Episode 20
「な、んで……ここに………。」
シャーロットはユリウスの力強い腕に抱きすくめられて、訳が分からず彼の胸でそう呟いた。
耳に直接聞こえるユリウスの鼓動の速さと、乱れた息遣い。彼がここへ……シャーロットの元へ走ってきたのは明らかで、彼女の戸惑いは大きくなるばかりだ。
「シャーロットに話があって女子寮へ行ったんだ。そしたら君の行方がわからないと言われて……!」
──そんな……。心配……してくれたの?殿下が……私を?
「校舎を探していたら、ここだけ明かりが見えたんだ。それで、もしかしたらって。」
「……殿下……。」
ユリウスは抱き締める腕をわずかに緩めると、シャーロットの顔をのぞき込む。
「怪我は!?」
「えっ?だ、大丈夫…です……。」
これがあの、無機質で感情を表に出さない王太子だろうか?
彼の余裕をなくした声。彼女を案じる瞳の色。それを今にも顔と顔が触れ合いそうな距離で受け止めたシャーロットの胸は、どうしようもなく早鐘を打っていた。
「申し訳ありませんでした……。私が、マザーに行き先も告げずに外出してしまったから……こんな、ご迷惑を……。」
「シャーロット?君は自分で寮を出たの?」
「はい……。」
「それが何で、閉じ込められたんだい?」
「…………。」
シャーロットはロウエルだと思った人物を追いかけたことを話すのをためらい、黙り込んでしまう。
それでも何故か、視線を外すことはせず、迷いながらも真っ直ぐユリウスを見つめていた。
──先生に会いたくて追いかけたなんて言ったら、先生に迷惑がかかるかもしれない……。それに、こんな時間に、男性に会いに行ったなんて……噂が本当みたいで……。
今も学園でのシャーロットは、色々な男性に媚びを売る軽い女にされたままだ。
──殿下にまで、はしたない女だって思われたら、私……。
彼女はそこまで考えてから、ふと気付く。
どうしてユリウスをそんなに気にしているのだろう?と……。
「シャーロット?」
「あ、あの……私………。」
こんなにも言葉が出ずに困っているのに、自分と見つめ合ったままでいるシャーロットの不器用な真っ直ぐさは、ユリウスを堪らなくさせていく。
彼が見つけた時、床に丸まり横たわるシャーロットはとても小さかった。今自身の腕の中にいるのは、少しでも力を込めれば壊れてしまいそうな程、柔く華奢な存在……。
──僕は、こんなか細い女の子を嘲笑と悪意に晒してたのかっ。
全ては国の為。父に代わり王太子として為すべきことをしてきたつもりでいた。
シャーロットを強くしなくては……『聖女』として安定させなければ、レイニードは隙だらけになる。
ユリウスは「必要なこと」だとシャーロットに強いてきた痛みを、今苦しい程に後悔していた。
「シャーロット、話したくないなら無理に言わなくていいよ。」
「……えっ?」
「でも、どんな経緯があったにせよ、君がここに閉じ込められていたのは、誰かの悪意のせいだろう?」
「それは……。」
左腕で彼女を抱き締めたまま、ユリウスは右手でそっとシャーロットの頬に触れる。
彼女の温もりを確かめるように、確かな存在だと自分を安心させるように、おずおずと触れたその大きな手。
「で、んか………。」
反射的に身を硬くしたシャーロットに、ユリウスは優しく微笑み、手をそっと滑らせて指先をほんの僅か、その柔らかなストロベリーブロンドに差し入れた。
──本当、可愛い……。些細な仕草の一つでさえ、愛しくて仕方ない……。
ユリウスは誰かに心奪われるのに、理由などないことを初めて知った。
自分は間違いなくシャーロットに恋をしている。そうハッキリと自覚した瞬間、溢れ出す愛しさを止める術さえわからなくなった。
「あ、あの、殿下……。私は大丈夫ですので、もう、離していただいても……。」
まだ恋を知らないシャーロットでも、男性にこんな甘い仕草で熱を帯びた瞳を向けられれば、異性として意識されていることくらいはわかる。
──また……か、からかわれてるのかな?
今のユリウスには心が見える。彼の宝石のような碧い瞳に映っている自分は駒ではない……。
つまり今自分は、女の子として彼の腕の中にいる。オスカーと違い細身のユリウスだが、その胸も腕も男性としての引き締まった逞しさをしっかりと感じた。
ユリウスを一人の男性として意識してしまったシャーロットの頬が、みるみるうちに色づいていく……。
「で、殿下っ、本当にもう……!」
羞恥心が膨らみすぎて、慌てて彼から離れようとしたシャーロットの膝下をスッと掬い上げ、ユリウスは彼女を横抱きにして立ち上がった。
──えっ!?えぇぇぇっ!
思ったよりも高い場所での浮遊感に、思わずユリウスの胸元を掴んでしまったシャーロット。
焦りながら彼を見上げれば、何故かユリウスの表情には怒りが滲んでいた。
「シャーロット。」
「は、はい。」
「この腕や足の怪我はどうしたの?」
──えっ?怪我?
ユリウスは彼女の白い肌のあちこちに青紫の内出血を見つけて辛そうに顔を歪めた。
そんな彼の表情を見たシャーロットの胸がキュっと締め付けられる。彼女の中から迷いが消え去り、シャーロットは誤魔化さずに事情を話し出した。
「私、ナイゼル先生と話がしたくて、似ている人を見かけて追いかけたんです。」
「似ている?別人だったのかい?」
小さく頷き経緯を伝えたシャーロット。自分の不注意を怒られるかと思っていた彼女は、ユリウスの次の言葉に困惑してしまった。
「こんな痣が出来るほどに強く突き飛ばしたの?……それは、誰かわかる?」
背筋が凍るような怒気を孕む声色。それを聞いて流石にまずいと思ったのだろう。
ずっと廊下で姿を隠し控えていたアーネストが、部屋の中へと入ってきた。
「殿下、そろそろ参りましょう。ブライア嬢をきちんと休ませた方が。」
「そうか……そうだね。ごめんね、シャーロット。怖い思いをした君を、ずっとこんな場所にいさせてしまった。」
「い、いえ……。」
ユリウスは抱き上げたシャーロットを気遣いながらも、足早に校舎を後にした。そのまま女子寮ではなく車寄せへと向かった彼は、自身の馬車へと乗り込む。
「本当にすまなかった、シャーロット。君にこんな思いばかりさせてきて……。」
馬車はゆっくりと走り出した。
ユリウスは彼女を離す気配もなく、自分の膝の上に乗せたまま……。
「君には今更だろうけど、これまでの分も、どうか僕に償わせて?」
「そんな、償うだなんて!私こそ、殿下のお立場を考えず、浅はかな口をききました。ずっとお詫びしなきゃって……。」
「……っ、シャーロット、君って子は、本当に……!」
再び苦しい程に抱き締めたられたシャーロット。
ユリウスの甘やかな香りと胸の鼓動。
彼女もまた、それを感じるこの距離を手放したくないと思った自分に、気付いてしまったのだった……。




