第5話 崩壊世界の無剣騎士
あれから、数日が過ぎていた。
村正が命からがら魔石を手に入れ、ゴブリンの脅威を振り払ったあの夜から、数日の後。
街でゴブリンに見つからないように、見つかっても逃げるように動きながら、村正は落ちている魔石を拾っては自己の強化に繋げる作業に勤しんでいた。
車かなにか、死因はわからない。
しかしこの地域のダンジョンは比較的弱い魔物、ゴブリンしか生まず、それもあって村正に都合のいい『戦闘せずに魔石ゲット』という状況を生み出していたのだ。
僅か数日の間で獲得した村正の力がこれである。
佐々木村正/15歳/覚醒者
スキル:【HPアーマーLv.5】
【リジェネアーマーLv.5】
【神風アーマーLv.1】
【リフレクションアーマーLv.5】
【低減アーマーLv.5】
装備 :【ベースアーマー〈騎士鎧〉】
なお初日にゴブリンによって負わされた村正の左腕の傷は既に完治している。
瞬時に快癒するような即効性の手段ではないが、地道に少しづつ再生していくのが村正の【リジェネアーマー】の特徴であった。
このことに村正はむしろ頼もしさを実感し、スキルLvを5まで上げたという背景もある。
文明の崩壊した現在において、治らない、治す手段のない傷や病気というのはそのまま死に直結する一大事だ。
1発ですぐ直る、という力は確かに頼もしいが、力及ばずなんてことがない村正の【リジェネアーマー】はそれ以上の信頼を置くに相応しい能力であった。
数日で荒れに荒れた見知ったはずの街中を散策する村正。
その姿は西洋の騎士甲冑に身を包んでおり、いくら崩壊したとはいえ未だ面影もある文明の残骸の中では少々場違い感があった。
されど、気にすることはない。
なぜならその場違いを指摘する存在すら、もうこの世界にはいくらもいるか知れないのだから。
しかしもう1つだけ、村正の姿に場違い……とは違うが、違和感を発する点がある。
見る者などいないのだから気にするな、とは言えない。
むしろその点について一番に気にしているのは村正本人であるのだから。
新たに見つけた魔石を拾いながら村正は溜息を吐く。
目下悩み中の物事に、解決の兆しが見えないためであった。
「攻撃手段が、欲しい……」
これである。
まさにこの一言で村正の悩むすべてを説明した。
ここ数日、村正はやむを得ない状況以外、ゴブリンと戦っていないし、なんなら脱兎の如く逃走している。
それはなぜかといえば、一言で「戦う術が乏しいから」である。
無い、ではない。
乏しい、だ。
一応の迎撃手段はあった。
しかしそれをするに村正には大きなストレスがかかるのだ。
吐き出す息に悩みの大きさを感じさせる村正に、ジャリッ、とこの状況で聞こえたくない足音が届く。
文明は滅び、人間はここ数日で一度も見ていない。
要するに足音の正体とは十中八九ゴブリンであった。
聞こえた方向から迷わず撤退を始める村正。
しかし今回は不幸なことに、先程述べた時々起こる「やむを得ない状況」が訪れてしまった。
向かいの道からも、ゴブリンの姿を3体視界に捉えたのだ。
「……ついてないな。いや、ていうかこの辺りのゴブリン密集率が高いのか?」
兜の上から頭を掻く村正。
既に前後を挟むように位置するゴブリンたちは獲物の存在に気付いて駆け出している。
彼我の距離からしても重い騎士鎧を着た村正では逃げるのも難しいだろう状況。
しかしそれでも、村正に焦りはなかった。
一応の迎撃手段。
乏しいと断ずる手段。
例えそうであっても、それはゴブリン相手に苦戦するという意味ではないのだ。
むしろ逆……苦戦を強いられ、そして最期にわけもわからず散る羽目になるのは、獲物に歓喜し襲ってくるゴブリンたちであった。
「【リフレクションアーマー】、起動」
ダンゴムシのように身体を縮こまらせた村正が、ぽつりと呟く。
この数日で獲得した新しいスキル、そしてこの騎士鎧……否、【ベースアーマー】があれば、村正のその一応の、乏しい迎撃手段は完成する。
