表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/9

第9話:『在宅ワークは「世界の終わり」の味がする』

茜の朝は早い。早朝5時、寝室で目覚ましが鳴り響き、重い瞼をこすりながら目を開ける。

昨日の「お風呂遭難事件」の疲労が残る頭で、ふと自問自答する。


「……ふぁぁ。嘘みたいだけど、『あの日』から始まった私の日常いじょうは、もう『異常にちじょう』になっちゃったのよね……」


もしや今までの出来事は、仕事のストレスが見せている壮大な幻覚なのではないか。

そう思いたくなることが何度もあったが、扉の外から聞こえてくる元気な声が、無慈悲に現実を突きつけてくる。


「……あはは! ワンちゃんってかわいいなー! あ、茜、おはよう!」


リビングへ向かうと、リエルがテレビにかじりついていた。


「おはよう。リエルは本当に早起きね……」

すっかりテレビを、というか朝の情報番組の占いや動物コーナーを気に入っているリエル。それが彼女のモーニングルーティンらしい。


茜は身支度を整えながら、三人と自分の朝食を作り始める。その間もリエルは「へぇー!」「何これー!」とテレビに釘付けだ。


「ニュースがそんなに面白いのね。でも、この時間だけは穏やかだわ……」


しばらくして、仕事部屋の扉が開き、メロが起きてきた。

当初はリエルが寝ていた部屋だが、「私はあんな無知な女たちとは別室がいいわ!」というワガママにより、今はメロの寝床兼魔導研究室(自称)になっている。


「あー! メロ、おはよう!」


「……んぅ。……は……ょぅ……」


ローブも帽子も身につけず、寝癖をつけたままポワポワとした足取りで歩いてくるメロ。

普段の傲慢な態度はどこへやら、寝起きだけは「無害な子猫」のようだ。そのままエリンギソファ (ミクが変異させたもの) に倒れ込むように座る。


「普段からそのくらい大人しくしてくれれば、私のQOLも上がるんだけどね……」


(なお、ミクは不規則な冬眠スタイルのため、まだクローゼットから出てくる気配はない)


「朝食は置いておくから好きなように食べてね。いい? 今日はお家でお仕事することにしたからね。この後大事な会議もあるから変なことしないでよ!私はここでお仕事するわ。一歩も、一呼吸も、この仕事部屋には入ってこないでね!」


最近の三人の危うさ、問題ばかり起こしている状況を鑑み、リスクヘッジとして本日は在宅ワークに切り替えた茜だが (昨日のお風呂で疲れたのもあるけど…) 、不安は尽きない。不穏な予感を振り払い、彼女はマイクとカメラをセットした。


会議開始5分前。

今日は外資系コンサルとしての「勝負の日」。画面の向こうには、氷の処刑人と恐れられる佐久間マネージャーと、威厳溢れるクライアント企業の役員たちが並んでいる。


「頑張れ私。『ロジック』で世界をねじ伏せるのよ!」


       *


会議中。

『――以上が、今回の経営改善案の骨子となります』


茜は完璧な論理ロジックでプレゼンを進めていた。しかし。


(……待って。なんか、足元が冷たい?)


ふと下を見ると、メロが置き忘れた魔法瓶ポーションから「物理法則を無視した大量の水」が溢れ出し、床を侵食していた。さらに、パソコンの背景には本物の極彩色な蝶々たちが異界から迷い込み、ヒラヒラと舞い始めている。


