第二十二週 和装の普及をもくろんでしまった!(金曜日)
よくも悪くも、こんしまちゃん(紺島みどり)は着飾らない。
ウェーブのかかった髪を持つけど、それもねらっているんじゃない。ただのくせ毛である……ッ! 天然パーマならぬ天然ウェーブというわけだ……!
服装にも、ほとんどこだわりがない。
まあ着られれば公序良俗に反しない限りなんでもいっか~みたいな感じだ。
とはいえ無頓着なのは自分の服に対してだけで、別の人の格好を見て「いいなあ」と思ったりはする。
その「いいなあ」は「自分も着てみたいなあ」という意味じゃなくて、自分とは関係なしにそのまんまをほめているだけだ。
ただしこんしまちゃんは自分がなにかを着る段階になったら、それはそれで興味を持ち始める。
よく言えばフットワークが軽いのだろうか……?
というわけで今回は、こんしまちゃんと「服」についての話だ。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
金曜日の放課後。
こんしまちゃんは高校の被服室に招かれていた。
きょうの彼女の髪は、お団子にまとめられている。
背もたれのないイスに座り、目の前の人物を見るこんしまちゃん。
相手の髪の左右からは、ボリュームのある「おさげ」が垂れている。あまりにも量が多いので、マフラーと見間違えそうだ……!
こんしまちゃんを被服室に呼び出したその人物の名は、間地柚季さん。
間地さんは服飾部に所属している。その活動の一環として、いろんな服のコーディネートを考えたり、オリジナルの服を作ったりしているらしい。
「マジで覚悟はいい……? こんしまちゃん……!」
まじまじと見つめながら、マジメなトーンで間地さんが言う。
こんしまちゃんはうなずき、立ち上がる。
「いつでも……」
「じゃ、じゃあ」
ごくりとつばを飲み込む間地さん……!
「さっそく和服に着替えよっか~」
そう口にして、こんしまちゃんを更衣室に連れていく。
被服室のなかには、小さな個室に続くドアがいくつかある。その個室の一つ一つが更衣室として利用されているのだ。
更衣室の壁の一つは大きな鏡となっている。でもこんしまちゃんは、着替えが終わるまであえて鏡に背を向けることにした。
一方、ゆかに布を敷いた間地さんが、こんしまちゃんにその上に立つよう頼む。そして、お礼を言う。
「こんしまちゃん。きょうは、わたしの趣味に付き合ってくれてありがとう。急に『マネキンになって』とか言われて驚いたよね?」
「うん……でも興味があるから楽しみ……」
「そっかあ。んじゃ、着付けしていくよ」
まず、こんしまちゃんに足袋をはかせる。次に肌襦袢を巻きつける。そして長襦袢に袖を通してもらう。
今回使用する足袋も肌襦袢も長襦袢も、どれも白っぽい色である……ッ!
ここで、こんしまちゃんが疑問を口にした。
「この肌襦袢と長襦袢は、着物の下に着るものだよね……どうして二つ重ねるの……?」
「肌襦袢は汗を吸ってくれるし、長襦袢は着物が崩れるのを防いでくれるんだ」
「へー……」
感心するこんしまちゃん。
間地さんは小さく笑いながら、こんしまちゃんの背後に回る。
「ちょっと、うなじのところに手を突っ込むけど、いい?」
「いいよ……」
「ありがとう、やっぱり着物と言えばこれだよね」
了承を得た間地さんは、長襦袢の後ろ衿にこぶしを入れた。
これにより長襦袢とうなじとのあいだに、こぶし一個ぶんのスペースができる……ッ!
