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第二十一週 友達の記録をつづってしまった!(月曜日)

 ……「今週のしまったちゃん」とは、こ(・)ん(・)し(・)ま(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)こと紺島(こんしま)みどりの「しまった」に関わる物語だけど……。


 これをつづっているのは、だれなのか。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 十月、とある月曜日の放課後。

 こんしまちゃんは高校をあとにして、病院に向かっていた。


 その途中(とちゅう)で、だれよりも整ったかたちの耳を持つ飯吉(いいよし)庚(かのえ)くんとすれ違(ちが)う。


「こんにちは、飯吉(いいよし)くん……」

「ども、こんしまちゃん……」


 飯吉くんは、病院から出てきたところだった。

 あいさつだけを交(か)わし、二人(ふたり)は別れる。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 病院の建物に入(はい)ったこんしまちゃんは受付(うけつけ)で、友達のお見舞(みま)いに来たと伝えた。


 そうしてお見舞いの許可を得て……目当ての病室を訪(おとず)れる。


「具合、どんな感じ……? 矢良(やら)さん……」


 病室には、白いベッドが四つ並んでいた。

 でも使われているのは、窓際の一(ひと)つだけ。

 そこに、こんしまちゃんのクラスメイト――矢良みくりさんが寝(ね)ている。


「あっ、こんしまちゃんっ」


 ……矢良さんの上半身が浮(う)き上(あ)がる。

 どうやら彼女(かのじょ)が使っているのは、背中の部分のかたむきを調整できるリクライニングベッドらしい。


 そのポニーテールがひるがえる。


「ま、きょうは学校行(い)けなかったけど……あしたは、だいじょぶだろね~」

「そう。よかった……」


 こんしまちゃんはホッとしつつ、ベッドの横のイスに座(すわ)った。



 矢良さんは、とある病気にかかっている。

 普段(ふだん)は平気みたいだけど、症状(しょうじょう)が出るとめ(・)ま(・)い(・)や吐(は)き気(け)、倦怠感(けんたいかん)などに襲(おそ)われる。


 そのとき脳が重くなって視界に薄(うす)い赤や青が加わると本人は言う。


 発症(はっしょう)した時期は、小学校に入(はい)る前だそうだ。

 年齢(ねんれい)にかかわらず、かかった人の数パーセントは十年とちょっとで亡(な)くなるらしい。


 だから矢良さんは定期的に病院で検査を受けたり薬を服用したりしている。

 なお病名については本人が教えてくれない。「自分の病気を調べられるのが、なんか嫌(いや)」とのことだ。


 当の矢良さんは、自分が病気を持っていることを友達や知り合いに明かしている。

 ただし数パーセントの確率で死ぬ可能性がある点に関しては、伏(ふ)せている。



 クラスメイトのなかで矢良さんの病気を理解しているのは、こんしまちゃんとあ(・)と(・)一(・)人(・)だけだ。


 イスに座(ざ)したこんしまちゃんが、その名を口(くち)にする。


「病院の前で飯吉(いいよし)くんと会ったよ……矢良さんのお見舞(みま)いに来てたんだよね……」

「そだよん。きのうわたしが倒(たお)れたって親が連絡(れんらく)したみたいっ」


 飯吉(いいよし)庚(かのえ)くんと矢良(やら)みくりさんは、ほぼ生まれたときからの知り合いだ。

 というか、飯吉くんと矢良さんの保護者同士の仲がいい。


 矢良さんの祖父母(そふぼ)のきょうだいの孫が飯吉庚くんなのだ。

 つまり矢良みくりさんと飯吉庚くんは「またいとこ」の関係。六親等(ろくしんとう)の親族である……ッ!


