子猫のワルツ
【書籍化記念】読んでくださってありがとうございます!
ふんわりとしたピンクと金色が綺麗に混ざった髪の毛が、とっても魅力的で。
思わず手を伸ばしたくなって、ソファの上へぴょんと乗った。ちょこんと腰かけてお行儀良く座っている女の子の横に音もなく並ぶと、正面にいた旦那様が目を細める。
「しんしあ、こんにちは」
旦那様の様子でわたしに気づいた女の子が、振り返ってパッと笑った。丸いほっぺたが薔薇色でかわいい。
こんにちは、しばらくぶりですね。
小さな手に向かって頭を押しつけると、なでなでと、ゆっくり丁寧に毛並みをさわってくれた。名前を覚えてくれてるのがうれしくて、余計にゴロゴロいってしまう。
「撫でるのがうまくなったなあ」
旦那様が感心して言えば、女の子はえへんと胸を張る。
この子は一昨年わたしの尻尾を力一杯握りつぶそうとした子である。あれから何度かご家族で遊びに来てくれているが、回を重ねるごとに上達しているようだった。
子供の成長って早い! この前までよちよちだったのに! 今もまだよちよちではあるけど!
「おれもさわるー!」
「おにいさま、やさしくさわるのよ。いいこいいこするのよ」
駆け寄ってきた男の子に、慌てて女の子が口を挟むのを周りの大人は微笑ましげに眺めている。
わたしは大人の余裕を見せてすまし顔で揉みくちゃにされた。男の子の手つきは強めだけど、我慢できないわけではない。たまのお客様にはサービスしてあげよう。
けがぬけたー! もこもこー! などときゃっきゃ盛り上がる子どもたちに、旦那様もその従兄弟さんたちもにこにこである。
代わりばんこでひとしきり撫でると、周りの大人たちの話には飽きているのか男の子がソファから飛び降りた。
「たんけん! たんけんしてもいいですか!」
この邸の主人である旦那様に元気よく尋ねると、後ろにいる執事さんまでにこにこ。
もちろん、旦那様はいい笑顔で快諾した。
「おー、いいぞ」
「やったー!」
「おにいさ、ま、まって!」
部屋から飛び出していく男の子に、慌てて女の子も続いていく。
わたしも思わずその後を追った。
廊下に出たところで、よーし、いっしょにいくぞ。と男の子が女の子の手を取ったはずなんだけど。
まだ角も曲がらず、階段も使わないうちに男の子があっちおもしろそう! て言ったかと思ったらもうそこにいなかった。
こ、子どもってなんでこんな急に走るの??
あっという間に角を曲がって見えなくなってしまった。わたしが追うのは簡単だけど、女の子を置いていくこともできないし……。
「しあ、こまったわねえ。おにーさま、いないいない」
一丁前に腕組みして顔を顰めている。
突然置いていかれるなんて、ひどいですよね。大丈夫ですよ、わたしが見つけてあげますよ。
ピンク色のお花の刺繍がすてきなドレスごとすりすりすると、ふにふにの手が遠慮がちに撫でてくれた。
匂いをたどりながら、遠くから聞こえる声を拾いながら、女の子の歩みに合わせて進んでいくと。
中庭が見える窓のそばの、大きな花瓶の前でようやく男の子に追いついた。今朝、メイドさんたちが活けていたルピナスたちがいい匂いを漂わせている。
「おにーさま、まいごになっちゃう」
わさわさとした花瓶を覗き込もうとしている男の子に、女の子が頬をふくまらせてその腕をとった。
男の子はまったく気にしていない。
「だいじょうぶだよ、そとにはでない」
「だめよぅ! おへやにもどりましょ」
こっちに行く、あっちに行く、とふたりで腕を引っ張ったり手を取ったり振り払ったりと忙しい。兄弟って感じだ。いつもこんなふうに賑やかなんだろうなあ。
なんだかんだで離れのほうまで来てしまった。
わたしはお散歩でよく来るけど、この子たちは初めてなんじゃないかなあ。
「あっ」
「わあっ」
べしゃっと女の子が転んだ。足を滑らせてしまったみたいだ。
かわいいお顔がくしゃっとなったけど、それでも彼女は泣かなかった。ぐっと唇をかみしめて、ゆっくりと体を起こす。
怪我はなさそうだけど、大丈夫かな。
わたしが擦り寄るより早く、男の子が駆け寄った。
「ほら、いくぞ」
あ、ちゃんとお兄ちゃんだ。まったく迷いなく背中を向けておぶさるように促した。
女の子も唇をとがらせてむくれたけれど、おいでと更に言われたら素直に体を起こす。目の前の背中に体を預けると、よいせと背負って男の子が立ち上がった。
女の子のほうがうんとしっかりしてるなあと思っていたけど、やっぱりこういうときに頼りになるんだなあ。妹を助けるのも、面倒をみるのも自分の役割だと当然のように思ってるようだ。
さあ、行きますよ。お部屋はこっちです。
わたしが先導するように歩き出すと、軽い足取りが後ろに続いた。
「シア、ありがとう」
素直にお礼を言えるの、すてきですね。
どういたしまして。短かったですけど、探検楽しかったですね。
にゃおにゃお言うと、男の子は生意気にも困った相手を見るような目でわたしを見つめた。
「まいごになるなよ」
あなたに言われたくないです。
角をいくつか曲がって、だんだんと見慣れた廊下になってきた。ここまでくると男の子は自分でわかるんじゃないかなと思ったけど、まったく違うほうに行こうとするので必死にわたしは邪魔しながら軌道修正する。
背中の女の子のほうが、そっちじゃない! おにーさまはんたい! と正確なナビゲートで加勢してくれなかったら危なかったかもしれない。
「おふたりとも、どうなさったんですか?」
わー! 執事さんだ!
お部屋までもう少しのところで、知ってる顔に会った。
執事さんは女の子が負ぶわれているのを見て、男の子の前に膝をつく。
「私がお運びいたしましょうか」
「おれがやるからいい」
「左様ですか。それでは、扉までご一緒させてください」
男の子がよいせと女の子を背負い直すのに微笑んでから、執事さんはさっと立ち上がってみんながいる部屋へと先導してくれる。
扉を押さえてくれているので、ふたりはすんなりとソファまでたどり着いた。
「あー、たのしかった!」
「たのしかった~」
ご機嫌にふたり並んで座り直すのに、また大人たちが微笑ましげに目を細めている。
ありがとうございました、とふたりそろってちゃんとお礼も言ってくれた。旦那様がどんどんご機嫌になっているのもわかって、わたしまでなんだかうれしくなっちゃうなあ。
おれはあと、にじゅっかいくらい。たんけんしてもいいよ! と得意げに大人たちへ武勇伝を伝えて始めた男の子。
その横では、いつの間にか呼ばれていたお医者さんから、ぶつけたところを冷やすように言われた女の子が唇をとがらせている。
また遊びに来てくださいね。
床につかない小さな足にすりすりすると、あのかわいらしいふにふにの手が、丁寧に丁寧にわたしの頭を撫でてくれた。




