第二十一週 友達の記録をつづってしまった!(月曜日)
……「今週のしまったちゃん」とは、こんしまちゃんこと紺島みどりの「しまった」に関わる物語だけど……。
これをつづっているのは、だれなのか。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
十月、とある月曜日の放課後。
こんしまちゃんは高校をあとにして、病院に向かっていた。
その途中で、だれよりも整ったかたちの耳を持つ飯吉庚くんとすれ違う。
「こんにちは、飯吉くん……」
「ども、こんしまちゃん……」
飯吉くんは、病院から出てきたところだった。
あいさつだけを交わし、二人は別れる。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
病院の建物に入ったこんしまちゃんは受付で、友達のお見舞いに来たと伝えた。
そうしてお見舞いの許可を得て……目当ての病室を訪れる。
「具合、どんな感じ……? 矢良さん……」
病室には、白いベッドが四つ並んでいた。
でも使われているのは、窓際の一つだけ。
そこに、こんしまちゃんのクラスメイト――矢良みくりさんが寝ている。
「あっ、こんしまちゃんっ」
……矢良さんの上半身が浮き上がる。
どうやら彼女が使っているのは、背中の部分のかたむきを調整できるリクライニングベッドらしい。
そのポニーテールがひるがえる。
「ま、きょうは学校行けなかったけど……あしたは、だいじょぶだろね~」
「そう。よかった……」
こんしまちゃんはホッとしつつ、ベッドの横のイスに座った。
矢良さんは、とある病気にかかっている。
普段は平気みたいだけど、症状が出るとめまいや吐き気、倦怠感などに襲われる。
そのとき脳が重くなって視界に薄い赤や青が加わると本人は言う。
発症した時期は、小学校に入る前だそうだ。
年齢にかかわらず、かかった人の数パーセントは十年とちょっとで亡くなるらしい。
だから矢良さんは定期的に病院で検査を受けたり薬を服用したりしている。
なお病名については本人が教えてくれない。「自分の病気を調べられるのが、なんか嫌」とのことだ。
当の矢良さんは、自分が病気を持っていることを友達や知り合いに明かしている。
ただし数パーセントの確率で死ぬ可能性がある点に関しては、伏せている。
クラスメイトのなかで矢良さんの病気を理解しているのは、こんしまちゃんとあと一人だけだ。
イスに座したこんしまちゃんが、その名を口にする。
「病院の前で飯吉くんと会ったよ……矢良さんのお見舞いに来てたんだよね……」
「そだよん。きのうわたしが倒れたって親が連絡したみたいっ」
飯吉庚くんと矢良みくりさんは、ほぼ生まれたときからの知り合いだ。
というか、飯吉くんと矢良さんの保護者同士の仲がいい。
矢良さんの祖父母のきょうだいの孫が飯吉庚くんなのだ。
つまり矢良みくりさんと飯吉庚くんは「またいとこ」の関係。六親等の親族である……ッ!
ちなみに矢良さんと飯吉くんは中学のとき付き合っていたらしいけど、今は別れている。
「こんしまちゃんっ。ところで庚くん、きょう学校来てた?」
「いいや……」
飯吉くんは七月あたりから学校を休みがちになっている。
ついには今月初頭の土・日にひらかれた文化祭にすら顔を出さなかった。
体調が悪いわけじゃない。意図的に登校していないみたいだ。
矢良さんの顔が、ちょっとくもる。
「もしかして庚くん……わたしと……あたしと学校で会いたくないのかなあ」
「そ、そんなことないよ……」
慌ててフォローする、こんしまちゃん。
「きょうお見舞いに来たんだよね……飯吉くん、優しいよ……」
「ふふっ、そうかもねっ」
明るさを取り戻し、矢良さんが笑う。
「だったら病院までわざわざ足を運んでくれたこんしまちゃんも優しいわけだっ」
「えへへ……」
こんしまちゃんが、両手をいじくり照れている……っ!
