第32話 カランVSタレス
「ファーディン、じゃあ後は頼んだぞ」
「はっ、この命に代えても、ポコ様とお預かりしたものをお守りすることをお約束いたします」
「ははっ、相変わらず堅いやつだなあ。まあそれがいいところでもあるんだが。それからポコ、お前は一人で勝手にどっか行ったりするなよ」
「わかってるよ。俺だってもう子供じゃないんだぜ」
「それにしてはちっちぇーな」
「うるせーなー、もー」
「はっはっはっはー」
ちょうどリーリエルが帰ってきた。少し体がうなだれていて疲れている様子だった。
「おう、よく戻ったな。ファーディン、ちょっと診てやってくれ」
カランは何も言わなくても大体の状況は察しているという感じだった。
「カラン様、魔族の強者二人に遭遇しました。一人はおそらく魔影のエヴァリストだと思います。そしてもう一人は全身が黒色の見た目をしていて――」
「そうか……、おそらく魔界樹の主ってとこだろうな。ついに来たか。着いて早々悪いんだが、お前たちにはこのポコとこいつを持って行ってもらいたい。ファーディン、出してくれ」
そう言って取り出されたものはゲーデルから取り上げた投影機だった。
「これは……」
「じゃあ、頼んだぞ」
「待ってください!」
いつも落ち着いた口調で冷静なリーリエルが興奮した様子で言った。
「どうした」
「私も残ります」
「だめだ」
リーリエルはカランの目をじっと見た。カランも同じように見返す。ほんの数秒、空白の時間が流れた。リーリエルの瞳が潤んでいるのが見えていても、カランは無表情だった。目の辺りの黒いくぼみから発する黄緑色の目の焦点がどこを捉えているのか、何を見ているかわからない。
カランはリーリエルに近づき、優しく抱擁する。
「理屈ではわかっていても感情で受け入れられないこともある。お前のことは長い間見てきたからなおさらだ。だがこれで終わるわけじゃねえから安心しな」
カランは無機質な木の顔をほころばせて言った。
「必ず戻ってきてくださいね……」
「当たり前だろ」
今度はいつもの気色悪いニッっとした表情で笑っていた。それをみたリーリエルにも笑顔が戻った。
ファーディンは落ち着いたところを見計らって向かうべき方向へ促した。リーリエルは何度も後ろを振り返っていた。カランはそれに手をあげて応えていた。
カランは場所を移した。ロイと特訓したところだ。そして思っていた。うまくいっている、と。犠牲がないというわけではない。いや、長い年月の間では甚大な被害がでたこともある。だが我々は滅んではいないし、むしろ人口も増え、繁栄しているといっていいだろう。残酷な話だが、肝心なことは誰が生きているかということだ。それから世界樹の主という立場でありながら自由意志を持ち合わせていることにも少し違和感を覚えていた。
カランが考えに耽っているとその時はきた。上空から勢いよくこちらに向かってくる黒い人型の物体があった。拳を突き出してこちらに攻撃を仕掛けてきていて、カランもそれに合わせて拳を突き出す。
お互いの拳がぶつかったことで衝撃波が生まれ、辺りの草花を散らしていた。
〈翠樹天蓋〉
カランを中心に遠く離れた場所から幾重もの巨木が空へ伸びる。枝葉は互いに絡み合い、瞬く間に巨大な緑の天井を形成し、球体の上半分のようになっていった。
「こんなもので私を捕らえられたとでも思っているのか?」黒い人型の存在は言った。
「これは捕らえるためのものじゃない。お前が魔界樹の主か?」
「他の者たちは私のことをタレスと呼んでいる。まあ、これから死にゆく者に名乗っても意味がないと思うがな」
「それはどうかな」
「それにしても殺風景なところだな。結界まで張ってしまったら辺りの景色を見ることもできない」
「何もない場所でも俺にとっては思い出が詰まった場所なんだぜ。ところで一応確認なんだが何故俺を殺したいんだ?」
「分かり切ったことを、我ら魔族存亡の危機を救うためだ。根の進行を制御できない以上避けられんことだ」
「そうか……、じゃあ正々堂々戦うことにするか!」
「戦いに正々堂々などあるか!」
〈グラビティドミニオン〉
タレスを中心に衝撃波のようなものが走る。空気が震えて辺りに振動音がこだまする。
〈万象樹界〉
今度はカランがスキルを発動する。お互いの衝撃波がぶつかっても爆発などが起こることもなくすり抜けて重なった。辺りの草花が変色してしぼんで乾いて枯れ始めていた。
〈樹界咆哮〉
〈アビス・レイ〉
お互いに口を大きく開けて波動砲のようなものを出した。タレスとカランの中間でぶつかり爆風が起こる。見にくい視界が戻ることを待つことなくお互いが急接近して素手による格闘戦が始まった。
拳と蹴りの応酬が高速で展開されている。攻撃がよけられた時に風が起こり、お互いが攻撃を防御すると振動で地響きがする。
タレスが接触時に拳の先端に何かの魔法を仕込んでいることを察知し、カランが後ろへ飛び避ける。
カランは両腕を下から持ち上げる動作をした後、タレスの方向へ向けた。すると木の塊でできたものが上へ伸びてタレスへ襲い掛かる。
タレスは前へ出ながら滑り込むようにして、その木の塊を避けた後カランに向かって一直線に飛び蹴りをする。
カランは手のひらが自分から見えるように顔の辺りまで腕を上げた。すると今度は分厚い木の壁が何重も目の前の地面から現れた。しかしタレスの飛び蹴りはその木の壁をものともせず突き破っていき、そのままカランのもとまでいくかに思えたが、タレスの足に当たったものはクリスタルのように透明がかった物体だった。よく見るとそれはカランの腕から繋がっているものだった。カランはその状況で間髪入れずに同じ様相のもう一方の腕を振りぬくと、その拳はタレスの胸部、首、顔面までめり込んでいった。
タレスは瞬きする間もないほどの勢いで反対側の壁上部に衝突したがすぐに体勢を立て直した。
「やはり敵地では少々分が悪いか」タレスはつぶやくように言った。
カランは〈樹界咆哮〉で追撃をかけるが、タレスは壁を蹴る反動によってそれを避けた。
続けてカランは変化させた体の一部をいくつか剥がしていき、腕を変形させて剥がした体の一部を銃の弾を込めるように詰めて連続で発射させた。弾はタレスの体を捉えていたが、硬い物体を切る斬撃音と共にそれぞれ切り刻まれて、後方の壁にぶつかったりめり込んだりした。
タレスの両腕を見ると少し曲線を描いた剣の形に変形していた。刃の大きさは人間でいえば肘から手の先までの二倍ほどありそうで、白と薄い紫色の光を帯びていた。
「なるほど、剣技もお手の物ってわけか。いいだろう」
カランは自分の胸部を開いて隙間をつくり、そこに自分の手を突っ込んで何かを取り出した。長い棒状のものかと思えば、よく見ると剣の形をしていて大きさは大剣ほどある。全体の色が黄緑色をしているが、カランが手を添えて持ち手から剣先に動かしながら魔力を込めていくと、その部分が青色に光っていった。
戦いは素手や遠距離からの攻撃から近距離戦の局面へと変わった。これはお互いが大技を出す危険を冒さず、極力魔力消費を抑えた長期戦になることを意味している。
タレスが速さで上回りカランの体に着実に傷を負わせていき、カランは大剣の大きさと力を活かし強力な一撃でタレスの防御ごとダメージを与えていく。
両者ともに体が淡く光り、傷口が塞がっていくのが見える。強者同士の戦いはまだ始まったばかりだ。




