■第三話 ゴージャス姉妹、あんたらには勝てん!
獣人国に来て、約10日。私は自室に引きこもっていた。いろいろありすぎて、何から説明していいかわからないが、ざっくり言うとユリウスには私の他にも妻がいた。異世界あるある、後宮である。
読み専なのに、うっかりしてた。でも、まさか自分がそうなるとは思ってなかったんだよ。着いて早々、王宮のきらびやかな佇まいに感動し、侍女たちに花びらの浮かんだお風呂と香油で肌を磨かれ、きれいな衣装に着替えて浮かれていたら、ユリウスがこう言ったのだ。
「おう、仕上がったか。じゃあ、他の嫁さんたちに会わせるぜ」
「他の?」
一瞬、意味が理解できずポカンとしていたら、そのまま大広間へ連れて行かれた。そこにはご馳走が並んだ大きなテーブル、そしてその周りに様々な種類の獣人の女性たちが座っており、すべてユリウスの妻だという。いわゆる、一夫多妻制だ。ユリウスが私だけの夫でなかったこともショックだったが、皆とんでもない美人ばかりだったのも、私をひどく消沈させた。
故郷ではぶっちぎりで可愛いと自惚れていたせいで、当然のようにユリウスも私以外は眼中にないと思い込んでいた。しかし、現実はどう見ても二軍の新人である。その夜は惨めで悲しくて、何を食べたかわからないほど混乱して泣きながら眠りについた。
ちなみに私は、ユリウスの第七夫人なんだそうだ。本妻は二人いて、彼女たちはユリウスと同じ王子宮に住んでいるが、第三夫人以下はまとめて別邸が充てがわれている。その別邸の自室に私は何日も引きこもって、ふてくされているのである。
しかしそんな私の落ち込みを、当のユリウスは全く理解できないらしく、もっと他の奥さんたちと仲良くしてくれと言うばかり。ライオンの獣人族は一夫多妻が当たり前なので、新妻がなぜ駄々をこねているのか、ユリウスも周囲も不思議で仕方がないようだ。
そこで同じ別邸に住む夫人たちに、一夫多妻に対する意見を聞いてみた。最初はライバルだと思って警戒していたけれど、皆さんけっこうフレンドリーで、お茶や買物に誘ってくれたりする。それはそれでモヤるところもあるが、もしかして気丈に振る舞っていても、みんな心では泣いているんじゃないだろうか。そのあたりを同じ女として探ってみようと思ったのだ。
◆第三夫人/鹿の獣人
獣人の中にはつがいの種族もいるけど、多くは一対一にはこだわらないわよ。鹿の獣人は、強い男が女を囲い込むの。大きな角を持ってるイケメンがモテるのよ(うっとり)
◆第四夫人/シマウマの獣人
うちらの族だと、その界隈でいちばん立場の強い男がハレムを作るわね。うちの父なんて15人も妻がいるわよ。ユリウス様の倍以上よ、気にしちゃダメよ〜(ウインク)
◆第五夫人/パンダの獣人
パンダ族も強い男が女性を独り占めしちゃう。ぶっちゃけ、うちなんてお婆さまとお母さま、夫が同じなのよ。意味わかる? うちのお父さま、節操がないのよ(ため息)
◆第六夫人/チンパンジーの獣人
獣人は一夫多妻が主流だけど、私たちチンパンジーの獣人族は乱婚よ。男も女も、不特定多数の異性と交わるの。だから、誰が赤ん坊の父親かわからないのよ〜(アハハハ)
彼女たちと話して、よけいに頭が痛くなった。二股とか浮気とかいう概念は、少なくともこの王宮には存在しないようだ。そう言えば、ライオンってオスが複数のメスを集めてコロニーを作る生き物だった。頭では理解できる。しかし私はガチの人間。自分の愛する人を他人とシェアするのは、心が拒絶してしまう!
