絶対的な味方
大変長らくご無沙汰しております!
もう春ですね。今年は国家試験があるので憂鬱です……
何はともあれ、完結までエタらず続けて参りますので、気長にお待ち頂けると嬉しいです(*ˊᵕˋ* )
一方結衣が倒れたその時、快斗は城内に与えられた自室で優雅に紅茶を飲んでいた。
「こんなにゆっくりした午後を過ごせる日が来るなんて、あの子爵の元で働いていた時には想像もしなかったな」
メイドによって隅々まで手入れの行き届いた部屋で、美味しい紅茶を飲みながら午後のひと時を過ごす。
執事としてこき使われ続けてきた快斗は、それがどれだけ贅沢な生活であるのかを知っていた。
「それもこれも、全部結衣のおかげだけどな。まったく、娘に頭が上がらない親ってどうなんだよ……」
そう、今までの快斗の身分はただの平民にすぎなかった。
しかし貴族である結衣との血縁関係が発覚したことで、父親である彼の身分も同じ貴族へと変化したのだ。
それゆえに城内にも特別に部屋を与えられ、メイドの世話付きという特別待遇を受けることができているのだった。
「それにしても、何か用事があると出て行ったきり、結衣を見掛けない。忙しいなら、俺も手伝うんだが……」
昼ご飯を結衣と一緒に食べようと誘いに、快斗は一度部屋を訪ねていた。
しかし近くにいた衛兵から、結衣がまだ外出中であることと、昼食はフローラ様と食べるらしい事を教えられ、こうして自室で昼食を摂っている訳である。
「夕食の時にでも、結衣に何か手伝えることがあるか聞いてみるか」
快斗がそんなことを考えていると、部屋の扉を外からノックする音が聞こえた。
「はい」
「失礼致します。急ぎお耳に入れておきたい用件があり、参りました」
自分の耳に入れる急な用件など十中八九、娘の結衣の事だろうと察した快斗は、即座に入室を促す。
「お疲れ様です。それで、急な用件とは一体……」
「先程、ユイ様が国王様のお部屋にて王妃様に対し不敬罪を働かれた後、意識を失いお倒れになられました」
「……は?ちょ、ちょっと待って下さい。結衣が王妃様に不敬を働いたと、今そう仰ったのですか?」
「お父上である快斗様には大変申し上げにくいのですが、事実でございます」
短い割にはあまりにも情報量の多い内容に、快斗の思考は一瞬停止した。
だが娘が倒れたと聞いて、いつまでも呆けていられるはずも無い。
「それで、結衣は今どこに?!」
「現在ユイ様は監視下の元、自室にて眠っておられます」
「分かりました、確かフローラ様の隣の部屋でしたよね!」
それだけ言うと快斗は、自室を飛び出し結衣の部屋へと向かう。
廊下の角をいくつか曲がり、もう少しで結衣の部屋というところで、反対側から誰かが歩いてくる。
「あら?ユイのお父様じゃない」
「あっ、これはフローラ様。いつも結衣がお世話になっております。実は先程、娘が王妃様に対し不敬を働いて倒れたと聞きまして……」
その言葉を聞くと、フローラの声のトーンが少し下がるのが分かった。
「……ユイなら今、こっそり私の部屋にいます。ユイの部屋に入ったら私の部屋へと続く隠し扉が壁にあるので、そこから行くといいですよ」
「あ、ありがとうございます。では、急ぎますのでこれで!」
まさか隠し扉の存在を教えられるとは思わず困惑しながらも、結衣が無事に起きて動いていると分かって快斗は少しホッとする。
失礼の無いようお辞儀をしてからフローラと別れ、快斗は教えられた通りに、まずは結衣の部屋に入るべく衛兵に取り次いだ。
結衣の父親であるためか、彼女の部屋に入る許可はすんなりと得られ、快斗は一人部屋に入り扉を閉めた。
衛兵が、結衣は在室中であると言っていたにも関わらず、室内に結衣の姿は見当たらない。
フローラから事前に教えられていなければ、クローズドサークル─────つまりは密室状態での消失ミステリーが始まっていた事だろう。
「隠し扉、隠し扉……と、この辺りか?」
目星を付けた壁を、快斗はコンコンと叩く。
だがしばらく反応は無く、違ったかと離れかけたその時。