「けっして無意味なことじゃないよ。これがいわゆる『衣紋を抜く』ってヤツかな。あとは伊達締めっと……」
間地さんがこんしまちゃんの胸の下あたりに、白っぽいベルトみたいなものを巻きつける。
「ま、こんなもんかな。じゃ、こっから着物を着ていこうか」
藤の花があしらわれた紫の着物を間地さんは用意し、こんしまちゃんに袖を通させた。
ついで衿の上あたりを合わせ、着物の中心が背骨と重なるよう位置を調整した。
で、裾を水平にしたうえで着物の左右を重ねる。
「右と左の衿……どっちが上になるか、こんしまちゃんは知ってる?」
「うん……。着物の右の部分を下に、左の部分を上にするんだっけ……」
「そうそう」
「だから『左前』って言うんだよね……!」
「あー、そこマジで分かりにくいけど、着物の場合は『右前』って言うのが正解。相手から見て右ってこと」
「しまった、勘違いしてた……」
「ちなみに右衿を上にする『左前』――つまり向かって左の部分を上に重ねるのは死装束の着方」
「マジなの……?」
「マジだよ」
話しながら間地さんは着物を右前にし、こんしまちゃんの腰にヒモを巻く。
それから着物のわきにあいた身八つ口という穴に手を入れ、「おはしょり」を作る。
「……『おはしょり』っていうのは、丈の長さを調整するために着物を折った部分のこと」
身八つ口に入れられた手が、内側から着物を持ち上げる。その余った部分を、さきほど巻いた腰ヒモの前に垂らしていく。
その後、衿を始めとする全体を整えなおして……長襦袢のときと同様にベルトみたいなものを胸の下あたりにつけた。
「ふう~。着物のほうの伊達締めも完了っと。あとは帯を結ぶだけ」
続いて黄色の帯を出し、一方の先端を左肩にかけて垂らす。
そのまま、さっきのベルトに重ねるように二回巻く。
さらに肩にかけていた部分を下ろし、背中で折って前に回す。そこをクリップでとめる。
そして帯の長く垂れているほうを持ち上げる。
新たにヒモ付きの細長い枕を出して長方形の薄緑の布をかぶせたあと帯に当てる。枕の手前に引き出すようにして帯の一部を重ねる。前から見ると四角だけど、横からのぞくとひらべったい輪っかみたいになっている。
これを後ろに回して持ち上げ、帯に差し込む。
枕のヒモとそれをおおう布の部分を前で結び、着物と帯のあいだに入れる。
クリップを外す。最初に肩にかけていた部分を、後ろの輪っかに通す。
最後に黄色のヒモを帯の上から巻いて、間地さんはひと息ついた……ッ!
「つ、疲れた~。終わったよ、こんしまちゃん」
「ありがとう……着付けできるって、間地さんすごいんだね……」
さっそく更衣室に取りつけてある鏡をのぞく、こんしまちゃん。
そこには紫の着物をまとった人の姿が映し出されている。帯の黄色も、帯の上からちょっと出ている薄緑の布も、着物の衿などからのぞく長襦袢の白も、いいアクセントになっておる……!
現在のこんしまちゃんのお団子頭とも調和して――なんか、いい感じだ!
こんしまちゃんは鏡に背を向け、衣紋を抜いてあらわになったうなじも観察する。
そんな彼女のそばに、間地さんが立つ。
「こんしまちゃん、やっぱり和装が似合うね」
「う、うれしいな……」
そのうなじさえ、こんしまちゃんは赤くした。
「間地さんの着付け、とっても上手だもんね……!」
「……ありがと。でも、やり方が合ってたかは分からない」
間地さんは、淡白に答えた。
「それより、こんしまちゃん。せっかくだから写真撮ったら?」
「あ、そうだね……」
たたんでいる制服のそばに置いてあるスマートフォンを持ち、こんしまちゃんが鏡の自分と対面する……っ!
「じゃ、撮ろっと……」
こんしまちゃんは、鏡に映り込んだ自分の着物姿を何回も撮影した。
ピースしたりこぶしを天に突き上げたりするなど、さまざまなポーズをとりながら……。
ただし間地さんは、こんしまちゃんの写真を撮らなかった。
「着てもらえただけで、じゅうぶんだからね」
そう言って、こんしまちゃんの着物姿を目に焼きつけている……!
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
よごしたら悪いので、こんしまちゃんは制服に着替えなおした。
着物を脱ぐ際も、間地さんに手伝ってもらった。
二人は更衣室から出る。被服室で待機していた服飾部顧問の先生に着物を預ける。もともとその着物は、先生の持ち物だったらしい。
もちろん着物撮影の許可は、すでにいただいている。写真を友達に送ってもいいでしょうかとこんしまちゃんが聞くと、先生は快く許可してくれた。
間地さんとこんしまちゃんは先生にお礼を言ったあと、背もたれのないイスに再び座る……ッ!
