Ep.1 とある剣士の終わり 前編
本作、初執筆の処女作となります。
温かい目で見守っていただけると幸いです。
――白亜の宮殿に、漆黒が走った。
そこは、辺り一面純白が広がる荘厳な空間。
極限まで研磨されたように輝きを放つ大理石は、光の速さで駆け抜ける漆黒の影を反射した。
「――!」
僅かな気合と共に振るわれたのは、一本の剣。
全身を黒衣に包むその男が身に付ける唯一の銀色は、まるで流星のような軌跡を残し”モンスター”の眼前に瞬いた。
「グゴゴゴゴ……!?」
刃を向けられたモンスターは、一見するとただの石。
乳白色の岩石がいくつか集合し合体したかのようなそのモンスターの名は【ミルキー・ゴーレム】。名前こそ可愛らしいが、その実態は鋼鉄の何倍もの硬度を有する岩石で構成されるモンスターだ。そのうえ全長も2m以上と巨大。
当然ながら一振りの剣で斬れるようなものではなく、無謀にも斬ろうと試みれば、たちまち剣の方がポキリと折れるだろう。
――常人が振るえば、の話であるが。
「ゴゴゴゴゴゴ――」
甲高い音が白亜の宮殿に響き渡る。
それも一瞬のこと。気づいた時には、【ミルキー・ゴーレム】の体は真っ二つに両断されていた。
【ミルキー・ゴーレム】の体が左右に分かれるように倒れる。
そうして開けた視界の向こう側には、剣を振るったままの体勢でいる黒衣の男がいた。
未だ余韻を残すように靡く漆黒の長髪と、はためく衣服。
黒衣の剣士はゆったりと姿勢を正すと、チラリと背後に視線を向ける。その先には両断された【ミルキー・ゴーレム】の姿があり、黒衣の剣士は一瞥しただけで興味を失ったように視線を戻した。
その視線は【ミルキー・ゴーレム】が確実に死んだことの確認。
それは黒衣の剣士にとっては想定通りの結果であり、感動も興奮も、何の感情も抱かなかった。自分が剣を振るい、相手が両断されるのは、至って当たり前のことだ。今更何の感慨も抱くことはない。
――何故ならその男は、天賦の剣才を持っているのだから。
「……」
男は剣に付着した血液を飛ばすように剣を振るった後、ゆっくりと鞘に納めていった……【ミルキー・ゴーレム】は石なので血など出ないのに。
「……ふっ、所詮石ころの集まだあッ!?」
「何カッコつけてんのさ」
【ミルキー・ゴーレム】を嘲笑するように呟く途中、突如脇腹を襲った痛みに身を捩る黒衣の剣士。その表情は先ほどまでの冷徹なものではなく、目尻に涙を溜める情けないものだった。
男が脇腹を抑えながら横を見ると、そこにはこれまた漆黒の衣装に身を包んだ小柄な少女が立っていた。端正ながら幼さを残すあどけない顔立ちの少女は、その深紅の双眸をジトッと細め、呆れるように男を見ていた。
「ほーら、しょーもないことしてないで。速く行くよアル~」
「ちょ、酷くねメア……少しくらいカッコつけてもいいじゃん。真っ白い部屋に真っ白いモンスターばっかで気が狂いそうなんだよー」
メアと呼ばれた少女はそそくさと進んで行ってしまい、黒衣の剣士――アルフレッドは頬を膨らませながら渋々ついていく。
そんなアルフレッド、もといアルを見ながら、メアは笑みを浮かべつつ言った。
「そんなことしなくたって、アルはいつもカッコいいよ~」
にしし、とはにかむ様に言ってのけるメアの頬は僅かに赤く染まっており……アルは想定外の不意打ちに心臓が高鳴るのを感じた。
「……メア……痛っ」
相変わらず可愛らしいメアに見惚れていると、再び脇腹に走る痛み。
「……油断しないでくださいアル。ここはダンジョンですよ、いつ誰が襲ってくるか分かりません」
「ちょ、痛いっ! 痛いから! 言いながら脇腹を小突き続けるのやめてくれる??」
「貴方がダンジョンの中でいちゃいちゃ……もとい油断しているからです」
「ゴ、ゴメンって……ちゃんとするから辞めてくれリーシャ……」
