エリオットの日記(子猫に関する記述抜粋編)
(載せ忘れていたものの再録)
今年一番の大雪が降り、総出で雪かきに追われる。明日、旦那様の外出あり。路面の確認を再度行うこと。
夜半、子猫を発見する。弱弱しい声が聞こえ、旦那様をお引き留めすることができずにふたりで外へ向かったところ、白い子猫が薪の隙間にいた。生まれたばかりに見え、予想はできたが旦那様が飼うとお決めになった。
それにしても、この時期に子猫とはめずらしい。春が繁殖期のはずだが、こんなこともあるのだろうか。また、親らしき猫も見当たらないため、明日の以降捜索が必要。
子猫は白い毛並みで、耳と尻尾の先が茶色。瞳の色はまだよくわからない。先ほど見たかぎりでは雌猫だろう。ただ、いかにしてもちいさいため定かではない。
あたためたヤギの乳を飲ませると、大変勢いよく飲んでいた。この調子ならば回復は早そうだ。
自警団の詰所に旦那様がお出かけになり、団長と会合をなさった。主に雪への対応と、火の始末についてである。この時期は怪我人も増えるため、邸でも注意するよう皆に通達した。
旦那様の部屋に子猫を置くようにと言いつかったが、子猫へ夢中になる姿が目に浮かぶので阻止。お気持ちはわかるが、子猫もちいさすぎる。旦那様の扱いは荒いため、もう少し慣れてからでないと触れ合いは危ないだろう。
子猫の世話はしたことがないが、猫好きのメイドから話を聞く。もっと詳しいことを知人より聞くと進言があったため、数日後にはもう少しましな世話ができるようになるはずだ。
旦那様は、子猫の名をシンシアとお付けになった。
シンシアの瞳は、朝露にぬれた若葉のようなみずみずしい緑色であると、ここに記しておく。
この冬は例年以上に雪が降っている。冷え込みも八日ばかり早いと報告があった。すでに積雪が私の腰にまで達している。
シンシアについては、このところ旦那様と私のことを覚えたようである。もしかしたら、餌を与える者としてかもしれないが、理由はどうであれ重畳だ。ねだることも覚えたのか、自分から足元に寄って来ては愛らしく鳴く。猫がこれほどかわいいとは知らなかった。旦那様のしまりのないお顔を注意したが、自分も大概である。
ひと月ほど経った今では、ミルクの量も増えてきたため、明日から固形の餌も食べさせてみるつもりだ。自分でトイレもすますようになり、粗相も減っている。
今日は、シンシアの様子が少し違っていたように思う。
じっとこちらを見上げ、言葉に耳を澄まし、様子をうかがうかのようであった。しかし、子猫であるから、考えすぎだろう。自分の尻尾を追いかけて転げまわっていたのは大変愛らしかった。
旦那様に警戒するのは、力加減がお上手でないからだろう。必死に抵抗して噛みついていたが、本気ではないようで旦那様は終始締まりのないお顔であった。シンシアもまだ力加減などはわからないだろうから、噛み癖がつかないよう躾けなければならない。
猫というものは、本当によく寝る。たしかに街角などで見かけると、日なたで丸くなっているが、昼夜関係なく惰眠をむさぼるのだと改めて知った。
シンシアはまだ片手で持てる大きさのため、家具の隙間などに入ってしまうとどこにいるかわからない。たまにあの毛並みに埃を乗せていることがあるので、好奇心にまかせ、邸のなかを歩きまわっているようだ。怪我をするおそれがある場所や、書庫などは入らないように気を配る必要がある。
シンシアの居どころがわからないときがあるため、旦那様と相談のうえ、鈴を首につけた。歩みにあわせちりんちりんと鳴る鈴は、聞くだけでシンシアの駆けてくる姿を思い浮かばせるため、大変よいものになったと思う。
シンシアは邸の者たちにもかわいがられている。あの愛らしさならば当然のことだろう。見た目もそうだが、自分で自分の尻尾にじゃれついていたり、メイドの洋服の裾やレースなどに飛びついたりと、仕草が見ていて飽きない。
眠っているとき、自分の肉球をしゃぶっている姿などはずっと眺めていたくなるほどだ。癒やされるとはこういうことなのだろう。
旦那様はなでているときの目を閉じた顔がことのほかお気に入りのようで、最近ではやさしくなでていらっしゃる。しかし、しばらくすると鼻をはじくなどの悪戯をなさるので、そこから甘噛みされるまでの一連の流れがお好きなのだろう。
猫がこれほど嘔吐する生き物だとは思わなかった。なにかの病気なのかとあせったが、猫ではよくあることなのだそうだ。毛づくろいで舐めた毛を吐き出すのだと聞いて安心した。
しかしながら、餌を与えたあとに吐くのはどうにかならないものか。
猫と言えばにゃんと鳴くものだとばかり思っていたが、その時々で鳴きかたが変わるのだとシンシアが来てから知ることになった。餌の催促をするときと、旦那様をお呼びするとき、なでてくれとねだるときなど、それぞれで声の調子を変えている。
人も同じく状況や気持ちで声色を変えるのだから、猫などの動物でも同じなのだろう。新しい発見が日に日に増えていく。
