19 カオル姫 ①
秋乃が寝ていた部屋を寝室というのなら、その扉の向こうは居間としか表現できない。
なるほど、ここでシエラは用意していたのか――と納得しつつ、この寝室と居間とがひとつの部屋とされるなら、この大きさは何事だと秋乃は恐ろしすぎてもう何も言えない。
秋乃の1Kの部屋がいったいいくつ入るだろう――考えても、測ることもできないが、居間を過ぎてもう一つドアを開けるとそこは廊下だった。
廊下――なのだろう、と秋乃は思うだけだ。
廊下の床は、これでもか、というほどに磨かれて、俯くと自分の顔が解るほどに綺麗だったからだ。
そして廊下の壁だというのに、壁紙や柱はこれまたテレビで見たことあるーこういうのーと驚くのを通り越して秋乃はどこかでシャッターを下ろした。
模様と絵の描かれた廊下の壁や、細かな細工が施された柱や腰板には、秋乃はもはやすごい、としか言えない。
この先もう、同じようなことが続くなら、秋乃の心臓は付いていけそうにない、と先に何かの幕を下ろしておいたのだ。
これはこういうものこれはこういうものここは違う世界なの――秋乃は呪文のように繰り返し、自分の理性を保った。
リリアに大人しく手を引かれていると、廊下では何人かの侍女や着飾った男の人たちと摺れ違う。
一様にリリアを見て足を止め、頭を下げてはいるものの、その前に秋乃を見て目を瞠るのを忘れない。
もしかして、もしかしなくても、私の恰好って目立つのでは――秋乃がそう思っても、後の祭りだ。
女性はドレス、髪は長く後ろで束ねるかまとめ上げるか。
男性はスーツより上等な詰襟風のジャケットに、スラックス。人によっては男性も髪が長い。
それが当り前なのだとしたら、秋乃のショートヘアとシンプルなスーツは異物にしか見えないはずだ。
そこで初めて、シエラが戸惑っていた理由に気付く。
今は秋乃たちの後ろを静かに歩く侍女を気にしながら、手を引くリリアにそっと声をかける。
「リリー、あのごめんなさい・・・」
「え? なぁに?」
振りかえるリリアは、本当に解らないようで、秋乃は申し訳なくなりながら肩を落とす。
「この恰好、目立つよね・・・リリーが当り前に受け入れてくれたけど、やっぱりここじゃあちょっとこれ目立つ・・・」
異物が隣にあることで、リリアが、王妃が変な目で見られないか不安で申し訳なかったのだが、リリアはなんだ、と目を細めただけだ。
「そんなこと、いいのよ。アキノが着たいものを着ればいいのだわ。確かに、あのドレスも本当は着てみてほしかったのだけど・・・それは今度お願いするわ」
にっこり微笑まれて、秋乃が断れるはずもない。
今度――秋乃はあのドレスのどれかを、着てしまうことになるのだろう。
そうしてリリアが廊下をどんどん進んで、階段をいくつか登って、ついた先は大きな天井まである扉の前だった。
「ここは姿見の間なの」
リリアが促して、後ろに控えていたシエラがその扉を開ける。
扉が開ききった瞬間、秋乃は目の前に広がる光に愕然とした。
奥へと広がっている部屋は、天井が高く、そして光をいっぱいに取り込めるようにガラスがはめ込まれている。
眩さに目がくらみそうだ。
その明るさになれると、室内は両側の壁に所狭しと絵画が掛けられているのに気付く。
天井までの大きなものや、両手で持てる小さな絵まで様々なものだが、描かれている人物は秋乃が見ても一般人ではないと分かる人々だった。
「代々の王族の方々の絵姿が飾ってあるの」
リリアに説明されて、やっぱりと秋乃は頷いた。
とくに大きなものはこの国の正装なのだろう。並ぶ男女は国王と王妃だとわかる威厳のあるものだった。
秋乃が左右に目を奪われながら、リリアはその部屋の奥へと足を進める。
そして一枚の絵の前で見上げながら足を止めた。
秋乃もつられて視線を上げると、若い男女が描かれていた。
視線はまっすぐで、それでいて全てを包み込むかのように暖かな笑みをした二人だった。
秋乃は声もなく驚いた。
男の方はこの国の国王なのだろう、金色の髪に碧い瞳だ。対してその隣に立つ女の容姿は、この部屋に入ってから見てきた人物たちとは全く違う、とはっきりわかる容貌だった。
まず目を引くのがその髪の色だ。
柔らかく結い上げているが、その色が真っ黒なのは隠しようがない。そして微笑む瞳も、秋乃には見慣れた漆黒だった。
それまで見た絵画にある人物は、表現すれば西欧人だとはっきりわかる造詣で、この女性は確かに自分と同じ、日本人だと思えた。
確かめるように細部までしっかり見つめていると、ふいに気付いたところがある。
不思議に思って首を傾げ、それからとなりのリリアに向き直ると、分かっているような笑顔があった。
「私が貴方を待っていた理由が分かった?」
「この人って・・・」
「カオル姫よ。この頃は王国暦355年だから、即位されて3年後くらいかしら」
秋乃は目の前に現れた事実にただ驚いてしまう。
かおる姫は、曾祖母の物語の中ではなく、実際に居た人物なのだと、はっきりした瞬間だった。
そしてその造詣は、どことなく自分と似ていた。
綺麗だというのなら、かおる姫なのだろうが、どことなくパーツが似ているのだ。
秋乃はもう一度、会うこともなかった曾祖母の妹であるかおる姫を見て、深く息を吐き出した。
「私より・・・母に似てるわ」