その顔を見ながら矢良さんは――。
こんしまちゃんと友達になるまでの日々を思い出していた。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
今年の四月最初の月曜日、こんしまちゃんたちは高校に入学した。
ただ……入学式を終えていったんクラス教室に入ったときだった。
自分の席に着こうとした矢良さんのカバンから、小ビンが転がり落ちたのだ。
(やらかした……っ)
小ビンには錠剤が入っている。
なんとなく矢良さんは、それを見られるのが嫌だった。
でも矢良さんが手を伸ばそうとする前に、だれかの手がスッとその小ビンをすくった。
「はい……これ……」
「あ、ありがとっ」
お礼を言いつつ、矢良さんは小ビンを受け取った。
見ると、ウェーブのかかったくせ毛を持つ女の子がモジモジしている……っ!
小ビンをカバンにしまった矢良さんは、その女の子に声をかけた。
「なにか困ってるの?」
「そ……それがね」
ウェーブの女の子は、矢良さんの耳に口を近づける。
「小学校のころ一緒だった男の子が、隣の席にいるの……それで、ドキドキしちゃって……」
「え、もしかしてっ」
矢良さんはすぐに気づいた。
(この子は、その男子に好意を寄せているんだな)
けれど、あえて言葉を飲み込む。
代わりに、こんなことを言う。
「……その男の子、右隣と左隣……どっちに座ってる?」
「え……右だよ」
戸惑いながらも、ウェーブの女の子は答えた。
うなずいた矢良さんは、軽く手を合わせる。
「じゃっ、平気っ!」
「へ……?」
「心臓は胸の左寄りにあるよねっ。だから、もし相手が左にいたらドキドキが聞こえるかもしれないけれど――右隣の人に対しては比較的ドキドキを悟られづらいはず……っ!」
われながら適当なことを言ってるな~と矢良さんは思った。
ただ、目の前の女の子は感心したようにあいづちをうっている……っ!
「なるほど……勇気、出してみるね……!」
そして深々と頭を下げたあと、ウェーブの女の子は自分の席に着いた。
右隣の男の子に自分から話しかけている。
だけどメッチャ緊張しているらしく、途中で舌をかんじゃったようだ……。
そのとき、こんな言葉が聞こえた。
「しまった」
やや「ちまった」にも近い音だった。
さらに男の子がウェーブの女の子をじっと見つめて、ほほえむ。
「こんしまちゃん……」
「鵜狩くん……」
それから二人は、仲よさそうに会話を交わし始めた。
(小学校のころ一緒だったって話は、どうやら本当みたいだねっ。よかった……)
矢良さんは、その男の子の前の座席に視線を移す。
アホ毛の女の子がそこに座っている。
そのアホ毛の子の一つ前の席に、整ったかたちの耳が見える。
矢良さんのまたいとこの、飯吉庚くんの耳だ。
(庚くん……でも中学卒業前に別れたし、話しかけづらいなあ……)
で、またウェーブの女の子のほうを見る。
右隣の男の子に、やわらかな笑顔を向けるその子を。
(久しぶりに会ったんだよね? なのに……すごいなあ。やらかして嫌われたりするの、怖くないのかな)
そして間もなくクラス担任が現れ、生徒全員に自己紹介するよう促した。
自己紹介の順番は、出席番号順ということになった。
教室の席も、それに従って並んでいる。
出席番号一番の女の子は、「できれば、下の名前で呼んでください!」と言った。続いて飯吉くんが、みんなに愛想のいい笑顔を振りまいた。
鵜狩くんという男の子は、「俺は忍者が好きです」と堂々とカミングアウトした……ッ!
さらにウェーブのかかった女の子の番が回ってくる。
「わたしは紺島みどりと言います」
自分の名前「みくり」と一字違いであることに、矢良さんは変な偶然を感じた。
「なにを隠そう、わたしは『今週のしまったちゃん』です……『こんしまちゃん』って気楽に呼んでほしいです……」
でもみんなの口は、ポカ~ンである。
それに気づき、女の子はほおを染めてうつむいた。
「しまった……高校デビュー失敗しちゃった……」
なんか、これがウケた。
クラスのみんなが、「だいじょうぶだよ、紺島さん……じゃなくて、こんしまちゃん!」とか言い始めたのだ……ッ!
