ゼウスは少女の涙を許さない②
評価を……、評価を下さればやる気メガ盛りMAXです(欲しがりお化け並感)
「は……母上ッ! 母上ッッ!! 退けッ、退かんかッ! 母上ッ、母上……ッ!」
母上を揺り動かすため、ずいと前に出た私は、周囲と比べて一際豪華な装飾が施された衣装に身を包む立派な若い男に肩を掴まれて、じたばたと動きを止められてしまう。
「どういうことだ……どういうことなのだクリストフ……ッ!?」
「それが……本日サギリ様は聖堂へお祈りに行かれる際、何故か供の者をお付けにならず、お忍びで向かわれたようです……。私は後からそのことを知り、急いで駆けつけたのですが……時すでに遅く……ッ」
どこまでも暗い表情を浮かべながら答えるクリストフに対して、旦那様は額に手を当てて苦悶の表情を浮かべた。
「何故だ……何故サギリはそんな無謀なことを!? この頃、物騒なならず者が蔓延っているのを知っていたはず! だからこそ、外出時には腕の立つ供の者を付ける様に厳命しておいたはずだ!」
そうして取り乱している私達に対して、私の肩を掴んでいた男がゆっくりと口を開いてゆく。
「……皆様、お気持ちは分かりますが、触れるのはおやめください。彼女の亡骸は事件調査のため、我らラドルフシュテット帝国憲兵隊が一時的にお預かりします」
男のその言葉を聴いて、ようやくにして私は母上の死という現実を認識した。
そして身体中から力が抜け落ちて、その場にぺたりと腰を落としてしまった。
「嘘だ……母上……どうして……?」
そんな風に放心状態の私に対して、憲兵隊長であろう男がまるで湧き上がる怒りを必死に抑えるようにして、さらに口を開いてゆく。
「……貴女の母君は、それはそれは敬虔な神の信徒だったのだろう。ごらん、両手に大切に握られた十字架は、心臓を一突きされたにも関わらずしっかりと握り締められたままだ」
何か……男なりに思うところがあったのだろうか。
男は一呼吸置いた後、さらに心底悔しそうに言葉を続ける。
「我々にとって神とは、強大で、畏れ多く、慈悲深くもあるが、それでいてどうしようもない程にあっけなく残酷でもある。気持ちは痛い程にわかるが、これもまた彼女にとって、避けては通れない運命だった。犯人は我々ラドルフシュテット帝国憲兵隊の名に懸けて必ず、たとえ地獄の果てであろうが追い詰める。だから、我々を信じてどうか待っていて欲しい」
--だが。
この時の私にとって、男の気休めの言葉など、ほんの少しも心に響いてはいなかった。
(運命……運命だと……ッ!? こ……これが神の……絶命の間際まで十字架を握りしめ続けるような敬虔な信徒の……お前を信じきった人間に対する仕打ちが……こんなものが運命だというのか……ッ!)
思えばこの瞬間からだった。
私はとめどなく涙を溢れさせながら、強く、どこまでも強く、それでいて固く決意したのだ。
この吐き気を催す程の、悪魔ですら躊躇う程の憎悪を、決して忘れることなどしてやるものかと。
そうだ、絶対に許したりなどしてはならない。
母上を死に追いやった犯人を、あまりに役立たずで無能な神の存在をーー
そして何よりもーー
母上を助けられなかった、情けなく無力な私もだ。
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(母上が神など信じていなけれバ、旦那様にすぐにミリアム親子の悪事を告発したはずダ! そうすれバ、そうしてさえいれバ……あの薄汚い親子の罠などにはかからなかっタ……ッ!)
私はそこで忌まわしい回想を中断し、瀕死の奴に対して、再度ぎらりと視線をぶつけた。
「無力で愚かしい神の名の下ニ、母上は犠牲になったも同然なのダ! そして同じく無力な私には何よりも力が必要だったのダ! お前に何がわかル……お前などニ……ッ!」
いまだ片膝をつき、息も絶え絶えな奴に対して私はそう唸り上げるように言い放った。
「……しかし」
対する奴はそこで一区切りして、さらに言葉を続けるつもりだ。
片膝をつき続けた状態で、しかもいまだに少しも衰えることのない眼光を、いや、先ほどよりもさらに鋭く光らせた物を携えてだ。
「君が"禁呪の戒"を破り……魔物と化した本当の理由は……」
(やはリ、そんなことまで知ってしまっているのカ……ッ!)