「素敵な着物を着せてもらうだけじゃなくて写真も撮らせてもらっちゃって……本当にタダでよかったのかな……」
「いいんだ、いいんだ。わたしもこんしまちゃんに着付けできて満足だから、マジでウィンウィンだよ」
ここで間地さんは、足を組む。
「ところで、こんしまちゃん。さっきの着付け、めんどくさいと思わなかった?」
「じっくり、しっかり、ていねいだったとは思うよ……」
「といっても毎日、着るとなったらな~。洋服に比べて和服は不便なんだ」
「間地さん……」
「わたしには野望があってね」
とくに声の調子を変えず、ひょうひょうと言う。
「――もっと和服をポピュラーにしたい。だって和装は美しいから。……もちろん洋服も美しいよ。でも今のところ和服はあんまり注目されてない」
「確かに今は洋服が主流だね……」
こんしまちゃんは、自分の制服に目を落とした。
「でも不思議……。昔は和服、たくさん着られていたはずなのに、なんで今は着る人ほとんどいないんだろ……」
「理由の一つは、さっきの着付けですでに明らか。着るのにマジで時間がかかる」
「そっか。……あと高価というのも原因なのかな」
「うん。さらに、洗いにくい。保管しにくい。動きづらい。脱ぎ着しづらいからお手洗いでも不便。それとわたしが個人的に思うのは……コーディネートの幅がせまい」
「……幅?」
顔を上げて首をひねるこんしまちゃんに、間地さんは説明する。
「たとえば着物って言ったら、ワンピースのロングタイトスカートのかたちになるよね。確かに和装でも帯と着物の組み合わせとかでコーディネートできないこともないんだけど――」
が、ここで言葉を切る……!
「あ、ごめん。こんしまちゃん。わたしの都合で付き合わせたのに、こんな話までして……」
ついで間地さんは「もう帰ってもいいんだよ」と言おうとした。
けれど、こんしまちゃんが先に口をひらく……っ!
「きょうのところは、わたし予定ないし……できれば間地さんの話、聞きたい……」
「へ? マジで?」
「マジ……」
「そ、そっか。ありがと」
そんなわけで、間地さんが話を続行する……ッ!
「――えっと、つまり和装はコーディネートのバリエーションが洋装に比べて少なすぎるんだ。基本的にスカート丈は一緒だし、上下の色や柄も同じだし、スカート部分はきつめ。もちろん、そういう服装が悪いわけじゃない。でもファッションを楽しむ際に、この縛りがマジで足を引っ張ってると思う」
「袴はどうかな……?」
「それもロングプリーツスカート縛り」
「確かに」
「和装ならではのファッションは当然あるよ、すばらしいんだよ。でもな~、それって一般人が気軽に楽しめる感じじゃないんだな~。だから現状、ポピュラーにはならない。……そして、こんしまちゃん。みんな日常的に和服を着なくなった最大の理由は分かる?」
「……洋服と比べて着づらいからじゃないの?」
「そう、着づらい。でも物理的な着づらさよりも、精神的な着づらさのほうが優先されるんだ」
「心の問題……?」
「みんな日常的に和服を着なくなった最大の理由は、みんな日常的に和服を着なくなったからだよ」
「へ……?」
わけが分からぬ、こんしまちゃん……っ!
間地さんは足を組むのをやめ、優しい声を出す。
「たとえば、こんしまちゃん。まわりの人全員が和服を着ているとき、こんしまちゃんは洋服を着る?」
「きっ……」
着ると答えようとして、こんしまちゃんは言葉をにごした……ッ!
「着ないと思う……」
「なんで? 着物を始めとする和服は洋服と比べて、着るのにも脱ぐのにも時間かかるし洗いにくいし保存しにくいし動きづらいしコーディネートの幅もせまいし高価。これだけ相対的なデメリットがあるのに、どうしてわざわざ和服を着るのかな?」
「自分一人だけが違う服装だと、生意気って思われちゃうかもしれないから……。それに和服を選んでも、みんな着るのに時間かかるなら……もし遅刻したりしても『みんな一緒』ってことで許されそうだし……」
「わたしもマジで同じ考え」
間地さんが靴を脱ぎ、イスの上であぐらをかく……!