「……」
「聞いてます? リーシャ? リーシャさーん??」
アルの謝罪など聞こえていないかのように脇腹を小突き続けるその女性はリーシャ・セーロス。
クラシカルなメイド服に身を包んだ彼女は綺麗な顔立ちをしているものの、まるで鉄仮面でも付けているかのように冷徹な表情を浮かべていた。目尻を吊り上げた鋭い紫瞳をアルに向けているその様子は、ともすれば睨みつけているようにも見える。
しかし、付き合いの長いアルは知っている。
リーシャのこの表情はアルに対する呆れと、ほんの少しの揶揄いが含まれているのだと。一見するとまったく表情の変わらないリーシャだが、アルは長い付き合いによって彼女の微細な表情変化を読み取れるようになっていた。
リーシャはひとしきりアルの脇腹にダメージを与えると、満足したのか澄ました表情のままメアを追いかけていく。
「いてぇ……」
「……相変わらずデタラメだな。【ミルキー・ゴーレム】はかなり硬かったはずだが? それを剣で斬るとは」
アルが脇腹をさすっていると、リーシャと入れ替わりになるように大柄な男が隣に並んだ。
その体躯はアルよりも二回りほど大きく、鍛え抜かれた肉体が惜しげもなく晒されていた。何より目を引くのは、その肉体に刻まれた桜吹雪の刺繍と頭部に聳え立つ二本の雄々しい角。
「……グラニス。分かってくれるか、俺の凄さを」
「いっそ気味悪いがな。どうすればそんな細い剣であの大岩を斬れるのか。あぁ気持ち悪い気持ち悪い」
「ちょ、酷くね?」
「剣の鬼、ってより剣の変態だな。《剣鬼》じゃなくて《変鬼》に改名した方がいいんじゃないか?」
「しねぇわ!」
紅蓮の大鬼――グラニス・アグウェルは褒めているのか貶しているのかよく分からない言葉を言い放ちながら、仏頂面のまま行ってしまう。
今まで一匹狼を気取っていた弊害か、彼のコミュニケーション能力には難がある。今のように言いたいことだけ言って去ってしまうのだ。
「(ま、昔に比べたら自分から話しかけるだけマシか)」
アルは一昔前のグラニスの姿を思い出し息を吐いた。
形式上はアルたちと同じ組織に所属はしていたものの、誰ともつるむことなく、常に一人で生き急いでいた孤高の鬼の姿を。その時に比べたら、やや不器用でも自分からコミュニケーションを図る今のグラニスはかなり改善されたと言っていいだろう。
グラニスの後ろ姿を見ながらそう思うアルの両脇に、対照的な二人が現れた。
右には、メアよりも更に小柄な少女が。
左には、たっぷりと白髭を蓄えた爺が。
アルはもちろん爺を無視して少女の方に体を向ける。
すると、少女は桃色の長髪を揺らしながら、全身で興奮を表すように跳ねていた。
「流石なのです、アルくん! あ~んなに大きな【ミルキー・ゴーレム】をスパッと斬っちゃうなんて! アンリは驚いたのです!」
自らのことをアンリと呼ぶ少女、アンリ・ファーニは興奮冷めやらぬといった様子で、アルのことを褒め称えていた。あどけない顔は純粋な尊敬によってキラキラと輝いており、それを真正面から向けられたアルの頬は自然と緩んでいた。
「おぉアンリ~、アンリだけだよ~、俺のことを褒めてくれるのは~」
言いながら、アルの手は自然とアンリの頭の上に乗せられていた。
そのままゆっくりと、慈しむように撫でていく。
「んん、本当はアンリがアルくんをナデナデする場面なのですが……アンリは撫でるより撫でられる方が好きなので嬉しいです!」
「うん、俺も撫でられるより撫でる方が好きだからな~。利害の一致だな」
「相変わらずアルくんのナデナデは極上なのですよ~」
アルに頭を撫でられながら、気持ちよさそうに目を細めるアンリ。
「って言っても、誰が撫でても一緒じゃないか? そんなに違うものか?」