【リフレクションアーマー】:受けたダメージの一定値を相手に反射する。反射ダメージは不可視・必中の効果を持つ。
【ベースアーマー〈騎士鎧〉】:様々なアーマースキルを付加することのできるベースのアーマー。これに付加したアーマースキルの数・Lvに応じてアーマーの防御値が増大する。
【低減アーマー】:届くダメージを割合で低減する。受けるではなく届くなので、これによって【リフレクションアーマー】の反射ダメージが下がることはない。
常時発動している【低減アーマー】に加え、反射攻撃を実行する【リフレクションアーマー】の起動。
【ベースアーマー】の防御値と【HPアーマー】の耐久性。
【リジェネアーマー】の継続戦闘を可能とする回復力。
これらを以って村正はただダンゴムシのように蹲ってるだけなのに相手が勝手に死ぬという、某黒の剣士も吃驚な戦法を確立しているのだ。
もっとも、その戦法が通ずるのは相手が最弱ランクのゴブリンだからであるが。
ゴブリンに大した知能はない。
獲物が丸まって攻撃を受けるだけなのを見れば、少しづつ自身の身体が傷むことなど気にも留めずに殴り続けてくる。
結果としてゴブリンは、自分の暴力が跳ね返って死ぬという情けない最期をそうとも知らずに倒れていくのだ。
やがて倒れたゴブリンの身体が塵となって消え、魔石だけ残ったのを認めた村正は立ち上がり散策を再開した。
手には今しがた手に入れた、散策で見つけるよりも多い魔石。
一応の迎撃手段とか乏しい手段と言っておきながら、確かな成果を無傷で手にしている村正は端から見れば勿体なく映るだろう。
もっとやればいいのに、と。
しかし未だ慣れない怪物を相手に一方的に殴られ続けることの、なんと恐ろしいことか。
村正は勇敢ではない。
やらねばならないことはやるが、選択肢としてやらなくてもいいならしたくないことはやらない。
今までもそうだった。
学校の授業をエロ本片手に受けていたのがその証拠である。
証拠なのである。
ことここにおいて村正はこの苦行をやらなくてもいいと判断した。
危機感を抱いていないわけではない。
むしろ抱いているからこそ、村正は目下悩みの種として別の攻撃手段を欲しているのだ。
……かみかぜ?
村正の頭にそんなものは存在しない。
きっと知らない子だと、彼は言うだろう。
村正の悩みに解決の目途などない。
それはどこまでも付いてくる『アーマーショップ』という彼の力が、攻撃と真逆の守りに位置するものだからだ。
その辺の包丁や鉄パイプで戦うことも村正は考えた。
しかしそれで倒せるのは精々が最弱のゴブリンくらい。
ここにずっと留まるならそれもいいかもしれないが、村正はこの世界全体で文明が崩壊したと睨んでいた。
ゴブリンがダンジョンの付近で立ち往生する仕組みでないことは既に知っている。
ならばこの最弱魔物しか存在しない地域が、いつまでもそうであるとは限らない。
他所の地域からやってきた強力な魔物が、この地域のゴブリンを餌とすることだってあり得るのだ。
それを思った村正は下手な武器で戦うことより、魔物から逃げ、隠れる術を磨こうと決意した。
村正には『魔石ポイント変換率10倍』という反則染みた特典があるが、それでも未だ新人探索者であることに変わりはないのだ。
この数日で国が動いた形跡は見られない。
村正は魔石集めのためそこそこ遠出もしているが、それでも生存者の1人も発見できていないのだ。
こんな世界で物語の主人公を気取るほど、村正は活気に溢れた若さというものを手に入れていなかった。
それはこの状況において幸か不幸か。
1つ、村正は向けた視線の先にある惨状を見て、考えるまでもないな、と一蹴した。
村正が見つめるその先には、なにか巨大なモノに踏み潰されたかのような建物が、道を作るように続いていたのだ。
既にこの地域は〝最弱〟とは程遠いナニカに侵略されているのかと、村正は息を潜めて撤退を開始した。