 ちなみに矢良さんと飯吉くんは中学のとき付き合っていたらしいけど、今は別れている。


「こんしまちゃんっ。ところで庚(かのえ)くん、きょう学校来(き)てた?」

「いいや……」


 飯吉くんは七月あたりから学校を休みがちになっている。

 ついには今月初頭の土・日にひらかれた文化祭にすら顔を出さなかった。

 体調が悪いわけじゃない。意図的に登校していないみたいだ。


 矢良さんの顔が、ちょっとく(・)も(・)る(・)。


「もしかして庚(かのえ)くん……わたしと……あたしと学校で会いたくないのかなあ」

「そ、そんなことないよ……」


 慌(あわ)ててフォローする、こんしまちゃん。


「きょうお見舞いに来たんだよね……飯吉くん、優(やさ)しいよ……」

「ふふっ、そうかもねっ」


 明るさを取り戻(もど)し、矢良さんが笑う。


「だったら病院までわざわざ足を運んでくれたこんしまちゃんも優しいわけだっ」

「えへへ……」


 こんしまちゃんが、両手をいじくり照れている……っ!

 その顔を見ながら矢良さんは――。


 こんしまちゃんと友達になるまでの日々を思い出していた。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 今年の四月最初の月曜日、こんしまちゃんたちは高校に入学した。


 ただ……入学式を終えてい(・)っ(・)た(・)ん(・)クラス教室に入(はい)ったときだった。

 自分の席に着こうとした矢良(やら)さんのカバンから、小(こ)ビンが転がり落ちたのだ。


(やらかした……っ)


 小ビンには錠剤(じょうざい)が入(はい)っている。

 なんとなく矢良さんは、それを見られるのが嫌(いや)だった。


 でも矢良さんが手を伸(の)ばそうとする前に、だれかの手がスッとその小ビンをすくった。


「はい……これ……」

「あ、ありがとっ」


 お礼を言いつつ、矢良さんは小ビンを受け取った。

 見ると、ウェーブのかかったくせ毛(げ)を持つ女の子がモジモジしている……っ!


 小ビンをカバンにしまった矢良さんは、その女の子に声をかけた。


「なにか困ってるの?」

「そ……それがね」


 ウェーブの女の子は、矢良さんの耳に口(くち)を近づける。


「小学校のころ一緒(いっしょ)だった男の子が、隣(となり)の席にいるの……それで、ドキドキしちゃって……」

「え、もしかしてっ」


 矢良さんはす(・)ぐ(・)に(・)気づいた。

 

(この子は、その男子に好意を寄せているんだな)


 けれど、あえて言葉を飲み込(こ)む。

 代わりに、こんなことを言う。


「……その男の子、右隣(みぎどなり)と左隣(ひだりどなり)……どっちに座(すわ)ってる?」

「え……右だよ」


 戸惑(とまど)いながらも、ウェーブの女の子は答えた。

 うなずいた矢良さんは、軽く手を合わせる。


「じゃっ、平気っ!」

「へ……?」

「心臓は胸の左寄りにあるよねっ。だから、もし相手が左にいたらドキドキが聞こえるかもしれないけれど――右隣の人に対しては比較的(ひかくてき)ドキドキを悟(さと)られづらいはず……っ!」


 われながら適当なことを言ってるな~と矢良さんは思った。

 ただ、目の前の女の子は感心したようにあ(・)い(・)づ(・)ち(・)をうっている……っ!


「なるほど……勇気(ゆうき)、出してみるね……!」


 そして深々(ふかぶか)と頭を下げたあと、ウェーブの女の子は自分の席に着いた。

 右隣の男の子に自分から話しかけている。


 だけどメッチャ緊張(きんちょう)しているらしく、途中(とちゅう)で舌をかんじゃったようだ……。

 そのとき、こんな言葉が聞こえた。


「しまった」


 やや「ちまった」にも近い音(おと)だった。

 さらに男の子がウェーブの女の子をじっと見つめて、ほほえむ。


「こんしまちゃん……」

「鵜狩(うかり)くん……」


 それから二人は、仲よさそうに会話を交(か)わし始めた。


(小学校のころ一緒(いっしょ)だったって話は、どうやら本当みたいだねっ。よかった……)