「全然違うのですよ! こう、何っていうか……上手く言葉には表せないですけど、アルくんのナデナデは気持ちよさというか、幸せ感が違うのです!」
「そういうもの?」
「そういうものなのです!」
「そっか~」
アンリの感覚はアルにはよくわからなかったが、自分のナデナデが極上だと言われること自体は悪い気はしないので、深くは気にしないことにした。アルはアンリを可愛がって、アンリはそれで喜ぶ。それで良いのだ。
そうしてしばらくアンリを撫でていると、後ろから「ゴホン!」とわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「何だよ爺。今アンリを愛でてるんだから邪魔しないでくれ」
「ほーう言うようになったのぅ小僧。それに儂を無視してイチャコラしてからに……焼き尽くしてやろうかのぅ?」
「嫉妬は醜いぞ」
「嫉妬ちゃうわ!」
アルとアンリを見ながら不愉快そうに表情を歪める爺に対し、アルはジトっとした視線を向ける。
身長はアルより少し低いくらいのはずだが、腰が曲がっているせいか小さく見える。全身をダボっとした灰色のローブに身を包み、真っ白な髪と髭を持つ”いかにも老魔法使いです”と言わんばかりの容姿通り、彼は腕利きの魔術師だ。
オーヴィス・マーリー――高齢故に多様な知識と経験を持つ造詣の深い魔術師だが、その分年寄りならではの面倒な部分も併せ持つ爺でもある。
アルはまともに取り合っても面倒な小言を言われるだけだと思い、憤慨する爺を軽くいなす。そんなアルとオーヴィスのやり取りを見て、アンリは純度百パーセントの笑顔で言った。
「アルくんとオーヴィスさんは仲良しなのですね!」
「「ないない」」
思わず声を合わせて即答する二人。
経験を重視する年老いた魔術師と、才能溢れる若い剣士。
二人はかなり対極に位置する存在であり、それ故かどうしても馬が合わなかった。
今もチラリとお互いの様子を見た後、同時に嫌そうに表情を歪めて視線を逸らす。
「ふん、せいぜい足を引っ張るなよ小僧」
「アンタこそ、耄碌せずに俺のお膳立て頼むぜ」
「ハッ」
「へっ」
「?」
お互いに嫌味を交わしながら、アルたちは随分先に行ってしまったメアたちを追った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「破滅の裁き来るぞ……!」
「アンリッ!」
「はいなのです!!」
場所は変わり、白亜の宮殿の最奥。
100m四方の広大な空間の中を、アルたちは駆けていた。
アルとメア、リーシャ、グラニス、アンリ、オーヴィス。
六人の視線は一点に集中しており、”ソレ”は広大な空間を埋め尽くすほどの巨体を持って六人を睥睨していた。
――【プラチナム・オーバー・ロード】。
ここ『白亜の宮殿』と呼ばれるダンジョンの最奥に君臨する絶対の支配者、またの名をダンジョンボス。
50mはあろうかという巨体を誇る人型のモンスターで、様相は正しく”教皇”。
純白の法衣を身にまとい、頭上には巨大な司教冠が存在を主張している。僅かに覗く肌は名前の通り光輝く白金。そして最もその存在を不気味たらしめているのは、その瞳だろう。
否、瞳というのは誤った表現である。
なぜなら本来瞳があるはずの場所には何も存在せず、虚ろな空洞だけを拝むことができるのだから。
そんな漆黒の眼窩が、キラリと輝いた。
それは予兆。触れるものすべてを焼き尽くし、蒸発させるほどの破滅の裁きの予兆であった。
空間の中に散らばっていたアルたちは即座に集合する。そこは後衛として支援に徹していたアンリとオーヴィスがいる場所のすぐ前。
「来る――!」
「星響結界ッ!!」
アンリが鋭い声を響かせるのと、アルの視界が白く染まるのは同時だった。
瞬間、音も光も、アルが外界を認識するすべての要因が真っ白に染まった。まるで自分以外存在しない無の空間にでも飛ばされてしまったのかと錯覚するほどの、白。
