■ 第五話 やっぱり私はニンゲンの♂がいい
彼の名前はロディ。やはり思った通りオオカミの獣人だった。ユリウスより体格は小さめだけど、ボクサーのような細マッチョでかっこいい。鋭いオレンジ色の目と、高く尖った鼻、そして少し影のあるムードに革ジャンがよく似合っている
彼は黒い瘴気の中から湧いてくる魔物をどんどん蹴散らし、私を村まで送り届けてくれた。そして、親切なことに港まで送ってくれるという。さすがに、そこまでお世話になるわけにいかないと断ったけど、仕事のついでだから気にするなと言われてしまった。
「街道を走って、荷物を届ける仕事をしている。ちょうど港に用事があった」
ロディは強面で口数が少ないけど、すごく優しくて面倒見がいい。港までの道中も紳士で、私の荷物を全部持ってくれたし何度も「疲れていないか」と聞いてくれた。傷ついてやさぐれていた時だっただけに、彼の親切がとても身にしみてありがたかった。
そんな不器用で優しいロディとの旅は楽しくて、私もだんだんと彼に心を開けるようになっていった。そして三日目の夜、ロディが私にこう言ったのだ。
「お前さえよければ、俺の番にならないか」
おおお、それって獣人の世界ではプロポーズだよね! ユリウスには求婚してもらえなかったので、かなり感動してしまった。どうしよう、急すぎる展開だけどイヤじゃない気がする。
「港についたら返事をくれ。イエスなら、そのままお前の家まで一緒に行って挨拶をする」
行動力、すごっ。私は小さくうなずいて、前向きに考えてみようと思った。そういえばオオカミって一夫一婦制なんだよね。ゴール◯ンカムイで読んだことがある。それはポイント高いわ。いくらお金持ちで腹筋バキバキでも、たくさん女を侍らせる男より、こういう情熱的に私だけを口説いてくれる男のほうが幸せなんじゃないかな。
……その時はそう思ってたんだけど、その翌日からロディの様子が変わった。まるで私がすでに自分の妻であるかのように振る舞いだしたのだ。それだけならいい。問題は度を過ぎて束縛が強いことだ。
「おい、さっきあの男と何を話してたんだ」
「何って……、いい天気ですねって言っただけよ」
「男と気安く口をきくな。誤解されると困る」
ええっ、パン屋のおじさんだよ? それどころか小さな子どもやお爺ちゃんにも、ガルガル状態で目を光らせるので窮屈でかなわない。しかもトイレ以外はずっと横に張り付いてるから、自由な時間がなくてストレスがたまる。オオカミ特有の縄張り意識の強さらしいけど、たまらず「いいかげんにして」と頼んだら、なんて言ったと思う?
「俺に見られたくない秘密があるのか? もしそうなら許さない」
背筋がぞっとした。これはモラ系だよ、ヤバいやつだよ。この瞬間、結婚の話はないわと思った。いくら普段優しくても、行動を監視されてるなんて幸せになれない。もしそれがオオカミの男女の距離感なら、悪いけど私はごめんなさいだわ。でも、別れたいって言ったら危険そうな感じがする。
仕方がないので、私はロディから逃げることにした。なんだか逃げてばかりだけど、無理なんだから仕方ない。ただ、どう逃げるかが難しい。オオカミの獣人は嗅覚がするどく、私の匂いを追跡されてしまうだろう。私は考えた結果、川に飛び込むことにした。
ロディが寝静まった深夜、私はそっとベッドを抜け出した。案の定すぐに気配を察知して「どこへ行く」と聞かれたけど、トイレだと言うとまた眠った。彼から離れられるのは、この一瞬だけ。私はスカートをまくりあげ全速力で宿からダッシュした。おそらくロディは5分も経つと私がいないのに気づいて追ってくる。それまでに川にたどり着かねば。
今夜泊まった街には大きな川があり、それでこの作戦を思いついた。よくテレビで警察犬が水辺で犯人を追えなくなるよね。川向こうへ逃げれば、ロディの嗅覚も使い物にならないはず。私は心臓が破れるのではと言うほど必死で走り、ようやくたどり着いた川へ飛び込んだ。
ずぶずぶと水に沈み、もがいて水面に顔を出した瞬間、ロディの声が鋭く響く。
「クロユキ、どこへ行った! 俺から逃げられると思うなよ!」
うえぇえ、怖いぃいぃい。私は再び水の中に潜り、息が続くぎりぎりまで頑張って水面に浮上した。ロディは相変わらず怒鳴っていたが、かなり距離が遠くなっている。水中にいるうちに流されたらしい。これ幸いと私は水流に身を任せ、ロディから遠い下流へと移動した。
そしてやっと、ここまでくれば大丈夫だろうという辺りで岸に上がり、草に寝転んで息を整えていたら、よほど疲れていたのかそのまま眠ってしまったらしい。起きたら、近くで薪が燃える音がした。体には毛布もかかっている。えっ、どういうこと?
