よその世界の哀れな魂を救いたい 1
「大聖女様! そ、その御髪はっ」
世界樹の根元に、出来上がった浄化の実を置いて大神官の部屋にやって来た私を見て、大神官は珍しく動揺した顔をしながら声を上げた。
「私の中の聖力だけでは足りなくて、髪に蓄えていた聖力まで使ったのよ」
大きな世界樹の実はどれだけ聖力を注いでも足りず、浄化の実が出来上がる頃には私の聖力が枯渇しかけてしまい髪に蓄えていた聖力まで使うことになってしまった。
「大聖女様が今まで蓄えていた聖力を放出したということですか」
「そうなるわね、浄化の実用に落ちた実がとても大きかったから仕方がないわ。お陰で今の私の聖力はからっぽよ」
聖女は自分の聖力を髪に蓄えておけるから、私は非常時に備えてずっと髪を伸ばしていたから下ろすと地面に引きずるほどの長さになっていた。
髪に蓄えていた聖力を放出するとなぜかその分髪が短くなっていくので、今私の髪はうなじが全て見えるくらい短くなってしまったというわけだ。
「なんということでしょう。すぐにお食事を用意致します。お休み下さい」
「うん、このままだと魂を体内に取り込むのは難しいと思うから、今日は眠って明日朝日が昇る時に令嬢の魂を私の中に取り込むことにします」
「明日まで回復できますでしょうか」
大神官は心配そうに私を見ているけれど、自信がなくてもやるしかない。
「回復できそうな食事は用意してあるのよね? 私が食事して眠っている間は、世界樹の周りを結界で囲んでね。今の私の結界は弱いからこれはすぐにして欲しいわ」
いつもなら私が世界樹の近くにいるだけで守りは十分だけど、聖力がからっぽになっている私の守りは薄絹よりも薄く儚いと思うから大神官達に頼るしかない。
「はい、準備は終えていますのでご安心を。神官達の結界で囲んだ後、私の結界でその周囲を囲います」
神官の結界はそんなに強くないから、彼らの結界を何重にも重ねて囲った後駄目押しとばかりに大神官の結界で囲うのだろう。
「明日の朝には私の結界も復活するから、今日一日お願いするわ」
「私達が総動員しても大聖女様の結界には及びませんが、今動ける神官は全て世界樹の守りにつかせますので、安心してお休み下さい」
「神官長は、あちらを見ているのよね」
予定ではもう問題の令嬢は神殿の拘束部屋に閉じ込められているはずと確認すれば、大神官は眉間に深く皺を寄せながら頷く。
「神は取り憑いた魂が簡単に離脱するとは言っていなかったから、拘束部屋で十分だと思っていたのだけど、何か問題が?」
拘束部屋は、穢れが強い者を浄化するまでの間閉じ込めるための部屋で、自分の意思では外に出られない。
部屋は聖なる力で満ちていて、普通の穢れであればあの部屋にいるだけで穢れが浄化されるのだけど、王子妃の魂に憑りつかれた令嬢は普通の浄化は効かないだろう。
「夫人が令嬢を連れて来た時は、睡眠薬を飲ませていたようで良かったのですが……目を覚ましてからが少々」
睡眠薬を飲ませるとは、随分大胆なことを夫人はしたものだ。
睡眠薬というのは、年若い令嬢が飲んでいいものではないと言われている強い薬だ。
貴族の令嬢は結婚し子供を産むのが一番の役目だから、体に害を及ぼすかもしれない薬はなるべく使わないし健康に気を遣うものらしいのに、母親自ら強い薬を娘に使うとは思わなかった。
「睡眠薬って、若い人が飲んで良いものでは無かったのではなかった?」
「ええ、あれは中毒性がありますし体には害しかありません。睡眠薬を飲ませるくらいならお酒を飲ませて酩酊させた方がまだ良いと言われておりますが、あの令嬢の様子ではそうしなければ神殿に連れてこられなかったでしょう」
「そんなに言動が酷いの?」
「酷いという言葉では足りないです」
手紙に書かれていた内容だけで正気ではないと感じたけれど、体に害しかない睡眠薬を飲ませなければと母親が決断するほど酷いのだと考えると、頭が痛くなってくる。
「そんなに酷いの? 夫人はそんな令嬢と一緒にいるのかしら」
「いえ、あまりに疲労している様子でしたので、お帰りいただきました」
「そう、お気の毒だわ。大切な娘がおかしな言動を繰り返しているのですものね」
浄化が無事に終わったら、私の力が残っているか不安だけど令嬢の体を癒せるだけ癒してあげたい。
「それで、優しい大神官がそんな顔をするほどの酷さを教えてくれる?」
「はい、私は結界の準備をしていたため、目覚めた令嬢と最初に会話したのは神官長と副神官長の二人でしたが、令嬢は目覚めるなり副神官長に抱きついたのです」
あれ? 私耳がおかしくなったのかしら。
「抱きついたとは?」
副神官長は先代国王陛下の末の弟で年齢は三十代後半だけれど、見た目は二十代に見えるほど若いし、王族だけあって見た目がとても良いし優し気だ。
聖力が強い者は老化が遅くなるから、七十代の大神官や神官長の見た目も私のお父さんと同年代に見えるけれど、二人は少し表情が厳しいのだ。
「言葉通りです。令嬢とはとても思えぬ行いですが、それだけでなく『やっぱり私はこの世界のヒロインなのよ、向こうの世界で王子妃どまりだったけれど私は聖女になって王妃になるわ。夫はこの人よ』と宣言したのです」
「副神官長が夫? 彼を夫にして自分は王妃になると言ったの?」
頭を抱えるどころの騒ぎではない。
先代の国王陛下の末の弟が神殿にいるのは、彼が聖力を使える様になったのが一番の理由だけど、それだけではない。彼は王族の中でも賢く人望があり、先代の国王陛下が亡くなった後当時の王太子殿下ではなく副神官長が王位を継ぐことを望まれたからだ。
副神官長と王太子殿下は年がそう変わらない。他の王弟は他国に婿入りしていたり臣籍降下していたりしたけれど、その頃すでに聖力があると分かっていた彼だけは婚約者が決まっておらず神殿入りするかどうか検討されていたところだった。
「甥と争うことを避け神殿入りした方が、王になるなんてあり得ないわ」
彼は権力を望んでいない、副神官長になったのも嫌々だった。神殿内の役職は権力とは言えないけれどそれでも自分が目立つことを避けている人なのに、王位を望むとはとても思えない。
「異なる世界から入り込んだ魂だという話ですが、彼女はどこで副神官長が元王族だと知ったのでしょうかそれが不思議でなりません」
「……そうね。副神官長が神殿に来た経緯は有名とは言っても、その話を気軽にする人がいるとは思えないわ。憑りついた魂は令嬢の記憶を引き継いではいないようだし、どこで知ったのかしら」
仮に手紙をくれた夫人が神殿にいる元王族の話をしていたのを彼女が覚えていたとしてしても、顔を見てすぐに副神官長がその人だと分かるとは思えない。
「彼女が副神官長を元王族だと知っていた理由は気になるけれど、私はまず食事をして体を休めるわ」
しっかり食べて寝ないと、戦えない。
おかしな言動をするだけでなく、彼女は底知れぬ恐ろしさがあるから油断は絶対に出来ない。
「よきお休みをなさいませ、大聖女様」
「ええ、聖力を回復させるわ。私が休んでいる間お願いね」
大神官に見送られて私はふらふらする体で、自分の部屋に戻ったのだ。




