらった。
正直に言うと、秋乃に落ち着きはなかった。
公館でも、ヴァレリーの部屋から向こうへはまだ行ったことがなかったのだ。
そしてヴァレリーが一緒だと、人の目を集めてしまってあまり周りを見ることが出来なかったのが事実。
シエラの後ろに控えていると、どこにでもいる貴族のひとり、として見てもらえるのか、誰も秋乃を気にしない。
ああ、普通のひとって素晴らしい――秋乃は人ごみに紛れることに幸せを噛みしめながら、落ち着きなくきょろきょろとしていた。
「・・・あの、アキノ様、そのように珍しい場所ではないのですが・・・」
落ち着きない秋乃を気にしたのはシエラである。
シエラには何の変哲もない場所かもしれないが、秋乃にしてみると異世界はどこを切り取っても珍しいものでしかない。
「あ、ごめん、落ち着きないね。でも、私の世界にはこんな場所ない――というか、あるかもしれないけど、私の住む範囲にはないから、面白くって」
「そうなのですか? アキノ様のお住まいの場所・・・私には想像も付きませんが、素晴らしい場所なのでしょうね」
「素晴らしい・・・うーん、そう聞かれると困るけど、まぁ、不自由はしない場所だね」
駅から少し離れているが、近くにスーパーもあるしコンビニもある。
不自由するかしないかという点においては、こちらより断然しないと言い切れる場所だろう。
でもそこがどこより素晴らしいかと問われると、素直に頷けるようなものでもないのも確かだった。
そう話していると、人通りの多い公館の門をくぐって外に出て、庭の奥に面している広い場所に出た。訓練場のようだ。
その向こうに見える建物が、兵舎だろう。
王宮にあって、何の飾りもないただの建物は実用面だけ考えた、まさに軍用施設という雰囲気だ。
広い訓練場には騎士の姿があり、剣を打ちあわせていたり組手や走っている姿も見える。
シエラはその端を選んで兵舎に向かっているが、さすがに男の姿が多い場所に侍女と貴族の子女としか見えない女が歩いていたら目立つ。
秋乃は視線を感じながらも、声を掛けられないことにほっとして訓練をこっそり見ながら、その兵舎へ足を進めた。
兵舎の入り口前には、門番なのか訓練場を監督しているのか、騎士姿の男が二人立っていて、秋乃たちが近づくのを待って声を掛ける。
「何かようか」
「はい、ヴァレリー様はこちらにいらっしゃいますか?」
シエラは単刀直入にそう聞くが、答えを貰う前にその扉が開いて眼光が鋭い男が姿を見せた。
その、ヴァレリーである。
また今日も不機嫌な顔で、眉間の皺は産まれたときから取れたことがないのではと思わせるほどだ。
なんでこんなに怒った顔ばかりしてるの――いい加減、その顔にも慣れてきた秋乃は呆れたものを含ませて見つめると、強い視線で睨まれた。
「――何をしている」
「お願いがあって来ました」
シエラと同じように、まだるっこしい言葉は挟まず秋乃ははっきりと言った。
お願い、とヴァレリーの視線が一層強くなった気がする。
「なんだ」
「あの、シエラが町に・・・」
「待て、向こうで聞く」
口を開いた秋乃の言葉を遮って、ヴァレリーは兵舎の端、訓練場からも離れた場所を示した。
秋乃もすぐ近くで知らない相手が耳を傾けていることに気付いて、素直に付いていく。
遠巻きにしている視線を感じながらも、声が届かない場所まで来てヴァレリーは足を止めた。
「用があるなら誰かを呼びに来させればいいだろう。わざわざここまでくる必要はない」
相変わらず上から目線で言われて、秋乃はむっと唇を尖らせる。
「自分で歩いたほうが早いでしょう? それに、ほとんど私用ですので、自分で動くのも当然だと思いまして」
「ひとりでは動けないのに? 侍女に案内してもらうんだから一緒だろう」
そうだけど!――秋乃は正論を言われて、自分が情けなくなりながらも負けたくないという気持ちだけが膨れ上がってつい睨みつけてしまう。
ひとりで歩いて見せるから地図をくれ――そう言いそうになって握り拳に力を込める秋乃に、傍に従ったシエラが心配そうに声を掛ける。
「アキノ様・・・」
それに我に返った秋乃は、ごめん、とシエラに視線を送ったあとでヴァレリーに改めて顔を上げた。
「町に行ってみたいんです」
「却下」
「・・・・・・」
一呼吸も置かず、何かを考える間もなく返された一言に、秋乃は表情を固めて、しかしもう一度口を開いた。
「・・・ちょっとだけですが、シエラに付いて行ってみた」
「駄目だ」
次は最後まで言わせてももらえなかった。
唸りそうになりながら、じろりと相手を睨みつけると同じくらい強く睨み下ろされる。
「どうして」
「どうしてもだ」
強く言葉を切るように言い返されて、秋乃は感情だけが乱れてそのまま口を尖らせた。
「・・・リーさんの、ケチっ」
「・・・・・」
そして出て来た言葉は、まるで子供のものだ。
口にしてから、自分が何を言ったのか理解して、内心慌てた。
ケチってもうほんとなんなの――秋乃は大人のつもりだった。
少なくとも、分別の解る大人になったと思っている。
近衛司令官という立場の相手が、王さまの客人がふらふらするのを止めるのも仕事のひとつだろうな、とどこかで解っているつもりだった。
断られることも初めから知っていた気がする。
それなのに、目の前で不機嫌な顔ではっきり言われて、何故だか腹が立った気持ちがそのまま出てしまったのだ。
いや、腹が立ったというより、これは――拗ねている自分に気付いていた。
どうしてこの人相手だと、子供みたいになっちゃうのかな――秋乃は乱れた自分の感情に振り回されることに、自分ですでに呆れていた。




