■第四話 クロユキ道に迷う、いろんな意味で
ジャミラ様とイマン様に説教されたのもグサッときたけど、それ以上に私にとってショックだったのは、この国の王族にまつわる話である。嫁いて以来ずっと引きこもっていたので勉強不足だったが、この国は王の血族が政治や治安に関する役職を支配しているそうだ。
「圧政ってわけじゃないんですよ。その方が国がうまくまとまるんです」
そう言いながら、私の髪を結ってくれているのは、ミウちゃん。ウサギの獣人だ。ペールグレーのふわふわな毛が可愛い私のメイドさんで、お兄さんも庭師としてこの別邸に勤めている。やはりグレーのふわふわヘアで、すっごいイケメンなのよ。
「でも、領主も役人も兵士も、みんなライオンなんでしょ。そんなの不公平じゃない?」
「逆ですよ、王族の方々は国民に奉仕してくださってますから」
ミウちゃんによると、この国には500を超える種族の獣人が暮らしており、それぞれ暮らし方が異なる。その多様な国民をまとめるためには、飛び抜けて力の強いライオン族が睨みをきかせる必要があるとのこと。
ただ、そのためには優秀なライオン族を多数輩出しなくてはならない。王家がハレムを擁しているのも、王の血筋を受け継ぐ子孫を増やすためで、ユリウスも国王の47番目の子として生を授かったそうだ。
「え、47番目?」
「そうですよ、国王陛下には全部で80人ほど子がおられます。その中で最も強く賢かったのがユリウス様です」
すごいレースに勝ち残ったのね、ユリウス。やがて彼が国王になった暁には、兄弟たちが大臣や地方領主として王を支え、姉妹は有力者に嫁ぎ政治と経済の太い柱になるという。ちなみに現在の国王には、30人以上の妻がいるそうだ(白眼)
「そんなにライオン族を増やしたいなら、なんでハレムに別の種族の獣人がいるの? それとも、ライオンの正妻だけが子を産む権利があるとか?」
なんだか種族で差別されてる気がしたので、食らいついてみた。ミウちゃん絡んでごめんよ。でもユリウスには聞けない話なのよ。
「ジャミラ様とイマン様はユリウス様の遠縁で、幼い頃から婚約されていましたからね。でも、子を産む権利は皆さん平等ですよ。実際この別邸でも、お二人ほど妊娠されてますし」
鏡に映る自分の顔が、チベットスナギツネみたいな表情になった。ユリウス、お前は種馬か! いや、さっきの話を聞いたら役割としてはそうなんだろうけど……、私にはなかなか辛い。
「それに、どんな種族の奥様でも、生まれてくるのはライオンです。獣人の異種族婚では、男性の遺伝子が優位なので」
そうすると、私もいずれはライオンの赤ちゃんを産むのかな。想像もできない世界だ。なんだか価値観があまりに違いすぎて、頭がバクハツしそうだが、数日後ついにキャパの限界を超える事件があった。それは、ある深夜の悲鳴から始まった。
「あなたは見ちゃダメ、部屋にお戻りなさい」
悲鳴を聞いて駆けつけた、大広間の入口でイマン様に待ったをかけられた。中をちらっと覗き込むと、ジャミラ様の後ろ姿が見える。その向こうにはユリウス。その場に漂う緊張感から、直感的に何か大変なことが起きている気がして、私はイマン様の忠告を聞かずに中へと一歩踏み出した。
「ひっ!」
そこには、無惨に引き裂かれた二つの体。片方はチンパンジーの獣人である第六夫人、そしてもう片方はペールグレーのふわふわ髪。その色を私は知っている、ミウちゃんのお兄さんだ。床には大きな血溜まりが広がっており、おそらくどちらも既に生きてはいないだろう。生臭い血の匂いが鼻を突き、私は見てしまったことを後悔した。
しかしそれ以上にショッキングだったのは、その場に立ち尽くすユリウスの姿だ。腕から胸元にまで血飛沫が飛び散り、鋭い爪先からは血の雫が滴り落ちている。間違いなく彼がその爪で彼らを引き裂いたのだ。恐怖で足が震え、倒れそうになったところを、後ろから誰かに支えられた。
「こちらへいらして」
香りでジャミラ様だとわかった。私はそのまま自室へ連れて行かれ、リキュールを一杯飲まされた。このショックを宥めるには、サイゼリヤのマグナム一気飲みでも足りなさそうだが、それでも少しだけ指先に体温が戻ってきた。私が少し落ち着いたところで、ジャミラ様が事の経緯を教えてくれた。
