32話 星空担当
空は晴天。
湾岸沿いを歩いている僕の顔に、心地いい潮風があたる。
時計を見ると午前9時40分。
うん。遅刻しないで着きそうだ。
今日は土曜日。
所属している探索者協会の日本ギルドに僕は向かっていた。
服装は、僕の好きなアニメTシャツとジーンズにスニーカー。もちろん、今は【星空】のソラなので、いつもの様に深く帽子をかぶってマスクをしている。
「毎回思うけど・・・・・高ぇし、でけぇなぁ~このビル。」
僕は、天高くそびえる巨大なビルを見上げる。
探索者協会日本ギルドビル。
10年前に完成したこのビルは、日本で活動している全ての探索者が所属している。
高さ550m。地上100階建てという日本最大のビル。
ニューヨークにある、ワールドトレードセンター並みの大きさだ。
「おっと時間時間。早く行かないと、皆に文句を言われるな。」
ボ~と見上げて突っ立っていた僕は、急ぎ足で日本ギルドビルへと入って行った。
☆☆☆
「やっぱりここのサンドイッチは美味しいわね。」
日本ギルドビルの70階にあるフードフロア。
その一角にあるお洒落な喫茶店で、朝食を食べていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
正面で、一緒に朝食を食べている同僚が、大きなため息をつく。
「どうしたの安奈?ため息なんかついて。」
「今日も一日大変だからよ。まったく、あれ程まだ一階層で経験を積めと言っているのに、私の担当チームは全然聞いてくれなくて。昨日も上層の二階層に行ったみたいで一人が病院送りよ。・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「そっ、そう。大変ね。」
「鈴はいいよね。何て言ったって、今を時めくトップチームの担当なんだから。」
アンナは、羨ましそうな顔で私を見る。
「あのねぇ。私だって・・・・・。まぁいいわ。もうそろそろ始業時間だから急ごう?」
食べ終えて、エレベーター前でアンナと別れる。
先にアンナは二階へと高速エレベーターで降りていった。
いなくなったのを見て、私は上のボタンを押した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。・・・・・私だってね。めっちゃ大変なんだよ?」
独り言をこぼした後、エレベーターに乗り込んだ私は、このビルの最上階。
100階のボタンを押した。
私の名前は、神代 鈴。
某有名大学を去年卒業したばかりの23歳だ。
ずっと真面目に勉強をして、趣味のマンガとアニメに囲まれて生きてきた23年間。
彼氏なんて、もちろん作った事なんかない。・・・・・空想ではいっぱい作ったんだけどね。
小さい頃から、私は根っからの陰キャだ。
そんな私が、今、最も人気の高い職業の一つ。
競争倍率がとても高い、探索者協会の日本ギルドに受かり、ここで働いている。
ギルド職員は様々な職種があるが、私が配属になったのはクランやチームの専属担当。
数千あるクランやチーム。
その一つを受け持ち、そのクランやチームを一手に管理、運営する権限が与えられる花形の部署だ。
私はまだ一年目の新人。
同僚のアンナと同じで、登録したての新規クランや新人チームを担当するのが普通だった。
もうすでに、ベテランチームやトップクランは先輩方が担当しているからだ。
私達新人職員と、新規クランや新人チームが話し合って、お互い合意の上でパートナー契約を結ぶ。
その契約したクランやチームがトップクラスに成長すれば、もちろん私達職員も同じ様に階級も上がる仕組みだ。
しかし、そんなのは本当に一握り。
大体は全滅して帰らぬ人になったり、仲間が死んで解散したりと、長く続かないのが探索者だった。
だからこそ、出入りが激しく、私達新人はすぐに新しい担当に変わる。先輩達も同様に。
ただ、今年は違った。
新規クランや新人チームに紛れて、一つのチームが登録したからだ。
そして、そのチームリーダーが、とても不思議な子だった。