 矢良さんは、その男の子の前の座席に視線を移す。

 アホ毛(げ)の女の子がそこに座っている。


 そのアホ毛の子の一(ひと)つ前の席に、整ったかたちの耳が見える。

 矢良さんのまたいとこの、飯吉(いいよし)庚(かのえ)くんの耳だ。


(庚(かのえ)くん……でも中学卒業前に別れたし、話(はな)しかけづらいなあ……)


 で、またウェーブの女の子のほうを見る。

 右隣の男の子に、やわらかな笑顔(えがお)を向けるその子を。


(久しぶりに会ったんだよね? なのに……すごいなあ。やらかして嫌(きら)われたりするの、怖(こわ)くないのかな)



 そして間(ま)もなくクラス担任が現れ、生徒全員に自己紹介(しょうかい)するよう促(うなが)した。


 自己紹介の順番は、出席番号順ということになった。

 教室の席も、それに従(したが)って並んでいる。


 出席番号一番(いちばん)の女の子は、「できれば、下(した)の名前で呼んでください!」と言った。続いて飯吉(いいよし)くんが、みんなに愛想(あいそ)のいい笑顔を振(ふ)りまいた。


 鵜狩(うかり)くんという男の子は、「俺(おれ)は忍者(にんじゃ)が好きです」と堂々とカミングアウトした……ッ!


 さらにウェーブのかかった女の子の番が回(まわ)ってくる。


「わたしは紺島(こんしま)みどりと言います」


 自分の名前「みくり」と一字(いちじ)違(ちが)いであることに、矢良さんは変な偶然(ぐうぜん)を感じた。


「なにを隠(かく)そう、わたしは『今週のしまったちゃん』です……『こんしまちゃん』って気楽に呼んでほしいです……」


 でもみんなの口(くち)は、ポカ~ンである。

 それに気づき、女の子はほ(・)お(・)を染めてうつむいた。


「しまった……高校デビュー失敗しちゃった……」


 なんか、これがウケた。

 クラスのみんなが、「だいじょうぶだよ、紺島さん……じゃなくて、こんしまちゃん!」とか言い始めたのだ……ッ!


 単純(たんじゅん)に面白いと思った人と、このままだとか(・)わ(・)い(・)そ(・)う(・)と思った人がだいたい半(・)分(・)ず(・)つ(・)いたようだ。


 ちなみに矢良さんは、両方の気持ちをいだいていた。

 とはいえクラスのなかには、とくに反応を示していない人もいる。髪(かみ)が長くて表情がよく見(み)えない人とか、足を二重に組んでいる人とか。


 そんで、こんしまちゃんが照れつつ自己紹介を終えたあと、次の人は「わたしは右利(き)きでも左利きでも両利きでもありません」と明かした。


 矢良さんは、これに影響(えいきょう)されたようだ。


(あたしもみんなに自分のこと話(はな)しとこうかなっ。数パーセントの確率で死ぬかもしれないことは伏(ふ)せるけどね~)


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ――いつの間(ま)にか、時間は進む。

 入学式の日から一週間後(いっしゅうかんご)の月曜日になる。


 そろそろクラスのグループも固まり始めていた。


 ちなみに矢良さんがとくに注目しているのは、二人。

 元カレの飯吉(いいよし)庚(かのえ)くんと、なぞの生き物紺島(こんしま)みどりだ。


 飯吉(いいよし)くんはクラスの雰囲気(ふんいき)に流されて、「いいよ」という言葉を連発している。


 一方、紺島みどりは自分からクラスメイト一人一人(ひとりひとり)に声をかけるタイプのようだ。

 といっても過度になれなれしいわけでもない。


 紺島みどりは早くも「こんしまちゃん」と呼ばれ始め、その存在感を増している……っ!

 右隣の鵜狩(うかり)くんとも、う(・)ま(・)く(・)やれているようだ……!