しかし、それも一瞬のこと。
次いでアルを襲ったのは、盛大に鼓膜を震わせる衝撃音だった。
思わず目を閉じてしまったアルは、ゆっくりと瞼を開き、正面を見据える。
そこには、今にもアルたちを消滅させんと迫りくる破滅の裁きと、それを寸でのところで押しとどめる星型の結界があった。本来透明なはずの結界はしかし、破滅の裁きのあまりの威力によって明滅している。ギシギシと聞こえるはずのない軋む音のようなものまで聞こえてくる。
「アンリ……!」
「大丈夫……なのです!!」
急いで振り返れば、そこには無数の汗と共に苦渋の表情を浮かべるアンリがいた。
魔法杖を構え、全身から魔力を迸らせるアンリはその身を震わせ続けている。全力を振り絞り、アルたちを守護しているのだ。
「アル、破滅の裁きが消えたら総攻撃を仕掛けるよ、行ける?」
「あぁ、もちろん」
そんなアンリを見ていたのはアルだけではない。
アルの隣に並び、同じくアンリに視線を送っていたメアの言葉に頷きを返す。
アンリの様子を見るに、そう何度も破滅の裁きを喰らうわけにはいかない。ならば、総力をもって叩き潰す。
「やられる前にやる、分かりやすくて助かるね」
「貴方はもう少し緊張感を……まぁ良いです」
「ありったけをぶつけてやるからのぅ。間違って儂の魔法に突っ込むんじゃないぞ」
「分かってるよ、リーシャと爺も頼むぜ」
アルはいつでも突っ込めるように剣を構え、背後に控えるリーシャとオーヴィスに言う。
アルの言葉を受けて、リーシャは静かに頷き、オーヴィスは笑みを返した。グラニスは言葉をかけるまでもなく、既に体中に闘気を迸らせていた。
「破滅の裁きが消える! みんな、準備して!」
メアの叫びに呼応して破滅の裁きを見ると、徐々に、しかし確実に弱まっていた。
そのまま数秒、アルたちは破滅の裁きから目を離さず、臨戦態勢を維持し――、
「――今ッ!」
瞬間、アルは駆けた。
まるで弾丸のように弾けるアルと、それに追従するグラニス。少し遅れてリーシャが走り、最後尾からは爆発的に膨れ上がる魔力の波長を感じる。
そしてチラリと上空を見れば、いつの間にか翼を出現させ飛行するメアがおり――その場で静止すると、メアは【プラチナム・オーバー・ロード】に向けて右手を掲げた。
「――《雷神の梯子》」
そんな呟きが零れるや否や、メアの周囲に稲妻が迸る。
それは徐々に規模を増していき、放出される魔力によってメアの黒髪が激しく靡く。
――ブウウウウウウウウン。
それは、魔法陣。
魔術師が魔術を行使する際に使用することのある補助装置のようなもので、その主な役割は威力の強化と、場所の指定。
それが【プラチナム・オーバー・ロード】の足元と頭上の両方に出現した。
「はああああああああああああああ!!!」
駆けるアルの頭上からそんな裂迫の気合が届き――刹那、魔法陣から膨大な魔力が溢れだす。
それは”雷”という形で顕現し、【プラチナム・オーバー・ロード】の足元と頭上の二ヵ所から迸った。全長50mほどの巨体をすっぽり覆ってしまうほどの巨大な魔法陣から発現した魔法は、一言で言えば雷の柱であった。
足元と頭上、それぞれの魔法陣から出現した雷は、お互いに引き寄せられるように上昇と下降をした。それは【プラチナム・オーバー・ロード】の体を覆い隠すほどの柱となり、黄金の輝きと雷の威力をもって彼奴に襲い掛かった。
「――ウォオオオオオオオオオオオオ」
【プラチナム・オーバー・ロード】の呻き声が、部屋中に反響する。
雷の柱に囚われた【プラチナム・オーバー・ロード】は苦痛にもがくように両手を掲げ、天を仰ぐ。その様相も相まって、《雷神の梯子》はその名の通り、天へと続く雷神の梯子のようであった。