単純に面白いと思った人と、このままだとかわいそうと思った人がだいたい半分ずついたようだ。
ちなみに矢良さんは、両方の気持ちをいだいていた。
とはいえクラスのなかには、とくに反応を示していない人もいる。髪が長くて表情がよく見えない人とか、足を二重に組んでいる人とか。
そんで、こんしまちゃんが照れつつ自己紹介を終えたあと、次の人は「わたしは右利きでも左利きでも両利きでもありません」と明かした。
矢良さんは、これに影響されたようだ。
(あたしもみんなに自分のこと話しとこうかなっ。数パーセントの確率で死ぬかもしれないことは伏せるけどね~)
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――いつの間にか、時間は進む。
入学式の日から一週間後の月曜日になる。
そろそろクラスのグループも固まり始めていた。
ちなみに矢良さんがとくに注目しているのは、二人。
元カレの飯吉庚くんと、なぞの生き物紺島みどりだ。
飯吉くんはクラスの雰囲気に流されて、「いいよ」という言葉を連発している。
一方、紺島みどりは自分からクラスメイト一人一人に声をかけるタイプのようだ。
といっても過度になれなれしいわけでもない。
紺島みどりは早くも「こんしまちゃん」と呼ばれ始め、その存在感を増している……っ!
右隣の鵜狩くんとも、うまくやれているようだ……!
(なんだろ、あの子)
矢良さんは、自分のポニーテールを手でくしけずる。
紺島みどりの、ウェーブのかかったくせ毛を見ながら……。
ともあれ、その日の授業は正午前に終わった。ただし、昼休みはあった。
帰りのホームルームのあと意を決し、矢良さんが紺島みどりに声をかける。
「こんしまちゃんっ」
「あ……矢良さん……」
当然ながら、紺島みどり――こんしまちゃんも矢良さんの本名をすでに覚えている。
矢良さんは、こんしまちゃんをさそうことにした。
「実は……このあと、こんしまちゃんと一緒に行きたいところがあるんだけど、だいじょぶかなっ」
「うん……」
あっさりと、こんしまちゃんは承諾した。
学校から出て、矢良さんとこんしまちゃんはトコトコ歩いていく。
信号機の一つが赤になって足をとめたとき、矢良さんが口をひらいた。
「あたしから、さそっておいてなんだけどさっ、こんしまちゃんっ」
「どしたの……」
「友達でもない人からの突然のおさそいに乗ったりするのは、あんまりよくないんじゃないかなっ。しかも、どこに行くかも不明なんだよ~」
「しまった……確かに」
「人を見たらなんとやらじゃないけど、あたしがオオカミだったらどうするのっ」
「即通報」
ジト目でこんしまちゃんは答え、カバンから防犯ブザーを取り出す。
「隙あらばこれを鳴らしたり逃げたりするよ……」
「オオカミかもしれない相手に、防犯ブザーの所在を明かしちゃダメだよ~」
「……しまった」
ブザーをカバンにしまいなおす、こんしまちゃん。
矢良さんは、横目でチラチラその様子を見ている。
(警戒心がないわけじゃないんだね。それなのに、どこか大胆で積極的……。しかも陽キャって感じも陰キャって感じもしない。キャラ作っているんじゃなくて素っぽいし、こういうタイプの人は初めてだなあ)
で、さらに矢良さんは歩いていく。こんしまちゃんは、ついていく。
いくつもの横断歩道を渡ったあとで、矢良さんが前方を指差す。
「あ、着いたよっ」
こんしまちゃんが案内されたのは、ちょっとした病院だった。
大きい駐車場がある。ただし病院の周辺に、目立った建物はない。
矢良さんはこんしまちゃんを連れて、病院内に入った。
受付でなにか話したあと……ロビーのソファに腰かけたこんしまちゃんのそばに寄る。
「さてとっ。しばらく待つよう言われたから、あたしも座るねっ」
こんしまちゃんの右隣に、矢良さんが腰を下ろす。
声の大きさを落とし、言葉を継ぐ。
「先週の自己紹介のとき、あたしが病気にかかっていることは伝えたっけ~」
「聞いたよ……」
「そのときは言わなかったけど……実際あたし、高校卒業前に死ぬかもしんないっ。数パーセントの確率でっ」
「そんなに重いの……?」
「まあ普段は平気なんだけどね~、たまにあの世が見えるかなっ。……だったらずっと病院にいたほうがいいって思うよね? だけど登校したほうが、あたしの体調もよくなるんだ~。あ、ちなみに、まわりの人に感染するタイプのやつじゃないから、うつされる心配はゼロだからねっ」
ここまで言って、矢良さんはこんしまちゃんの反応を観察する。
当のこんしまちゃんは、次のように返した。
「……ありがとね」
「こんしまちゃん……?」
なぜお礼を言われたのか、矢良さんには分からなかった。
「……わた……あたし、なんかしたかなっ」
「自分のことを話してくれた」
