第21話 木の妖精ポコ
ロイたちとグランリーフに来た時に通ったところの一角に、一階が食堂になっている宿屋があった。使用人らしきエルフが数人働いているのが見えた。リーリエルとマリンが扉を開けて入ってくると、ことらに頭を下げた。
「今日、この子をここへ泊めてもらえるかしら。それから食事もお願い」
「はい、かしこまりました」
リーリエルよりも少し年上そうな女エルフが応えた。
「それじゃ私は行くから、また明日迎えに来るわ」
「はい、わかりました」
次の日からマリンの過酷な修行の日々が始まるのであった。
修行は別の場所で行うようだ。宿を出てすぐのところからリーリエルはマリンを前に立たせて、
「暴れないでね」
後ろから手をまわし、前で腕をがっしりとつかむと、そのまま空中に浮かび上がりだした。
「うわわわー」
マリンは手足をバタバタと動かして暴れた。
「だから暴れないで、って言ったでしょ……。落ちても知らないよ」
リーリエルは体をつかんでいる手の力を強めた。
「落ちる」という言葉を聞いて、急に体が硬直した。しかし、この状況になって暴れるなというのは無茶だとマリンは思った。説明不足過ぎる。この人は他の人とのやり取りでも困ったことがないのだろうかとも思った。
高度が上がり、怖くなってきたマリンは目をつむって落ちないことを祈ることにした。竜の背にでも乗っていれば、さぞかし美しい景色が見られたことだろう。
「そろそろ着くよ」
マリンは恐る恐る目を開けると、大きな木の枝の真上まで来ていた。だが辺りを見渡すと、かなり高いところまで来ていたようだ。そして枝に降りて一息つく間もなく強い風が吹く。
マリンは「ひゃー」といって枝にはいつくばってしがみつく。
「そんなに怖がらなくても、こうやって〈バリア〉を張れば空から落ちることはないよ。これは飛行魔法が使えなくてもいいから、マリンにもできるよ」
枝と同じ高さに張られた〈バリア〉の上に乗って宙を歩くリーリエル、それについていくマリン。
「この〈バリア〉は私しか乗れないから気をつけてね。あ――」
「うわーん」間に合わずに落下してしまうマリン。
「まったく……」
リーリエルはすぐさまマリンの落下地点の下に〈バリア〉を張った。着地と同時に〈バリア〉が下に沈み込み落下の衝撃を吸収する。
「何だか今日は暴れたり叫んだりしてばかりで忙しいわね」
「そんな急に対応なんてできないですよー」
マリンはいろいろあって気弱になっているようだ。
リーリエルは飛行魔法でマリンと同じ高さまで降りてきた。
「魔族に襲われた時も同じことを言うの?」
「それは……」
「まあいいわ。今なら〈バリア〉を張れるでしょ? 自分の足元に張ってみて」
マリンは言われるままに自分の足元に〈バリア〉を張った。
「そう、いいわよ。そのまま階段状に張っていって、最初にいた枝の上まで戻りましょう」
ぎこちないながらもマリンは階段状に〈バリア〉を張っていき、徐々に元いた場所まで近づいていった。その間リーリエルはマリンの手を取っていてくれた。急に無理なことを言ってしまったと思ったのかもしれない。
枝の上まだ戻ってくることができて、二人は一息ついた。
「よくがんばったわ。疲れてしまったかしら?」
「いえ、大分集中しないといけなかったですけど、魔力的には全然大丈夫です!」
「そう、それならよかったわ。がんばったご褒美と言っては何だけれど、後で面白いものを見せてあげるわ。ちょっと休憩と昼食にしましょう」
昼食という言葉を聞いてマリンは目を輝かせた。
リーリエルは人差し指と親指の先を口に入れ「ピュー」と音を出した。
しばらく待っていると、下の方から翼を持った黄緑色の生き物が飛んでこちらに向かってきているのが見えた。近くまで来るとぱっちりした目と、硬そうな鱗のようなものが体の表面についているのが確認できた。小さな竜に見えなくもない。手に籠を持っている。リーリエルは手を振ってその生き物を呼び寄せた。
「ほらよ、昼めし持ってきてやったぜ」
「わ、しゃべった」マリンは驚いて言った。
「なんだよ、言葉くらいしゃべれるぜ」
「そう、この子はしゃべれる木の妖精ってとこかな。私たちはポコって呼んでるの。それでこっちはマリン。仲良くしてあげてね、ポコ」
「おうよ、だけど思ったより小さいんだな」
「どんなイメージもっていたのよ」
「魔力だけみたらバカでかいのが二つみえてるから、でかいやつがいるかもって思ったんだよな」
「確かにあなたにとっては少しわかりにくかったかもしれないわね。でもこんなにかわいい子二人に会えてうれしいでしょ」
「何言ってんだよ、俺を見くびるなよ。俺はそんなことじゃなびかねえよ。それに女は中身と見た目だろ」
「うん、それだと両方って意味になっちゃうね……」
「あっはっはっはー」マリンが大声で笑った。
「ポコって面白いんだね」
「面白いだけじゃないぜ、顔だってイケメンだろ? 特にこの斜め四十五度からが――おっといけねえ、そろそろ戻らねえと。じゃあな、せいぜい頑張れよ」
ポコは空になったかごをもって、そそくさと行ってしまった。
「せいぜい頑張れって、相変わらず言葉を覚えたての子供みたいね……」
少し間があった後、二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
