20 カオル姫 ②
秋乃は曾祖母が母に――自分の孫に対して、何より甘かった理由が分かった気がした。
神隠しにあった、妹にこれほど似ているのだ。
それはいろいろな意味で、可愛くて仕方なかったことだろう。
秋乃はもう一度リリアを見て、複雑な感情のままの顔をしているだろうと自覚はあったが、そのまま聞いた。
「おばあちゃまは・・・私の曾祖母は、ここに来たことがあるのね?」
寝物語に聞かされたお姫様と王子様の物語。
あれは絵本でも曾祖母の空想でもない。その身に起こったただの現実、おそらく曾祖母の大切な記憶だったのだ。
神隠しにあったという曾祖母の妹、かおるは、この国に居ることを決めてしまったのだろう。
そしてかおると一緒にこの国に来たはずの曾祖母――雛子は、この国から帰ることを決めた。
そのとき、いったいなにがあって姉妹の人生を分けたのか。
秋乃はなぜか、それがひどく気になった。
曾祖母が若い頃といえば、明治と昭和の移り変わりの時代だったと聞いたことがある。
想像でしかないが、今よりもっと女の人生は自由のないものだったはずだ。
『左の真ん中に桃色を、真ん中の上に空色を、右の下に草色を入れて、続きは夢の中に』
最後の呪文のような、曾祖母の言葉をはっきりと思い出す。
曾祖母は、いったい何を思って秋乃にそれを教えてくれたのか。
この国とのつながりがあの箪笥だったとしたら、それをどうして秋乃に託したのか。
そして曾祖母は、妹が神隠しにあってから、この国には来ていなかったのだろうか――秋乃は曾祖母の寝物語を思い出し、そう判断する。
王子様とお姫様は、幸せに暮らしました――それが曾祖母の話す物語の結末だった。
どんな暮らしだったのかは、秋乃の記憶にはない。
あれほど話してもらったのだ。一度でも聞けば覚えているだろうに、それがない。
どうして、私に教えたの?
どうして、かおる姫と別れたの?
どうして、一人で日本に帰ったの?
どうして、私にこの国にくるように仕向けたの?
どうしてどうしてどうして――
秋乃は聞きたいことが沢山あるのに、教えてくれる曾祖母はもういない。
曾祖母の気持ちが、考えていたことも、まったく想像できない。
秋乃は眉を下げ、質問の答えを自分で弾き出しながらリリアから視線を落とした。
「アキノ? どうしたの?」
急に落ち込んだ秋乃に、リリアが心配したように顔を覗き込んでくる。
「ここにいたのか」
その背中に、明るい声が届いた。
振り返ると、天井からの光を受けて輝いた笑顔でいるクリフォードがヴァレリーを控えて近づいていた。
「クリフ、どうしたの?」
「昼食の時間になっても君達が帰ってこないから――カオル姫を見ていたのか」
昼食は一緒にとる予定だったのだろう。
秋乃を連れて一緒に来るはずのリリアが来ないので、二人で探しに来てくれたようだった。
リリアはごめんなさい、といいながら笑った。
「説明するより早いと思ったの」
「それはそうだな――で、アキノ、カオル姫は確かに、君の一族なのか?」
クリフォードの豊かな黒髪が、目の前に飾られた絵画の王妃の血を引いていると改めて教えてくれる。
秋乃はその事実を前に、どこか納得しきれないところがあるものの、小さく頷いた。
「たぶん・・・かおる姫は、おばあちゃまの・・・私の曾祖母の、妹だと思う。昔、神隠しにあったって聞いてたけど」
「曾祖母になるのか、それがヒナコ様だな。カオル姫は私の祖母になる」
「そ・・・そうなんだ」
本当に繋がりがあるんだ――秋乃は改めて言われても、目の前の国王と自分とでは似ているところは髪の色くらいだ。
その髪も、秋乃は栗色に染めてしまっていて分からない。
つまり、似ていないとはっきり言ってしまってもおかしくないのだ。
にこにこと機嫌が良さそうな国王とその王妃に対し、ここに来てから一度も口を開かないヴァレリーは、聞かなくてもわかるほど不機嫌な顔を崩さずただじっとしていた。
思い返すと、最初にこの国に着いてから間諜扱いをされ、ベッドに押し倒され、まったく好意的には見られていない秋乃は、その不機嫌な顔がデフォルトなのだろうか、と思ってしまうほどこのヴァレリーという男は表情が変わらない。
あんまり近づきたくないな――まだ困惑が残るまま、ちらりと視界に入る男に対しそう思った秋乃に、クリフォードはその不機嫌な男に対し笑顔を向ける。
「お前も少しは嬉しそうな顔をしたらどうだ。ようやく婚約者と出会えたのに」
「誰が婚約者だ」
はっきり返したヴァレリーの低い声に、秋乃も首を傾げた。
ここに居るのは国王夫妻と、近衛司令官というヴァレリーと、秋乃だけだ。
次女のシエラは扉の外で待っているらしい。
他に誰かが――と視線を巡らせた秋乃に、クリフォードとリリアは揃って笑顔を向けた。
「長かった約束が、漸く果たされるな」
「そうね。それが叶って、私もとっても嬉しい」
「あのー・・・?」
話についていけないのは、秋乃だけだ。
機嫌の良い国王と王妃。不機嫌なヴァレリー。
婚約者という言葉と秋乃。
「・・・こんやくしゃって・・・」
聞き間違いでなければ、言葉の理解が間違っていなければ、それはもしかしてここに居る30前のただの普通のOLのことなのだろうか――秋乃の不安の混じった疑問の示す指先は、確かに秋乃を向いていた。
どういうこと――秋乃は箪笥から倒れこんだときと同じくらい、再び混乱の中に落ちていった。