「(……っ!)」


茜は引き攣った笑顔を維持したまま、机の下で、押し寄せる水を必死に足で堰き止めた。


『一ノ瀬君、どうした? 妙に肩が揺れているようだが』


『何か背景に、生物のようなものが飛んでいる気がするが……』


「あ、いえ! 素晴らしい戦略を思いつき、武者震いが……! 背景は最新のARフィルターです!」


その時、ドアの向こうからメロの怒号が聞こえてきた。


「ちょっとリエル! そこは私の場所よ! 穴の空いたその巨大な菓子をどかしなさい!」


「メロも食べてみようよー! おいしいよー!」


ドォォォン!! と、壁を突き抜けるような衝撃音が響く。

最強幼女たちの小競り合いが、現実の物理壁を削り始めていた。


『……今の音はなんだね? 爆発音のような……』


『一ノ瀬君、君の背後で何か壁が凹んでいないか?』


役員たちが怪訝な顔をする。茜は冷や汗を滝のように流しながら、コンサル人生最大の嘘を吐いた。


「あ、あはは! 実は今、近所で……大規模な『ビルの同時解体ショー』をやっておりまして! 非常に景気がいいですね!!」


『解体ショー……? 佐久間君、君の部下は大丈夫かね?』


マネージャーの目が氷点下まで下がる。絶体絶命だ。

その時、リエルが「()()()()()()()()」を勝手に受信してしまった。


「あー! 茜が困ってる! リエル、助けるね! お部屋の中、明るいほうがいいでしょ! 【室内太陽:極小】登録コンフィグ!」


(ちょっ……眩しい! 部屋の中で核融合を起こさないで!!)


『一ノ瀬君!? 急に画面が発光して何も見えんぞ!』


さらにメロの声が脳内に直接響く。

(ふん、低俗な会合ね。私が最上級の幻影魔法を使えば、その役員とやら全員「契約の隷属」下に置いてあげられるのに)


(余計なことはしないでねメロ! あと脳内に直接話しかけないで!!)


「あー、まだ茜が困ってる! よーし、【全人類の認識:改竄】登録コンフィグ!」


パチン! とリエルが指を鳴らした。

次の瞬間、画面の向こう側の役員たちの目が、一斉にトロンとした。


『……ああ、一ノ瀬君。君の背後で太陽が輝き、蝶が舞っている……なんと神々しいプレゼンだ。とてもクリエイティブだ。……感動した。この100億のプロジェクトは君に全て任せよう……』


「……は?」


最強幼女のチートによって、クライアントの「正気」が書き換えられた。もはや論理もクソもない。


(こんなのダメに決まってるでしょーー!! 今すぐ戻しなさーーい!!!)


茜の必死のテレパシーにより、リエルがしぶしぶ設定を戻す。


『……一ノ瀬君。悪いがもう一度説明していただきたい。何やら、白昼夢を見ていたようで記憶が曖昧だ』


「……はい。こちらの……ロジックの説明を……(泣)」


       *


会議終了後。

茜は、水浸しになり、壁にヒビが入った仕事部屋で、力なく椅子から崩れ落ちた。


「……勝った。なんとか承認は得たけど、コンサルタントとして大事な『矜持プライド』を全て失った気がする……」


扉を開けると、そこにはリエルが立っていた。


「茜、すごかった? リエル、がんばったよ!」


「ふん、私の魔力があんたの『信用』を補強してあげたのよ。感謝しなさいよね!」


「……もういいわよ。とりあえず、今すぐ水を消して、蝶々は異界に帰して! 太陽も消火!!」


ガチャ、とクローゼットの扉が開く。

「……おはよう、お姉さん。………どうかしたの……? なんか……元気……ない………」


何も知らない、ようやく起きてきたミクが不思議そうに首を傾げた。


「……どうしたもこうしたもないわよ」


茜の年収800万。

それを維持するためには、もはや経営戦略ロジックではなく、最強幼女たちの「ご機嫌(マネジメント)」を管理するスキルが、世界で最も重要になりつつあった。

著者あとがき


お読みいただきありがとうございます!

「みずいろドロップ」です。


今回は茜さんの本業、リモート会議編でした。

100億のプロジェクトを「認識改竄」で強引に成約させようとするリエルの善意(?)が、プロのコンサルタントである茜さんの心を一番深く抉る結果に……。

「ビルの同時解体ショー」という苦しすぎる言い訳を、氷の処刑人・佐久間マネージャーがどう受け取ったのかは、神のみぞ知る(あるいはリエルのみぞ知る)ところです。


寝起きのメロや、安定のマイペースなミクなど、三人の共同生活も少しずつ馴染んできましたが、家屋のダメージと茜さんの心労は蓄積する一方のようです。


「茜さん、頑張れ……!」

「その100億のプロジェクト、私ならそのままの状態で引き受けちゃうのに!」

など、感想やブックマーク、評価をいただけますと、茜さんの次の給料日の励みになります!


次回、第10話もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