しかし、【プラチナム・オーバー・ロード】もただ大人しく魔法を喰らっているだけではない。どうにかその巨体をよじり、《雷神の梯子》からの脱出を試みる……が、しかし。
アルの背後で鎖の音が鳴ったと思えば、【プラチナム・オーバー・ロード】の周囲を囲むように無数の漆黒の門が出現する。
それはひとりでに開き、向こう側に広がる夜空のような空間を晒した。見ているだけで吸い込まれそうになるほどの、無窮の闇夜。本来何もないはずのその空間から、シャリンと、鎖の音が響いた。
「《黒空鎖縛》!!」
リーシャの叫びと同時に、一つの門から鎖が出現する。
それは真っ直ぐ別の門へと伸びていき、闇夜の空間に吸い込まれていくと――空間を飛び越え、敵の背後の門から飛び出した。そしてその鎖は再び別の門へ。
門から門へと縦横無尽に鎖が繋がっていき、たった一本の鎖は気づけば【プラチナム・オーバー・ロード】を取り囲むように張り巡らされていた。
「縛りなさいッ!!」
逃げ場のなくなった【プラチナム・オーバー・ロード】は鎖を振り払おうと手を伸ばすが……突如門が移動し、それに伴い鎖が【プラチナム・オーバー・ロード】との距離を急激に詰めた。そして数秒の後、【プラチナム・オーバー・ロード】は鎖によって拘束されてしまう。
「こちらは抑えます! 行ってください!!」
アルが背後の様子を伺えば、そこには隣に展開した門に鎖を伸ばすリーシャの姿が。【プラチナム・オーバー・ロード】をきつく拘束するため、全霊を持って鎖を引っ張っている。
「行くぞグラニス!」
「あぁ!」
このチャンスを逃す手はない。
アルとグラニスは【プラチナム・オーバー・ロード】が拘束されているのを確認し、速度を上昇させた。
「ようし! そのまましばっておれ!!」
そして最後尾で着々と魔力を滾らせていた魔術師が一人。
その頭上には赤、青、緑、黄と色とりどりの玉が浮かんでいた。それは一つ一つが直径1m以上の巨大な玉で、色によって異なる性質を宿していた。
赤色は轟轟と燃え盛り。
青色は激しい水飛沫をまき散らし。
緑色は暴風を纏い。
黄色は無数の石や砂を巻き取っていた。
火、水、風、土。
基本となる四属性を同時にいくつも行使する圧倒的神業。
これだけでも、できるものを探せば魔界広しといえど片手で数えるほどしかいないであろう絶技なのだが――オーヴィス・マーリーは、更にその上を行く。
「四重混合」
四色の魔法玉を一点に集め、融合させていく。
赤と青と緑と黄が入り混じり、ぐにゃりと溶けあっていく。
黒く濁ったその玉は、複数の玉が溶けあったことにより、元の五倍以上にまで膨れ上がっていた。純粋な大きさも、内包する魔力量も。
「……《混沌隕魔》!!」
オーヴィスが魔法杖を振るうと、魔力玉は上空に浮かび上がり……【プラチナム・オーバー・ロード】に向かって墜落した。
計ったか偶然か、《雷神の梯子》が消失したタイミングで激突した《混沌隕魔》の威力は絶大で、【プラチナム・オーバー・ロード】はその巨体を大きくぐらつかせた。しかしリーシャの《黒空鎖縛》によって倒れることはなく、ぐったりと体重を預けた。
「今だよ!」
「今です!」
「今じゃ!」
三人の声が響き渡る。
アルはグラニスと視線を交わし、頷き合った。
それは短いアイコンタクトではあったが、何度も共に死線を潜り抜けてきた仲だ。お互いの言いたいことはしっかりと伝わった。
「はああ!!!」
先に飛び出したのは、グラニスだった。
グラニスは濃密な筋肉の詰まった両脚に力を籠め……跳んだ。
50mほどの距離を一気に飛び上がり、目指すはダランと項垂れる【プラチナム・オーバー・ロード】。偶然にも視線を下に落としていたことで、迫り来るグラニスに気づいた【プラチナム・オーバー・ロード】は身を揺する、が。