こんしまちゃんが、目をパチパチさせる。
「それだけで、わたしはうれしい……だって相手のことを知って初めて、その人から遠ざかったりその人に近づいたりすることができるようになるから……」
ついで首をぐるんっと矢良さんに向けた。
「というわけで、わたしもカミングアウトする……! わたし、実は小学校五年生になるまで……なにもないところで、たくさん転んじゃう人だった……」
「そ、そうなんだっ」
矢良さんは目を微妙に背け、こんしまちゃんのウェーブのくせ毛に視線をやる。
「ごめんね」
「……へ?」
こんしまちゃんが首をかしげた。
矢良さんが、今の謝罪について説明する。
「本当はあたし、こんしまちゃんのきたないところが見たかったんだ。病院に連れてきて、病気で死に至るかもしれないって明かしたのも……嫌がるあなたを目に焼きつけたいと思ったから。でも、まさか感謝されるとは予想してなかったな~」
「嫌がってほしかったの……?」
「というか、モヤモヤしてねっ。今のクラスに元カレがいるんだけど、なんか話しかけられなくて。一方で、こんしまちゃんは小学校のころの友達と平然と仲よくやってるわけでしょ。だから、なんか悔しくなった。ここに来る途中で話しているときも、あたし……なんか意地悪だったよねっ、ごめん」
そして少しさびしい目をしながら、軽く噴き出す。
「って、やらかしちゃった。これじゃ、きたないところを見せたのは、あたしのほう――」
「……きたなくないよ」
こんしまちゃんが、自分の左胸をたたく。
「矢良さんは……入学式の日に、わたしに言ってくれた……右隣の人には、ドキドキを悟られづらいって……。その言葉があったから、わたしは鵜狩くんとちゃんと話せたんだよ……」
視線を戻す矢良さんの目をじっと見て、ペコリと一礼する。
「……しまった。そのとき助けられたことに……わたし、お礼を言ってなかったね……だから、ありがとう……」
「別に、あれは適当に言っただけ」
「そうだとしても……感謝してる」
頭を上げ、ずいっと身を乗り出すこんしまちゃん。
「元カレとのこと……わたし協力するよ……」
「き、気持ちはうれしいよっ」
慌てて矢良さんは手を振る。
「でも無理して関係を戻したいとか、そういうのじゃないんだっ。ただモヤってただけっ」
「そうなの……?」
「うん、だから……だいじょうぶっ。むしろ、こんしまちゃんにぶっちゃけて、ちょっとスッキリした」
そして矢良さんがソファから立ち上がる。
このタイミングで病院のスタッフさんが、矢良さんの名前を呼んだからだ。
矢良さんは振り返り、こんしまちゃんを見下ろす。
「これからあたし、定期検査。……勝手なのは分かってる。でも、できれば待ってて、こんしまちゃん」
「分かった……」
果たして、こんしまちゃんは――。
二十分後、矢良さんが帰ってくるまでソファに座して待っていた。
そのまま一緒に二人は帰る。
このとき矢良さんは、ぽつりとつぶやいた。
「これからあたしが学校休んだときは……あの病院で寝てると思って。よかったら、お見舞いに来てほしいな」
「いいよ……」
それは、了承の意味の「いいよ」で間違いなかった。
言葉どおり、こんしまちゃんは矢良さんが休んだときに病院へと足を運んだ。
矢良さんはリクライニングベッドを起こし、こんしまちゃんを迎えた。
病室への食べ物などの持ち込みはダメだったので、こんしまちゃんはベッドのそばのイスに座って、ただ黙っていたりとりとめなく話したりした。
そのなかで矢良さんは、もっと自分のことを明かしてくれた。
「あたしねっ、ちょっとでも気分を明るくするために、いろいろ工夫してるんだっ。たとえばいつもポニテにしてるのは、元気なイメージでいたいからっ! 話すときも語尾に小さな『っ』を付ける感じだけど、それもイメージのための工夫なんだよ~。『わたし』じゃなくて『あたし』って一人称を使おうとしてるのも、その一環だね~」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さらに一月以上飛び、六月の最初の月曜日。
学校を休んだ矢良さんのもとに、こんしまちゃんがお見舞いに来た。
病室のベッドで矢良さんは、ノートに絵をかいていた。
「こんしまちゃん……きのう親に言われたんだけど」
ペンが走り、ポニーテールの女の子ができあがっていく。
「日記つけたらどうかってさ。そしたら、もっと生きるのが楽しくなるってさ。……あたしも悪くないなあと思ったんだけど、なんか無理なんだよねっ」
「分かる……そういうのって三日坊主になっちゃう……」
「というか、自分のことを書くっていうのが……なんか、しっくりこないんだ~」
矢良さんのペンがとまる。
ノート上の女の子は、のっぺらぼうである……ッ!