「やっぱり、まわりの人から『おかしい』って思われないこと――それが重要なんだね」
あぐらによって重なった左右の足首をつかみ、前後に体をゆらす間地さん。
「別にわたしはみんなが洋服を着ていることに反発しているんじゃないよ。洋服は洋服で、いいものだからね。でも、そのなかで一人一人が自由に和装を選択してもいい世の中になってくれたらいいなと思っているだけ。わたしが持っているのは、そういうささやかな野望にすぎないんだ」
「和服を着る人が少しでも増えれば、和服を着ることに対するみんなの目もあたたかくなって……和服を着るハードルも下がるね……」
「ま、まあそういうことだけど……あれ? 賛同するの、こんしまちゃん」
「正直あんまり分かんない。でも間地さんの野望は応援したい……。だって間地さんの着付け、ていねいだった……和服を愛している証拠だよ……」
「そう。どうも」
間地さんは、イスの上で正座になった。
「どうすれば和装を普及させることができるか、ちょっと考えようか。こんしまちゃん、まだ付き合ってくれる?」
「うん」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
スクールバッグからノートを出し、なにやら間地さんが書きつける……っ!
「和服がなぜ流行らないのか、課題を箇条書きでまとめてみよう。今回は着物にしぼって考える」
一、着るのが大変
二、脱ぐのが大変
三、買うのが大変
四、動くのが大変
五、洗うのが大変
六、保管するのが大変
七、個性を出すのが大変
八、悪目立ちしないようにするのが大変(なお全部の項目に「洋服と比べて」という注意書きがつく)
「これをマジで一つずつ攻略していく必要がある。といっても『悪目立ちしないようにする』に関しては、ほかのが克服されて和装へのハードルが下がれば問題ないだろね~」
「だね……」
イスを寄せ、こんしまちゃんは間地さんのノートをのぞき込む。
「次に解決しやすそうなのは……『洗う』『保管する』じゃないかな……」
「まあ、これについては素材が重要だね。とくに絹とウールはな~。そういう素材の和服も最高ではあるんだけど、軽い気持ちで水洗いしたら縮んだりするんだよ~。色落ちも嫌だしね」
いまだに間地さんは正座を崩さず、むむむとうなる……っ!
「洋服に比べてアイロンかけづらいし……保管する際も湿気や虫にいっそう気を配らないといけない。しかもハンガーにかけるのは基本的に推奨されない」
「じゃあ洋服の――」
こんしまちゃんも、釣られて首をかしげる……!
「シャツとかスカートとかによく使われる生地にしちゃえばいいのかな……」
「コットン、リネン、ポリエステルあたりで作ればよさそう。今だとハンガーにかけられる着物もちゃんと発明されているから……洗いやすくて保管しやすい着物は普通に実現できるはず」
そう言って間地さんが、ノートの「洗うのが大変」「保管するのが大変」という文字列に打ち消し線を引く。
「じゃ次は……そうだね、『買うのが大変』ってのを解決してみよう、こんしまちゃん」
「着物とかってレンタルでも高いイメージあるよ……」
「素材を一般的な洋服に近づければ費用は抑えられる。あとは……着る機会が少ないから値段が高くなるのは当然。もっと企業が生産数を増やして、価格競争が発生すれば……」
「大量生産のためには、みんなに着てもらわなきゃ……」
「需要を生み出さないといけないかあ。そして和服の構造も簡略化して値段をさらに安くしないとね」
そうして「買うのが大変」という文字列の横に三角形を書く間地さん。
「構造の単純化――これが着脱の容易さにも、つながる」
「といっても、着物ってすでに完成されたデザインだと思う……これ以上どこに手を加えるの……」
「いい指摘だね、こんしまちゃん。ここで注目したいのが、セパレート着物というヤツだよ」
「セパレート……? 分かれてるってこと……?」
「そう。着物ってワンピースに近いよね。でも実は、二つや三つに分割されている着物もすでに登場してるんだ。ちょうど上下に分かれて、別々に着られる」