「ハアアアアアアアアアアアア!!!!!」
強く握りしめられたグラニスの拳が、【プラチナム・オーバー・ロード】の顔面を射抜いた。
グワッと勢いに押されて仰け反った【プラチナム・オーバー・ロード】の頬は、僅かにひび割れている。
「まだまだッ!!」
一撃、二撃、三撃、四撃。
次々に繰り出されるのは、グラニスの拳。
右から、左から、下から、上から。縦横無尽に繰り出される乱打により、【プラチナム・オーバー・ロード】はその白金の鍍金を剥がしていく。
「――できれば俺で終わらせたかったが」
そこでグラニスはチラリと下方に視線を送ると、その口元を大きく歪め、残ったすべての力を右拳に収束させた。これまでとは比較にならないほどの力が込められた右拳は、深い紅色に染まる。
「ソラアアアアアアアアアアアアア!!!」
名前もない、ただの一撃。
しかしそれはグラニスの全力が込められた一撃で、オーヴィスの《混沌隕魔》に勝るとも劣らない衝撃をもって【プラチナム・オーバー・ロード】の顔面を撃ち抜いた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
そんな【プラチナム・オーバー・ロード】の呻き声を聞きながら、グラニスは重力に従い落下する。紅色の着物をはためかせ、風を感じるグラニス。そのすぐ隣を、一人の青年が駆けて行った。
まるで【プラチナム・オーバー・ロード】の体を地面かのように駆けていくその青年は、アルフレッド。ついでとばかりに剣を【プラチナム・オーバー・ロード】の体に食い込ませ、斬りつけながら駆け上がるアルと、そのすぐそばを落下するグラニスの体が、ほんの一瞬交錯する。
「仕方ない、最後は任せたぞ」
「あぁ……!」
瞬きの間に交わされた言葉。
アルはグラニスには一切目をくれず、【プラチナム・オーバー・ロード】の体を駆けて行った。
そして首元まで到達したアルは脚に力を籠め、一気に距離を詰める。
狙うは首。
3mほどはありそうな太い首だが、アルからすれば関係ない。
「これで終わりだあああああああああ!!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
アルの接近に気づいた【プラチナム・オーバー・ロード】が叫び声を上げるが、体を動かすことはできない。苦し紛れに頭を振ってアルの進路を妨害するが、剣を構えるアルは一切気にする様子を見せなかった。
「邪魔だあああああああああああああああああああ!!!!」
首を狙うアルの眼前に、【プラチナム・オーバー・ロード】の顎が立ち塞がる。
しかし、それすらも斬り伏せんとばかりに、アルの気合の雄叫びが響き渡る。アルは眼前の顎、そしてその向こう側にある首を目掛けて、剣を横薙ぎに振るった。
「はあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
そして――ほんの僅かな抵抗の後、【プラチナム・オーバー・ロード】の首は宙を舞った。
たった一本の剣で【ミルキー・ゴーレム】を一刀両断したように。
アルはその手に握る鉄の塊をもって、【プラチナム・オーバー・ロード】の首を刎ねた。
常識など通用しない、理外の怪物。
たった一本の剣で数々の強敵を斬り伏せる、その姿は正しく鬼。
剣に愛され、途方もない才能をその身に宿した剣の申し子。
それこそが――《剣鬼》アルフレッド。
長い長い歴史の中で、最も眩い才能を持つ剣士である。
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感想・誤字報告、お待ちしております。
少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。
嘘です、シテクダサイ。




