表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

いっぷう変わったサッカーをしてしまった!(水曜日)

 高校生・紺島(こんしま)みどりは「今週のしまったちゃん」と呼ばれる女の子。

 その呼称(こしょう)は、彼女(かのじょ)自身が週に一度(いちど)は「しまった」と(くち)にすることに由来(ゆらい)する。


 略して、こんしまちゃん。ゆえに……こんしまちゃんについて、()()考える人もいる。


「週に一度は『しまった』と言うんだったら、そうとうドジっ子なんだろう。きっと運動音痴(おんち)でもあるんだろうなあ」と。


 だが、この認識は……間違(まちが)いであるッ!

 確かにこんしまちゃんは、小学校の途中(とちゅう)まではよく転ぶ子どもだったけど、それも過去のお話だ。


 今は、ほどほどに運動もこなせる。もちろんズバ()けてうまいわけじゃないけど……。


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 水曜日のお昼休み。

 こんしまちゃんは、高校のグラウンドのすみっこにいた……。


 というのも、(そと)で遊ばないかとクラスメイトにさそわれたからだ……!

 さそってきたのは、鳥松(とりまつ)月次郎(つきじろう)くん。

 鳥松(とりまつ)くんは、かっこいい()()()()を持つ男の子だ。


 なお……さそわれたクラスメイトは、こんしまちゃんだけにあらず。

 鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんと(いきおい)さくらさんもいる。

 ツリ目の男の子が鵜狩(うかり)くんで、頭にアホ()が立っている女の子が(いきおい)さんだ。


 で、ウェーブのかかったくせ()を持つのが、こんしまちゃん。

 四人は現在、制服じゃない。午後から体育の授業があるため……すでに体操着(たいそうぎ)着替(きが)えている。


 ちなみに、こんしまちゃんはジャージを着用している。


 (いきおい)さんが、鳥松(とりまつ)くんに(はな)しかけた。


「そんで鳥松(とりまつ)~。なんか勢いで来たけどさ、ウチらと()()()したいわけ~?」

()()()、いっぷう変わったサッカーを」


 鳥松くんが、自分のもみあげをなでる。


「言葉で説明するよりも前に、とりま実践(じっせん)してみよう」


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 グラウンドのすみっこで、鳥松(とりまつ)くんが用意したのは――。

 四人分のボクシンググローブと、一個(いっこ)のサッカーボールだった。


 でも、どれもボロボロだ。


「これは、おれがボクシング部とサッカー部から引き取ったものだよ。本当は不用品として処分されるところだったんだけどね」


 鳥松くんが、グローブをかかえる。


「といってもボロボロなのは見た目だけ。使用感に問題はない。きょう、おれがみんなをさそったのは……最後に遊んで、こいつらを供養(くよう)したかったから」


 場の雰囲気(ふんいき)が、ちょっとしんみりする……。


「とりま、みんなグローブつけてみてよ。これ……初心者用のヤツで、バンテージとかも必要ないっぽい」


 (いきおい)さん・鵜狩(うかり)くん・こんしまちゃんの三人はうなずき、それぞれボクシンググローブを装着(そうちゃく)……っ!

 (めん)ファスナーで固定するタイプなので、簡単に着脱(ちゃくだつ)できるのだ。


 さらに鳥松(とりまつ)くん本人も、両手にグローブをはめる。


 グローブ内で、四人はこぶしを作っている状態。

 通常の手袋(てぶくろ)とは(こと)なり、そのグローブの先は五つに分かれていない。


 左右の手で、鳥松くんがボールをはさむ……ッ!


