いっぷう変わったサッカーをしてしまった!(水曜日)
高校生・紺島みどりは「今週のしまったちゃん」と呼ばれる女の子。
その呼称は、彼女自身が週に一度は「しまった」と口にすることに由来する。
略して、こんしまちゃん。ゆえに……こんしまちゃんについて、こう考える人もいる。
「週に一度は『しまった』と言うんだったら、そうとうドジっ子なんだろう。きっと運動音痴でもあるんだろうなあ」と。
だが、この認識は……間違いであるッ!
確かにこんしまちゃんは、小学校の途中まではよく転ぶ子どもだったけど、それも過去のお話だ。
今は、ほどほどに運動もこなせる。もちろんズバ抜けてうまいわけじゃないけど……。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
水曜日のお昼休み。
こんしまちゃんは、高校のグラウンドのすみっこにいた……。
というのも、外で遊ばないかとクラスメイトにさそわれたからだ……!
さそってきたのは、鳥松月次郎くん。
鳥松くんは、かっこいいもみあげを持つ男の子だ。
なお……さそわれたクラスメイトは、こんしまちゃんだけにあらず。
鵜狩慶輔くんと勢さくらさんもいる。
ツリ目の男の子が鵜狩くんで、頭にアホ毛が立っている女の子が勢さんだ。
で、ウェーブのかかったくせ毛を持つのが、こんしまちゃん。
四人は現在、制服じゃない。午後から体育の授業があるため……すでに体操着に着替えている。
ちなみに、こんしまちゃんはジャージを着用している。
勢さんが、鳥松くんに話しかけた。
「そんで鳥松~。なんか勢いで来たけどさ、ウチらとなにがしたいわけ~?」
「とりま、いっぷう変わったサッカーを」
鳥松くんが、自分のもみあげをなでる。
「言葉で説明するよりも前に、とりま実践してみよう」
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
グラウンドのすみっこで、鳥松くんが用意したのは――。
四人分のボクシンググローブと、一個のサッカーボールだった。
でも、どれもボロボロだ。
「これは、おれがボクシング部とサッカー部から引き取ったものだよ。本当は不用品として処分されるところだったんだけどね」
鳥松くんが、グローブをかかえる。
「といってもボロボロなのは見た目だけ。使用感に問題はない。きょう、おれがみんなをさそったのは……最後に遊んで、こいつらを供養したかったから」
場の雰囲気が、ちょっとしんみりする……。
「とりま、みんなグローブつけてみてよ。これ……初心者用のヤツで、バンテージとかも必要ないっぽい」
勢さん・鵜狩くん・こんしまちゃんの三人はうなずき、それぞれボクシンググローブを装着……っ!
面ファスナーで固定するタイプなので、簡単に着脱できるのだ。
さらに鳥松くん本人も、両手にグローブをはめる。
グローブ内で、四人はこぶしを作っている状態。
通常の手袋とは異なり、そのグローブの先は五つに分かれていない。
左右の手で、鳥松くんがボールをはさむ……ッ!
「今から三人にやってもらいたいのは、ハンドありサッカーだ。似たような競技に『ハンドサッカー』というのもあるけど……そのハンドサッカーとは別。あと、ボクシンググローブを使うといっても人をなぐるわけじゃない」
「実際にボクシングとサッカーを組み合わせたスポーツも存在するらしいな」
「そうだよ、鵜狩。でも、おれが考案したスポーツは『パンチングサッカー』という名前」
はさんだボールを見下ろして、鳥松くんが続ける。
「ボールをゴールにたたき込むのは一般的なサッカーと同じ。ただしパンチングサッカーでは、キックだけじゃなくパンチもみとめられる。ゴールキーパーでなくてもね」
あと鳥松くんによると……追加でみとめるのはパンチだけ。
キャッチや、文字どおりボールをかかえてキープする行為はダメらしい。だれかにケガを負わせるプレーも禁止とのこと……!
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
さっそく二人ずつに分かれて、パンチングサッカーを始めるこんしまちゃんたち……。
勢さん・鳥松くんチームと、こんしまちゃん・鵜狩くんチームで戦う……!
