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二十二味:牛乳瓶


 さっきまで死んでいた男が、腕を折り片目を潰しながらも少女との戦いを制した。次は自分の番。ゾンビ映画のようだ、と未来は心中で毒づく。

 殴られた横っ腹を見てみると、借りた浴衣が赤で滲んでいる。抉られている、道理で痛いはず。

 熱い。自分の体にクレームを付ける少年。熱い、熱い。

 真夏の真昼間に、ボンネットのど真ん中で昼寝をしようしているような気持ち。昼寝、それは死の隠喩(メタファー)だ。勘弁願いたい。


「死んでたまるか」


 明確な目標を口ずさみ、思考を強制的に冷ます。ごちゃごちゃしていた脳が冴えてきた。

 斎藤「だったもの」を睨む。


「へえ、諦めないと?」

「諦めない。逆にどうして殺そうとする。一介の高校生に過ぎない俺が『人を存在ごと抹消出来る人がいます!』と声高に叫んで果たして世間は信じるか? 信じないだろ? 消えた人間のこと忘れてるんだから。お前のこともバラさないから、放っといてくれよ。って殺害現場見られたんだ、無理だろうな。死んだ斎藤の肉体を操っているんだよな?」


 対面する斎藤の肉体の一挙動一挙動に細心の注意を払いながら、反応を伺う。正確には反応の「味」見をしている。

 が、「相手は自分を侮っている」以外のことは一切不明。油断をつくしかない、そんな曖昧な方針しか立たない。


「操ってるよ。痛みも感じない」


 最後の質問に答えて、斎藤「だったもの」は動き出す。

 戦闘経験と言えば中学校の体育でやった剣道しかない未来では、その動きを目で追うのがやっと。加えて腹部の負傷で、腹筋に力を入れられない状況だ。重心を保つだけで精一杯、反撃はおろか躱すのだって困難。

 勢いある腕の大振りが未来を襲う。回避しようとして重心を崩し、盛大にコケた。衝撃で腹の怪我の刺激が増す。だがそのおかげで、攻撃から逃れることが出来た。また接近された結果、相手が呼吸していないことに気づく。

 動いているが死者だ、当然かもしれない。無論そのことに思考を割いている余裕はない。

 「味」の危険信号は止まない。

 咄嗟に体を転がせば、斎藤「だったもの」の足が空を蹴る。「ちっ」という舌打ちの音。転がる勢いを利用し、体を捻りながら腕を使って立ち上がる。ちょうど真横を、打ち下ろしがすり抜けていった。ヒュンッと空気が耳元に鳴り響き、恐怖心をくすぐる。

 素人には高難度過ぎる、ギリッギリの綱渡り。


()けるの上手いね」

「単調だからな、焦っているのか?」


 思ったことを素直に返す未来。この自分の言葉に、一つの仮説が立ち上がった。「このっ」と口元を歪める相手に、挑発してしまったかという後悔も生じたが。

 腹を抑えながら、自動販売機の下で倒れている蔀美(しとみ)を見た。起き上がり、この状況を打破してくれないものか、そう願望を込めて。

 うつ伏せに横たわる蔀美(しとみ)。息はある、だが弱い。

 期待しないほうがよさそうだ。


「・・・ちょっと本気出そうか」


 言いながら、折れてない方の腕の掌を、悠上の血で濡れる床にべったり貼り付けた。未来の危機感が強まる。さっき見た通り、あの血を浴びれば窒息で死ぬ。

 接近戦はまずい、生き残れる気がしないと判断した未来は、咄嗟に周囲を見渡して。

 隣に積まれたボックスに入っている、たった一本の牛乳瓶。蔀美(しとみ)がさっき飲んだもの。

 その飲み口に指を突っ込み。


 最適な軌道を想像して、それを叶える投擲フォームの「味」を舐め取った。

 感じたものと同じ「味」になるように、体を動かす。


 投げられた牛乳瓶は、吸い込まれるように斎藤「だったもの」の潰れていない方の目に飛んでいき。ぐちゃっと潰す。


「・・・なっ!? 見えない!??」


 敵は一瞬、パニックに陥った。視覚を失ったのだ、どんな状況でも人間なら(こた)えない訳がない。

 空になった瓶のボックスを持って、未来は倒れる蔀美(しとみ)に向かい無理を押して走る。案の定、斎藤「だったもの」は血のついた腕を闇雲に振り回し始めた。すぐに少女の元へ辿り着いた未来は、自分たちに血がかからないようにボックスを盾にする。


「くそっ、くそっ!!」


 焦燥の叫びが、辺りを席巻する。未来はやはり、とほくそ笑んだ。

 そう、斎藤「だったもの」は呼吸していないのだ。つまり筋肉に酸素がいかない状態。そんななかであんなに動き回ったらどうなるだろうか。上から紐で繋がっていて、人形使いの指とともに動いているならいざ知らず、死者の身体機構を乗っ取る形で動作を行うのであれば、短時間で筋肉は摩耗しきるだろう。

 むしろ、ここまで出来るのがおかしいくらいだ。

 ガクッ。

 やがて限界がきたように、斎藤の肉体は停止した。そのまま床へと崩落していく。


「時間切れかな。乗っ取れる肉体もこいつだけ。君たちの勝ちだよ」


 サバサバとした声に、ちょっとばかり混じる悔しそうな「味」。罠である可能性を踏まえて、毒から身を守るためのボックスは手放さない。


「慎重だね。大丈夫、もうこの体は動かない。でもね、次は必ず・・・」


 斎藤「だったもの」の口が止まる。危険信号が「味覚」より消え去った。


「・・・はぁ」


 大きく溜息を()き、ドタッと倒れこむ未来。腹の痛みに、意識が遠ざかる。このまま目を閉じてしまいたい。

 側で気絶している蔀美(しとみ)を見る。彼女のおかげで助かったようなものだ。最初に敵と戦ってくれなければ。自分だけでは、あれを限界まで追い込めなかったに違いない。


「どうしてあんな、漫画みたいに動けるのかは気になるが・・・」


 他にも。

 死んだ斎藤を観察し、毒殺だと主張する少女から覚えた違和感。

 シックスセンスという言葉。

 何より、消滅させられていた、未来も帰宅の電車の広告で気付くまで覚えていなかった艷川前首相を、記憶していること。


 九堂智音の例から分かる通り、娘だからと消滅した父を忘れないということは、ない。


 この少女については、色々と引っかかることがある、が。

 ダラけたい欲求を抑えて、未来は立ち上がる。死んでしまった女将に視線を向けた。ここには、彼女が呼んだ警察が明日の朝には来るのだ。五人の死体、蔀美(しとみ)の一撃で割れた地面。止まっていれば、確実に警察に拘束される。

 事情を話せば、未来たちは保護してもらえるかもしれない。しかしそれは、一箇所に留められることを意味するだろう。


「あの化け物たちに対して、それは悪手だ・・・」


 はっきり言って、警察では相手にならない。居場所が割れれば、それで投了。奴らに消されるバッドエンドだ。

 痛む体に鞭打ち、眠る少女を背負う未来。

 軽い。

 とてもじゃないが、あんな激闘を繰り広げられるようには思えない。


「何者なのか。起きたら聞かせてもらうぞ」


 話しかけたのち、ふらふらと歩き始める少年の心には、一方で。

 ひょっとしてこの子は自分と同じなのではないかという期待もまた、去来していた。


 未来、ピッチャーの才能を見せる。

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