「今から三人にやってもらいたいのは、()()()()()サッカーだ。似たような競技に『ハンドサッカー』というのもあるけど……そのハンドサッカーとは別。あと、ボクシンググローブを使うといっても人をなぐるわけじゃない」

「実際にボクシングとサッカーを組み合わせたスポーツも存在するらしいな」

「そうだよ、鵜狩(うかり)。でも、おれが考案したスポーツは『パンチングサッカー』という名前」


 はさんだボールを見下(みお)ろして、鳥松くんが続ける。


「ボールをゴールにたたき込むのは一般的(いっぱんてき)なサッカーと同じ。ただしパンチングサッカーでは、キックだけじゃなく()()()()()()()()()()。ゴールキーパーでなくてもね」


 あと鳥松くんによると……追加でみとめるのはパンチだけ。

 キャッチや、文字(もじ)どおりボールをかかえてキープする行為(こうい)はダメらしい。だれかにケガを負わせるプレーも禁止とのこと……!


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 さっそく二人ずつに分かれて、パンチングサッカーを始めるこんしまちゃんたち……。

 (いきおい)さん・鳥松(とりまつ)くんチームと、こんしまちゃん・鵜狩(うかり)くんチームで戦う……!


 四人全員が、ボクシンググローブを装着した格好だ。


 今回は少数だし、(いきおい)さんがサッカーに(くわ)しくないということで、オフサイドなどのルールはない。キーパーも存在しない。

 グラウンドのすみっこの地面に(ふた)つの長方形を(はな)して()()()、そこを(たが)いのゴールと()なす。


 こんしまちゃんがボールを()って試合開始……ッ!

 鵜狩くんにボールが(わた)る。


 ドリブルで、ゴールにせまる鵜狩くん……っ!


 そんな鵜狩(うかり)くんの前に、鳥松くんが立ちはだかる。


「通さないよ、鵜狩」

突破(とっぱ)する」


 ここで鵜狩くんはボールを高く()ち上げた。

 ボールは(かた)まで上がった。

 それに、鵜狩くんの右のグローブが直撃(ちょくげき)する……!


 パンチの勢いを乗せ、ボールが一直線(いっちょくせん)に飛ぶ。

 ボールは鳥松(とりまつ)くんと(いきおい)さんの近くをかすめたあと、長方形のゴールに()()さった。


「よし、一点(いってん)

「やったね……鵜狩(うかり)くん……」


 こんしまちゃんもバンザイして喜んでいる……っ!

 普通(ふつう)ならボールに手でふれるのはハンドだからダメだけど……パンチングサッカーではボールをパンチしてもルールの範囲内(はんいない)である。


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 ともあれ、(いきおい)さんがボールを()って試合再開。

 勢さんのボールは宙に()いた。それをこんしまちゃんが両腕(りょううで)とおなかでガッチリつかんだ……!


 でも、こんしまちゃんはハッとする。


「しまった……。キャッチ禁止だった……」


 ルールを破ってしまったため、ボールは相手チームに移る。

 鳥松(とりまつ)くんがドリブルで、こんしまちゃんたちのゴールに向かってきた……ッ!


 鵜狩(うかり)くんがとめようとするも、すかさず鳥松(とりまつ)くんは(いきおい)さんにパスを出す。

 勢さんはボールをひざに当てて威力(いりょく)を弱めたあと、それを()った。


「ほい、シュートっと」


 ボールが、地面にえがいた長方形の上を通過する。

 この場合でも、得点したことになる。


「よっしゃー、鳥松。ウチが取り返してやったよ」

「ナイス(いきおい)


 鳥松くんが、右のグローブを()った。


 パンチングサッカーではあるけれど、無理にボールをパンチする必要はない。

 さっきの勢さんのように、あえてキックだけで()めるのも戦略なのだ……!


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 これで試合は、一対一(いったいいち)

 今度は鵜狩(うかり)くんからボールがスタートする。


 鵜狩くんはボールをその場で()かし、パンチ!

 ただし今回はゴールを直接ねらわず、こんしまちゃんにパスを回す。


 ボールが、頭よりも少し(した)に来た。

 こんしまちゃんが、高めのボールをなぐる……!