四人全員が、ボクシンググローブを装着した格好だ。
今回は少数だし、勢さんがサッカーに詳しくないということで、オフサイドなどのルールはない。キーパーも存在しない。
グラウンドのすみっこの地面に二つの長方形を離してえがき、そこを互いのゴールと見なす。
こんしまちゃんがボールを蹴って試合開始……ッ!
鵜狩くんにボールが渡る。
ドリブルで、ゴールにせまる鵜狩くん……っ!
そんな鵜狩くんの前に、鳥松くんが立ちはだかる。
「通さないよ、鵜狩」
「突破する」
ここで鵜狩くんはボールを高く打ち上げた。
ボールは肩まで上がった。
それに、鵜狩くんの右のグローブが直撃する……!
パンチの勢いを乗せ、ボールが一直線に飛ぶ。
ボールは鳥松くんと勢さんの近くをかすめたあと、長方形のゴールに突き刺さった。
「よし、一点」
「やったね……鵜狩くん……」
こんしまちゃんもバンザイして喜んでいる……っ!
普通ならボールに手でふれるのはハンドだからダメだけど……パンチングサッカーではボールをパンチしてもルールの範囲内である。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
ともあれ、勢さんがボールを蹴って試合再開。
勢さんのボールは宙に浮いた。それをこんしまちゃんが両腕とおなかでガッチリつかんだ……!
でも、こんしまちゃんはハッとする。
「しまった……。キャッチ禁止だった……」
ルールを破ってしまったため、ボールは相手チームに移る。
鳥松くんがドリブルで、こんしまちゃんたちのゴールに向かってきた……ッ!
鵜狩くんがとめようとするも、すかさず鳥松くんは勢さんにパスを出す。
勢さんはボールをひざに当てて威力を弱めたあと、それを蹴った。
「ほい、シュートっと」
ボールが、地面にえがいた長方形の上を通過する。
この場合でも、得点したことになる。
「よっしゃー、鳥松。ウチが取り返してやったよ」
「ナイス勢」
鳥松くんが、右のグローブを振った。
パンチングサッカーではあるけれど、無理にボールをパンチする必要はない。
さっきの勢さんのように、あえてキックだけで攻めるのも戦略なのだ……!
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
これで試合は、一対一。
今度は鵜狩くんからボールがスタートする。
鵜狩くんはボールをその場で浮かし、パンチ!
ただし今回はゴールを直接ねらわず、こんしまちゃんにパスを回す。
ボールが、頭よりも少し下に来た。
こんしまちゃんが、高めのボールをなぐる……!
「てやあ~」
迫真の声を出す、こんしまちゃん。
でもコントロールが定まらない。ボールは相手ゴールのほうにも鵜狩くんのほうにも飛ばず、あろうことかヘロヘロの挙動で鳥松くんの正面に運ばれた……ッ!
「しまった」
「悪いね、こんしまちゃん」
鳥松くんが薄く笑う。
「とりま決めさせてもらう」
左ストレートをボールに当てる……っ!
が、それと同時に――。
鵜狩くんの左ストレートも、ボールに撃ち込まれていた……!
「くっ、鵜狩。読んで先回りしていたか」
「俺も負けたくないからね」
二つのストレートにはさまれたボールが横にはじかれ、地面に転がる。
こんしまちゃんと勢さんが、同時にボールへと向かう。
しかし勢さんのほうが、こんしまちゃんよりも走りに勢いがあった……!
先にボールのもとにたどり着いた勢さんが、背中を丸めて身を低くする。
「パンチありなら、これも問題ないっしょ~」
しゃがんだ姿勢で勢さんが、地面のボールをたたく。
ボールは浮かない。まるでヘビのように地を這い、こんしまちゃんたちのゴールを通過した……っ!
「わっはっは~」
笑いながら勢さんが勢いよく飛び出し、小さくなっていくボールを拾いに行った……。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
なんにせよ、こんしまちゃんと鵜狩くんは勢さんと鳥松くんに一点リードされてしまった……ッ!
さっさと取り返さないと、勝負は厳しいものになるだろう……!
