36話 準備
木曜日の朝。
今日はとても良く晴れていて、電車に揺られている車窓からは、海が太陽に反射されてとても綺麗に輝いて見える。
気持ちがよくて二度寝している僕を、隣に座っている妹達が起こす。
「ほらお兄ちゃん、寝ない!もうすぐ着くよ!」
「ふぁ~。はいはい。」
昨日はネットゲームのおかげで少しだけ寝不足だ。・・・・・少しだけだよ?
電車から降りて改札口を出ると、僕は立ち止まる。
数メートル先で、大人数に囲まれている親友達がいた。
「・・・・・お兄ちゃん。頑張ってね。それじゃ、行ってきま~す♪」
妹達二人は、僕に帽子とマスクを渡すとさっさと行ってしまった。
良い妹達をもって僕は幸せだよ。
「はぁ。しょうがない。行くか。」
僕は帽子とマスクを装着すると、人混みの近くまで歩く。
すると、囲まれている中心にいたクウガとエイセイが僕に気づいて、人混みをかき分けながら笑顔で近づいてくる。
「オッス!」
「おはよう。ソラ!」
「うん。おはよう。」
毎日通学している、いつも通りの風景。
僕達は学校に通う場所は違うけれど、途中までは一緒に通学している。
「エイセイ。今日は珍しいね。」
「今日の仕事は午後からなんだ。出来るだけ時間があったら学園に行かないと、出席日数が足りなくて卒業できないからね。」
エイセイは爽やかな笑顔で答えた。
すれ違う女性達は、その笑顔を見て、ため息が漏れる。
駅の外に出ると、大勢の制服を着た学生達が歩いていた。
ここは『学業都市』。
関東の高校、大学が集約している街だ。
だから行き交う人々は皆、若い人が多い。
後ろを見ると、ゾロゾロとエイセイやクウガ目当てで、スマホ片手にくっついて来ている学生がいっぱいいる。
「はぁ。」
僕は自然と小さなため息を漏らす。
いつもはクウガと二人で途中まで行くのだが、今日は珍しくエイセイもいたおかげでこんな感じだ。まぁ最近は、クウガも有名になっているから、結局歩きづらいんだけどね。
まぁ、僕のせいだから何も言えんがな!
「そういえばソラ、悪いな!どうしても今日は部活に出ないといけなくてな!」
「僕もごめんね。前からドラマの撮影が入ってて付き合えなくて。」
「ハハハ。気にしなくていいよ。買い物に行くだけだからさ!スピカとゆっくり遊びながら選んでくるよ。」
そう。
今日は夏休み前の最終日。
学校が早く終わるので、遠征の為の買出しをする予定だ。
二人は用事があるから、スピカと一緒に買い物にいく事になった。
スピカに聞くと、アカリもココセも用事があるらしい。
「アカリとココセは用事があるんだって?」
歩きながらエイセイが僕に聞く。
「うん。スピカに聞いたら、そうみたいなんだ。」
「ふ~ん。・・・・・まったくあいつは。」
エイセイは、ヤレヤレといった感じで肩をすくめている。
「ん?どうしたの?」
「何でもないさ。」
そんな僕達のいつもの登校風景だった。
☆☆☆
「ソラ!おいっす~。」
「おいっす~。サトル。」
登校すると、いつもの様に近くの席のサトルがニコニコしながら僕に話しかける。何か話をしたくて、うずうずしている感じだ。
「んで?何?めっちゃ話したそうな顔してるけど。」
「分かる?分かるか?もうさ!これ見てくれよ!」
そう言うと、サトルは携帯を僕に見せる。
ブホッ!
思わず学校の自販機で買って飲んでいた牛乳を噴き出して、サトルの顔にぶちまける。
「きたねぇな!何すんだよ!」
「ゴホッ!ゴホッ!わっ悪い!喉に詰まった。」
「しょうがねぇなぁ、もう。」
ぶつくさ言いながら、サトルは僕が渡したハンカチで顔を拭く。
サトルに謝った後、もう一度サトルの携帯を見る。
そこには、こう記されてあった。
『今、世界中で話題になっている空ちゃんねる。世界トレンド1位獲得!』
トレンドが日本一位じゃなくて・・・・・・・世界一位~???
マジで?
いや、そりゃ、ビックリするわ!
記事を見ると、【深層】攻略動画は初で、世界中が注目していると書いてあった。
「凄い注目されてんだな。」
「そりゃそうだろ。なんてったって【深層】だぞ?世界の一握りの探索者しか行けない所で配信するって発表したんだ。そりゃ、注目するだろ!もう世界中で話題になってるみたいだぞ!俺も楽しみでしょうがねぇよ!」
僕は自分の席から周りを見る。
他のクラスメイト達の話題も、サトルと同じ様に『空ちゃんねる』一色だ。
この光景は月曜日からずっと続いている。
それだけ皆楽しみだという事だ。
状況を確認するのにネットもそうだけど、まずは学校の反応を見るのが一番だ。
「フフフフフ・・・・・宣伝は大成功の様だな。」
「ん?何か言ったか?ソラ?」
「んにゃ、何も。ところでサトルもライブ動画観るの?」
「とーぜん観るに決まってるだろ!ホント、学生で良かったってマジで思ったよ!サッカー部の顧問の先生もさ、最初の10日間は学校に来て練習するんじゃなくて、自主練でいいってさ!もう、マジで引きこもるぞ!」
サッカー部の先生。それでいいのか?