「それだと時間をかけずに着たり脱いだりできるね……お手洗いも楽ちん……!」
「そこでわたしは、こういうものを考案してみた。もう考えている人もいるかもしれないけど」
間地さんはノートに、絵をかいた。
着物である。正確には、上下の分かれているものだ。
「こんなふうに、トップスとボトムスに分ける」
トップス部分は首の下から腰までを、ボトムス部分は胸の下から足までをおおっている。
「着物とその下に着る長襦袢を一体化させておく。きちんとした肌襦袢がなくても自然に着られるよう、長襦袢の素材は肌に優しいものにする」
「おお……」
「すぐ脱ぎ着できるよう最初から衿を合わせて固定し、プルオーバーにするのがよさそう」
「ぷるお……?」
「ファスナーとかボタンとかを使わずに、なかに頭を入れて着る服のこと」
「そんな名前があったんだ……」
「あと……前がひらいていて、それをとめるタイプもあったらマジ選択肢が広がるね。和装の美しさを損ねないよう注意しながら、面ファスナーや普通のファスナーをつけてもいいかも。ヒモで結ぶのも、まあアリ。なによりわたしはボタンをつけたい」
「そういえば、和服――とくに着物って……ボタンついてるイメージないね……」
「わたしは着物にボタンをもっと積極的に取りつけてもいいと思ってる。かっこ悪いって意見もあるだろうけど……ボタンを隠す手もちゃんと考えてあるよ」
間地さんはシャープペンシルの先っぽを、ノートに書いたボトムスに当てた。
ボトムス部分と帯は一体となっている。
「このボトムスが鍵。前提として帯を巻く手間を省くために、ボトムスと帯は最初から一つにしておく。で、トップスを着たあとにボトムスを着るわけだけど……そのとき、ボトムスの帯の部分がトップスの胸から下に重なる。これなら、たとえば腰の近くにトップスのボタンをつけていても帯の下に隠すことが可能」
「それだと自然な感じになるね……」
ここでこんしまちゃんが、自分の制服のスカートをちょっとつまむ。
「……ボトムスはスカートみたいに、はけるの?」
「もちろん。帯にゴムを仕込んだり、帯の下にベルト通しをつけてボトムスをベルトで固定したりするのが現実的かな。この帯は固すぎない素材で作るのがベターだね」
「わあ……パッと脱ぎ着できそう……。トップスとボトムスで十秒もかからないんじゃないかな……」
「それは人によるだろうけど、これで洋服みたいに和服が着脱可能になる。服の構造も単純になって、コストも大幅にカットできる。こういうことを考えているのはわたしだけじゃないから、それで価格競争が起こってくれればいいな。マジで」
そして間地さんは、「着るのが大変」「脱ぐのが大変」という文字列にも打ち消し線を引いた。
「よし、これで八つの課題のうちの半分を解決した。続いて『動くのが大変』をどうにかする」
「素材とか構造とかを洋服に近づけたなら……日常的にも動きやすくなりそうだけど……」
「まあね。全体的に軽く、やわらかい生地を目指す必要がある。加えて、動きやすい和服のバリエーションを増やしていきたい」
「……袴とか?」
「それもいいんだけど、ボトムスの丈をもっと短くしたり、タイトスカートみたいになっている部分を横に広げて足の可動域を拡大したりするのも手じゃないかな。イラストやコスプレの衣装では実際にそういうのあるし」
「ボトムスをズボンのような作りにするのは……?」
「あ、いいかもね、こんしまちゃん。パッと思いつくのはももひきかあ……。でも、ももひきはレギンスの和服バージョンみたいな感じのヤツだから、そのまんまズボンにするのに抵抗感ある人もいるかも。たとえば着物のボトムス部分に股下を作って二つの筒に足を通す感じにする……とかだったら見た目としても申し分なさそう。もしくはキュロットスカートみたいにするのもアリ」
「いいね……!」
「ありがとう。それと長ズボンだけじゃなく半ズボンもいけそうだね。……じゃ、『動くのが大変』にも打ち消し線、引いてっと」
ついでノートの「個性を出すのが大変」の文字列を見つめる間地さん……っ!