「だって自分中心に書かれた記録って、都合のいい妄想みたいじゃん。なんか、閉じた世界っていうかっ」
「……なら、一人称を使わずに書いてみたら……?」
「といっても、あたしのこと書くのはな~」
ここで矢良さんが、ベッドのそばのこんしまちゃんを見る。
「そうだ、こんしまちゃんの記録をつけさせてよっ」
「わたしの……?」
こんしまちゃんが、体を小刻みに震わす……っ!
「いいけど、それって……矢良さんの日記になるのかな……」
「なるよんっ! 書くのは、あたしだからっ。それに他人みたいに、あたしのことも登場させるんでっ。こんしまちゃんを通してあたしの――いや、筆者のあたしがいるという記録をつづるって感じかな? これなら、こんしまちゃんを介してるわけだから、起こったことはあたしの妄想じゃないって話になるよねっ!」
「なるほど……!」
震えをとめる、こんしまちゃん……!
「なら協力する……」
「ありがとっ」
そう言って矢良さんは、ノートの新しいページをひらいた。
二人は、どんな記録をつけるか話し合う……ッ!
記録は、できる限り週に一回のペース。毎日だと途中で投げ出す可能性があるからだ。
じゃあ具体的に、こんしまちゃんのなにを記録するのか……?
「しまった。全然思いつかない……」
こんしまちゃんが頭をかかえる。
対する矢良さんは、そのセリフを聞いてひらめく……!
「こんしまちゃんの記録なんだから、こんしまちゃんを象徴する『しまった』をカウントしてみようっ。カウントするだけじゃなくて、そこでどんなことがあったかも書き残すんだっ」
「ほへ~……」
こんしまちゃんが、音を鳴らさず手を打ち合わす。
「アウトラインとして、よさそうだね……累計の『しまった』も数えると、より面白そう……実際、わたし『しまった』ってどのくらい言ってるか気になるし……」
「まさにこれは、こんしまちゃんこと紺島みどりの、『しまった』に関わる物語ってわけだねっ。で、その裏にあたしの影があるっ!」
文体はマジメなのかふざけているのか分からない感じで統一することにした。
暗くなりすぎても嫌だし、ただ茶化すだけなのも冷たい気がする。
「こんしまちゃんっ。いいこと思いついたっ」
「矢良さん、なになに……?」
「末尾に三点リーダー並べたあとで、句点とかビックリマークとかをくっつける文をしばしば挿入してみるの~。マンガのセリフでよくあるやり方だねっ。小さい『っ』や『ッ』も混ぜながら……ッ! 緊迫感があるようで、かつ大げさな感じもして……マジメかそうじゃないか分からない文体とマッチするっ」
「へー……それ、矢良さんにも似合ってるね……!」
「あははっ。そとづらは明るいあたしも、けっこう闇の部分があるもんね~」
「いいや、ポニーテールだよ……」
「うん?」
「なんというか……」
こんしまちゃんが、矢良さんのノートを指差す。
「この三点リーダーにビックリマークをつけたやつ(……!)って、矢良さんのポニーテールみたいじゃないかな……」
「あ、ホントだっ」
二人は、ほわ~んと笑い合う……っ!
さらに話し合いは深まり、「こんしまちゃん以外のことも描写するか」という議論に入った。
結果、描写するという結論に至る。
関わる人が多いほど、自分中心の妄想から離れた感じがするからだ。
ただしあんまり登場人物を増やしすぎると意味不明になるので、だいたいはクラスメイトにしぼっておく。
「この記録は、だれにも見せるつもりはないけど……万が一だれかに見られてもだいじょうぶな範囲で書きとどめようっ」
そして絶対に「悪口ノート」にしないと矢良さんは宣言する。
この記録によって絶対にだれも不幸にしないと誓う……!