「あ、目が覚めた? 寒いでしょう、こっち来て温まりなよ」
にこにこと人好きのする笑顔を浮かべる男性が、焚き火のそばから私に語りかけている。状況がわからず私が固まっていると、その男性はオシドリの獣人ステファンだと自己紹介してくれた。
オシドリ族は水辺に住居を構える者が多く、ステファンもその一人である。朝起きて川に魚の罠を見に行こうとしたところ、岸辺でずぶ濡れのまま爆睡している私を発見し、とりあえず風邪をひかないよう近くで焚き火をしてくれたようだ。ご親切にありがとうございます。
「とりあえず、僕の家においでよ。温かいスープがあるよ」
親切な男には要注意と学んだばかりで、ここは軽やかにご辞退するべきだと思ったが、脳より胃袋が反応してしまった。グルルルと大きな音をたてた私の腹の音を聞いて、ステファンは目尻を下げて大笑いした。
「ははは、お腹の音は正直だね。そのままだと本当に風邪をひくよ。すぐそこだから、遠慮せずにおいで」
とりあえず、荷物も昨夜の宿に置いてきてしまったし、このままではどこへも行けそうにない。私はええい、ままよとステファンに従った。彼の家は岸から徒歩2分、キッチンからは彼が言った通り、スープのいい匂いがする。しかしステファンは奥にある小さなドアを指さした。
「まずは濡れた服を着替えなきゃ。奥の部屋に妹の古着があるよ。タオルは引き出しの上から二段目。あっ、心配しなくても内側から鍵がかかるから」
お言葉に甘え、妹さんの古着に着替えてキッチンへ出ていくと、食卓には湯気の立つスープと素朴なパンが並んでいる。
「さあ、温かいうちにどうぞ」
ステファンのスープには、刻んだ野菜と麦、大豆に似た豆が入っていて、とても優しい味わいだった。そのせいか、これまでの精神的な緊張が緩んだようで、私は食べながら泣き出してしまった。
「ど、どうしたの? 何か嫌いなものが入ってた?」
ああ、この人は本当にいい人なんだな。気がついたら私は、彼に獣人国に来てからの身の上話をすべて打ち明けていた。ステファンはそれを黙って聞いてくれて、なんと一緒に泣いてくれた。
「ステファン、あなた泣いてるの」
「だって、かわいそうじゃないか。せっかく遠い国から嫁いできたのに。僕たちも一対一で夫婦になる種族だから、君の気持ちはわかるよ」
ああ、やっとこの国で私の価値観を認めてくれる人に出会った! そうよね、やはり一人の相手を愛するのが結婚よね!
「よかったら君、しばらくうちで暮らさないか。僕が毎日、スープを作るよ」
あら、こちらも展開が早い。でも、ここでなら安心して暮らせそうな気がする。今の私は着の身着のまま、無一文で逃げてきた状態である。実家に帰るとしても、船賃くらいは稼がないとね。
「ありがとう、ステファン。ご厄介になるわ」
その日から川辺の小さな家で、私の新生活が始まった。ステファンはイケメンではないけど、笑顔が素敵な好青年。オシドリらしいカラフルな色彩が髪の両サイドに入っている。仕事は役場で農作物の管理をしているんだって。私は彼から紹介してもらった食堂で働きながら、家の掃除や洗濯などを手伝っている。
そんなのんびり幸せな日が続き、私は次第にこのままステファンと結婚するのも悪くない、と思い始めた。前世でもオシドリは仲良し夫婦の象徴だったし、彼となら穏やかな人生を歩めそうな気がする。
ところがある日、私は街で衝撃的な光景に出くわした。ステファンが10歳くらいの男の子から「パパ」と呼ばれているのを見てしまったのだ。
「パパ、僕は学校のテストで満点を取ったよ」
「それはすごいね、さすがパパの子だ!」
も、もしかしてステファンはバツイチ? そりゃ人生いろいろだから、それでもいいけど、教えといてほしいわよ、一緒に住み始めるときに。そしたら私も納得して付き合えるじゃない。
まあグダグダ言ってても仕方がないので、夕飯の時に直球でステファンに聴いてみた。今日お話してた男の子は誰なのかと。
「ああ、僕の息子だよ」
ステファンは、ケロッとした顔でそう答えた。そしてさらに、メガトン級のびっくり発言をかぶせてきた。
「僕ね、息子が14人、娘が6人いるんだ」
えっと、足し算したらにじゅう……おおっと、ユリウスより子だくさん! なんで、なんで、なんで??
「えっと……、前に結婚してたの?」
混乱する頭で、何とかそれだけひねり出した。計算が追いつかない。ステファンはどう見ても20代後半、それでその人数の子どもって。まさかオシドリのくせにハレムを持っている?
「結婚は4回してる。ちなみに君が働いてる食堂の女将さん、彼女が二人目の奥さんだよ」
いや、ニコニコしながらそう言われましても! 呆然としている私に何かを察知したのか、ステファンはオシドリ族の結婚について教えてくれた。
「オシドリには婚姻期があって、その間だけ男女がペアになるんだ。そして一度に数人の子どもが生まれて、巣立ちしたらペアを解消する。ヒトの結婚とは少し違うかもしれないね」
いやいやいやいや、めっちゃ違いますやん! 要するにオシドリ夫婦は婚姻期だけで、結婚と離婚を繰り返すってこと? はぁぁ、ムリムリムリ、ハレムもモラも嫌だけど、✕がいっぱいつくのも嫌ぁああ〜
「よかったら、君に5人目のパートナーになって欲しいな、って思ってるんだけど」
頭の中に岩で描かれた「ない」の図が浮かんだ。ない、全くない、1ミリもない。その瞬間、目の前に光る文字が浮かび上がった。前の世界でも見た、再び転生するサインだ。
#もふもふ #後宮
それを見て私は安堵した。読み専として選ぶなら大好物のタグだけど、実際に飛び込んでみると大変なことばかりだわ。やっぱり私は人間同士、対等な立場での恋愛がいい。どうか次の世界では、人間のいい男に出会えますように。そう祈りながら私は、光るシューターの中を三番目の世界へと飛ばされていった。
第二幕/終