こんしまちゃんが鵜狩くんにパスを出して、試合続行。
ここで、鵜狩くんの前に来たのは――鳥松くんじゃなくて勢さんだった。
「ハットトリック決めたいな~」
「……勢。サッカーに詳しくないわりに、そういう知識はあるんだな」
「マンガで読んだだけだってー」
なんか気の抜けた感じで話している勢さんだけど――一方で鵜狩くんの動きをことごとく封じている……ッ!
鵜狩くんは、前に出ることができない。
こんしまちゃんへのパスルートもふさがれる……!
というわけで別の策を考える、鵜狩くん。
(勢、すごいな。忍者並みだ。無理に突破しようとすればうっかりケガさせてしまうレベルだ。だったら――)
鵜狩くんは、ボールを後ろに蹴り上げた。
瞬時に後退し、落ちてくるボールに右グローブを突き出す。
が……ッ!
勢さんも地面を蹴り、鵜狩くんのそばに寄った。
両手を広げ、大の字の体勢をとる……!
ハンドのリスクはないので、勢さんも思いきり腕を使えるというわけだ……!
これでは、鵜狩くんがどこにボールを撃っても、はじかれる。
鵜狩くんの立場からすれば、せいぜい打ち上げるのが関の山だが――勢さんから少し距離を置いた場所で鳥松くんがチラチラ上に視線を送っている。
上空のルートも封じられた……!
だから鵜狩くんは、あきらめて――。
こぶしを下に向け、ボールを地面にたたきつけた……っ!
正確には、斜め下へとボールを押し出した。
ボールは地面でVの字に跳ね返り、大の字の勢さんの股をくぐる……ッ!
「え……」
あっけにとられた勢さんをかわし、鵜狩くんが駆ける。ボールに追いつく。
鳥松くんも近くにいたけど、奪い合いになる前に鵜狩くんはパスを出す。
パンチする。ボールがゆるい弧をえがく。
「こんしまちゃん!」
「うん……!」
鵜狩くんの呼びかけに応じ、こんしまちゃんがボールの軌道に先回りする。
もちろん、こんしまちゃんには不安もあった。
さっきは鵜狩くんのパスを受けられず、見当違いの方向にボールを出してしまった。
(なら蹴る? ダメ。勢さんがこっちに来てるから間に合わない。パンチ一択……!)
不安をこねくりまわすヒマはなかった。
でも、また考えなしにパンチしたら同じことのくりかえし。
そこで、こんしまちゃんは――。
下からすくい上げるようにボールにふれたのだ……ッ!
グローブに押し上げられ、ボールは優しく宙を舞う。
一方、近づいてきていた勢さんは、勢い余ってこんしまちゃんにぶつかりそうになった。
勢さんとこんしまちゃんがあたふたしている隙にボールは……鵜狩くんの真上に到達した。
確かに鵜狩くんは鳥松くんにマークされていた。
でも鳥松くんは、こんしまちゃんがこんなに早くパスを成功させるとは思っていなかった。
そして鵜狩くんは、こんしまちゃんを信じていた。
二人のその差が、このときの命運を分けたのだ……っ!
こんしまちゃんのパスに迷わず反応した鵜狩くんはジャンプし、ヘディング。
ボールは螺旋をえがきつつ、勢さんと鳥松くんのあいだに落ちた。
勢さんから見ても、鳥松くんから見ても……ボールは同等の距離。
ゆえに、二人が同時にボールへと走ったのも自然なことと言える。
ただ、ボールは接地した瞬間。
元気に跳ねて回転し、後方へとこぼれた。
「バックスピンをかけていたのか……!」
鳥松くんが、ボールの後退したほうに視線を投げる。
そこには鵜狩くんがいた。左足を上げ、蹴る体勢に入っている。ゴールをしっかり見据えている。
けおされる鳥松くんの耳に、勢さんの声が響く……!
「鳥松! だいじょぶ! ウチらでとめるよッ!」
「……分かった。勢、おれは右下をカバーする」
鵜狩くんのシュートコースを二人がかりでふさぐ。
向かって左上を勢さんが、右下を鳥松くんが警戒している。
まさに鉄壁にして完璧。これでは鵜狩くんは――決められないっ!