(なんだろ、あの子)


 矢良さんは、自分のポニーテールを手でく(・)し(・)け(・)ず(・)る(・)。

 紺島みどりの、ウェーブのかかったくせ毛を見ながら……。



 ともあれ、その日の授業は正午前(しょうごまえ)に終わった。ただし、昼休みはあった。

 帰りのホームルームのあと意を決し、矢良さんが紺島みどりに声をかける。


「こんしまちゃんっ」

「あ……矢良さん……」


 当然ながら、紺島みどり――こんしまちゃんも矢良さんの本名をすでに覚えている。

 矢良さんは、こんしまちゃんをさ(・)そ(・)う(・)ことにした。


「実は……このあと、こんしまちゃんと一緒(いっしょ)に行(い)きたいところがあるんだけど、だいじょぶかなっ」

「うん……」


 あっさりと、こんしまちゃんは承諾(しょうだく)した。



 学校から出て、矢良(やら)さんとこんしまちゃんはトコトコ歩いていく。

 信号機の一(ひと)つが赤になって足をとめたとき、矢良さんが口(くち)をひらいた。


「あたしから、さそっておいてな(・)ん(・)だ(・)け(・)ど(・)さっ、こんしまちゃんっ」

「どしたの……」


「友達でもない人からの突然(とつぜん)のおさそいに乗ったりするのは、あ(・)ん(・)ま(・)り(・)よくないんじゃないかなっ。しかも、どこに行(い)くかも不明なんだよ~」

「しまった……確かに」


「人を見たらな(・)ん(・)と(・)や(・)ら(・)じゃないけど、あたしがオオカミだったらどうするのっ」

「即(そく)通報」


 ジト目でこんしまちゃんは答え、カバンから防犯ブザーを取り出す。


「隙(すき)あらばこ(・)れ(・)を鳴らしたり逃(に)げたりするよ……」

「オオカミかもしれない相手に、防犯ブザーの所在を明かしちゃダメだよ~」

「……しまった」


 ブザーをカバンにしまいなおす、こんしまちゃん。

 矢良さんは、横目でチラチラその様子を見ている。


(警戒心(けいかいしん)がないわけじゃないんだね。それなのに、どこか大胆(だいたん)で積極的……。しかも陽(よう)キャって感じも陰(いん)キャって感じもしない。キャラ作っているんじゃなくて素(す)っぽいし、こういうタイプの人は初めてだなあ)



 で、さらに矢良さんは歩いていく。こんしまちゃんは、ついていく。

 いくつもの横断歩道を渡(わた)ったあとで、矢良さんが前方を指差す。


「あ、着いたよっ」


 こんしまちゃんが案内されたのは、ちょっとした病院だった。

 大きい駐車場(ちゅうしゃじょう)がある。ただし病院の周辺に、目立った建物はない。


 矢良さんはこんしまちゃんを連れて、病院内に入(はい)った。

 受付でなにか話したあと……ロビーのソファに腰(こし)かけたこんしまちゃんのそばに寄る。


「さてとっ。しばらく待つよう言われたから、あたしも座(すわ)るねっ」


 こんしまちゃんの右隣に、矢良さんが腰を下ろす。

 声の大きさを落とし、言葉を継(つ)ぐ。


「先週の自己紹介のとき、あたしが病気にかかっていることは伝えたっけ~」

「聞いたよ……」


「そのときは言わなかったけど……実際あたし、高校卒業前に死ぬかもしんないっ。数パーセントの確率でっ」

「そんなに重いの……?」

「まあ普段(ふだん)は平気なんだけどね~、たまにあの世が見えるかなっ。……だったらずっと病院にいたほうがいいって思うよね? だけど登校したほうが、あたしの体調もよくなるんだ~。あ、ちなみに、まわりの人に感染するタイプのやつじゃないから、う(・)つ(・)さ(・)れ(・)る(・)心配はゼロだからねっ」


