10 黒い化け物
順にコガネとクロも貯めた魔物の破片を使って加護を取得していく。
「クロ、終わったか?」
最後にクロが紐を通す金具代わりの装飾が付いただけの宝珠を拾い上げて立ち上がる。
「ああ。今回は俺もアカネと同じスキルと、攻撃と速度を少しずつ買ったよ」
「へー。俺はスキルは無しでいつも通り攻撃と魔攻を同じだけ。後で赤に帰った時に攻撃スキルを買ってもよかったんだけど、流石にいつ帰る事になるか分からないし、単純に土台強化ってとこ」
「あ、その手があったか。俺も、赤の大樹のどんな攻撃でも即死が狙える奴とか、弱い攻撃でも上手く当たれば大ダメージになるってスキルをいずれ買おうと思ってたんだよなあ。アカネは今回は貯める事にしたのか?」
「えっ」
「え?」
クロの問いかけに対して、アカネは不意を衝かれたような表情をする。
「ううん。ちょっと紫の大樹で衝動買いと言うかね。うん、まあそんな感じ」
「珍しいな。アカネが衝動買いなんて」
アカネは適当なようで意外と計画的だ。慣れない誤魔化し方をしている事は明白だったが、何か本当に後ろめたい事をしているようには見えなかった。
「まあ、何か悩んでるなら誰かに相談しなよ。俺達でも、フルルやカナさんでもいいからさ」
「……ありがと」
◇
「私達は人とは違う山の天辺の景色を見るって決めた」
ボスはどんな姿かなーなんて言いながら、アカネはひょいひょいと明るい森の奥へと進んで行く。コガネはアカネとクロの後ろ、すぐ横を歩くアスターと目があった。
「……」
人と同じ景色じゃきっと満足は出来ない。変な事ばかりやるパーティの一員としてコガネもそう思うし、三人ともそうだと昔から知っている。
「無理とか決めつけないで、思いついた事はやってみよう!ってね」
アカネはいつだって自由な発想で生きている。これと決めたら最後まで絶対やり通すし、その結果が何であっても絶対後悔しない。そんなところがアカネのいいところだとコガネは思う。
「でも、そんな事を言ってもそう簡単に物扱いされてやるつもりはねーからな!」
「あ」
「おい!」
青の大樹から近いとも遠いとも言えない場所。開けた森によって構成されたダンジョンがあると聞いてアスターと共にやってきた。見た目にはフィールドとの境界が分かり辛いダンジョンだったが、あるところを境に急に普通の虫や動物系の魔物が減り、植物系の魔物が増え始めた。
「おい、早速ボスでも見つけたのか?」
なかなかのハイペースで戦闘を進んでいたアカネが急に立ち止まる。コガネが杖を構えながらアカネの見る方をのぞきこめば、アカネはゆっくりと前方を指さした。
「あ、あれ……」
アカネが指差す先、そこには巨大な黒い魔物のような物がいた。だが、その姿は不気味で、いつも見る様々な魔物とはどこかかけ離れている。
「なっ」
クロもすぐに気付いて驚きの声を上げる。
『……』
コガネ達が見ている事に気付いた魔物が不気味に体を変形させながら持ち上げて行く。ぶつぶつと切れかけたテープのノイズのような音。姿も時々映像が乱れたように僅かにぶれる。
「……あれ?」
人が立ち上がるように伸びて行っていた何故か急に動きを止めた。
「……なんかあれ、つっかえてねえか?」
「そんな事言ってる場合!? うわ!?」
ついまじまじと眺めてしまったコガネにアカネが飛びつく。魔物は見えない天井にこつこつと頭をぶつけるような動きを繰り返していたが、やがて諦めたのか、体から無数の黒い人の腕を突き出し、頭らしき部分が裂けて真っ赤な口を覗かせた。
「ひっ……!」
『乗れ!』
アスターはコガネを咥え、残りの二人があわてて飛び乗ると、すぐさま上空高くへと飛び上がった。
「な、何あれ!」
上空からは遠くて聞こえないが、地上では魔物の気色悪い息遣いがはっきりと聞こえ、クロに軽く手を引かれる形で飛び乗ったアカネはアスターの上で震えていた。
「もしかして、あれも化け物の一種なのか?」
「あ」
背中に降ろされたコガネが下を見下ろしながら言う。コガネの言葉によってはっと思い出したクロが非常退避用の笛を取り出して吹く。
『何だそれは』
「吹けば数分程度で大樹に戻される。そうすればひとまずこの場は逃げられるはずだ」
あの場での説明によれば、戻されるまでの目安時間は長くて2、3分。とにかくその間逃げ回れれば、問題なくこの場を切り抜けられるはずだ。
「この調子なら、しばらく飛んでいれば」
『しっかり掴まれ!』
アスターがいきなり急旋回をし、コガネは危うく舌を噛みそうになる。
「なっ!?」
ついさっきまでコガネ達がいた場所に筋のようにノイズが走る。ノイズはすぐに消えたが、ここまで攻撃が届くと言う事実にコガネ達の余裕は消え去った。
『逃げ切れればいいが……』
「追ってきてる!」
化け物は蜥蜴やワニが走るように体をくねらせ、どたどたといった雰囲気で追いかけてくる。空を飛ぶ事こそ出来ないようだが、走るのは見かけに反してそれなりに早く、簡単には振り切れそうにない。
「来る!」
「リーフストーム!」
少しの間足を止めた化け物が何かを空に向かって吐き出す。悲鳴のようにアカネが叫ぶ中、レーザーのようにまっすぐ吐き出されたそれを防ぐように、コガネ達と化け物の間を魔法で作られた葉っぱが埋め尽くした。
「やったか……?」
葉っぱより先に攻撃は見えなかった。重力に従って葉っぱが落ちて行くと、攻撃が当たった葉はノイズまみれになってすぐに消えたが、その先には攻撃が届いていない事が確認できた。
「目眩ましみたいな攻撃でも防げるみたいだね。でも、空までダメージを食らってるから、アカネは前に出ない方がいいと思う」
「わ、分かった」
「MPは持ちそうか?」
「威力は度外視の初級魔法だし、多分何とか……。アスターは大丈夫か?」
『大丈夫だ。どうもあの攻撃は溜めが必要な物らしいな』
第三撃も難なく躱す。どうやら、追跡と攻撃を同時に行う事は出来ないようだ。
「リーフストーム!」
再び葉っぱの嵐によって攻撃を防ぐ。しかし、その隙間を縫うように小さな光が飛び出してきた。
『ぐっ』
「アスター!?」
攻撃が翼を掠め、アスターの体が一瞬揺らぐ。
『いや、大したダメージではない』
「良かった……」
再び体勢を立て直し、アカネは安堵の声を漏らす。
「しかし、まずいな……」
確かにダメージは浅いようだが、触れた部分が消えてその先の羽根がはらはらと落ちて行く。絶え間なく魔法を使えば防げなくもないだろうが、相手もこの攻撃は連発可能。このままでは機動力も落ちてますます消耗する一方だ。
「エグジスト・ヒール!」
「アカネ!?」
聞きなれない魔法。そもそもアカネが魔法を習得している事にも驚きだったが、ほんの一瞬の間をおいて、エフェクトも無くいきなりアスターの怪我が消えた。
「あんまり危険な事はしたくなかったし、非常用のつもりでこの間買ってたの」
あまり頼りたくない魔法らしいが、今は都合がいい。
「……治るからってあんまり無茶しないでよ?」
「大丈夫。今回は当初の予定通り逃げるだけだ。アスター!」
『しっかり掴まっておれよ!』