だけど鵜狩くんは、地面にえがかれた長方形のゴールをじっと見たままボールを蹴った。
左足を振り下ろ……いや、その左足をボールの手前でとめた。
代わりに右足が動く。そのつまさきがボールを持ち上げる。
鳥松くんたちから見て右上に、ぽよ~んとボールが浮き上がる……っ!
ゴールへと視線誘導したうえでのノールックパス――これがみごとに決まったために、鳥松くんと勢さんの視界では、ボールがいきなり消えたようにも見えた。
そして、ぽよ~んと浮いたボールに。
人影が近づく。
正体は、ウェーブのかかったくせ毛を持つこんしまちゃん……!
(わああ~)
相手にバレないよう心のなかだけで精いっぱいの声をはき出し、こんしまちゃんが渾身の左フックを炸裂させる。
でも、あんまり飛ばなかった……ッ!
ボールがトンッと地面を鳴らす。
即座に鳥松くんが反応する。反復横跳びの要領で右に行く……っ!
当のこんしまちゃんは急いでボールに追いつき、とにかく蹴る!
「いやあ~」
今度は声を上げて、ぶちかます。
こんしまちゃんの放ったボールは鳥松くんにギリギリとめられることなく、ゴールに向かった。
威力は、たいしたものじゃない。
――でもボールは確実に転がり、地面にえがいた長方形の上で停止した。
こんしまちゃんが、シュートを決めたのだ。
「やった……やったよ……」
こんしまちゃんが思わず拍手する。
おそらく、自分で自分をほめたたえたのであろう。
まあ……両手にボクシンググローブをはめているので、パチパチって音は出てないんだけど。
「サッカーで得点したの、人生初だよ……」
「ナイスシュート、こんしまちゃん」
鵜狩くんも、拍手でこんしまちゃんをたたえている。
こんしまちゃんは「あ、ありがとう……鵜狩くんのおかげだよ」と言って照れることしかできなかった。
勢さんまで拍手に加わる。
「おおっ、快挙じゃ~ん! こんしまちゃんっ」
心の底から、うれしがっているようだ。もはや相手チームとは思えない……。
ただ、鳥松くんは少し固まっていた。
というのも、こんなことを考えていたからだ。
(鵜狩……すごいな。さっきのヘディングで、おれと勢のあいだにボールを落としたのは……おれたちを引きつけたうえでノールックパスを決め、フリーになったこんしまちゃんにボールを回すためだったのか。……いや、違う。今の攻防の本質は、そこじゃない)
ここから鳥松くんは、心の声を出して続けた。
「……鵜狩は、こんしまちゃんがノールックパスに応えてくれると信じていた。そして、こんしまちゃんも鵜狩のパスが来ると信じ……絶好のポイントでボールを待った。だからこそ、さっきのシュートが実現したんだ……!」
「それだけじゃない」
鵜狩くんが鳥松くんのそばに寄り、もみあげにツリ目を近づけた……!
「俺は、このパンチングサッカーをも信頼していた」
「……へ?」
「その意味は、わたしが説明するよ……」
両のグローブをわきにはさみ、こんしまちゃんがゆっくり語る。
「さっきの局面が……もしハンドなしサッカーだったら、わたしはボールを蹴ることしかできなかった。でもボールが落ちてくるまで待っていたら、鳥松くんたちに時間的猶予を与えることになって、対応されていたことは確実……! オーバーヘッドキックもわたしには、できないからね……」
ついで、わきからグローブを離し……左右のこぶしを突き合わす……っ!
