第3話 村正、初陣。
思いがけない女神よりの特典に、村正はツイてると思った。
他の探索者より10倍の速度で装備を整えられる『魔石変換率10倍』は、控えめにいってもこの状況で歓喜するに足る朗報であった。
しかしまだ、喜ぶには早すぎる。
なぜなら村正の手元に魔石などあろうはずもなく、なれば先述した通りそれは捕らぬ狸の皮算用。
しかも外には人の血肉を喰らう魔物共が跋扈しているときた。
村正は予想外の特典を胸の奥に落とし込み、今度こそと自身のダンジョンショップを確認する。
──『アーマーショップ』。
展開された画面には、その文字が堂々と表示されていた。
軽く品目を流し見するも、その内容もまたショップ名に恥じぬアーマーと名の付くものばかり。
「攻撃手段はないのか……⁉」
身の安全を守るに際して防御力は重要である。
しかし攻撃する手段がなければ永遠と殴られるだけであろうと、根本的解決……つまりは敵たる魔物を打倒する術が、村正は欲しかった。
月明かりと炎で照らされる窓辺にて、村正は頭を抱え必死に考える。
ショップの内容もそうだが、そもそもこの状況下においてなんの能力も獲得していない村正が魔石を手に入れるのも難しいのだ。
こうしている間にも外の状況は悪化の一途を辿るばかりで、少なくとも国が解決するまでにまだ時間がかかるだろうと思われる。
もっともそれもこのダンジョンの氾濫といえる事態がこの地域だけで起きたと、その前提あっての予測に過ぎないのだが。
村正はその楽観視はしておらず、ここで動かないことは自分にとって死を意味すると理解していた。
国の対処など待つべきではない、期待するべきではない。
それを理解できるくらいには、村正の育った環境というのは常に〝生〟と〝死〟を意識させられる過酷なものであったのだ。
その過酷ですら、今においてはほとほと生ぬるかったのだなと、村正は自嘲気味に笑うが。
頭を振り、余計な邪念を振り払う。
落ち込んでいて事態が解決するのなら、村正の人生はもっと早くに光の道を指し示していたはずだ。
村正は勇敢ではなかったが、卑屈でもまたなかった。
村正がこれまでの人生で学んだのは、ないものねだりで気落ちするのではなく、今あるもので如何に今を謳歌するのかだ。
その点で村正には偶然拾ったエロ本という、今を謳歌するに魅力的な相棒が側にいた。
今回もそうだと、今ある『アーマーショップ』と『魔石変換率10倍』を武器に、村正は現状を打開できる策を練るため周囲を観察し始めた。
物置部屋にある粗大ごみたちは、扉を塞ぐのに一定の効果は期待できるだろう。
だが外を跋扈するゴブリンたちの膂力もなにも知らない村正では、完全に安心しきるには不足が過ぎる。
下から覗くように窓から外を窺えば、未だゴブリンは散見されるが密集している様子ではない。
恐らくより遠くに獲物を探しに散ったのか、ともかくダンジョン近辺で魔物が立ち往生するという仕組みではないのだと村正は理解した。
これなら仮に戦うことになっても状況を正しく認められていれば、あるいは外での探索も可能かもしれないと判断する。
そしてこれが一番重要な情報であった。
なんと家に突っ込んだトラックだが、よくよく見るとその側にキラリと輝くものがいくつか見えるのだ。
魔石である。
これには村正も思わず口元を三日月に歪めるのを堪えきれない。
なんの福音なのか、あるいは側のダンジョン危険度が低いものであったからトラック程度に潰されることになったのか。
後者であれば村正の毒親たちが傲慢でプライド高いくせにチキンでもあったことが関係しているだろう。
如何に地価が安いといっても高危険度のダンジョンの側は嫌だったという、情けなくなるような人間たちが選んだ選択肢が、ここにきて村正に一筋の光明を差した。
が、喜んでばかりもいられない。
窓から見えたのは地面に落ちる魔石だけでなく、我が家に押し入り死肉を喰らうゴブリン共の姿もまた、認められたのだ。
その死肉の正体がなんであるのかには、然したる興味を村正は抱かなかった。
それは冷徹であるのではなく、愛情を向けられなかった村正が親に抱くべき感情を知らず育ったという、ただそれだけのことである。
なんにせよ、事態は刻一刻と村正に危機を告げていると見ていい。
あの死肉を喰らい終わった後、次に来るのは村正が潜むこの物置部屋であるかもしれないのだ。
2階の部屋から見えたゴブリンは位置的に降りてすぐ村正に気付くようなことはないだろう。
それを認めた村正は一度大きく空気を吸って、吐いて、瞑目し足音を立てないように物置部屋の扉へと進んだ。
耳を当て、扉の先にゴブリンがいないだろうことを確認し、そっと、扉を開ける。
隙間からもまた見えないことを認めた村正は、一歩一歩静かに階段を降りていく。
心臓がうるさかった。
ともすればこの心拍音でゴブリンに気付かれるのではないかと思うほど。
