09 青の大樹
「もう結構遅い時間だな」
「げっ」
時計を見れば、もうほとんど真夜中だ。
「私達は先に寝るけど、うっかり起き過ぎて説教されるなんて事が無いようにね」
「おやすみー」
別の部屋を取っているアカネは自分の部屋に戻り、クロも先に布団に入る。
草木も眠る丑三つ時、とはどこで聞いたフレーズだったか。
このフレーズ自体は小説か何かで聞いた物のような気がするが、それとほぼ同じ時刻である真夜中の二時から四時ごろにまつわる強い言いつけがある。
朝の二時から四時は何が何でも絶対起きていては駄目。起きていると、美しくも恐ろしい存在に殺されてしまう。
「もう流石に寝るかー」
大樹にいた頃と感覚がずれたのか、気付けばもう一時過ぎ。布団には入ったが、特別寝付きが良い方でもないコガネはなかなか眠れずに寝返りを打つ。
「は、早く寝ないと何か出るんじゃないのか?」
焦れば焦るほどなかなか眠気はやってこない。布団の中でもぞもぞしていると、何かの視線を感じた気がした。
「う」
声を上げきる暇も無く目の前に何かがやってくる。声を失い、触れるほどに近付いてきたと思ったその時にはコガネは意識を失っていた。
「昨日は変な物を見た気がする……」
気付いたら普通に朝だった。意識を失う直前の事がうろ覚えで、見た事のない何かがあった気がしたが、詳しくは全く思い出せない。
「なんかこう、顔に押し当てられた、ような……?」
「コガ兄ー! あっさだぞー!」
ばーんと大きな音を立てて扉が開かれる。
「今日はとうとう青の……ってあれ、もう起きてる」
紫の大樹に来てからもうすぐ一週間となる。いつぞやのようにアカネが襲撃してきたが、今回はたまたまコガネが起きていた所為か、前回ほどの勢いはない。
「アカネ、もしかして反応楽しんでただけか……?」
「え? 引きずっていってほしかったの?」
「違う」
言いながらアカネは腕まくりをし、結局いつもの展開になりそうだったので、寝ぼけ眼をこすりながらコガネはアカネを追い出した。支度が終われば、大樹ほどの高さも複雑さも無い宿屋を出て、既にアカネ達が乗って待っているアスターに飛び乗った。
『次は青の大樹でいいのだな?』
「よろしく!」
アスターは数歩助走して、一気に高度を上げる。以前よりも勢いのある飛び方だったが、徐々に慣れてきた三人も危なげなく十分な高度に到達した。
「紫の近くのダンジョンも結構楽しかったね」
「見てて飽きないって感じだったな。……色んな意味で」
「全体的に宝石とかで綺麗なのが多かったよね。お宝としては画材にしかならないような物とかが多かったけど」
「演出に凝った変わり者が多かったな」
特に印象に残ったのは最終日の星色鳥のダンジョン。
ファードラゴン達がいたような特殊なダンジョンではない、一人のボスが所有する形式の通常ダンジョンでは、ボス戦前に名乗りがあるのが通例だ。
「名乗った直後にダンジョンのデザインについて語られるとは思わなかったな……」
「魔物側の事情をあそこまで詳しく知る事になるとは思わなかったよ……」
曰く、魔物達も人間と同じように努力に応じて世界に加護を貰うシステムがあり、スキルやステータスなどの能力の他、装備の代わりにダンジョンやその設備を得る事なども出来るらしい。細かいシステムやルールは長くなるので割愛するが、後半はそれをどれだけ装飾に使ったのか、装飾を手に入れるためにどれだけ時間がかかったかの苦労についても熱く語っていた。
「これからはもっと魔物と戦ってあげてもいいかもしれないと思ったな……」
「戦うのは戦うので大変みたいだし、これまで通りでいいんじゃない……?」
「あれ?」
遠くの景色を見ていたアカネが何やら目をこすっている。
「どうした?」
「なんか、黒いのがいる気がする。ほら、あそこ」
世界の果て側でもある右前方。目を凝らしてみれば、何やら黒い魔物が地上にいるのが見えた。
「気のせいかもしれないけど、ちょっと大きすぎる気がしない?」
遠すぎて米粒のような大きさに見えるが、言われてみれば周囲の物に比べて大きいような気もしなくもない。
「新種の魔物、か?」
黒い魔物は次第に森の奥へ入り、見えなくなっていった。
三日目の午前中。前回よりも少しだけ早く、隣の青の大樹に辿り着いた。
「今度は赤の大樹とあまり変わらない雰囲気なんだな」
長年住んでいた場所だからこそ違いは分かるが、もしどちらにも馴染みが無ければ違いなど判らなかっただろう。部屋の配置などにも大差は無く、逆に微妙な差によってうっかりすると迷ってしまいそうだ。
「青の大樹さーん、スキルくださーい!」
大樹の天辺から降り立ってすぐ、アカネは加護の祭壇と言う加護を受け取るための場所へ飛び込み、宝珠が嵌った頭の輪を外して中央に置いた。
「相変わらずこういう所はせっかちだなあ」
アカネは既に大樹を通じて世界と会話を始め、周りの声が全く聞こえなくなっている。それをコガネ達は子供に向けるような目で微笑ましく見守っていた。
「終わったよー」
「おー、どんなスキル買ったんだ?」
世界の加護を祭壇で受け取る時、人によって“貰う”と表現したり“買う”と表現したりする。公式にはどちらでもあると言われ、厳密には決められていないが、魔物を倒して通貨を稼ぎ、それと交換する事からコガネ達はどちらかと言うと“買う”と表現する事が多い。
「障壁! 小さくて一瞬しか使えないけどどんな攻撃も魔法も通さない障壁なんだ」
「へえ、そんなスキルあるんだ」
「初めて聞いた時は興味はあるけど難しそうなスキルって感じだったんだけど、コガ兄がタイミングをぴったり合わせて戦ってるの見たら、私も負けられないなって思って」
「これからますます頼もしくなりそうだな!」
「うん!」