 ここまで言って、矢良さんはこんしまちゃんの反応を観察する。

 当のこんしまちゃんは、次のように返した。


「……ありがとね」

「こんしまちゃん……?」


 なぜお礼を言われたのか、矢良さんには分からなかった。


「……わた……あたし、な(・)ん(・)か(・)したかなっ」

「自分のことを話(はな)してくれた」


 こんしまちゃんが、目をパチパチさせる。


「それだけで、わたしはう(・)れ(・)し(・)い(・)……だって相手のことを知って初めて、その人から遠ざかったりその人に近づいたりすることがで(・)き(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)なるから……」


 ついで首をぐるんっと矢良さんに向けた。


「というわけで、わたしもカミングアウトする……! わたし、実は小学校五年生になるまで……なにもないところで、たくさん転んじゃう人だった……」

「そ、そうなんだっ」


 矢良さんは目を微妙(びみょう)に背(そむ)け、こんしまちゃんのウェーブのくせ毛(げ)に視線をやる。


「ごめんね」

「……へ?」


 こんしまちゃんが首をかしげた。

 矢良さんが、今の謝罪について説明する。


「本当はあたし、こんしまちゃんのき(・)た(・)な(・)い(・)ところが見たかったんだ。病院に連れてきて、病気で死に至(いた)るかもしれないって明かしたのも……嫌(いや)がるあなたを目に焼きつけたいと思ったから。でも、まさか感謝されるとは予想してなかったな~」


「嫌がってほしかったの……?」

「というか、モヤモヤしてねっ。今のクラスに元カレがいるんだけど、なんか話しかけられなくて。一方で、こんしまちゃんは小学校のころの友達と平然と仲よくやってるわけでしょ。だから、なんか悔(くや)しくなった。ここに来る途中(とちゅう)で話しているときも、あたし……なんか意地悪だったよねっ、ごめん」


 そして少しさびしい目をしながら、軽く噴(ふ)き出す。


「って、やらかしちゃった。これじゃ、きたないところを見せたのは、あたしのほう――」

「……きたなくないよ」


 こんしまちゃんが、自分の左胸をたたく。


「矢良さんは……入学式の日に、わたしに言ってくれた……右隣の人には、ドキドキを悟(さと)られづらいって……。その言葉があったから、わたしは鵜狩(うかり)くんとちゃんと話せたんだよ……」


 視線を戻(もど)す矢良(やら)さんの目をじっと見て、ペコリと一礼(いちれい)する。


「……しまった。そのとき助けられたことに……わたし、お礼を言ってなかったね……だから、ありがとう……」

「別に、あれは適当に言っただけ」

「そうだとしても……感謝してる」


 頭を上げ、ずいっと身を乗り出すこんしまちゃん。


「元カレとのこと……わたし協力するよ……」

「き、気持ちはうれしいよっ」


 慌(あわ)てて矢良さんは手を振(ふ)る。


「でも無理して関係を戻したいとか、そういうのじゃないんだっ。ただモヤってただけっ」

「そうなの……?」

「うん、だから……だいじょうぶっ。むしろ、こんしまちゃんにぶ(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)け(・)て(・)、ちょっとスッキリした」


 そして矢良さんがソファから立ち上がる。

 このタイミングで病院のスタッフさんが、矢良さんの名前を呼んだからだ。


 矢良さんは振り返り、こんしまちゃんを見下(みお)ろす。


「これからあたし、定期検査。……勝手なのは分かってる。でも、できれば待ってて、こんしまちゃん」

「分かった……」



 果たして、こんしまちゃんは――。

 二十分後、矢良さんが帰ってくるまでソファに座(ざ)して待っていた。


 そのまま一緒(いっしょ)に二人は帰る。

 このとき矢良さんは、ぽつりとつ(・)ぶ(・)や(・)い(・)た(・)。


「これからあたしが学校休(やす)んだときは……あの病院で寝(ね)てると思って。よかったら、お見舞(みま)いに来てほしいな」

「いいよ……」


 それは、了承(りょうしょう)の意味の「いいよ」で間違(まちが)いなかった。



 言葉どおり、こんしまちゃんは矢良さんが休んだときに病院へと足を運んだ。

 矢良さんはリクライニングベッドを起こし、こんしまちゃんを迎(むか)えた。


 病室への食べ物などの持ち込(こ)みはダメだったので、こんしまちゃんはベッドのそばのイスに座(すわ)って、ただ黙(だま)っていたりと(・)り(・)と(・)め(・)な(・)く(・)話したりした。


