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二十三味:筋肉刑事


 大好きなアニメの音楽を紡ぎ出す端末の電源を切って、横田はそれをカバンにしまった。彼は今、警察署の前にいる。

 友人、北海未来の行方不明事件。

 彼がいなくなってから、三日が経った今日、5月7日。仲の良かった友人として名前を挙げられていた横田は、警察からの事情聴取の求めに応じ、現在ここにいる。

 特に何をしたというわけではないものの、駐車場にパトカーが出入りし、ガタイの良い男女が行き交う特殊な環境に当てられてしまった普通の高校生は、ゴクリと唾を飲む。身を縮こませながら署内へ入っていき、一先ず「総合案内」という掛札の受付に向かえば、てんやわんやでいつの間にか取調室・・・というには柔らかな雰囲気の場所へ通された。能面のような表情のおじさんから淡々と為される質問に、適宜答えていく横田。書記係の記録によるタッチ音はカタカタと、よく響く。


「ところで君は、敬虔な仏教徒とかなのかな」

「い、いえこれは。若気の至りといいますか・・・」


 半日過ぎて、事情聴取が漸く終わった。立ち上がる横田に対して、スケッチ出来るのではないかと考えるほど見慣れてしまった刑事が、冗談めかして聞いてくる。まだ若いくせに、自らの禿げた頭を若い頃の自分のせいにする横田。

 外を出ると、すでに空は薄い黄色に染まっていた。過ごしやすい温度は快く、歩きながらスマホを取り出してイヤホンを差し込む。ランダム再生なので、アニソンの次に来るものがアニソンとは限らない。そっと耳に流れてくる音楽は、自分からは絶対に聞こうとしない英語の歌。

 一年前、未来から薦められた洋楽である。


「北海未来・・・」


 どこに行きやがった。

 なぜ急に消えた。

 トモネちゃんは悲しんでるぞ。

 まさか、どこぞでのたれ死んでるわけじゃあるまいな。


 様々な思いが、横田の胸に浮かび上がる。

 ひょっこり戻ってきて「うっす横田。今日も白けた『味』してるな」とだるそうに話しかけてくるあいつと、九堂智音に泣き縋られる写真になった(・・・・・・)あいつとが交互に想定され、ぐっと拳を握りしめた。


「戻って、来いよ・・・」


 耐えきれなくて、(こら)えきれなくて、音楽の停止ボタンを押し。スマホにイヤホンをぐるぐる巻きにして、ポケットの中に押し込む。


「君、未来の友達なのか?」


 そのまま、大股歩きで帰路に着こうとした途端。横田は、誰かに話しかけられた。後ろを振り向き、無意識に後退る。

 そこにいたのは、警察官の平均的体格よりさらに一回り大きい体躯を誇る、四十代ほどの男だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「どうも、ゴチになりまっす!」

「・・・」


 喜び勇んで、束になったポテトフライにかぶりつく横田とは対照的に、手元のハンバーガーに対して渋面するばかりの男。店内全体で醸し出されているライトで明るい雰囲気とはまるでマッチしない。「食べないんですか?」と横田は陽気に尋ねる。


「いや、油が・・・」

「あー」


 隣の男の、服では隠しきれない上腕二頭筋を間近に見て、横田は納得したような声を上げる。筋肉に気を使っているのならば、ファストフード店の油まみれの食べ物など、毒物のようにしか映らないだろう。

 だが、「食べたいものを好きに言え」と促してきたのはそちらの方だ、と悪びれることは一切しない。ハンバーガーからトレーの方に視線を移す男は、敷かれた紙に記される『クルー募集!』という文字に、「毎度思うが、ここは海賊船か・・・?」と小さく呟いた。

 魅力的に映るよう工夫された、不特定多数に対するアルバイトの申し入れに過ぎないのだが。ずれてるなーこのおっさん、という感想を抱く横田。


「で、刑事さんが俺に何の用ですか? 未来の友人とか言ってましたけど。俺に分かる基本的なことは、もう事情聴取で話しましたよ」


 非番ということで、男は警察手帳を持っていなかった。しかし、「平時は警視庁刑事部捜査一課の、殺人犯捜査第3係の係長代理をしている林というものだ」という名乗りが妙に堂に入っていたので、横田は一先ずこの男、林を信頼することにした。

