ネコゴ -心の声に従う-
心の声の逆を口にしたり、行動したりで心身の負荷や受ける屈辱を犠牲になるべく平穏な人付き合いをしてきたし、なるべくなら人付き合いはない方がよいとしてきた。あさみとぱつと暮らした、一年間はそれらが顕著に表れた日々だったと言えよう。いつだって思っていたことは言わなかったか、逆を言い、同じ屋根の下で暮らしているのに毎日の会話はとても少なかった。もちろん外に食事しに行ったときは何かしら喋っていただろうけれど、あさみは大概スマホをいじった。まぁそんなもんだろうし、考え方次第ではこっちも楽だった。
心の声をそのまま吐き出したのは「あの日の夜」だ。「お前の口って魚みたいだよな」と言ったのだ。そしてぶん殴ったしー二発もー出て行くところがなければ「この部屋で首を吊っとけ」的なことまで言ってしまった・・・・・・。
明け方にぼくは自分の心の声に従うことにした。重い荷物を手積みしたりせず、どうにも動かない渋滞に巻き込まれているときに「何時ごろになりそう?」等と会社から電話がかかって来て、紙やすりで削られるようなストレスが10倍になったりもせず、ウインカーを点けて車線変更したら「殺すぞ、クソがっ!!」等と怒鳴られることもなく、猛暑はニュースの中にしかない涼しい部屋の中で、恐ろしく適当な嘘をついているだけで、そんなことをしていただけで得られた(ぼくにとっては大金に違いない)百万円の使い道は一つしかない。届いた「幸」を他人の「運」に丸投げすれば、たぶんもっと大きな「不運」がやがて届くこともなかろう。
ぼくは「朝の実」さんのスマホへ1126500円を放り込み、そのまま何も告知せず「ネコゴ」のアカウントを消して、専用にしていた電子マネー口座も閉じた。
薬も飲んだし、少しは気が晴れたので昼過ぎまで眠れると思ったけれど、夜まで一睡も出来なかった。ぼくは二十四時間起きていた。もちろん少しはぼ~っとした瞬間はあったので五~六分は意識が飛んだ。乾いた砂漠に降る僅かな雨のような睡眠(と、呼べるのならば)だ。
ベッドの上で静かに目を閉じていても、一つの賭けとして寝返りを打っても、最後は溜息だけが出て反って覚醒してしまったような気がして落ち込む。じゃなければ焦る。焦っても仕方がない、と思えるようになると諦める。でもその諦めは直ぐに変節してしまい、再びの挑戦の準備を整えるよう身体の中の深い深い所からアドバイスなのか挑発なのかを受け取る。
どうして俺は、ある特定の猫が、ある特別なメッセージなり感情を発するときその言葉を理解できるのか? それも「母国語」で。三回聞き取れた内の二回は、概ね正解だと言えよう。でも今夜はそんな疑問など考えられなかった。いつか日が経てばその疑問と向き合えるのかもしれないけれど、今は無理だったし、たぶんぼくの人生には答えが必要だとは思わない。偶然と嘘と運、そしてたぶん「勘」と「怒り」とを頼りに、誰にもできないことを稀に成功させ、世間から注目される人生のコツなど、むしろ要らない。誰かの為になったり、ともすれば良くない状況や未来を救えるかもしれないとしても、ぼくは知らない誰かの役に立ちたい、と思う人間ではない。すまない、と思うけれど、本当はすまなくはないんだ、と心から思ってしまう。しらんがな、と思ってしまうのだ・・・・・・家族に対しては「しらんがな」とまで思えないけれど、だからと言って、まさか何かよくない出来事を察知する目的で「猫」を飼いたいとは思わない。そもそも全ての「猫」がぼくにだけ「日本語」を話すとはとうてい思えないのだから。
結局ぼくは誰も知らない「場所」でなるべく心身とも健康に一人で暮らしていられる、そんな日陰の人生がいい。夜、普通に眠れる程度の幸せな人生がぼくには一番だ。そしてやがては孤独のまま死んでしまい、誰かにとてつもない迷惑をかけてしまったとしても、それがなんだ? と思う。少なくとも今は100%そう思う。明日になれば違う風に思えるのだろうか? ・・・・・・それにしてもあの頃って、こんなに大変だったんだな、とあらためて思った。朝昼晩いつになっても眠れない日が毎日だったなんて、本当に大変だった。
他の人はどうなのか分からないけれど、ぼくには眠れないときの意識の状態が2パターンあって、一つはあさみとぱつに対して怒り、自分に対して悔やむような日の、あるいはどちらかが過剰なときの不眠は生命維持装置を完備する、身体一つ分のカプセルへ収まり、凪いだ海上に浮かんでいることがあり、宇宙空間を漂っているような気持でいることもあった。感覚が指先まである身体はとても重く感じているのだけれど、意識は浮かんだり漂ったりで軽く感じるのだった。たぶん激した感情があったからだろう。
何も考えられない日は土の中で圧迫を感じながら、絶対に芽が出ないのを知っている何かの種の中にいるような気がした。静かで暗くて、不思議と狭さは感じないのだけれど、そこは良くも悪くも「永遠」の一部分だった。結構な怖さと、そのくせ開き直りが同居していた。その二つは未来のない雄しべと雌しべなのかな? と思えたのは、夜にいくらか眠れるようになってからだった。
五分は眠た、十分眠れた。ふっと気が付くとそんな感じがしてうれしかった。ときどき一時間近く眠むれると、うれしくて興奮してしまい、その後の揺り戻しの落ち込みがきつかったものだ。そんな日は夜の十時にカレンダーへバツを付けるまでぼくは間違いなく自分と闘った。声を上げて泣きたくなるのはそういう時だった・・・・・・あれほどの怒りやあれほどの後悔のエネルギーが心になければ「ダメ」になっていたのかもしないな・・・・・・。
ぼくは二十四時間ぶりに十二時間の睡眠を取った。そして夜になってから、何があったのかを初めて両親へ話した。ただ「ネコゴ」は黙っていた。