サトルや陰キャ友達のミノル氏やマサキ氏、クラスメイト達も、『空ちゃんねる』の反応は上々だ。
これは気合入れて準備しないとな!
☆☆☆
「ソラ氏。帰りは一緒にゲームでもどうですかな?」
今は昼。
今日の学校は、明日から夏休みの為に半休だ。
クラスメイト達は帰宅し始めていて、徐々にクラスには人が少なくなっている。
僕は午後から待ち合わせしているスピカとの遠征の買出しリストをリストアップしていた所へ、ミノル氏とマサキ氏からの遊びの誘いが来た。
「すまんのぉ。ミノル氏とマサキ氏。これから頼まれた買出しに行かないといけなくてね。今日は遠慮するよ。」
「ほう。それじゃ、しょうがないですな。夏休み前半は皆と同じで『空ちゃんねる』を観る予定ですから、それが終わったらネトゲをやりましょうぞ!」
「それはいいですな!」
「そうですな!」
僕は二人に手を振ると、二人は先に帰って行った。
「よし!リストアップは完成だ!」
買出しのリストアップを書き終えた時には、既に30分は経過していた。周りを見ると教室には誰もいない。
集中しすぎて全然気づかなかった。
「さて、そろそろ行かないとな。」
僕は立ち上がると、教室を後にする。
☆☆☆
「ねぇ君、誰を待ってるの?」
「えっ?・・・・・あの・・・・・。」
「おい。お嬢様に気安くしゃべりかけるな。」
「ハッ、ハイ!すみませんでした!」
校門に立っている女の子。
美しい白い髪に黒い瞳。身に付けているのは、この学校の制服ではなくカトレア学園の制服だ。
帰る男子学生が、皆その女の子に自然と目がいく。
それ程美しい女の子だった。
声を掛けようとする者もいたが、その女の子の後ろにスーツを着た男性が二人。ボディガードの様に学生達を遠ざけていた。
僕は、準備の事を考えながら学校を出て校門を通り過ぎようとすると声を掛けられる。
「あっ、あの・・・・・ソラさん!」
「ん?」
白い髪の美しい女の子が、笑顔で僕の方へと駆け寄る。
「君は確か、ごわす・・・・・いや、安藤さんかな?」
「はい!安藤春香です!ハルカって呼んでください!」
僕はサッと周りを見る。
もう下校時間をかなり過ぎている。残っているのは部活の生徒達位だ。
良かった。
まぁバレる事はないだろうけど、こんなカトレア学園の制服を着た美しい女の子と、陰キャの僕が喋ってたのが噂になったら大変だ。
彼女を改めて見る。
「久しぶり。もうすっかり元気になったみたいだね。・・・・・まぁ、ライブ動画のコメントでも元気そうだったし、良かった良かった。」
「はい!ソラさんのおかげで元気いっぱいです!もう毎日が楽しくて楽しくて。」
すると、後ろにいたスーツを着た男の二人が前に出て、僕に深々と頭を下げる。
「ソラ様。お嬢様を救ってくれて、本当に・・・・・・本当にありがとうございました。」
「いや。もうやめて下さい。あんまり目立ちたくないので。ところでどうしたの?ちょっと僕はこれから用事があって、すぐに行かないと行けなくてね。」
「あっ。すみませんでした!今日はどうしてもこれをソラさんに渡したくて。」
そう言うと、ハルカさんは僕にお守りを手渡す。
「これは?」
「はい!私が作った手作りのお守りです!これから危険な所へ行かれるので、少しでもお役に立てればと思って作りました!・・・・・迷惑でしたか?」
「えっ?お守り?うわぁ~ありがとう!これ付けて行ってくるよ!」
「はい!」
その後、ちょっとだけ話をした後に、ハルカさんは近くに止めてあった車に乗って帰って行った。
いや~。視聴者さんからのプレゼントかぁ~。
結構感動!
こういうのもいいね!
