Episode 28
ペルグラン家のマナーハウスは、街の中心から葡萄園の広がる清々しい場所を抜けた小高い丘の上にある。
ペルグラン伯爵領はワイン……特に白ワインが有名で、マナーハウスから見る葡萄畑の一面の緑に美しいワイナリーが点在する景色はとても素晴らしかった。
「王太子殿下をお迎え出来るとは、本当に光栄なことですわ。」
「急な訪問にもかかわらず、手厚いもてなしに感謝します、レディ・グレース。」
「お祖母様、皆様長時間馬車に揺られていて、お疲れですわ。」
「まあ。これは失礼を。沢山のお客様にはしゃいでしまって……。どうぞお部屋でお寛ぎ下さい。」
カティアローザの祖母グレースは、六十代半ばを過ぎてはいるが、しゃんとした立ち姿に若々しさを感じる凛と美しい女性。社交が得意で顔も広く、夫を亡くし領地に引きこもった後も、社交界での存在感は大きかった。
一方で、孫であるカティアローザや同世代の若者達を見る表情はほわりと柔らかく、温和な人となりが見て取れる。
ちょうどランチタイムに到着した一行は、ダイニングでもてなしを受けた後、それぞれゲストルームへと案内され凝り固まった体を休めていた。
「ソフィー、カティ様のお側にいなくて平気?」
「はい。お嬢様は只今、大奥様とお過ごしですので。」
カティアローザのレディースメイドは王都の屋敷、領地の城それぞれにいるため、道中はソフィーがシャーロットとカティアローザ二人の身の回りの世話をしている。
しかしアリアの夢のこともあり、思うように体を休められないシャーロットを気遣って、ソフィーはほとんど彼女の専属で側にいる状態だった。
「ペルグラン家のメイドには、カティアローザお嬢様を幼少の頃より存じ上げている者達が多くおりますので、心配ありませんよ。」
ソフィーは彼女を独り占めしていると遠慮がちなシャーロットに、先回りをするように言葉をかける。
シャーロットはそれを聞いてホッと息を吐き、やっと体の力が抜けてゆったりとソファーに身を預けた。
──何をして過ごそう?
簡単に荷解きをしてクローゼットに服をかけているソフィーを眺めながら、手持ち無沙汰なシャーロット。
馬車の中で眠ってしまったせいか、横になる程には疲れていない。
──急にユリウス殿下とアーネスト様が同じ馬車に乗ってきたから、違う意味で……疲れたけど……。
彼女の目の前に座ったのはアーネストだったこともあり、何とか落ち着かずに跳ね回る胸の音を誤魔化して、他の三人の会話に相槌を打てた。
だがやはり狭い空間に一緒にいる状態で、ユリウスとあの夜を意識せずにいるなど、到底無理な話で……。
そんな中ふと窓の外に目を遣ったシャーロットは、馬で並走するオスカーに釘付けになった。
──ああやって馬に乗っている男の人を見ると、お父さんを思い出すな……。
幼い頃、急患の診察のため馬で出掛けていく父の姿は逞しく、まるで騎士のようで、とても眩しく見えたのだ。
──まさか本物の騎士様をこんな近くで見れるようになるなんて……あの頃は思いもしなかったな。
シャーロットはそんなことを考えて小さく口元を緩める。
そんな彼女の様子をつぶさに見つめていたユリウスが、グッと手を握りしめたことには、誰も気付いてはいなかった……。
「お嬢様。お疲れでなければ、少しお庭を散策されては?体を動かしたほうが気分転換になるかもしれませんよ。」
荷解きを終えたソフィーにニッコリと言われ、シャーロットは頭の中で思い返していたあれこれを取り払って体を起こした。
「そうだね。……ねぇ、ソフィー。馬を見れたりするかな?」
珍しく自分から「お願い」を口にした主に、ソフィーの顔が更に明るくなる。
「厩舎へ伺っても大丈夫か、すぐに確認して参りますね。」
嬉しそうに部屋を後にするソフィーを見送り、シャーロットは思いきり伸びをしてから立ち上がった。
「いつまでもウジウジ考えてるのはらしくない。お休みだもん。好きなことしてもいいよね?」
夏季休暇の間は聖女としての訓練はお休みだとカティアローザとオスカーから言われている。
彼女は窓を開け大きく息を吸い込むと、ペンダントの石に軽く触れながら空を見上げて呟いた。
「先生、ちゃんとご飯食べてるかな?」
結局ロウエルとは会えないまま休暇に出発してしまったシャーロットだったが、彼が自分を想い作ってくれたというこの魔石に触れるたび、彼女の中に温かな力が流れ満ちてくるのを感じ、幸せな気持ちになれた。
──先生が手紙に書いてくれた覚醒って、どんな感じなんだろうな……?
帰ったら聞いてみたいことが沢山ある。
この時のシャーロットは、またロウエルと四阿でお弁当を食べながら笑って話せる日常が戻ると、当たり前に思っていたのだった……。