「てやあ~」


 迫真(はくしん)の声を出す、こんしまちゃん。

 でもコントロールが定まらない。ボールは相手ゴールのほうにも鵜狩(うかり)くんのほうにも飛ばず、あろうことかヘロヘロの挙動で鳥松(とりまつ)くんの正面に運ばれた……ッ!


「しまった」

「悪いね、こんしまちゃん」


 鳥松くんが(うす)く笑う。


「とりま決めさせてもらう」


 左ストレートをボールに当てる……っ!

 が、それと同時に――。

 鵜狩くんの左ストレートも、ボールに()()まれていた……!


「くっ、鵜狩。読んで先回りしていたか」

(おれ)も負けたくないからね」


 二つのストレートにはさまれたボールが横にはじかれ、地面に転がる。


 こんしまちゃんと(いきおい)さんが、同時にボールへと向かう。

 しかし勢さんのほうが、こんしまちゃんよりも走りに勢いがあった……!


 先にボールのもとにたどり着いた(いきおい)さんが、背中を丸めて身を低くする。


「パンチありなら、これも問題ないっしょ~」


 しゃがんだ姿勢で勢さんが、地面のボールをたたく。

 ボールは浮かない。まるでヘビのように()()い、こんしまちゃんたちのゴールを通過した……っ!


「わっはっは~」


 笑いながら勢さんが勢いよく飛び出し、小さくなっていくボールを拾いに()った……。


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 なんにせよ、こんしまちゃんと鵜狩(うかり)くんは(いきおい)さんと鳥松(とりまつ)くんに一点(いってん)リードされてしまった……ッ!

 さっさと取り返さないと、勝負は(きび)しいものになるだろう……!


 こんしまちゃんが鵜狩くんにパスを出して、試合続行。

 ここで、鵜狩くんの前に来たのは――鳥松くんじゃなくて勢さんだった。


「ハットトリック決めたいな~」

「……(いきおい)。サッカーに詳しくないわりに、そういう知識はあるんだな」

「マンガで読んだだけだってー」


 なんか気の()けた感じで(はな)している勢さんだけど――一方(いっぽう)で鵜狩くんの動きをことごとく(ふう)じている……ッ!

 鵜狩くんは、前に出ることができない。

 こんしまちゃんへのパスルートもふさがれる……!


 というわけで別の策を考える、鵜狩くん。


(いきおい)、すごいな。忍者(にんじゃ)()みだ。無理に突破(とっぱ)しようとすれば()()()()ケガさせてしまうレベルだ。だったら――)


 鵜狩くんは、ボールを後ろに蹴り上げた。

 瞬時(しゅんじ)に後退し、落ちてくるボールに右グローブを()き出す。


 が……ッ!

 勢さんも地面を蹴り、鵜狩くんのそばに寄った。

 両手を広げ、大の字の体勢をとる……!


 ハンドのリスクはないので、勢さんも思いきり(うで)を使えるというわけだ……!

 これでは、鵜狩くんがどこにボールを()っても、はじかれる。


 鵜狩くんの立場からすれば、せいぜい()ち上げるのが(せき)の山だが――勢さんから少し距離(きょり)を置いた場所で鳥松くんがチラチラ(うえ)に視線を送っている。

 上空のルートも(ふう)じられた……!


 だから鵜狩くんは、あきらめて――。

 こぶしを(した)に向け、ボールを地面にたたきつけた……っ!


 正確には、(なな)め下へとボールを()し出した。

 ボールは地面で(ブイ)の字に()ね返り、大の字の勢さんの(また)をくぐる……ッ!


「え……」


 あっけにとられた勢さんをかわし、鵜狩くんが()ける。ボールに追いつく。

 鳥松(とりまつ)くんも近くにいたけど、(うば)い合いになる前に鵜狩くんはパスを出す。


 パンチする。ボールがゆるい()をえがく。


「こんしまちゃん!」

「うん……!」


 鵜狩(うかり)くんの呼びかけに応じ、こんしまちゃんがボールの軌道(きどう)に先回りする。


 もちろん、こんしまちゃんには不安もあった。

 さっきは鵜狩くんのパスを受けられず、見当違(けんとうちが)いの方向にボールを出してしまった。


(なら()る? ダメ。(いきおい)さんがこっちに来てるから()に合わない。パンチ一択(いったく)……!)


