第1話 オレンジの帰り道、彼女たちの秘密の距離(ディスタンス)
「真夢は、優しいから」
夕暮れの河川敷で、無口な少女・夢がぽつりと呟いた言葉。それが、すべての始まりだった。
テニスサークルで過ごす、慶太のありふれた大学生活。
静かな空気をまとった【夢】、ポジティブでひたむきな【夢果】、そしてサークルの中心にいる【真夢】。
誰もが羨むような眩しい青春の歯車は、真夢が見せた一瞬の「冷めた目」をきっかけに、少しずつ狂い始める。
明るい笑顔の裏に隠された、誰も踏み込めない深い闇。そして、夢と夢果がひた隠しにする真実とは――。
惹かれ合う心と、交錯する思惑。
少女たちの名前に隠された『夢』が剥がれ落ちる時、俺たちの関係はもう元には戻れない。
爽やかなコートの裏側で繰り広げられる、甘く危険な、新感覚の青春サスペンス。
オレンジ色に染まる夕方の河川敷。肩に掛けたテニスラケットのバッグが、歩くたびに背中で軽く弾む。
サークルの居残り練習が長引いたせいで、気づけばあたりはすっかり夕暮れ時。俺の少し後ろを、歩幅を合わせるように歩いているのは夢だ。
テニスサークルに入って数ヶ月。
夢は相変わらず、驚くほど無口で静かな空気をまとっている。
話しかければちゃんと返してくれるが、自分から多くを語ることはない。夕日に照らされた彼女の横顔を見つめながら、俺は「何を考えてるんだろうな」といつも少しだけ焦れったい気持ちになる。
「……あ、そういえばさ」
俺が沈黙に耐えかねて声をかけると、夢は足を止めずに、ただ大きな瞳をこちらに向けて小さく頷いた。その独特の距離感に、俺の心臓が少しだけトクンと跳ねる。
「今日さ、夢果がラリーの練習で派手に空振りしてコートに転がったじゃん?」
俺が言うと、夢の口元がほんの少しだけ、本当にミリ単位で緩んだ気がした。
夢果はとにかくポジティブの塊みたいな奴だ。あいつは転んでもただでは起きない。「あはは!今のでコートのゴミ拾い完了!」なんて笑い飛ばして、すぐに次のボールを追いかけていた。あいつのあの明るさには、サークル中がいつも救われている。
「夢果、また明日も特訓するって張り切ってたよ」
俺の言葉に、夢は今度は「うん」と声に出して、愛おしそうに目を細めた。
「……でもさ」
俺はローファーの先で小さな石ころを蹴りながら、もう一人のメンバーの顔を思い浮かべる。
「真夢のやつ、その夢果を応援しながら、なんか遠くを見てたっていうか……」
真夢はいつも誰にでも明るく接するムードメーカーだ。今日も夢果の珍プレーに誰よりも大きな声で笑っていた。だけど、俺は知っている。真夢が時折、夢や夢果の後ろ姿を見つめる時に、ひどく冷めた、寂しそうな目をすることを。
あいつの笑顔の裏には、俺たちの誰も踏み込めない深い秘密があるような気がしてならない。
「……真夢、は」
不意に、夢がぽつりと呟いた。その声があまりに儚くて、俺は思わず足を止める。
「真夢は、優しいから」
夢はそれだけ言うと、俺を追い抜いて一歩先を歩き出した。
夕暮れの長い影が、彼女の後ろ姿から俺の足元へと伸びている。
無口な夢、ポジティブな夢果、秘密を抱える真夢。
そして、そんな彼女たちに振り回されながら、夢の背中を追いかけている俺、慶太。
このサークルで始まる何かが、ひどく甘酸っぱくて、少しだけ不穏な予感を孕んでいることに、俺はまだ気づいていなかった。
第1回をお読みいただき、ありがとうございました。作者のTTTです。
今回は慶太の視点から、サークルの三人のヒロインを紹介するプロローグをお届けしました。
無口な夢、ポジティブな夢果、そして笑顔の裏に影を持つ真夢。実は全員の名前に「夢」が入っているのが、今後のちょっとしたポイントだったりします。
作者的には、夢果が派手に空振りして笑い飛ばすシーンがお気に入りです。皆さんはどの「夢」が気になりましたか?
これからこの4人の関係がどう動いていくのか、ぜひ見守っていただけると嬉しいです。
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