「・・・・・なに、あの女。」
僕はニヤニヤしながら校門で手を振っていると、背後から冷たい声が聞こえる。
後ろを振り向くと、いつの間にいたのかココセが立っていた。
うぉぉぉぉぉ。もの凄い殺気をはらんでいる。
「ココセ?違うよ?今のはね。」
この間助けた女の子の話をした。
「・・・・・そう。あの女が。・・・・・でも、ソラにお守り渡した。」
「そうだね。ってココセ?ダメだよ?」
見ると、更に殺気が増して、目が暗殺者の様になっている。
これは、長く付き合っているから分かるが、ほっとくとヤバい気がする。絶対僕と別れたら追いかけて行きそう。・・・・・うん。絶対に行くな。
「はぁぁぁぁ。ココセ。用事があるんじゃなかったの?」
僕はため息をつくと、ココセに話始めた。
☆☆☆
「・・・・・ちょっと、なんでいるのよ?」
「ハハハ。色々とあってね。」
駅の近くにあるファッションからインテリア、アウトドア用品から食品まで全て揃っている大型店の入口で待ち合わせしたスピカが、ジト目で僕に問いかける。
僕の隣には先程とはうって変わって、めちゃくちゃ幸せそうなココセがニコニコしながらくっついていた。
うん。機嫌が直って良かった。良かった。
「スピカ~♪だめでしょ~♪隠れてこんな事しちゃ~♪」
「うっ。・・・・・フッ、フンッ!貴方達は忙しいと思ったから誘わなかっただけよ!」
「ふ~ん♪」
スピカはちょっと気まずそうに、ココセに言い訳をしている。
「でも二人とも、とてもよく似合ってるよ。」
「ありがと~♪」
「当然よ!」
二人は黒い髪のカツラをかぶり、メガネをしている。
どう見ても真面目な女子学生だ。
二人とも既に有名人。
なので女性陣は、外に出る時はなるべく変装をする様にしているらしい。
初めて変装の姿を見たので、結構新鮮だ。
「んじゃ、行こうか!」
「「 うん! 」」
☆☆☆
「ねぇねぇ。次は食材を買いに行きましょう!」
「ソラが行く所ならどこでもいいよ~♪」
こっちを見ている他の客の声が聞こえる。
「おいおい。あの二人、めっちゃ可愛くね?」
「だな。つぅか一緒にいる根暗そうな男。どういう関係だ?どう見ても不釣り合いだろ。」
なんだろう。
暫く買い物をしているのだが、どこか落ち着かない。
二人が変装してくれているおかげで、僕は帽子もマスクもしない普通の格好で買い物が出来ている。
歩きながら、後ろを見る。
僕の制服の裾を、二人が片手でつまんでいる。
二人とも真面目な格好をしているが、何せ元が良すぎる。
はっきり言おう。
これはこれでちょ~可愛いのだ。
そんな二人が、どう見ても陰キャな僕を先頭に、後ろで裾をつまんで歩いている。
いやね。
大丈夫だと思ってたけど、二人のレベルが高すぎて、結局目立つわ!!!
「ってゆ~か。何でいるんですか?」
僕達は食品売場の前までくると、何故か待ち構えていたニコルさんに尋ねる。
「ハッハッハァ~!久しぶりだねソラ君!会いたかったよ!今日は娘が買い物に行くと聞いたからね!荷物持ちとして父親が手伝うのは当然だろう!おぉ!ココセちゃんも久しぶりだね!ハッハッハァ~!」
この人はフランス人のニコルさん。・・・・・スピカのお父さんだ。
確か、フランスで大きな会社を経営しているCEOって言ってたな。そんな忙しそうな人が、何でここにいるのか謎だ。
「いや、手伝ってくれるのは嬉しいんですけど、いつ戻ったんですか?」
「うん?昨日だね!君達が遠征に行くとスピカから聞いてね。暫く連絡も出来ないと思ったから飛んできたよ!・・・・・ところで知ってるかい?今日の買い物さ!ソラ君が誘ってくれて、スピカは大よろこ・・・・・・ぐほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
何故か喋っていたニコルさんの腹を、思いっきりボディブローするスピカ。
だめだよ?お父さんを殴っちゃ。
それから遠征の為の全ての買出しが終わると、もの凄い量になった買物を、ニコルさんといつの間にか現れた部下数名が、【星空】オフィスのスズさんの所へと届けに行ってくれた。
僕達三人は喫茶店で休憩した後に、駅を通り過ぎて海辺へと出る。
時刻はもう夕方。
オレンジ色に沈む夕日と海を三人で並んで座って眺めている。
「ねぇ。ソラ。遠征何て久しぶりね。」
「ホント~♪インド以来だね~♪」
両隣に座っている二人が楽しそうに僕に話しかける。
遠征は数年ぶりだ。
僕もマジで楽しみでしかたない。
しかも、今回はライブ動画もある。
ここだ。
ここで大きくバズれば、ある程度の固定ファンは間違いなく作れるだろう。
僕はゆっくりと立ち上がる。
二人もそれを見て立ち上がる。
僕は前に出ると、振り返って二人に笑顔で言う。
「スピカ。ココセ。久しぶりの遠征だ!とにかく楽しんで行ってこような!」
「「 うん!!! 」」
僕はオレンジ色に輝いている海を見てニヤリと笑う。
さぁ!三日後だ!
待ってろよ【深層】!!!
ソラは知らない。
トップクラスのチーム【星空】が、世界初の【深層】攻略を動画配信するという事を。
SNSで瞬く間に世界中に拡散されて行く。
世界を。メディアを駆け巡る。
【ゲート】の先にある【深層】の配信そのものが出来ないと言われている。
だからこそ、世界中が注目する。
一般人も、探索者も、そして政府関係者や国のトップも。
そこまで注目されている『空ちゃんねる』。
ソラは知らない。