緊張と焦りで、村正は今にでも駆け出して魔石を手に入れたかった。
それをすれば喰われるとわかっているが故に、緊張と焦りが増幅する悪循環。
気休め程度に手に握るは角の尖った面妖な置き物。
握りやすさと殴ったときの鋭利さを認めて持ってきたが、実際これで戦う気など村正には更々ない。
ただ心の安寧と、逃げるときに投げつけでもすれば少しの時間くらい稼げるのではという期待からだ。
静かに、音を忍ばせ1階へと辿り着いた村正は、壊れた扉から既にゴブリンの背中を視認できることに大きく動揺した。
──もう、あのゴブリンたちが振り返るだけで気付かれる。
呼吸を荒くしたい、けれどそれすら許されない。
魔石の下へ進まなければならないのに、脚が、動いてくれない。
村正はずっと、血肉を漁るゴブリンの背を眺めていた。
時が止まったかのように同じ風景が流れる。
動揺で震える村正の瞳は、ゴブリンの背から喰われる死肉の方へと移った。
そこには、ぐちゃぐちゃにされた女の顔が、目が、村正のほうを見つめているように見えた。
村正の顔から表情が消える。
村正の心から動揺が消える。
奇しくも初めて自分の母親から視線を向けられて、村正は気付いたのだ。
──僕は、あんたたちのようにはならない。
ぐっ、と、拳を握り込んだ。
自身にはこの状況を打開する力があり、術も既に見つけていると、村正は妙に落ち着いた気持ちで内心に綴った。
足を動かし、死肉を喰らうゴブリンたちに気付かれないよう細心の注意を払いながら魔石の下へと向かう。
あのゴブリンたちが1匹でもこちらを振り返るようなら、即座に走って魔石を回収するつもりでいた。
そろり、そろり、と。
横目であと少しで魔石の下まで辿り着くのを認めた。
未だゴブリンたちは死肉に夢中で気付く素振りはない。
魔石の落ちるトラックの側へと忍び寄り、村正は──大変な過ちを犯していたことに気付いていなかった。
ゲギャ、と不快な声が村正の背より聞こえた。
振り返るより早く、左腕に走る激痛。
裂かれた、腕を、背後の、外より現れたゴブリンに。
当たり前のことではあったのだ。
両親を喰らうゴブリンに意識を割かれ過ぎて、村正は当たり前に意識しなければならないことを見逃した。
ゴブリンは、外にもいるのだという、当たり前のことを。
「………っ!!」
そのゴブリンを認めた村正は、手近な魔石だけをいくつか掴み、必死に逃げ出した。
足音を忍ばせる余裕などまったくなく、ただただ必死で、ひたすらで、2階の物置部屋へと駆け込んだのだ。
部屋に入るなり側の粗大ごみを扉の前に押しやる。
奥からドンドンと扉を殴りつける音が村正の焦りと恐怖を掻き立てた。
もはや荒い息を隠すこともなく、涙目になって手元の魔石をダンジョンショップに押し付ける。
「早く……早くっ……!!」
魔石がポイントに変換されるのがやけに遅く感じる。
ドンドンと扉を叩く音は、その衝撃を抑え込む村正に届かせていた。
泣きたくなってくる。
いや実際に村正の目元は恐怖の涙で濡れていた。
それでも縋るものがあるから、この状況でも生にしがみつくことをやめられないのだ。
視線の先のポイントが、ポンと擬音が聞こえる様子で数字を変える。
慌ただしい手でそのポイントと並ぶ品目を操作する。
痛む左腕は動かず、肩で扉の前の粗大ごみを押し付けるようにするしかない。
幸いにも拾った魔石はいくつかの品目を購入するに足るだけあり、村正は今度こそ事態の根源である女神になりふり構わぬ感謝を捧げた。
各種品目の説明など熟読する暇はなく、村正は名前からなんとなく使えそうなもの、強そうなものを選んで3つ購入した。
【HPアーマー】。
死にたくない、その一心で。
【リジェネアーマー】。
左腕の痛みから、ほぼ無意識で取っていた。
【神風アーマー】。
並ぶ品目の中でも特段に強そうだと思ったから、即決だった。
村正は購入した各種品目がスキルであると理解し、とにかく藁にも縋る想いで全部発動した。
と、同時。
村正の抑え込んでいた扉が遂に破られ、無数のゴブリンが襲い掛かってくる。
咄嗟に後ろに跳躍すれば、それは村正も驚くほどの速度で以ってゴブリンの突撃を回避した。
──これはきっと、【神風アーマー】の力だ!
風、というくらいだ、そういう効果があっても不思議ではない。
しかしいくら足が速くてもこの狭い空間ではいずれ捕まる、そうなれば喰われる。
村正はとにかく跳ねまわりながらこの空間からの脱出を目論んだ。
恐ろしい敏捷性は時が経つと共に増していき、この速さなら入口を塞ぐゴブリンを押しのけて突破できると見た。
「あああああああっ!!」
気合いの叫び。
自分から扉を塞ぐゴブリンの下へと村正は吶喊する。
この際多少の傷は覚悟の上だと真っ直ぐに突き進み。
村正は。
輝く視界の中で。
ア? と想うと同時。
──爆発した。