壁の向こう側から物音が聞こえた。
「結衣、俺だ」
その声で誰なのかが判別出来たのだろう。
静かに扉が開かれ、結衣が顔を覗かせる。
「……お父、さん」
彼女は何とも言えない表情で、父である快斗をフローラの部屋に招き入れた。
その表情は今にも絶望しそうな程に暗く、結衣の心境を表していた。
2人は無言でソファに向かい合うように座ると、快斗が結衣に話を促す。
「で、何があったんだ。理由も無しに不敬を働くような事は、お前はしないだろう?その上彼女は敵だしな。弱みを握られるようなことを敢えてする程、結衣は馬鹿じゃない」
先程のフローラとの事で多少参っていたからというのもあるが、快斗の自分を信頼する態度に、結衣は心無しか救われた気がした。
「……これは箝口令が敷かれているんだけど、実は今、国王様のご容態が悪いの」
予想外の彼女の言葉に、快斗は驚きの表情を見せる。
「確か、朝食の席にはいらしたよな?あぁ、でも確かに少し咳き込む姿も見られたか……」
「うん。それで簡潔に説明すると、その不調の原因を作ったのが王妃様だって事を、私が気付いちゃったんだよね」
「王妃って……つまりは魔女関連って事か!」
こくりと頷く結衣を見て、事の重大さを理解したのだろう。快斗は険しい表情で、結衣を見つめた。
「確か、なんだな?」
「……残念ながらね」
快斗の問いに答えながら、結衣の脳裏には国王の部屋での出来事が鮮明に浮かび上がる。
言ってしまった事への後悔と、でも取り消したくはないという感情が、彼女の中でひしめき合っていた。
「そうか……それで、どうする。結衣が不敬を働いてしまった事実は、この際変えようも無い。大事なのはここからどうするか、どう動くか、だろ?」
「うん、そう……だよね。ありがとう、お父さん」
ここでくよくよしているのは、自分らしくない。
結衣は父の言葉でそう思い直す。
そんな彼女の事を見て快斗は、ふっと思わず笑みをこぼした。
「お前のその切り替えの早さは、母親譲りだな」
「えっ、そうかな?」
「あぁ。辛い時、お母さんのポジティブシンキングのおかげで何度救われたことか!」
そこまで言うと、快斗の表情は真剣なものへと変化した。
思わず結衣も、姿勢を正す。
「結衣、覚えておけよ。諦めからは、何も生まれないってことを。辛い時こそ、何でもいいから動くんだ。何もせずにそこで立ち止まってしまったら、それこそ本当に打開策は生まれないからな」
快斗の言葉に、結衣は心の中で少し驚く。
その言葉は、今の結衣にとっては道標そのものだったからだ。
彼の言葉のおかげで自分がこの後どうするべきか、それが示されたような気がする。
「……そう、だよね。私が諦めたら、この後もまた魔女によって沢山の悲しみが生まれるかもしれない。そんなことになってしまったら、それこそ私は後悔するし、きっと過去の自分を責めるだろうな」
父親に言われた言葉を噛み締めるように結衣は、そう呟いた。
そんな結衣の様子を見て快斗は、立ち直ろうとする娘の背中を押すべく、改めて言葉を紡ぐ。
「おまえがどんなに辛くても、世界の誰もが結衣の敵になったとしても、俺だけは全力で味方する。それを心に留めておいてくれ」
言われた途端、結衣は目頭が熱くなるのを感じた。
「……あれ?おかしいな、何で涙が……っ」
慌ててゴシゴシと目元を洋服の袖で拭う結衣だったが、どうやらそれだけでは止められそうにも無い。
この世界に来て、初めての血縁者。
それだけでも心強いというのに、その上彼は父親だ。
たとえ自立を余儀なく強要されて、同年代より大人びていたとしても、中身はまだ15歳の少女。
絶対的な味方である親の存在は、彼女の想像よりも遥かに大きいものであったに違いない。
快斗は涙を拭こうとする結衣の隣に座り直すと、ギュッと娘を自分の胸に抱き寄せた。
それに抵抗する事なく結衣は身を任せ、身体を預ける。
そしてとめどなく溢れ続ける涙と、それに混ざって漏れ出る嗚咽を感じながら、結衣はしばらく父親の胸で泣き続けたのであった。