「だけどパンチングサッカーなら、ボールが高めの位置にあってもわたしは動ける……それでボールを前に出して、このあとシュートを決めることができたんだよ……つまり鵜狩くんは……わ、わたしだけじゃなく……」
顔を赤くしつつ、こんしまちゃんが言いきる。
「鳥松くんの考案したパンチングサッカーの特性――『ボールへのキックもパンチも可能なゲーム性』を評価したうえで、『これなら、わたし……こんしまちゃんでもシュートを決めることができる』と考えたんだと思うよ……わたしがシュートを決められたのは、パンチングサッカーのおかげでもあるの……」
「そういうことだね。ありがとう、こんしまちゃん」
そばで、鵜狩くんがうなずく。
「不用品になった四人分のボクシンググローブと一個のサッカーボールを供養するために、鳥松はパンチングサッカーを考えついたんだよな。事実、こんしまちゃんも俺も……楽しむことができている」
「はいはーい」
勢さんが、駆け寄ってきた。
「それ、ウチもだわ~。鳥松も、アゲアゲな感じっしょ~」
「……まあね」
鳥松くんが、両手のグローブをこすり合わせた。
ほほえみ、鵜狩くんがまとめる。
「――だから、グローブもボールも喜んでいるはずだ」
その言葉に同調するように、みんなが拍手する……ッ!
いつの間にか四人は、ボールを囲んでいた。
でも……やっぱり全員がボクシンググローブをはめているので、パチパチとは鳴らぬ。
「てか、勢いでやっちゃってるけど」
勢さんがニコニコしながら言う。
「絵面的にヤバくね? ウチら」
「しまった……」
こんしまちゃんが周囲の様子を確認する。
でも……グラウンドにいる生徒のなかで、すみっこの四人を見ている人はいないようだ。
「……ほっ」
胸をなで下ろす、こんしまちゃん。
ちょっと笑って、鳥松くんがボールを拾う。
「とりま、続きやらない? 今からは、先に追加で一点取ったほうが勝ちってことで」
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
ボールをパンチしてもいいサッカー「パンチングサッカー」の現在の戦況は――互角。
勢さん・鳥松くんチームとこんしまちゃん・鵜狩くんチームがどちらも二点を取っている。
試合は、鳥松くんのキックからリスタート……!
鳥松くんが勢さんにパスを出す。ボールは斜めに上昇し、勢さんの胸の前に浮かんだ。
でも、こんしまちゃんが勢さんにドタドタと接近してきている。
勢さんは半歩下がり、ひざを曲げ、左右のグローブを突き出す。
そのままバレーボールのレシーブの要領でボールを跳ね上げる……っ!
「パス返したわ~。受けてね、鳥松ー」
「もちろん」
ボールはUの字を逆にえがき、鳥松くんの頭上に向かう。
すでに鳥松くんは、さっきパスを出した地点を離れ、前進していた。
「ワンツーとは、やるなあ」
ひとりごつ鳥松くん。その目の前に鵜狩くんが立ちはだかる。
鳥松くんは鵜狩くんのほうをじっと見たまま、ジャンプした。
ボールに左グローブを当てる。
バレーボールのスパイクみたいに、ゴールを決めるつもりのようだ……!
――いや。
グローブは長方形のゴールに向かって振り下ろされなかった。
ただ、左にスライドした。
ボールはゆるやかな曲線を引きつつ――。
ある場所へと吸われるように動いた。
「よっしゃ~。ハットトリックやっちゃうよ~」
そこには、アホ毛が立っていた。勢さんのアホ毛である。
汗をぬぐい、ツリ目のまま鵜狩くんが笑う。
(鳥松のヤツ……さっき俺がやったノールックを返したか……)
このまま、勢さんがボールにパンチを当てて、シュートするか。
でも彼女がその体勢に入ったとき、ボールがはじかれた。
勢さんのグローブとボールが接触する寸前、こんしまちゃんが右フックをボールにたたき込んだのだ。
いったんボールは、勢さん・鳥松くんチームのゴールのほうに押し出された。
この局面でこんしまちゃんが鵜狩くんにパスを回さなかったのは「鳥松くんが鵜狩くんをマークしている」と思ったから。
とりあえず、まあ……ボールを自軍ゴールから遠ざけ、状況をリセットしようともくろんだわけだ。
――しかし。
「え……?」