さらにユリウスには、既に10人以上も子どもがいると聞いて再びショック。「バン恋」では長い旅に出ていた設定だったので、てっきり独身だと思い込んでいたし、ましてや子だくさんなんて予想もしていなかった。まあ、私の他に奥さん6人もいるし、最初の結婚が15歳だったっていうし、そう考えると当然かもしれない……でも、いやぁああぁぁああああぁぁああ(雄叫び
ある晩、我慢できなくなって私はユリウスに直訴した。王子と正妻しか立ち入りを許されていない王子宮の門前で、わんわん泣いていたらユリウスが出てきてくれた。守衛の兵士が手を焼いて呼びに行ったらしい。
「どうした、クロユキ」
「ユリウス、私やっぱり無理。男女ともに、一人の相手を愛するのが人間の結婚なの。私はあなたの、唯一の妻になりたい!」
そう言うとユリウスは困ったような顔で、私の頭をそっと撫でた。月明かりに輝く赤銅色のたてがみ、はだけたガウンから覗くバキバキの腹筋。ああ、やっぱり素敵。私以外の誰かがモフモフしたり◯△✕するなんて、耐えられない。私は断固として同担拒否するわ!
「まあ、せっかく俺んとこに来てくれたんだしな。ちょっとでもお前が、ここで暮らしやすくなるよう考えてみるぜ」
他の女と別れる、とは言ってくれなかったけど、これからはもっと頻繁に私を訪問すると約束してくれた。この国の決まりで、占いで決まった日に婚姻の儀式を済ませるまでは、清らかな関係でいないといけないらしく、この国に来てからユリウスと二人きりで会うのは数えるほどだったのだ。
もう、こうなったら毎日でもデートして、私の魅力にハマってもらうしかないよね。他の妻たちにゴージャスさでは負けるが、私にはピチピチの若さがある! せっかく頑張って磨き上げた極上ボディ。いまここで有効活用しなくてどうするよ。
そんなことを考えながら、別邸への帰り道を歩いていたそのとき、何やら背後に気配を感じた。濃厚な香油の香りが辺りに漂う。も、もしや私の後ろにいらっしゃるのは……
「お持ちになって、クロユキさん」
振り向いたら目の前に、巨大な双丘がどーんと迫っていた。ビンゴ! このセクチーな香りと凶悪なほど豊かなお胸は、第一夫人のジャミラ様!
「あなたに、お話がありますの」
ああ、その隣には第二夫人のイマン様! ジャミラ様の実の妹で、こちらもフェロモンだだ漏れだ。この二人はライオンの獣人であり、正妻として国に認められている。さすが公式、迫力が違う。
「えっと、どのようなお話で……」
気圧されつつ、愛想笑いを浮かべる私に、ジャミラ様は微かに微笑んだ。笑っているのに怖い。夜なので猫科の瞳が光って、さらに迫力が増している。
「さっき、ユリウス様とあなたがお話しているのを聞いてしまったの。悪く思わないでね」
私はコクコクと頷いた。そりゃあんだけ泣き喚きゃ、中まで聞こえてもしょうがないけど、内容的に正妻二人に聞かれていたのはまずい気がする。
「ヒト族の国から来て間もないから、仕方のないことかも知れないけれど、クロユキさんあなた、大変な思い違いをなさっているわ」
ああ、やっぱりさっきの話で「ふざけんな」とシメられるんだろうな。そう思って身を固くした私の耳に、まるで舞台女優のような高らかな声が響いてきた。ジャミラさんがうっとりとした表情で、胸に手を当てて何やら朗じている。
「獣人国にとって、王は太陽なの。ユリウスはいずれ、私たちを照らす光となる存在よ」
「あなたはそんな太陽に、私だけを照らせと仰ったのよ」
イマン様も姉に続き、女優声で被せてくる。例えが抽象的でよくわからないが、要するにユリウスはみんなのもので、独り占めできないと言っているのだと思う。わかってるよ、私だって。郷に入れば郷に従え。この国では私の方が異端な存在なんだよね。でも……
「婚姻の儀まで、あとしばらく時間があるでしょう。それまでに覚悟をお決めになって」
俯いて何も言えない私に、正妻お二人はにっこりと微笑み、香油の甘い香りを残して去っていった。見上げると、この世界特有の歪んだお月さまが輝いている。まるで私の心のように、凹んで泣いているように見えた。




