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11.宰相と王

 


 アレストカインはそれからも変わらず、昼は仕事、夜は勉強に忙殺される日々を過ごしていた。

 しかしリシェンナに婚約の話を聞かされた日から、彼の無表情は、いくらか和らいだようにも見える。

 22歳になったそんなある日、アレストカインは思いつきで、一冊の本を出版した。


 それは子供向けの絵本だ。


『風を操る魔法使い』


 魔塵を退治して人々を救った偉大な魔法使いが、弟子に裏切られて人々から忘れ去られてしまうが、その弟子をやっつけてその後は幸せに暮らす物語。


 救いが欲しかったのか、誰かに見てもらいたかったのか、理由は定かではないが、気持ちにけりをつけたかったのかもしれない。

 あの夜の出来事をそのまま書くことは恐ろしくてできなかった。捏造した「生きて弟子を懲らしめて、幸せになる」という部分のストーリーは、アレストカインの願望だ。


(エアに生きていて欲しかった。幸せになって欲しかった)


 せめて子供達の胸の中ではそうなって欲しい。本当の望みは叶わないのだからと、諦めた。


 自身の名で出版するのは躊躇われたため、著者の名前にはもう誰も覚えていないエアの姓を拝借した。もしエアのことを覚えている人がいるのなら、すぐに気づいて欲しいという、祈りも込めて。

 ひっそりと少部数を自費で出版した筈だったこの本は、アレストカインの予想に反して、特に庶民の間で流行した。

 誰もが心の中で不思議に思っていたことへの答えが示されているようだったからだ。


「エア・ムズル」はこの世から消えてしまった。しかし彼女が成した事柄は、消された訳ではなかったのだと、アレストカインに教える。


「すごい魔法使いがいた」

「魔塵を払って助けてくれた人がいた」

「親切にしてくれた魔法使いがいた」


 この国の人はエアの記憶を失っているが「魔塵退治をしていた者がいた」という記憶は残っている。だから絵本の作者を探す手紙が、本屋に何通も送られてきた。

 アレストカインは名乗りでなかったため、絵本の作者も、人々が心の中で抱える謎も解消されることはなかったが。



 そうしてアレストカインは責務で目の回るような日々の隙間を縫い合わせるようにして、政界に関わる貴族やその他の権力者のことを調べていった。


 彼は今や兄を差し置いて、次代宰相と噂されるほどの力をつけている。できることは全てした。しかしやはり隠された秘密を暴くにはそれなりの時間を要す。

 全貌が見えてきた頃には、彼は26歳になっていた。政界は汚職に塗れており、それは根深いところまで息づいていた。汚職の件数の多さに彼は頭を抱える。

 表向きの平和は、崩壊がすぐそこに見えるほど、この国の内部は腐敗していた。


(こんな腐り切った国の中でエアは特定一級魔法使いとして魔法軍で働いていたんだ。こんな奴らに、エアは……!)


 ハリオットとグリマティオの顔が過ぎる。アレストカインは汚職の証拠を集めた。法律違反の贈賄や税の横領、禁止魔法や制限魔法の無断使用、虚偽の報告など多岐に渡る。


 中でも現トルクネリア王、サンタネルラについて調べた際には、信じられないことに連日の娼館通いに加え、そこで年端もいかない子供に無体を強いていた事実が発覚した。

 実父、グリマティオは裏の顔としてその娼館の運営を行い、精神操作魔法を用いて人々を奴隷のように扱っていたことが判明した。


 精神操作魔法は、いくつか定められている制限付き魔法のひとつだ。使用する際には一級魔法使い全員の承認が必要とされていて、王や宰相であったとしても無断での使用は禁止されている。

 国内で許可なくその魔法を使用した際には一級魔法使いのもとに知らせが飛ぶ仕組みを魔法警務職の者が管理している筈だが、いったいどうなっているのか。


 アレストカインは国の改革を決意した。


 目に暗い光を湛えてバッサバッサと汚職を切り払っていく彼の姿は、自暴自棄の優秀な一匹狼のようだった。


 刑罰は法に則って行った。罪人は裁判にかけ、判決を待った。王と王妃、そして宰相という国の中枢人物から始めた弾劾は、国民に大きな衝撃を与えた。彼らがなんとか言い逃れしようとあの手この手で官僚の買収を始めたり、アレストカインを亡き者にしようとする動きももちろんあった。

 しかし彼はその一切を跳ね除けた。金の流れを監視し、賄賂を受け取った官僚諸共罪状を加算して裁いた。弾劾した者からの恨みも買い、復讐を望む者から何度も刺客を送られたが、彼は魔法使いとしても優れていたため、生き残る。


 彼は一級魔法使いとなっていた。国の中で一番強い魔法使い。


(だって、俺はエアの弟子だから)


 そうして改革は終盤へと移る。


 膿を洗った国は、新しく上に立つものを必要とした。


 アレストカインは改革の立役者として宰相の地位に推されて就任し、王の座にはリシェンナが就いた。第一王女はすでに他国へと嫁いでおり、王族の籍からは外れていたため、王となる資格がない。第二王子は側室の子である。リシェンナはこれまでの実績と優れた為政者になるだろうとの見立てから、アレストカインが王に推薦し、民に認められた。


 女王の誕生である。


 前王サンタネルラは牢へと幽閉、そこで生涯魔法を封じられた生活を命じた。「王」であったという肩書きは影響力が強すぎるため、流刑にして再びこの地に戻られては困る。王妃リアージャと第一王子ハリオットも同様の扱いだ。


 グリマティオの処分は爵位剥奪の上流刑とした。二度と戻って来ぬよう、関所には将来60年に渡って指名手配を行う触れを出した。


 その他の腐敗した貴族や権力者にも、これまで甘い汁を啜ってきたことを後悔させるような、それなりの代償を与えて償わせた。


 しかし誰も死刑にはしなかった。


 ──殺してやりたかった。


 しかしエアはいったのだ。『誰も恨むな』と。

 憎まないことは不可能だったが、殺すことをエアが望まないことは、アレストカインが誰よりも知っている。



 アレストカインが宰相に就いてから初めにしたことは、魔法の使用に年齢制限を求める法律を作ることだった。

「18歳以下は魔法の使用を禁ずる」としたこの法案には多方面から強い反対を受けた。それも至極尤もで、今まで当たり前にしてきた便利さを封じられたら、誰だって嫌になるだろう。しかしどうにか、王となったリシェンナと法律発布職の面々の半数以上を説得して、押し通した。


(これだけは、譲れない)


 加えて制限魔法や禁止魔法を使用する際の魔法警務職の監視を強化した。


「もう誰にも、自分のように生涯にわたって悔いる行いを、子供の頃にして欲しくない」と。「誰かの未来を私利私欲のために奪ってはならない」と。


 この法律に救われた者がいるのかいないのか、定かではないが、アレストカインの奮闘もあってトルクネリア王国の街には更に活気が溢れ、それは郊外にも発展した。




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