「第六夫人が、ウサギの赤ん坊を生んだの」
数秒考えて、その意味が理解できた。男親がライオンであれば、必ずライオンの子が生まれるとミウちゃんが言っていた。ということは、彼女が生んだのはユリウスの子ではない。父親はミウちゃんのお兄さんということか。私は声が出なかった。
「彼女は以前から、男を誘うようなところがあったから、注意はしていたのよ。でも結局こんなことになって……私にも責任があるわ」
そう言ってジャミラ様は去っていった。正妻はハレムを統率する役目なのだろうが「チンパンジーは乱婚なのよ」と笑った、第六夫人のエロティックな表情が思い出され、私は思わず身震いをした。結婚とは幸せなものではなかったのか。少なくともここへ来て以来、私はそう思えなくなっていた。
その翌朝、ミウちゃんがお別れの挨拶に来た。腕には生まれたての赤ん坊を抱いている。きっと、お兄さんの子だろう。不義の子を故郷に連れて帰ると一族の恥となるため、ミウちゃんは王都で住み込みの仕事をしながらその子を育てるつもりだという。
「短い間でしたが、クロユキ様にはお世話になりました」
そう言ってミウちゃんが頭を下げると、ペールグレーのふわふわ髪からのぞく長い耳がぴょこんと揺れた。その姿があまりにも健気で悲しくて、私はついつい余計なことを口に出してしまった。
「憎いでしょう……ユリウスのことが」
しかしミウちゃんは顔をあげ、きっぱりと私に言ったのだ。
「とんでもございません。むしろ、ユリウス様の温情だと感謝しております。本当なら広場に吊るされて、石投げの刑に処されるところでした。それを自ら手を下してくださったのです。愚かな兄のために……もったいないことです」
それから私は夜まで自室に引きこもり、間もなく夜が明けるという頃、そっと別邸を後にした。ユリウスに恋をして、この国へ来たことは後悔していないし、今も彼のことを心から愛している。しかし、習慣や価値観、男女のあり方など、彼の背負う様々なものを受け入れる覚悟はできそうにない。このまま彼と結婚してここに留まれば、いつか心が壊れてしまうだろう。
そう結論付けた私は、ユリウスへの想いに終止符を打つことにした。幸い、婚姻の儀式は済ませていない。私の代わりにまた新しい花嫁がやってくるだけだ。実家から持ってきた鞄に身の回りの物だけ詰めて、ここで誂えてもらった豪華な衣装はすべて置いてゆく。
きっとユリウスはそれで、私の気持ちをわかってくれるだろう。さようなら、大好きだった人。がんばれなくて、ごめんなさい。
その後私は、港を目指して歩いた。船で実家へ帰ろうと思ったのだ。人に道を尋ねつつ、歩いて歩いて一週間。そろそろ港へ着いても良さそうなはずなのに、なぜか周囲の景色は森に近づいている。
「ああ、これはたぶん方向を間違えちゃったな」
ようやくそう気づいて引き返そうと思ったころには、すでにかなり日が暮れていて、私は軽いパニックになった。この国では夜になると、森から魔物が出てきてしまう。そのため旅人たちは、日没までに宿へ入るのが鉄則なのだ。
「どうしよう、さっき通り過ぎた村までは一時間、いや走れば30分で戻れる?」
焦って走ろうとするが、重たい鞄と長いスカートで動きが鈍い。そうしているうち、正体不明の黒いもやのようなものが森からわいてきた。瘴気だ、あのもやに包まれて魔物が現れると聞いたことがある。
「いやだ、もう、助けて!」
嫁ぎ先から逃げて、故郷に帰る途中で魔物に食われるなんて、どんだけショボい人生なんだよ。小説の中なんだから、どこからかイケメンが現れて助けてくれたらいいのに! そんな私の思いが神(正しくは転生管理局)に届いたのか、黒い影が私の前に立ちはだかった。
「こんな時間に、こんなところで、女が一人で何してるんだ」
見上げると、傾きかけた夕陽を浴びて輝く、黒髪のナイスガイがそこにいた。ピンと立った三角耳と引き締まった体躯。どうやらオオカミの獣人のようだ。私は心のなかでガッツポーズをした。よし、まだ運には見放されていない。