 そのなかで矢良さんは、もっと自分のことを明かしてくれた。


「あたしねっ、ちょっとでも気分を明るくするために、いろいろ工夫(くふう)してるんだっ。たとえばいつもポニテにしてるのは、元気なイメージでいたいからっ! 話すときも語尾に小さな『っ』を付ける感じだけど、それもイメージのための工夫なんだよ~。『わたし』じゃなくて『あたし』って一人称(いちにんしょう)を使おうとしてるのも、その一環(いっかん)だね~」


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 さらに一月(ひとつき)以上飛び、六月の最初の月曜日。

 学校を休んだ矢良さんのもとに、こんしまちゃんがお見舞(みま)いに来た。


 病室のベッドで矢良さんは、ノートに絵をかいていた。


「こんしまちゃん……きのう親に言われたんだけど」


 ペンが走り、ポニーテールの女の子ができあがっていく。


「日記つけたらど(・)う(・)か(・)ってさ。そしたら、もっと生きるのが楽しくなるってさ。……あたしも悪くないなあと思ったんだけど、なんか無理なんだよねっ」

「分かる……そういうのって三日坊主(みっかぼうず)になっちゃう……」

「というか、自(・)分(・)の(・)こ(・)と(・)を(・)書(・)く(・)っ(・)て(・)い(・)う(・)の(・)が(・)……なんか、しっくりこないんだ~」


 矢良さんのペンがとまる。

 ノート上の女の子は、のっぺらぼうである……ッ!


「だって自分中心に書かれた記録って、都合のいい妄想(もうそう)みたいじゃん。なんか、閉じた世界っていうかっ」

「……なら、一人称(いちにんしょう)を使わずに書いてみたら……?」

「といっても、あたしのこと書くのはな~」


 ここで矢良さんが、ベッドのそばのこんしまちゃんを見る。


「そうだ、こ(・)ん(・)し(・)ま(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)の(・)記(・)録(・)を(・)つけさせてよっ」

「わたしの……?」


 こんしまちゃんが、体を小刻みに震(ふる)わす……っ!


「いいけど、それって……矢良さんの日記になるのかな……」

「なるよんっ! 書くのは、あたしだからっ。それに他人みたいに、あたしのことも登場させるんでっ。こんしまちゃんを通してあたしの――いや、筆(・)者(・)の(・)あ(・)た(・)し(・)が(・)い(・)る(・)と(・)い(・)う(・)記(・)録(・)をつづるって感じかな? これなら、こんしまちゃんを介(かい)してるわけだから、起こったことはあたしの妄想じゃないって話になるよねっ!」

「なるほど……!」


 震えをとめる、こんしまちゃん……!


「なら協力する……」

「ありがとっ」


 そう言って矢良さんは、ノートの新しいページをひらいた。

 二人は、どんな記録をつけるか話し合う……ッ!


 記録は、で(・)き(・)る(・)限(・)り(・)週に一回(いっかい)のペース。毎日だと途中で投げ出す可能性があるからだ。

 じゃあ具体的に、こんしまちゃんのなにを記録するのか……?


「しまった。全然思いつかない……」


 こんしまちゃんが頭をかかえる。

 対する矢良(やら)さんは、そのセリフを聞いてひらめく……!