「そういえばさ~、気づいてる、こんしまちゃん? ……あたしたちのクラスのみんなって共通点があるよねっ」
「なんか、あったかな……」
「もちろん全員じゃないけど(赤金さんとか)、だいたい名字に合った口癖を持ってるってこと。こんしまちゃんは『しまった』で、あたし・矢良みくりは『やらかした』『なんとやら』とかかな~。庚くんも名字が『飯吉』でさ、『いいよ』ってよく言うんだよねっ」
「確かに鵜狩くんも『うっかり』が口癖だね……ただの偶然なんだろうけど、なんかマンガみたい……」
「いや現実っ」
「断言するんだ……!」
「下の名前を見れば分かる。あたしたちって口癖っぽい名字を持つ一方で、下の名前のほうは、口癖となんら関係ないよねっ。『みどり』も『みくり』も『かのえ』も。ようは、これって……名字と下の名前の関連を切ってるんだよ。たとえばあたしの名前が『矢良かすよ』だったら……いじめられるかもしれない。そう考えた名付け親一人一人が、それぞれに配慮して名前を与えてくれたんだね~。――この名前こそが、あたしたちが現実の親のもとで生まれた証拠なんだよ。もちろん、それ以外の名前の人を否定するってわけじゃないけどね」
「わ……そうだね……」
こんしまちゃんは、自分を含むクラスメイト二十八名の名前をザーッと思い出し、ほとんど矢良さんの言うとおりであることを確認した……っ!
「そんな現実のみんなを記録に含めるからこそ、だれも傷つけないようにするわけだね……」
「うんっ。そしてこんしまちゃんの『しまった』に関連づけて、確かに生きているみんなの口癖にも注意を向けて書いてみるっ」
「その意気だよ……矢良さん……」
かくして、日記に代わる記録の方針は決まった。
矢良さんとこんしまちゃんが、互いに友達であることを自覚したのは、この瞬間だった。
その次の週から、矢良さんはこんしまちゃんの物語をつづり始めることになる。
こんしまちゃんからも直接話を聞きつつ、ノートに書き込んでいく。
ようは、この話をつづっているのも今までの話をつづっていたのも――あたし・矢良みくりなんだけど……。
ここまで読んだ人がいるなら、おかしいとツッコむこともできるはずだ。
なぜなら文中に、矢良みくりの知りえないはずの情報が出ているからだ。
こんしまちゃんは矢良さんの記録のために情報を提供してくれる。
だけど全部を話せるわけじゃない。
こんしまちゃんが直接関わっていない出来事や、こんしまちゃん以外の考えたことは、こんしまちゃんにも知りえない。
また、こんしまちゃんは秘密をちゃんと守る人だ。矢良さん相手でも、伏せるべきことは伏せる人間なのだ。クラスメイトの家族のこととか、だれかが隠していることとかを……こんしまちゃんは友達にも勝手に教えたりしない。
それに……こんしまちゃん自身も、自分の気持ちを矢良さんにすべて明かしたりするだろうか。
友達に対しても秘めておきたい思いがあるのは、普通のことだ。
それらの情報が、どうして今までの記録にあらわれていたのか――その理由については、まだ語れない。
語りたくない。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ともかく、こんしまちゃんと友達になるまでの日々を思い出していた矢良さんは、ここで自分の記憶から抜け出し、十月の月曜日の病室に意識を戻した。
自分は、リクライニングベッドを起こしている。
両手をいじくり照れているこんしまちゃんが、そばに座っている。
こんしまちゃんが、ほほえんで言う。
「もしかして矢良さん……ふけってた?」
「うん……っ」
昔のことを思い出してた。
ちなみに矢良さんのつづる「こんしまちゃんの記録」のノートは、現在近くにない。
矢良さんの家にしまってある。
そして矢良さんは、こんしまちゃんにもノートの中身を見せていない。
ただし、タイトルだけは伝えている。
いわく――。
――「今週のしまったちゃん」というらしい。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:六回(累計八十八回)
次回は11月7日(金)更新です。
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