私は奥歯をぎりりと噛み締めた。
禁呪の戒ーーそれは言わば禁断の魔術であり、唱えれば力と引き換えに人であることを捨ててしまう恐ろしい悪魔の果実のことだった。
「あぁ、そうダ! その夜、偶然にも奴らの部屋を通りかかった私ハ、奴らの下品な談笑を聴いてしまったのヨ! 母上の死は偶然の不幸な事故などではなク、完全に完璧に仕組まれたモノであり、あの薄汚い親子による陰謀だったことをナ!」
奴らの馬鹿話によると、奴らは旦那様に粗末な料理を出そうとした罰だなんだと抜かしながら、母上が聖堂に向かう際、供の者をつけることを禁じたようだった。
そこを金で雇ったならず者共に襲いかからせ、目障りだった母上を亡き者にした。
すべてはならず者が蔓延る物騒な中に起こった不幸な事故として処理するつもりだったということだ。
「その時私の中で、大切な何かがふっと、どうにもあっけなく切れ果てたのを感じタ! そして力を欲するには、もうどうにもなりふりなど構ってはいられないと私は気付いタ! だからこソ、私は禁呪の詠唱を始めたのダ! 己に恐ろしい災厄が降りかかるのと引き換えニ、莫大な負の力を得るという恐ろしい禁呪をナ……ッ! しかしおかげ様デ、あの親子を冥土に送リ、母上の仇を討てたということダ!」
私は当時の光景を頭にちらつかせた興奮状態で、さらに言葉を続けた。
「分かるカ!? 私はどうしようもなく間抜けで、節穴で、無力極まりない馬鹿馬鹿しい神に代わって自らの手で殺してやったのヨ! むしロ、賞賛を受けて然るべきとまで言えルッ! いいカ!? 母上の仇を討ったのはこの私、私なのダッ! 他の誰でもないこの私、暗晦の森の主キョウカに他ならなイッッ!! この魔物と化した身体モ、今では頗る誇らしいワッ!!」
そうだ、そうであるとも。
私はひどく、絶対的に正しい行いをしたのだ。
その結果、私は隣接するレーヴェンマルク領、暗晦の森の主であり、恐ろしい魔物のキョウカとして、癒えることのない苦しみと共に百年にも及ぶ長い年月を生き永らえてきた存在となってしまった。
しかしこの魔物の身体は私にとって、母上の仇を討った名誉なる証といっても過言ではないのだ。
そうさ、後悔など微塵たりともする必要があろうか。
そんな風に私は考えていたのだがーー
「それで? 君は禁呪の戒を破った代償として、永遠に満たされることの無い飢えと渇きに苛まれ、暗晦の森に踏み込んだ人の生き血をすすることにより生き長らえたという訳か……」
「…………ッ!」
眼前の男の、なんとも不憫な者を心底気遣うような、すべてを包み込むような優しい瞳はどうだ。
奴の瞳を見ていると息が苦しい。
心臓が握りしめられたかのように悲鳴を上げてしまう。
そうだ、これではまるでーー
(まるで奴の視線ガ、私が感じたこともない後悔の念を湧きあがらせてゆくようじゃないカ……ッ!)
「……ッ! よくも同情なゾ……ッ! このキョウカを愚弄するカッ! 私は後悔など微塵もしていなイ! 微塵たりともダッ!」
だからこそ、私は考えを振り払うかのように否定してゆくのだがーー
この後、奴の口からでた言葉があまりに突拍子もなくて、頭の整理がつかなくなってしまった。
ーー君は冥界の神、ハーデスを知っているか?
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「………………………………ハ?」
きっと私は今、私史上類をみないほどの間抜けな面構えをしているだろう。
説教でもされるのかもしれない、同情の言葉でもかけられるのかもしれない。
しかしそんな予想とは全くかけ離れた、突拍子がないにも程がある奴のそんな言葉は、私を思考停止させてしまうには十分すぎたのだ。
「実は俺の兄なんだ。何というかまぁ、とにかく絵に描いたような厳格な神でな。俺とは正反対できっちりしているし……まぁなんとも、ひどく真面目な神なんだ。兄弟仲も……残念ながらお世辞にはいいとは言えないんだなこれが」
そんな私を放っておいて、奴は自分勝手にさらさらと言葉を続けていく。
「だからさ、神の身でならまだしも、人の身で禁呪の蘇生魔術を使って死者を蘇らせちゃったら、アイツからどんな災いが降りかかるかわかったもんじゃない。当然に人間の身体で試したことなんてないからな」
だからーー
「でもな」
この後、私にかけられる"ありえない二人"の言葉なんてものは当然であるしーー
「たとえ世界の理を変えてしまう行いだとしても、人に生まれた運命、道理に反するのだとしてもーー」
ましてや、もはや二度と叶うはずのなかった再会など、どうして予想することができたというのだろうかーー
「キョウカ」
「…………ッ!?!?!?」
それから奴の一言を皮切りに、私は止めどなく、まるで幼子のように涙してしまうのだった。
ーー目の前の健気な少女すら救えねば、神の名が廃りきっちまうってことくらいは十分に理解しているつもりだ。