「こんしまちゃんの記録なんだから、こんしまちゃんを象徴(しょうちょう)する『しまった』をカウントしてみようっ。カウントするだけじゃなくて、そこでど(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)が(・)あったかも書き残すんだっ」

「ほへ~……」


 こんしまちゃんが、音(おと)を鳴らさず手を打(う)ち合わす。


「アウトラインとして、よさそうだね……累計(るいけい)の『しまった』も数えると、より面白(おもしろ)そう……実際、わたし『しまった』ってどのくらい言ってるか気になるし……」

「まさにこれは、こんしまちゃんこと紺島(こんしま)みどりの、『しまった』に関わる物語ってわけだねっ。で、その裏にあたしの影(かげ)があるっ!」


 文体はマジメなのかふ(・)ざ(・)け(・)て(・)い(・)る(・)のか分からない感じで統一(とういつ)することにした。

 暗くなりすぎても嫌(いや)だし、ただ茶化(ちゃか)すだけなのも冷たい気がする。


「こんしまちゃんっ。いいこと思いついたっ」

「矢良さん、なになに……?」


「末尾(まつび)に三点リーダー並(なら)べたあとで、句点とかビックリマークとかをくっつける文をしばしば挿入(そうにゅう)してみるの~。マンガのセリフでよくあるやり方だねっ。小さい『っ』や『ッ』も混ぜながら……ッ! 緊迫感(きんぱくかん)があるようで、かつ大(おお)げさな感じもして……マジメかそうじゃないか分からない文体とマッチするっ」


「へー……それ、矢良さんにも似合ってるね……!」

「あははっ。そ(・)と(・)づ(・)ら(・)は明るいあたしも、けっこう闇(やみ)の部分があるもんね~」


「いいや、ポ(・)ニ(・)ー(・)テ(・)ー(・)ル(・)だ(・)よ(・)……」

「うん?」

「なんというか……」


 こんしまちゃんが、矢良さんのノートを指差す。


「この三点リーダーにビックリマークをつけたやつ(……!)って、矢良さんのポ(・)ニ(・)ー(・)テ(・)ー(・)ル(・)み(・)た(・)い(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)か(・)な(・)……」

「あ、ホントだっ」


 二人は、ほわ~んと笑い合う……っ!

 さらに話し合いは深まり、「こんしまちゃん以外のことも描写(びょうしゃ)するか」という議論に入(はい)った。


 結果、描(・)写(・)す(・)る(・)という結論に至(いた)る。

 関わる人が多いほど、自分中心の妄想から離(はな)れた感じがするからだ。

 ただしあんまり登場人物を増やしすぎると意味不明になるので、だいたいはクラスメイトにしぼっておく。


「この記録は、だれにも見せるつもりはないけど……万(まん)が一(いち)だれかに見られてもだいじょうぶな範囲(はんい)で書きとどめようっ」


 そして絶対に「悪口(わるくち)ノート」にしないと矢良さんは宣言する。

 この記録によって絶対にだれも不幸にしないと誓(ちか)う……!


「そういえばさ~、気づいてる、こんしまちゃん? ……あたしたちのクラスのみんなって共通点があるよねっ」

「なんか、あったかな……」


「もちろん全員じゃないけど(赤金(あかがね)さんとか)、だいたい名字に合った口癖(くちぐせ)を持ってるってこと。こんしまちゃんは『しまった』で、あたし・矢良(やら)みくりは『やらかした』『なんとやら』とかかな~。庚(かのえ)くんも名字が『飯吉(いいよし)』でさ、『いいよ』ってよく言うんだよねっ」