 不安をこねくりまわすヒマはなかった。

 でも、また考えなしにパンチしたら同じことのくりかえし。


 そこで、こんしまちゃんは――。

 (した)から()()()()()()()()()ボールにふれたのだ……ッ!


 グローブに()し上げられ、ボールは(やさ)しく宙を()う。


 一方(いっぽう)、近づいてきていた(いきおい)さんは、(いきお)い余ってこんしまちゃんにぶつかりそうになった。

 勢さんとこんしまちゃんがあたふたしている(すき)にボールは……鵜狩(うかり)くんの真上(まうえ)到達(とうたつ)した。


 確かに鵜狩くんは鳥松くんにマークされていた。

 でも鳥松くんは、こんしまちゃんがこんなに早くパスを成功させるとは思っていなかった。


 そして鵜狩くんは、こんしまちゃんを信じていた。

 二人(ふたり)のその差が、このときの命運を分けたのだ……っ!


 こんしまちゃんのパスに迷わず反応した鵜狩くんはジャンプし、ヘディング。

 ボールは螺旋(らせん)をえがきつつ、勢さんと鳥松くんのあいだに落ちた。


 勢さんから見ても、鳥松くんから見ても……ボールは同等の距離。


 ゆえに、二人が同時にボールへと走ったのも自然なことと言える。

 ただ、ボールは接地した瞬間(しゅんかん)

 元気に()ねて回転し、後方へとこぼれた。


「バックスピンをかけていたのか……!」


 鳥松くんが、ボールの後退したほうに視線を投げる。

 そこには鵜狩くんがいた。左足を上げ、()る体勢に(はい)っている。ゴールをしっかり見据(みす)えている。


 けおされる鳥松(とりまつ)くんの耳に、(いきおい)さんの声が(ひび)く……!


「鳥松! だいじょぶ! ウチらでとめるよッ!」

「……分かった。(いきおい)、おれは右下をカバーする」


 鵜狩くんのシュートコースを二人がかりでふさぐ。

 向かって左上を勢さんが、右下を鳥松くんが警戒(けいかい)している。

 まさに鉄壁(てっぺき)にして完璧(かんぺき)。これでは鵜狩くんは――決められないっ!


 だけど鵜狩くんは、地面にえがかれた長方形のゴールをじっと見たままボールを蹴った。

 左足を()り下ろ……いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 代わりに右足が動く。そのつまさきがボールを持ち上げる。

 鳥松くんたちから見て右上に、ぽよ~んとボールが()()がる……っ!


 ゴールへと視線誘導(ゆうどう)したうえでのノールックパス――これがみごとに決まったために、鳥松くんと勢さんの視界では、ボールがいきなり消えたようにも見えた。


 そして、ぽよ~んと浮いたボールに。

 人影(ひとかげ)が近づく。

 正体は、ウェーブのかかったくせ()を持つこんしまちゃん……!


(わああ~)


 相手にバレないよう心のなかだけで精いっぱいの声をはき出し、こんしまちゃんが渾身(こんしん)の左フックを炸裂(さくれつ)させる。


 でも、あんまり飛ばなかった……ッ!


 ボールがトンッと地面を鳴らす。

 即座(そくざ)に鳥松くんが反応する。反復横跳(よこと)びの要領で右に()く……っ!


 当のこんしまちゃんは急いでボールに追いつき、とにかく蹴る!