こんしまちゃんは驚いてしまった。
自分の押し出したボールの真正面に、すでに鳥松くんがいたから。
ボールの動きを見てから動いたのでは不可能な挙動である。
つまり鳥松くんは、こんしまちゃんがボールに右フックを入れる前に……そのポイントへと走り込んでいたということだ。
鳥松くんが上体をひねる。ひじが曲がり、右グローブが後方へと引っ込む。
「とりまシュート……」
彼の視線の直線上には、ボールとゴールがきれいに並ぶ。
後方へと引っ込んでいた右グローブがまっすぐ前方へと戻り、サッカーボールに撃ち込まれた。
鵜狩くんも、こんしまちゃんも――すぐにゴール前に移動。
両腕を使い、パンチングシュートをとめようとする。
しかし鳥松くんの右グローブは――。
ボールと接触した瞬間に、下方にしなった。
よってボールはゴールに向かわず鳥松くんの右足に落ちた。
それをダイレクトで……。
鳥松くんが、蹴る。
「……らあッ!」
ボールは地面スレスレを勢いよく、すべった。
足もとへの警戒がおろそかになっていた鵜狩くんとこんしまちゃんのあいだを抜け――。
砂ぼこりを立てながら、長方形のゴールを通過した。
「うっかりしてた」
「しまった」
相手の二人が目を丸くする。
勢さんが鳥松くんに駆け寄り、自分の左右のグローブで鳥松くんのグローブを両方たたいた。
「うぇ~い、ウチらの大勝利~。やったね鳥松」
「ああ。おれたちの勝ちだ。勢も、おつかれ」
鳥松くんは、勢さんのグローブをグッと押し返した。
そんな鳥松くんのもとに、こんしまちゃんが小走りで寄ってくる。
「鳥松くん……さっきわたしが勢さんのシュートをとめたあと、そのまま鵜狩くんにパスを回さないでボールを押し出すって予測してたよね……なんで分かったの……」
「おれも、こんしまちゃんを信じたから」
勢さんのグローブから自分のグローブを離し、鳥松くんがこんしまちゃんと目を合わせる。
「その直前、おれは鵜狩のそばにいた。そして、こんしまちゃんは考えなしに試合しているわけじゃない。とすれば急場をしのぐために、いったんボールを人のいないポイントに送るはず。おまけに、これはパンチングサッカー。高めのボールに対してこんしまちゃんは絶対に手が出る。あとは……これまでのこんしまちゃんのパンチでボールがどれだけ飛んだかを計算して……ボールの軌道を予想した」
「へ、へえ~。すっごい……」
こんしまちゃんは感嘆し、負けをみとめる。
鵜狩くんも鳥松くんをほめ、グローブをはめたまま拍手した。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
かくしてパンチングサッカーの試合は――。
勢さん・鳥松くんチームが、こんしまちゃん・鵜狩くんチームに三対二で勝利するという結果で幕を閉じた。
四人はボロボロのボクシンググローブを外し、両手にかかえる。
同じくボロボロのサッカーボールを囲んで立つ。
「おれは――不用品としてこいつらを供養しようと思ってた」
鳥松くんが、だれにともなく言う。
「でも……それは勝手だったのかもしれない。なぜなら、こいつらのおかげで――楽しく遊べたから。たとえ見た目がボロボロでも……」
そして鳥松くんは心のなかで、一緒に遊んでくれたみんなに「とりま、ありがとう」と伝えた。
さらに、こんしまちゃんが進み出る……!
「じゃ、二回戦だね……」
「悪くない」
鳥松くんは、小さく笑顔を作って応じた。
「ただ、今は無理」
「なんで……?」
「もうすぐ昼休みが終わって体育が始まるから」
「しまった」
「……じゃ、おれはグローブとボールをかたづけてくるよ」
そう言って鳥松くんは、ほかの三人からグローブを回収し、ボールも持つ。
三人は手伝おうとしたけれど、鳥松くんは「一人でやらせてほしい」とことわった。
このあと鳥松くんが、グローブとボールをどうしたのかは分からない。
捨てたのかもしれないし……。
あるいは、またパンチングサッカーをやるために、どこかにしまったのかもしれない。
※ ※ ♢ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:五回(累計八十二回)