「確かに鵜狩(うかり)くんも『うっかり』が口癖だね……ただの偶然(ぐうぜん)なんだろうけど、なんかマンガみたい……」


「いや現実っ」

「断言するんだ……!」


「下(した)の名前を見れば分かる。あたしたちって口癖っぽい名字を持つ一方(いっぽう)で、下の名前のほうは、口癖となんら関係ないよねっ。『みどり』も『みくり』も『かのえ』も。ようは、これって……名(・)字(・)と(・)下(・)の(・)名(・)前(・)の(・)関(・)連(・)を(・)切(・)っ(・)て(・)る(・)ん(・)だ(・)よ(・)。たとえばあたしの名前が『矢良(やら)か(・)す(・)よ(・)』だったら……いじめられるかもしれない。そう考えた名付(なづ)け親一人一人(ひとりひとり)が、それぞれに配慮(はいりょ)して名前を与(あた)えてくれたんだね~。――この名前こそが、あたしたちが現実の親のもとで生まれた証拠(しょうこ)なんだよ。もちろん、それ以外の名前の人を否定するってわけじゃないけどね」

「わ……そうだね……」


 こんしまちゃんは、自分を含(ふく)むクラスメイト二十八名の名前をザーッと思い出し、ほとんど矢良さんの言うとおりであることを確認した……っ!


「そんな現実のみんなを記録に含(ふく)めるからこそ、だれも傷つけないようにするわけだね……」

「うんっ。そしてこんしまちゃんの『しまった』に関連づけて、確かに生きているみんなの口癖にも注意を向けて書いてみるっ」

「その意気だよ……矢良(やら)さん……」


 かくして、日記に代わる記録の方針は決まった。


 矢良さんとこんしまちゃんが、互(たが)いに友達であることを自覚したのは、この瞬間(しゅんかん)だった。



 その次の週から、矢良さんはこんしまちゃんの物語をつづり始めることになる。

 こんしまちゃんからも直接話(はなし)を聞きつつ、ノートに書き込(こ)んでいく。


 ようは、この話をつづっているのも今までの話をつづっていたのも――あたし・矢良(やら)みくりなんだけど……。

 ここまで読んだ人がいるなら、おかしいとツッコむこともできるはずだ。


 なぜなら文中に、矢(・)良(・)み(・)く(・)り(・)の(・)知(・)り(・)え(・)な(・)い(・)は(・)ず(・)の(・)情(・)報(・)が(・)出(・)て(・)い(・)る(・)からだ。


 こんしまちゃんは矢(・)良(・)さ(・)ん(・)の(・)記(・)録(・)の(・)た(・)め(・)に(・)情報を提供してくれる。

 だけど全部を話せるわけじゃない。


 こんしまちゃんが直接関(かか)わっていない出来事や、こんしまちゃん以外の考えたことは、こんしまちゃんにも知りえない。

 また、こんしまちゃんは秘密をちゃんと守る人だ。矢良さん相手でも、伏せるべきことは伏せる人間なのだ。クラスメイトの家族のこととか、だれかが隠(かく)していることとかを……こんしまちゃんは友達にも勝手に教えたりしない。


 それに……こんしまちゃん自身も、自分の気持ちを矢良さんにすべて明かしたりするだろうか。

 友達に対しても秘めておきたい思いがあるのは、普通(ふつう)のことだ。


 それらの情報が、どうして今までの記録にあらわれていたのか――その理由については、まだ語れない。


 語りたくない。


♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ともかく、こんしまちゃんと友達になるまでの日々を思い出していた矢良(やら)さんは、ここで自分の記憶(きおく)から抜(ぬ)け出し、十月の月曜日の病室に意識を戻(もど)した。


 自分は、リクライニングベッドを起こしている。

 両手をいじくり照れているこんしまちゃんが、そばに座(すわ)っている。


 こんしまちゃんが、ほほえんで言う。


「もしかして矢良さん……ふけってた?」

「うん……っ」


 昔のことを思い出してた。



 ちなみに矢良(やら)さんのつづる「こんしまちゃんの記録」のノートは、現在(げんざい)近くにない。

 矢良さんの家にしまってある。


 そして矢良さんは、こんしまちゃんにもノートの中身を見せていない。

 ただし、タイトルだけは伝えている。



 いわく――。


 ――「今週のしまったちゃん」というらしい。



♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:六回(累計(るいけい)八十八回)

次回は11月7日(金)更新です。

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