「いやあ~」


 今度は声を上げて、ぶちかます。

 こんしまちゃんの(はな)ったボールは鳥松くんにギリギリとめられることなく、ゴールに向かった。


 威力(いりょく)は、たいしたものじゃない。

 ――でもボールは確実に転がり、地面にえがいた長方形の上で停止した。

 こんしまちゃんが、シュートを決めたのだ。


「やった……やったよ……」


 こんしまちゃんが思わず拍手(はくしゅ)する。

 おそらく、自分で自分をほめたたえたのであろう。

 まあ……両手にボクシンググローブをはめているので、パチパチって(おと)は出てないんだけど。


「サッカーで得点したの、人生(はつ)だよ……」

「ナイスシュート、こんしまちゃん」


 鵜狩くんも、拍手でこんしまちゃんをたたえている。

 こんしまちゃんは「あ、ありがとう……鵜狩くんのおかげだよ」と言って照れることしかできなかった。


 (いきおい)さんまで拍手に加わる。


「おおっ、快挙じゃ~ん! こんしまちゃんっ」


 心の底から、うれしがっているようだ。もはや相手チームとは思えない……。


 ただ、鳥松(とりまつ)くんは少し固まっていた。

 というのも、こんなことを考えていたからだ。


鵜狩(うかり)……すごいな。さっきのヘディングで、おれと(いきおい)のあいだにボールを落としたのは……おれたちを引きつけたうえでノールックパスを決め、フリーになったこんしまちゃんにボールを回すためだったのか。……いや、(ちが)う。今の攻防(こうぼう)の本質は、そこじゃない)


 ここから鳥松くんは、心の声を出して続けた。


「……鵜狩は、こんしまちゃんがノールックパスに(こた)えてくれると信じていた。そして、こんしまちゃんも鵜狩のパスが来ると信じ……絶好のポイントでボールを待った。だからこそ、さっきのシュートが実現したんだ……!」

「それだけじゃない」


 鵜狩くんが鳥松くんのそばに寄り、もみあげにツリ目を近づけた……!


(おれ)は、この()()()()()()()()()()()信頼(しんらい)していた」

「……へ?」


「その意味は、わたしが説明するよ……」


 (りょう)のグローブをわきにはさみ、こんしまちゃんがゆっくり語る。


「さっきの局面が……もしハンドなしサッカーだったら、わたしはボールを蹴ることしかできなかった。でもボールが落ちてくるまで待っていたら、鳥松くんたちに時間的猶予(ゆうよ)(あた)えることになって、対応されていたことは確実……! オーバーヘッドキックもわたしには、できないからね……」


 ついで、わきからグローブを(はな)し……左右のこぶしを()き合わす……っ!


「だけどパンチングサッカーなら、ボールが高めの位置にあってもわたしは動ける……それでボールを前に出して、このあとシュートを決めることができたんだよ……つまり鵜狩(うかり)くんは……わ、わたしだけじゃなく……」


 顔を赤くしつつ、こんしまちゃんが言いきる。


「鳥松くんの考案したパンチングサッカーの特性――『ボールへのキックもパンチも可能なゲーム性』を評価したうえで、『これなら、わたし……こんしまちゃんでもシュートを決めることができる』と考えたんだと思うよ……わたしがシュートを決められたのは、パンチングサッカーのおかげでもあるの……」

「そういうことだね。ありがとう、こんしまちゃん」


 そばで、鵜狩くんがうなずく。


「不用品になった四人分のボクシンググローブと一個(いっこ)のサッカーボールを供養(くよう)するために、鳥松はパンチングサッカーを考えついたんだよな。事実、こんしまちゃんも(おれ)も……楽しむことができている」

「はいはーい」


 (いきおい)さんが、()け寄ってきた。


「それ、ウチもだわ~。鳥松も、アゲアゲな感じっしょ~」

「……まあね」


 鳥松くんが、両手のグローブをこすり合わせた。

 ほほえみ、鵜狩くんがまとめる。


「――だから、グローブもボールも喜んでいるはずだ」


 その言葉に同調するように、みんなが拍手する……ッ!