「……トップスとボトムスを分けるとなれば、そのぶん組み合わせにもバリエーションが出てくる。コーディネートの幅も広がる。上下は必ずしも同じ色や柄じゃなくてもよくなるんだから。これは動きやすさにも関わることだけど、トップスの袖もボトムスの丈も、もっと自由にして……ボトムス部分にタイトスカート以外の形状を採用してさ……。ズボンに限らず、たとえば前後で丈が違うフィッシュテールスカートにしてもマジでおもしろいかもしれない」
「重ね着して十二単にするのは……?」
「マジでアリだね」
こんしまちゃんに笑いかけながら……間地さんがイスの上での正座をやめ、あぐらに戻る。
「そうやって和服を気軽に楽しく着られるようになれば、その生産量も上がり、より安価で手に入れやすくなる。和装を当たり前とする時代が再来し、日常的な着用のハードルが下がる」
うれしそうに間地さんは、「個性を出すのが大変」「買うのが大変」「悪目立ちしないようにするのが大変」に打ち消し線を入れていく……っ!
これで八つの課題すべてに、打ち消し線が引かれたことになる……!
「――以上を克服すれば、和装の普及は夢物語じゃないね。もちろん伝統的な和服も残すべきだし、『それ、もはや和服じゃなくない?』と言われるのも当然だと思う。けれど和服を『昔の服』として引っ張り出すだけじゃなくて、『未来の服・今の服』として新しく作っていってもいいと思うんだよな~」
そう言って間地さんは足を下ろし、靴をはきなおした。
こんしまちゃんはその様子を、まじまじと見ていた……。
果たして間地さんが口にしたのは、夢想なのか決意表明なのか――それについては分からなかったけど。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
間地さんは「聞いてくれてありがとう。あと着付けに付き合ってくれたことも、あらためてありがとう」と言った。
こんしまちゃんは「いろいろ話してくれてありがとう……。着付けしてくれたことも、あらためてありがとね……」と返した。
背もたれのないイスから立ち上がり、こんしまちゃんが被服室を去ろうとする。
「それじゃ、間地さん……。みんなが自分の着たい服を着られるようになるといいね……」
「マジでマジメにそう思うよ」
イスに座ったまま、間地さんが見上げる。
「こんしまちゃんは?」
「わたしは、あんまり服にこだわりないんだ……」
「なのに聞いてくれたんだ?」
「だって、おもしろかったから……」
「そう。わたしの押しつけになっていなくて、よかった」
間地さんは、ボリュームのあるおさげをさわった。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
その日の夜、こんしまちゃんはとくに仲のいい友達三人に着物姿の写真を送った。
写真は、鏡に映った自分の姿を撮影したもの。紫の着物に黄色の帯を締めた、お団子頭のこんしまちゃんがそこにいる……!
スマートフォンを使って送信した。こんしまちゃんはララララ・ララララ・ラララインをやっていないけど、別に友達への連絡手段がないわけじゃないのだ……ッ!
でも送信したあと友達の一人から、こんな電話がかかってきた。
『こんしまちゃん? わたしだけど……』
「あ、アヤメちゃん……」
『着物、似合ってるね』
「ありがとう……」
『ところで、こんしまちゃん。その、自分の写真、どうやって撮ったのかな?』
「鏡をパシャリだよ……」
『あ、そういうこと。鏡越しだから、逆になっていたんだね』
「逆……?」
こんしまちゃんは、すでに写真をプリントアウトしていた。
それを、まじまじと見る……ッ!
確かに着物姿のこんしまちゃんがピースしたりこぶしを天に突き上げたりしているが、よく見たら、なんかおかしい。
向かって左側の着物の衿が、向かって右の衿の上に重なっている。
これでは左前だ。着物の着方としては、衿の重ね方を逆にする右前のほうが正しい。
間地さんはちゃんと右前にしていたけれど、こんしまちゃんが鏡の自分を撮ったせいで左右が逆転し、左前になってしまったのだ……っ!
「しまった……。これじゃ死装束だよ……」
だけど友達のみんなは、おこったりしなかった。『いい』って言ってくれた。
そして後日、こんしまちゃんから失敗談を聞かされた間地さんは「よかったらもう一度着付けに付き合ってほしい」とこんしまちゃんをさそうのだった。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
☆今週のしまったカウント:二回(累計九十回)
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回の今週のしまったちゃんは十一月十四日(金)更新です!
(十一月から毎週金曜日の午後七時ごろに投稿することにしました。それ以外の日は別作品を更新しています)