それにしても、今日もシアはおもしろかった。椅子に飛び乗ったかと思えば、滑って失敗したのだが、さも初めからのぼるつもりはなかったのだというような顔で澄ましていた。
旦那様が笑うと、それも聞こえないふりをして廊下へ出て行ったのだが、寒かったのか、すぐに戻ってきて薪ストーブの前で丸くなっていた。
シンシアはよく窓から外を眺めているようだ。邸の外には出さないようにしているため、ものめずらしいらしく動くものを目で追いかけている。
庭木に鳥がとまるのを見つけると、よろこんで窓へ向かう姿はほほえましかった。シンシアがもう少し大きくなれば狩りを覚え、その鳥たちを獲物として狙うこともあるだろう。見上げてにゃおにゃおと鳴くのは今だけかもしれない。
鳥たちや、野良猫など、動物たちはなにかとシンシアのことを気にかけているように見えて、とても不思議に思う。この時期に子猫がめずらしいからだろうか。
私たちと同じように、このちいさな命を庇護しなければと思っている、というのは馬鹿な考えか。ともあれ、危害を加えるつもりがないならそれに越したことはない。
猫の爪の手入れについて失念していた。まだ子猫だからと侮っていた私の落ち度である。
メイドの話では家具や扉などで爪を研ぐ猫が多く、飼い主たちはそれについてはあきらめているとのことだ。旦那様はお怒りにはならないだろうが、避けられるのならば、傷つけられないほうがよい。
幸いにも、まだシアは玄関マットでしか爪を研いでいなかった。覚えさせるのは今のうちだろうと、爪を研ぐ用に板を用意したところ具合はよいようだ。邸から出さないのなら爪をある程度切っても支障ないのかもしれない。
あまりにちいさいため、階段で落ちてしまわないか心配だが、動物は学ぶものである。過保護はよくないと自分にも旦那様にも言い聞かせているところだ。
今日は階段の一番下で眠っているのを見つけ、居間へと移したが、あの階段をすべて降り切るとは感慨深いものがある。もう手のひらには収まらないのだから当然といえば当然だが、成長とは早いものだ。
湖にて公魚漁が解禁となり、食卓に上がることとなった。猫は魚が好きだろうと、シンシアにも与えたところぺろりと三尾を平らげる。気に入ったようだ。その様子に旦那様がおよろこびになり追加を次々に与えるので、止めるのに苦労した。
シンシアを模した刺繍や絵がメイドたちのなかで流行っているらしい。手帳に絵を忍ばせたり、ハンカチや手提げに子猫がいたりするのを見かける。私にも一枚、とお願いするのはやはり不自然だろうか。
旦那様の執事として恥ずかしくないよう、ひととおりの教養は身に着けているが、刺繍は試みたことがない。絵心もあるとは思えない。それでも自分で作るのも視野に入れるべきだろうか。悩むところである。
シアがいなくなってしまった。
シアが無事に帰ってきた。これほど心配で胸が騒ぐひと晩は滅多にないだろう。本当によかった。
どうやら町に出ていた様子だが、怪我もなく、凍えてもおらず、どこかあたたかな場所でひと晩すごしたようだ。こちらの心配など気づいた様子もなく、元気に鳴いては駆けまわる始末である。旦那様を始め、邸の者たちも非常によろこんでいた。本当に、何事もなくてよかった。
旦那様は仕事が手につかないご様子かと思いきや、きちんと書類には目を通し、休憩するときに窓から外を眺めていらっしゃった。ご自身のお役目の自覚はお持ちである。シアが帰ってきたときの笑顔を思うと、心配でたまらなかっただろうがさすがは旦那様だ。あとは普段のあの口調を直してくださればと思うが、今は目をつぶっておこう。
気を利かせたメイドがシアの絵を私にもくれたので、丁重に礼を言い、ありがたく受け取った。絵は先ほど額に入れて部屋に飾った。
シアは旦那様の靴ひもが気に入っているようで、執務室で旦那様が机に向かっているときに、うしろからよく飛びついている。旦那様の靴にシアの爪あとがついてしまったが、旦那様が怒るどころか得意げになってしまわれているので、私も気にせずに磨くことにする。
メイドたちから聞いていたよりも、猫は手がかからない。思っていたよりも爪で物を傷つけることもなく、トイレは最後に失敗したのはいつごろだったか。こちらの話も聞いているかのようにじっと見つめては首をかしげる。賢い猫で私もうれしいかぎりだ。
それにしても。部屋の前で鳴いて呼び、なかの様子に耳をそばだてているシアは本当にかわいらしい。
本日は旦那様が自警団の詰所にお出かけになったことに気づかなかったのか、無人の部屋の前で旦那様を呼んでいた。音がしないから不思議そうにもう一度呼んだが、しばらく待っても誰も出てこなかったため、肩を落としていたように見える。
私に気づくと駆けてきて、足に頭をこすりつけるので抱いてやると気持ちよさそうに鳴いていた。お帰りになった旦那様にその様子をお伝えしたところ、満面の笑みでしばらくシアをなで続けていた。