 ただ、警視庁ということは東京都の警察組織だろう。こんな都会と田舎の(はざま)のようなところにいったい何の用だ? という思いはある。


「味覚少年」

「未来のあだ名っすね」


 小さな言葉に、ポテトフライを飲み込んだ横田は相槌を打つ。頷く林。


「以前、ある事件で一緒になったことがあってな。守秘義務があるので、事件の内容については聞かないでほしいが」


 そう前置いた後、意を決したようにハンバーガーの包み紙を開封する。バンズに挟まれるなけなしのキャベツに、救いを求めるような目。


「聞かないっすよ」

「ありがとう。お坊さんは高校生でも優しくて助かる。・・・たまたま東京に遊びにきていただけのあの少年には、事件解明をひどく助けられた。ただ頭がいいだけでなく、警察犬顔負けの感覚(センシティヴィティ)。あんなのが、物語でなく本当に現実にいようとは」


 髪よ早く生えてこいと念じて頭をモミモミしながら、横田は林の話に耳を傾ける。が、ガブリとハンバーガーに齧り付く林に会話の切れ目を察して、自らのポテトフライを再び咀嚼し始めた。

 口の中身を飲み込んで、林は再び語り始める。


「一昨日ニュースを見てたら、その少年が行方不明になったという情報を得てな。居ても立ってもいられず、非番の今日に、彼が住んでいるはずのここへとりあえず来てみたというわけだ。恥ずかしながら、特に計画などなしにだ。衝動でしかない」

「脳筋そうっすもんね」


 お坊さんと言われ少し傷ついた仕返しを、早速執行した。が、「それだけが取り柄だからな」と余裕の対応をされ、大きく負けた気分になる。


「行くあてもないまま、とりあえず警察署付近でうろうろしてたら、偶然北海未来と呟く君を見かけた」


 食べかけのハンバーガーをトレーの上に置き、林は横田を射竦める。全身の汗腺から冷や汗が分泌されそうな迫力だ。反射的に仰け反らざるを得ない。


「頼む。未来が行方を晦ませるために潜伏しそうな場所。他にも、なぜ行方を晦ませなければならなかったのか。推測でいい。友達の君の考えを聞かせてくれないだろうか?」


 誠意を以って、林は見下ろすほど小さい目の前の高校生に、頭を下げた。そこまでされると、役に立ちたくなるものの。提供出来るものは、彼にはなかった。

 この、無力感。

 自信なさげに右、左と視線を彷徨わせた後、「し、知らないっす!」と横田は叫ぶ。


「事情聴取の時も聞かれましたが、ホント、知らないっす! 俺の方が知りたいくらいです!」


 周囲の客の注目を集めていることも気づかず、続ける。遣る瀬無さを垂れ流す。


「あいつはいつもミステリアスで、俺では何を考えているのか、いつもさっぱりで。 あいつの方からは、俺のことが常に理解されてそうな感じなのに・・・」


 悔しそうに、心底悔しそうに。

 食べかけのポテトを握り潰した。


「いなくなったってことは、それ相応のワケがあるはずなんすよ! 嫌なことがあったとか、それこそトラブルに巻き込まれたとか・・・。でも、俺、あいつの隣でずっとヘラヘラしてただけっすから、あいつのことなんてまるでよく分かんねえまま、おちゃらけてただけっすから・・・っ。いざこういう時に、あいつのなんの役にも立ちはしねえっ!!」


 どんっ! と机を叩いて。行方不明になったと聞かされてからずっと抑え込んでいた気持ちを、昼間の事情聴取によってすでに導火線に火がついていた感情を爆発させて、林にぶつける。

 しかし林は、横田少年をじっと眺めていただけだった。否定も肯定もせず、あるいは慰めたり「情けない」と罵しったりすることもせず。自分の世界に没頭していたことへとハッと気づいた横田は、「へへっ」と林に笑いかける。


「・・・すいません、俺、まだ若くて」

「だろうな。俺も、覚えのある悔しさだ」


 林は、懐からペンとメモ用紙を取り出して、サラサラと数字を書いた。「俺の電話番号だ」と横田に渡す。


「何か思いついたら、電話かSMSでメッセージをくれないか。ああ、これは刑事の捜査じゃない。個人的なお願いだ。今は非番だし、しかも管轄の事件じゃないからな」


 身を小さくしながらメモを受け取る横田に、林はさらにペンとまっさらなメモ用紙を渡した。


「え・・・?」

「君の電話番号も、よければ教えてくれないか?」


 渡された文房具を呆然と見つめる横田に、林は笑って提案する。


「俺も何か分かったら、君に連絡しよう」


 一人の男子高校生は、それで少し、矮小で足りない自分が認められたのだという気持ちになった。

 何故かは分からないが。

 だから、ファストフード店を出たのち、手を振り別れる林の背中を目で追いかけて。「刑事か・・・」と、深呼吸した。


 横田は未来と違って全く平凡な少年ですが、だからこそ活躍してほしいキャラ。

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