 いつの()にか四人は、ボールを囲んでいた。

 でも……やっぱり全員がボクシンググローブをはめているので、パチパチとは鳴らぬ。


「てか、(いきお)いで()()()()()()()けど」


 (いきおい)さんがニコニコしながら言う。


絵面的(えづらてき)にヤバくね? ウチら」

「しまった……」


 こんしまちゃんが周囲の様子を確認する。

 でも……グラウンドにいる生徒のなかで、すみっこの四人を見ている人はいないようだ。


「……ほっ」


 胸をなで下ろす、こんしまちゃん。

 ちょっと笑って、鳥松(とりまつ)くんがボールを拾う。


「とりま、続きやらない? 今からは、先に追加で一点(いってん)取ったほうが勝ちってことで」


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 ボールをパンチしてもいいサッカー「パンチングサッカー」の現在の戦況(せんきょう)は――互角(ごかく)

 (いきおい)さん・鳥松(とりまつ)くんチームとこんしまちゃん・鵜狩(うかり)くんチームがどちらも二点を取っている。


 試合は、鳥松くんのキックからリスタート……!


 鳥松くんが勢さんにパスを出す。ボールは(なな)めに上昇(じょうしょう)し、勢さんの胸の前に()かんだ。


 でも、こんしまちゃんが勢さんにドタドタと接近してきている。


 勢さんは半歩()がり、ひざを曲げ、左右のグローブを()き出す。

 そのままバレーボールのレシーブの要領でボールを()ね上げる……っ!


「パス返したわ~。受けてね、鳥松ー」

「もちろん」


 ボールは(ユー)の字を逆にえがき、鳥松くんの頭上に向かう。

 すでに鳥松くんは、さっきパスを出した地点を(はな)れ、前進していた。


「ワンツーとは、やるなあ」


 ひとりごつ鳥松くん。その目の前に鵜狩くんが立ちはだかる。

 鳥松くんは鵜狩くんのほうをじっと見たまま、ジャンプした。


 ボールに左グローブを当てる。

 バレーボールのスパイクみたいに、ゴールを決めるつもりのようだ……!

 ――いや。

 グローブは長方形のゴールに向かって()り下ろされなかった。

 ただ、左にスライドした。


 ボールはゆるやかな曲線を引きつつ――。

 ある場所へと吸われるように動いた。


「よっしゃ~。ハットトリックやっちゃうよ~」


 そこには、アホ()が立っていた。勢さんのアホ毛である。


 (あせ)をぬぐい、ツリ目のまま鵜狩(うかり)くんが笑う。


(鳥松のヤツ……さっき(おれ)がやったノールックを返したか……)


 このまま、勢さんがボールにパンチを当てて、シュートするか。

 でも彼女(かのじょ)がその体勢に(はい)ったとき、ボールがはじかれた。


 勢さんのグローブとボールが接触(せっしょく)する寸前、こんしまちゃんが右フックをボールにたたき()んだのだ。


 いったんボールは、勢さん・鳥松くんチームのゴールのほうに押し出された。

 この局面でこんしまちゃんが鵜狩くんにパスを回さなかったのは「鳥松くんが鵜狩くんをマークしている」と思ったから。

 とりあえず、まあ……ボールを自軍ゴールから遠ざけ、状況(じょうきょう)をリセットしようともくろんだわけだ。


 ――しかし。


「え……?」


 こんしまちゃんは(おどろ)いてしまった。

 自分の押し出したボールの真正面(ましょうめん)に、すでに鳥松くんがいたから。

 ボールの動きを見てから動いたのでは不可能な挙動である。

 つまり鳥松くんは、こんしまちゃんがボールに右フックを()れる前に……そのポイントへと走り()んでいたということだ。


 鳥松くんが上体をひねる。ひじが曲がり、右グローブが後方へと引っ込む。


「とりまシュート……」


 (かれ)の視線の直線上には、ボールとゴールがきれいに並ぶ。

 後方へと引っ込んでいた右グローブがまっすぐ前方へと(もど)り、サッカーボールに()ち込まれた。


 鵜狩くんも、こんしまちゃんも――すぐにゴール前に移動。

 両腕(りょううで)を使い、パンチングシュートをとめようとする。


 しかし鳥松くんの右グローブは――。

 ボールと接触した瞬間に、下方(かほう)()()()()