持ってきてくれた食事はパンに肉と野菜を挟んだもので、飲み物もあった。飲み物には体の疲労と魔力回復効果があるものが使われているらしい。
リーリエルはもう一度口から音を出すと、今度は別の大きめの鳥がやってきた。
「本来はこっちが来るはずだったんだけどね。なんか出しゃばってきちゃったんだね」
鳥はポコと同じようにかごを持ってきていたので、その中に飲み終えた革袋を入れて持ち帰ってもらった。
その後少しの間、木の上で座ってゆっくりとしていた。こうして座っていると時間の流れがゆっくり動いているように感じられる。お城の一番高いところよりも高い場所からの眺めは、ここのような特別な場所でしか味わうことができないだろう。雲がところどころあるが、おおむね晴れているので、この大陸のかなり遠くまで見渡すことができる。方角的にあのあたりに自分の村があるだろうということまでわかる。
マリンは村にいた時のことを少し思い出し、自分の家族は今どうしているのだろうかと思いをはせた。
「いい眺めでしょ。そうだ、面白いものを見せてあげるって言ったよね。ちょっと見ていて」
リーリエルは枝から斜め下に向かって〈バリア〉でできた道を作り上げた。道の幅は人ひとりが余裕をもって乗ることができる程度のものだった。そこにちょこんと腰かけたかと思うと「ひゃっほ~う」と言って一気に下に向かって滑り落ちていった。斜め下に降りていくだけでなく、右へ曲がったり左へ曲がったり、山あり谷ありの上下移動をしたりもしていた。さらには勢いがついたところで一回転することもあった。かなりの速さで移動しているにもかかわらず〈バリア〉の道が滞るということはなかった。これはかなり高度な魔法の技術であることがマリンにはわかった。
「ただいま、どうだった?」
戻ってきたリーリエルは少し興奮気味に聞いてきた。
「なんというか、すごかったし、楽しそうでした」
マリンは当たり障りないことを言ったが、内心リーリエルのことを突拍子もないことをする人だと思った。人のことは言えないが、何かに秀でた能力を持っている人は、こういうちょっと変わった趣向の持ち主が多いのかもしれないとも思った。
「そうでしょう、よし、今度はマリンも一緒に行こう」
リーリエルはマリンの手を取って〈バリア〉の手前で自分の前に座らせた。
「じゃあ、いくよ」
さっき見ていたことと同じように、左右上下にかなりの速さで移動していく。マリンに恐怖心はなく、むしろこの状況に興奮して楽しいと思えるほどだった。村から追い出されて、新しく仲間になった人たちとたどり着いた先で、強制的に修行をさせられると思ったら、まさかこんな状況になるとは夢にも思わなかった。
今度はさっきとは違う軌道になり、世界樹の頂上向かって上昇していっている。どういう原理なのかわからないがとにかく上昇出来ている。
ついに世界樹の頂上の高さまで上昇すると、今まで続いていた〈バリア〉の道が急に途切れてなくなっていた。
「うわわわ、え、ちょ、これどうなるんですか?」
またもマリンは手足をバタバタさせて慌てふためいていた。
「さあ、どうなるんだろうね」
リーリエルは笑っていたが、すぐに自分の下に〈バリア〉張って着地する。
マリンはというと、そのまま同じように〈バリア〉に着地するかと思ったが、マリンの体は〈バリア〉をすり抜け始めた。しかしそれを予期していたかのように、すかさず自分の下に〈バリア〉を張ってうまく着地した。
「うん、今度は騙されなかったみたいね」
「同じ手は二度と通じませんよ」マリンは得意げに答えた。
「ふふ、その調子ね。仮に落ちてしまったとしても下に世界樹があるから死にはしなかったと思うけど」
ふと下を見下ろすと、森があるのではないかと思うほどの木の葉が生い茂っているのが見えた。それと同時に今まで到達したことのない高さまで来ていると実感した。
「もう少し上に行くと飛行魔法の高度限界になるわ。魔法も使えなくなるし、呼吸もしづらくなるの」
「そうなんですね、初めて知りました」
「まあ、普通では来れない場所だから――今日はここまでにしましょう」
地上へはリーリエルが飛行魔法でマリンを後ろから持って降ろした。
「やっぱり手で持って降ろすと重たいわね……」
「それは私が太っていると言いたいんですか……?」
「あ、いや、ごめんなさい。そうではなくて、前に〈バリア〉を使って降りたことがあって、その時に下にいた使用人にあたってけがをさせてしまったから〈バリア〉で降りることにしたから、しかたないなと思って」
「やっぱり重いということに変わりないじゃないですか……」
「ごめんごめん、じゃあマリンも飛行魔法をおぼえればいいのよ」
「簡単に言わないでください……」
これでこの日の修行は終わった。そしてここから数日の間〈バリア〉を扱う修行が続いて、マリンはそれをこなしていく日々を送った。〈バリア〉張り方と、通すものと通さないものの調整を練習していく。これには応用力が必要だったのだが、もともと〈バリア〉の扱いにはなれていたこともあったせいか、特に難しいと思う内容がなかったとマリンは感じた。しかし、それは数日の間だけのことで、次なる修行の課題に入るとそう簡単にはいかなくなるのだった。