沢山いる新人職員の中で、真っすぐに私の元に来ると、契約をして欲しいと頼まれた。
たまにその事を彼に聞くと、彼はいつも笑顔で答える。
「う~ん。理由は分からないですけど・・・・・勘ですかね?でも僕は自分の勘を信じてるんですよ!だからスズさんが良かったんです!ねっ、みんな!」
他のメンバーも笑顔で頷く。
私はこのチームと専属契約をした。
そのチームの名前は【星空】。
日本ギルドも、まだこの時は知らなかった。
既に海外でトップチームとして名をはせているという事に。
ギルドカードを既に持っていることが分かり、すぐに事実が判明した。
ギルドカードには、全ての過去の実績やレベルが記録されているからだ。
日本ギルドは17歳以上でないと、登録する事が出来ない。まさか海外で実績を積んで、移籍してくるとは誰も思わなかったのだ。
まだたった一年目の新人職員の私が、トップクラスのチーム【星空】の専属担当として、全ての管理、運営をする。
それは想像も出来ない程のプレッシャーと、責任の重圧で押しつぶされそうな毎日だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
最上階へと着いた私は、もう一度大きなため息をついた後、両手でかるく頬を叩いて歩いて行った。
チーム【星空】のオフィスへと。
☆☆☆
チンッ。
日本ギルドビルの最上階。
100階に僕は着いた。
時間を見ると9時55分。
良かった。間に合った。
そのまま真っすぐに歩いて行く。
このビルは、ワンフロア自体がとても広い。
この最上階のフロアには、四つのクランと一つのチームのオフィスがあった。
僕は、その一角にある【星空】のオフィスに入る。
「オッス、オスオス~!みんな来てる~?」
「オウ!ソラ!」
「ハハハ。オッス。ソラ。」
「おはよう。ソラ!」
「へへへ~。ソラ~♪」
「ちょっとココセ!すぐソラにくっつかない!」
オフィスに入るなり、元気よく挨拶を返してくれるクウガ、エイセイ、アカリ。相変わらず、すぐにくっついてくるココセを引きはがそうとしているスピカ。
うん。いつも通りだ。
「ソラさん。紅茶で良かったかしら?皆さんの分も用意しましたよ。」
「あっ!いつもすみません。スズさん!」
中央にある円形のテーブルに、茶菓子と出来立ての紅茶が人数分置かれている。
僕は皆をテーブルに促し、帽子とマスクをとると椅子に座る。
「それでは!週に一度の『星空会議』を開催します!」
「「「「「 ドンドンドンドンドン♪♪♪ パフパフパフ♪♪♪ 」」」」」
みんなノリノリで声を上げる。
実は毎週欠かさず土曜日は、オフィスに集まって『星空会議』を行っている。
これからの活動や皆の近況報告、スズさんからの収支報告や情報など、様々な話をする場だ。
僕達は小さい頃からずっとこうやって、週に一回以上は会っている。
親友達とは、ずっと仲良くこれてきている。・・・・・・・ホント、よかとですたい!
いつもの様に、スズさんからドロップしたアイテムの換金収入や、雑費等の支出した報告などがあり、その後に皆の近況報告などが話し合われた。
「そういえばアカリ!あなたこの間ソラを連れていったでしょう!」
スピカが思い出した様に食ってかかる。
「フン。何の事か分からないな。・・・・・ツンデレちゃん♪」
「何ですってぇ!くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!ムカつくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
「あ~♪そういえばねぇ~♪この間~♪ソラが球技大会で鼻血でて大変だったんだよ~♪」
「えっ?大丈夫だったの?」
「オイオイ。ソラ。平気なのか?」
「そういう時は、すぐに携帯で呼んでくれ!僕がすぐに治すからさ!」
「ハハハ。ありがとう。」
エイセイを呼ぶと、なぜか僕に対しては、もの凄くオーバーヒールをするから非常に困る。
ちょっと擦りむいただけで、虹色や赤色ポーション並みの最大級のヒールをするもんだから、逆に我慢する様になるわ!いやマジで!