 よってボールはゴールに向かわず鳥松くんの右足に落ちた。


 それをダイレクトで……。

 鳥松くんが、蹴る。


「……らあッ!」


 ボールは地面スレスレを勢いよく、すべった。

 足もとへの警戒がおろそかになっていた鵜狩くんとこんしまちゃんのあいだを()け――。

 砂ぼこりを立てながら、長方形のゴールを通過した。


「うっかりしてた」

「しまった」


 相手の二人が目を丸くする。


 (いきおい)さんが鳥松くんに駆け寄り、自分の左右のグローブで鳥松くんのグローブを両方たたいた。


「うぇ~い、ウチらの大勝利~。やったね鳥松」

「ああ。おれたちの勝ちだ。勢も、おつかれ」


 鳥松くんは、勢さんのグローブをグッと押し返した。


 そんな鳥松くんのもとに、こんしまちゃんが小走りで寄ってくる。


「鳥松くん……さっきわたしが勢さんのシュートをとめたあと、そのまま鵜狩くんにパスを回さないでボールを押し出すって予測してたよね……なんで分かったの……」

()()()、こんしまちゃんを信じたから」


 勢さんのグローブから自分のグローブを(はな)し、鳥松くんがこんしまちゃんと目を合わせる。


「その直前、おれは鵜狩のそばにいた。そして、こんしまちゃんは()()()()()()()()()()()()()()()()()。とすれば急場(きゅうば)をしのぐために、いったんボールを人のいないポイントに送るはず。おまけに、これはパンチングサッカー。高めのボールに対してこんしまちゃんは()()()()()()()。あとは……これまでのこんしまちゃんのパンチでボールがどれだけ飛んだかを計算して……ボールの軌道(きどう)を予想した」

「へ、へえ~。すっごい……」


 こんしまちゃんは感嘆(かんたん)し、負けをみとめる。

 鵜狩(うかり)くんも鳥松くんをほめ、グローブをはめたまま拍手(はくしゅ)した。


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


 かくしてパンチングサッカーの試合は――。

 (いきおい)さん・鳥松(とりまつ)くんチームが、こんしまちゃん・鵜狩(うかり)くんチームに三対二で勝利するという結果で幕を閉じた。


 四人はボロボロのボクシンググローブを外し、両手にかかえる。

 同じくボロボロのサッカーボールを囲んで立つ。


「おれは――不用品として()()()()供養(くよう)しようと思ってた」


 鳥松くんが、だれにともなく言う。


「でも……それは勝手だったのかもしれない。なぜなら、こいつらのおかげで――楽しく遊べたから。たとえ見た目がボロボロでも……」


 そして鳥松くんは心のなかで、一緒(いっしょ)に遊んでくれたみんなに「とりま、ありがとう」と伝えた。


 さらに、こんしまちゃんが進み出る……!


「じゃ、二回戦だね……」

「悪くない」


 鳥松くんは、小さく笑顔(えがお)を作って応じた。


「ただ、今は無理」

「なんで……?」

「もうすぐ昼休みが終わって体育が始まるから」

「しまった」

「……じゃ、おれはグローブとボールをかたづけてくるよ」


 そう言って鳥松くんは、ほかの三人からグローブを回収し、ボールも持つ。

 三人は手伝おうとしたけれど、鳥松くんは「一人(ひとり)でやらせてほしい」と()()()()()



 このあと鳥松くんが、グローブとボールをどうしたのかは分からない。

 捨てたのかもしれないし……。

 あるいは、またパンチングサッカーをやるために、どこかにしまったのかもしれない。


※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:五回(累計(るいけい)八十二回)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