さらさらと雪が降るのに合わせ、シアが窓で踊る様子はいつまでも眺めていられるから不思議だ。
窓についた雪をとろうと、あのちいさな前肢をいっぱいに伸ばしている姿など、またいっそう愛らしく思う。
旦那様の従弟様のところへ行く日が近づくにつれ、シアがふて腐れているように見える。猫もあんなに人間くさい表情をするとは。しかも、あのちいさかったシアがと思うと、感心してしまう。
片手におさまる大きさで、ミルクを与えていたことがなつかしく思えるが、まだふた月しかたっていない。
シアの具合がよくないと、邸は意気消沈だった。本日は旦那様が従弟様のところへ出立するご予定だったが、大事を取って延期となる。
それは別として、山道で雪崩がおきたとの報せから一変して大騒ぎとなってしまった。幸い怪我人も少なく、除雪作業を進めれば数日で通れるようになる。
雪崩の報せとともにシアが元気になったので、本当に驚いてしまった。もともと賢い猫だとは思っているし、不思議な猫でもある。自分でも馬鹿なことを考えているとは思うが、シアはわざと旦那様を引き留めてくれたのだと思ってしまう。感謝してもしきれない。
少しずつあたたかくなってきたので、シアを庭までは出してみることにした。野良猫が入り込んでいたらしく、シアの威嚇する声を初めて聞くことになった。大事がなくてよかった。まだまだ目は離せない。
シアが鴉に狙われたようだ。やはり、まだ庭先でも出ないほうがよい。ほかの者たちには言い含め、邸から出さないようにした。シアには窮屈な思いをさせるが、せめてもう少し大きくなるまでは我慢させなければ。
シアと一緒にいた黒猫には驚いたが、私の予想ではあの猫が鴉を仕留めたのだろう。シアは怯えていたようだが、先ほどはすっかり元気になっていたので安心した。
黒い野良猫が邸に居ついてしまった。以前シアが威嚇していたのもこの猫だと思うが、今では毛づくろいをしたり、一緒に寝たりしている。仲がよいように見えるため、追い払うのもシアのためにどうなのだろうと今のところ対処は保留。親猫もいないため、猫同士のふれあいは必要ではあるはずだ。
シアだけに餌を与えるわけにもいかず、黒猫が一緒のときは二匹分用意するようメイドに伝える。
旦那様が"ジェイク"と呼びかけているのを何度か聞いたが、この邸にその名の者はいないはずだ。また不思議なことを始めたのだろうか。
旦那様はあの黒猫も飼っているつもりだと今日わかった。先日から疑問に思っていたジェイクとは、あの黒猫のことだったようだ。
黒猫もまさか自分が呼ばれているとは思っていなかったようで、首根っこを掴まれるまで知らぬ顔であった。無視するな、と真剣なお顔で言い聞かせていた旦那様にはため息を禁じ得ない。ご自身だけで勝手に名づけただけでは、猫には通じないと申し上げても、シアは大丈夫だったの一点張りである。
シアは不思議な猫なので例外だと思うが、完全に否定もできないから言い返すことはできなかった。
旦那様は時として驚くほど素早い動きをなさる。あの猫を腕に抱くことができるとは。邸の者に慣れてきたとはいえ、もともとは野良猫である。シアよりも警戒心が強く、最近ようやくなでることができるようになったと思ったのだが。
旦那様がシアと寝所をともにすると決めてしまわれて、本日よりシアを居間に寝かさないことになった。トイレの心配もあるため、シアの好きにさせるという前提でいる。旦那様はご自分のベッドでひと晩すごさせるのだと張り切っていたが、どうなるだろうか。
シアがつぶれず、凍えなければ私は口をはさむことでもない。
追伸。シアが私のベッドにもぐりこんできた。
従弟様を無事にお迎えし、旦那様もきちんとした身嗜みでご対応をなさっていたので安心した。あの方は普段どうしてそうしないのか。明日からも快適にお過ごしいただけるよう、気を引き締めなければならない。
シアは慣れない人が出入りし、邸のなかも慌ただしいこともあって、いつものようにのんびりとは過ごせなかったようだ。なかなか居間に入ってこれず、入って来てもすぐに逃げてしまうことを繰り返していた。大人ならともかく、子どもの予測不能な行動が苦手な様子で、シアがあのように慌てるのを見るのはめずらしい。
旦那様と従弟様は大変仲のよい方々だから、おそらく旦那様はシアにも従弟様と仲よくしてほしいのだろう。シアは人懐っこい猫だ。さほど心配はないと思う。
居間の窓辺で、シアとジェイクは二匹で丸まって日向ぼっこをしていた。
ジェイクはシアの額をよく舐めてやっているが、シアもそれを真似るのか、ジェイクが寝ているときに舐めているときがある。だが、まだ下手くそで、ジェイクに甘噛みをされてうやむやになるのが常だ。
二匹はじゃれあうが、喧嘩をしているところをこのところ見かけない。あたたかな日差しのなかで遊んでいるのをご覧になりながら、もうすぐ春が来そうだと旦那様が目を細められたのがとても印象的だった。