全ての事務連絡や報告が終わり、皆で楽しく紅茶を飲みながら雑談をしていると、呼び鈴が鳴る。
スズさんがオフィスの入口まで行って、対応してから戻ってくると、ちょっと戸惑った顔をして僕に尋ねる。
「ソラ君。お客様がみえてますよ。」
「へっ?お客様?」
僕はすぐに帽子とマスクをする。
入口の方を見ると、五人の男女がこちらへと笑顔で向かってくる。
あれ?後ろにいる三人は・・・・・。
「あっ!あの時の!確か宗太さんとひまりさん!あとリーダーさんも!」
「ハハハ。名前を言ってなかったね。俺は健司。あの時のチームをまとめていた者だ。今日はソラ君が日本ギルドに来ているって聞いてね。あの時の御礼を言いに来たんだ」
すると、宗太とひまりが前に出て、僕の前で深々と頭を下げた。
「ソラ君。あの時は本当にありがとうございました。あの時君が、惜しげもなく緑色のポーションを使ってくれなかったら僕達は死んでいた。」
「うん。私達では、あれに見合うお返しが出来ないの。本当にごめんなさい。」
「ちょっ、ちょっと!二人とも頭を上げてください!僕達探索者は、ダンジョン内で助け合うのが暗黙の了解でしょ?たまたまあの時に僕とクウガがいて、たまたま緑色のポーションが余ってたから使っただけですよ。・・・・・だから、謝るんなら別の言葉が欲しかったなぁ。」
僕は、少し意地悪そうな顔をする。
すると、ひまりは目を一瞬大きく見開き、少し涙を溜めながら改めて笑顔で僕に言う。
「ソラ君。・・・・・ありがとう。」
「はい。どういたしまして。」
「二人とも。あの後は大丈夫だったのか?」
クウガが割って入る。
「あぁ。負傷した所は、緑ポーションのおかげで元に戻ったからね。後は病院で、数日間、体力と失った血を戻して復帰できたよ。」
「そうか。」
三人と僕とクウガが話をしていると、黙って見ていた残りの男女二人が僕に近づく。
一人は、クウガ並みに大きく、屈強な体をしている。そして、もう一人はメガネをかけていて、優しそうな女性だ。
「三人とも。そろそろいいか?ソラ・・・・・いや、【星空】のリーダー。初めましてだな。俺はクラン【ピース】のマスターをしている、仁と言う者だ。」
「私は【ピース】のサブマスターをしている、渚といいます。」
「いやいやいやいや。初めましてですけど、日本の探索者で貴方達を知らない人はいないでしょう。」
そう言いながら、笑顔で僕は二人に握手する。
日本ギルドでナンバー3のクランだ。そのクランマスターとサブマスターの名前を知らない探索者などいない。
「この間君が助けてくれた、この健司率いるチームは、クランの中で『レベル6』を目指している伸び盛りの期待のチームだ。助けてくれたのが君だと報告を受けてね。同じトップクラスの【星空】に挨拶に行くというのに、我々が行かないのでは礼儀に反するからな。・・・・・ソラ君。今度、そちらで何かあった時は、我々クランが全力で助力する。それだけは覚えておいて欲しい。」
「分かりました。とりあえずは覚えておきます。だからこれで、この件はお終いと言う事で!」
☆☆☆
「ジン・・・・良かったんですか?」
「あぁ。」
【星空】のオフィスから出たジンは、同じ階にある自分達のオフィスに向かいながら、一本の緑ポーションをポケットから取り出す。
本当は、あの時に使ってくれたポーションを返そうと思っていたのだが、おそらく彼は受け取らないだろう。
「・・・・・【星空】か。あのチーム、とてつもなく強いぞ。まぁ、リーダーは置いといてだがな。」
「そうね。私達があのチームに貢献するとしたら、ソラ君が配信している動画を観る事じゃない?」
