26 箪笥の向こうの国 ①
すっきりとしない昼食が終わると、秋乃は自分の部屋と指定された朝の客室に戻ってきた。
国王であるクリフォードは公務があり、近衛司令官というヴァレリーも然りだ。
リリアは貴族の開くお茶会に招待されているので出席しなければならないという。
そのまま秋乃を連れて行きそうな勢いだったが、丁重にお断りした。
秋乃はこの世界でどう見ても異質な存在だ。
リリアは全面的に好意しかなく、慕ってくれているようだが、この国の頂点に立つ国王夫妻に馴れ馴れしくする得体の知れない女を、周囲も同じように受け入れてくれるとは秋乃自身が思っていない。
高貴な人は宇宙人かもしれない。けれど、他の位の高い人が同じように宇宙人だとは限らない――秋乃は朝と同じ部屋のリビングに備え付けられたソファに倒れるように座りこみ、深く息を吐いた。
昨日からいろいろなことを詰め込まれて、頭がいっぱいいっぱいだ。
「まだ居てくれるでしょう? 私の知らないところで帰ってしまわないでね?」
そう涙目になってリリアに言われて、美人に縋られて落ちないやつがいたら連れてこい、と秋乃は何度目かの思いを繰り返し、正直に頷いた。
「明日がたぶん日曜だから、夕方には帰りたいけど、それまでなら、ここにいさせてもらおうかな」
秋乃の返事に、リリアは心から笑顔になった。
こんなキラキラした人間を秋乃は初めて見た――と眩しさに目が眩んだ。
このソファ、寝れるわ――と秋乃が柔らかなクッションに身を沈めていると、そっと優しい声で話しかけられた。
「アキノ様、何かお淹れしましょうか? それとも、お休みになられますか?」
秋乃の姿を疲れていると判断したシエラだった。
秋乃付の侍女とは本当で、ずっと一緒にいてくれていた。
「あのミルクティがいいな。シエラが淹れてくれるの、すごく美味しい」
「そんな・・・ありがとうございます」
褒めると頬を染める愛らしい仕草に、秋乃の疲れた脳みそが癒される。
しかしこうしてナチュラルに淹れてもらって、それに慣れたら帰ったとき大変じゃないの――秋乃は不自然な現実に慣れてしまいそうな自分に慌てて、湯気の立つ美味しそうなお茶を出してくれたシエラに向き直った。
「ねぇ、訊いてもいい?」
「はい?」
「シエラは、私に付いてくれるって言ってたけど、でも私のことどう思ってるの?」
「・・・はい?」
秋乃の質問の意味を理解しなかったのか、シエラは愛らしい顔を少し驚かせた。
「アキノ様は、アキノ様です」
「ええと――うん、そうじゃなくって、リリー、王妃様から、私に付くように言われたの?」
「はい。私のようなもので恐縮ですが、せいいっぱいお仕えさせていただきます」
嬉しそうに微笑むシエラに一緒に笑ってしまいそうになるが、秋乃は気持ちを改めるように首を振って、
「それって、私のこと、どういう風に聞いたのかな。私はこんな恰好で、明らかにここに住んでない人間だけど、王妃様がいいっていうからこんな部屋にいさせてもらえるのって、普通のことなの?」
シエラは秋乃の質問の意味を理解したのか、少し戸惑った顔になった。
「ここの人って、カオル姫のことどう思ってるんだろ? リリーは傾倒してるみたいだけど。さっきシエラも聞こえてたよね? 私の曾祖母――雛子様についてとか、みんな知ってるの?」
「もちろんです」
答えたシエラは頬を染めて、目を輝かせていた。
その反応はなんだ――秋乃が少し驚いていると、キラキラしたままシエラは胸の前で両手を合わせた。
「この国で、カオル姫を知らないものはいません。身分に関係なく、すべてのものに優しかった素晴らしい女性です!」
「へ・・・へぇ」
頷きながら、秋乃はこの勢いが誰かと似ている、と少し引きそうになった。
「ヒナコ様のことも、王宮に勤めるものなら噂は知ってます。ですがまさか、ヒナコ様ゆかりの方が現れて、しかもヴァレリー様と長い時を超えて想いを遂げられるなんて!」
こんな素晴らしいお話知りませんでした!――と勢いよく語ってくれるシエラはリリアに重なって見えた。
いや、現実を見てくれ――秋乃は今までひっそりと控えてくれていた侍女の一面に驚きながら、どうどう、と静める。
「う、うん。そっか、でもその、あの人と私が、婚約者ってことは、正直おかしい話だと思うんだよね?」
「どうしてですか?」
「どうしてって・・・こんな女だよ? シエラも、突然知らない女に仕えろとか言われて、困ったでしょう?」
「まさか! アキノ様は素晴らしい方です! 王妃様に引き合わせていただいたときから、私は誠心誠意お仕えしようと決めました!」
「あー・・・そう、アリガト」
軽視されるのは嫌だけれど、こんなにはっきりと好意を向けられるのも恥ずかしくて困る。
秋乃は曇りのない眼差しが自分には眩しくて照れ恥ずかしくて、視線を逸らしながらお礼を言うしかない。
「でもね、あの人、近衛司令官って言ってたよね? どんな仕事なのかは解らないけど、偉い人でしょう? 顔も、まぁ悪くないし、モテるんじゃない? 不機嫌な顔なのが残念だけど――いきなり私なんか押し付けられても、迷惑よね」
「ヴァレリー様はとても人気があるんです――それは貴族の方々から、市民からも裏表のない方だと慕われております。近衛隊には、ヴァレリー様に憧れて入隊されるかたもたくさんいらっしゃるんですよ」
「へーーーー」
人気者。あの人が・・・どこが?――秋乃はあまり信じていない返事をしたが、シエラは気付かなかったようだ。
「アキノ様はすらりとしていらっしゃいますし、きっとヴァレリー様のお隣に並ぶとお似合いだと思うんです!」
「あ・・・そう、うん。そうかな?」
「そうです!」
キラキラしたままのシエラに、秋乃は反論を避けた。
この手の人種は、宇宙人で何を言っても通じない気がする――秋乃はとりあえず自衛するべく、話題を変えることにした。
「それより、時間もあるし、シエラが忙しくないなら、この国のことについて教えてもらってもいい? 私、何も知らないままここに来ちゃってるの」
こんなことになるのなら、曾祖母にもっと聞いておくんだった・・・というか、おばあちゃまはどこまで予測していたのだろう――秋乃は自分の置かれた現実に、曾祖母の思惑がどう絡んでいるのか解らず不安は不安のまま残った。