「フッ。『空ちゃんねる』か。まぁ既に観ているが、これからも応援しよう。」
「えぇ。」
助けられた三人を引き連れてジンとナギサは【ピース】のオフィスへと入って行った。
☆☆☆
「さて!まさか【ピース】が来るとは思わなかったから、結構時間がかかっちゃったね!それじゃ、最後に今後の活動を発表したいと思います!」
「「「「「 待ってました~♪♪♪ 」」」」」
「今回は、それぞれ下層ソロでウォーミングアップをしてもらった!・・・・・そうなると、次は決まってるよね!」
「だな。」
「そうだね。」
「インドの時と同じだものね。」
「アップはもう終わったしねぇ~♪」
「ふんっ。あんなのアップに入んないから。」
僕はニヤリと笑うと続ける。
「僕達は来週の水曜日から夏休みだ!・・・・・行きましょう。行ってみましょう。日本ダンジョン・・・・・【深層】へ!!!」
「「「「「 オォォォォォォ~♪♪♪ 」」」」」
みんなで、めっちゃ盛り上がった。
「んじゃ、今日は全部終わったから。みんな、昼飯食いに行こ~!スズさんも来るよね?」
「えぇ。ちょっと片付けてから行くわ。先に行ってて。」
「ほ~い。じゃ、みんな~!いくど~♪」
そう言うと、皆を引き連れてオフィスから出ていくソラ。
スズは、ソラを見送りながら思う。
今、数千あるクランやチームでトップ5だけが、この日本ギルドビルの最上階を使う事が出来る。
一位。日本最強のクランと言われている【未知の旅人】。
二位。魔法使いのみが所属しているクラン【魔女の集い】。
三位。正義を掲げ、人気の高いクラン【ピース】。
四位。人数が一番多い大規模クラン【暁】。
五位。たった六人のチーム【星空】。
・・・・・ねぇ、ソラ君。
貴方がよく話している親友達はね。
実は、報酬を五等分じゃなくて六等分にしているのよ?
貴方が、いつか必要になった時に使って欲しいからって。
絶対に受け取らないから、黙っていてほしいと言われているけどね。
・・・・・ねぇ、ソラ君。
知ってるの?
もし貴方が探索者を辞めると言ったら、おそらくみんな辞めるわ。
皆が探索者をやっているのは、貴方と一緒にいたいから。
ただそれだけ。
それだけの為に、あれ程強くなったのよ?
・・・・・ねぇ、ソラ君。
知ってるの?
『レベル7』は、日本で5人しかいない事を。
『レベル6』でさえ、10人しかいない。
世界でも数少ない高レベルの持ち主が、全て揃っているのよ。
貴方のチームは。
でも、日本五位なのは、貴方がいる事でチームレベルを下げているから。
そんなのは皆どうでもよくて、気にしてないみたいだけどね。
・・・・・ねぇ、ソラ君。
知ってるの?
数千あるクランやチーム。その上位100位の中で、クランじゃないのは貴方達だけ。
それは、クランじゃないと中層や下層なんて、まず攻略できないから。
そして【深層】。
上位四組のクランでさえ、挑戦したのは【未知の旅人】と【魔女の集い】のみ。
結果は壊滅寸前まで追い込まれて断念し、今は下層で力をつけている。
そんな所へ行こうとしているのよ?
ピクニック気分で。
しかも私と同じ、一般人並みの実力しかない貴方が。
でも、不思議と不安な気持ちにはならない。
・・・・・ソラ君。
不思議な子。
【星空】最強メンバーのリーダーをしている普通の子。
「フフフ。」
思わず、一人で微笑む。
「さて、片付けも終わった事だし、私も昼食に行きましょう。ソラ君達を待たせるのは悪いもんね。」
私の名前は、神代 鈴。
【星空】の専属担当。
【星空】の管理、運営を一手に任されている。
このチームが活動している間は、ずっと支えていきたい。ずっと担当でいたい。
そう強く思った。




