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神様の手先の手先  作者: わやこな
春にめぶく
52/59

二話


 幾重にもある記憶は、それほど長い時を生きてきた証なのだろうか。

 ミレイスは、浮かんだ記憶を見上げて思った。


(……ああ、ズヤウ。貴方が人を嫌いと言った理由、覗いてしまって、ごめんなさい)


 無遠慮に見たことを後悔した。

 これは、信頼を置いてから明かされるはずだったもの。ズヤウの口からいつか聞けたらよかったこと。そう思ったのだ。

 だが、神々の無情な上映はミレイスの目前で行われている。

 目を塞いでも耳から音が入り込む。ならばと両方塞ごうとすれば、何か言いたげなマネエシヤと視線がぶつかった気がして、できなかった。


 ――輝かしい記憶があった。


 ズヤウは、薄々感じてはいたが、風の国の貴族だったのだ。ところどころに現れる、ズヤウの側で仲良く離している人物はきっとカイハンだ。カイハンを殿下と呼んで、膝をついて頭を垂れていた。友でもあり臣下でもあったのだろう。

 二人は仲良く、話したり遊んだりと切磋琢磨していた。だがそれもズヤウの幼い頃までだ。

 楽しい記憶も、嬉しい記憶もあった。けれど、それ以上に、痛く冷たく苦しい記憶が増えていっている。

 中にはミレイスと同じような実験をされている姿もあった。さらには、誰かに組み伏せられて暴力を振るわれている場面も。

 ミレイスは、ズヤウの瞳が元々は美しい琥珀色の瞳だと知らなかった。

 髪の色もあの鈍色ではなく、輝く白銀だとも。徐々に瞳の色が歪み、変化し、髪も艶が無くなり色も鈍く暗くなっていくことに、心が痛んだ。やめてくれと叫びたいが、過去のズヤウは耐えていた。じっと、いつまでも、耐えていた。


 痛かっただろう。辛かっただろう。

 かつて自分が受けたことがある分、ミレイス以上に酷な目にあっていると思えた。目を背けたくなるような行動に、今のズヤウがああしてミレイスに優しく接してくれている姿が奇跡のようだった。

 いくつにも別れた画面は、次第に争いや戦の光景が増えていく。カイハンが危険な戦にかり出されるところを身代わりに立候補して、さらに傷が増えていく。

 大地が傷つき、人が倒れ、血の川が流れ出す。そのなかでかろうじて生き残っても次の戦が始まる。

 実験はなおも続いていた。時折挟み込まれる狂気の所業に、人の恐ろしさを垣間見た。

 魔力を注がれ狂う人の姿。魔物と番わされる人の姿。魔力に充てられて体が融解していく人の姿。魔力を吸い出されて、溶け出し、どろどろとしたスープに変わる精霊の有様。そして、それを、その魔力を喰えとすすめられている少年の記憶。

 カイハンが歯噛みして、ズヤウを説得している場面もあった。だが、ズヤウはそれを振り切って、ついには倒れた。あの、いつかの魔力を吸ったときとは異なる様子だ。腕だけではなく体中から血を流して、震えている。


 そして画面が、一変した。

 金色の多腕の龍が上空に現れ、王都を、王城を砕いて壊したのだ。


(あれは……教会で見たあの像と同じ)


 死に体のズヤウに向かって手を差し伸べたのは、その龍だった。そしてその傍らには、首だけとなったカイハンがいた。鳥の頭ではなく、ただの頭だ。

 ズヤウが何かを言っている。

 龍の鱗を受け取り、飲み込み、ズヤウは現在のような龍の形へと変化した。空を昇り、破壊をもたらして吠えて、地に落ちた。

 地に落ちたズヤウは、一人の男に拾われた。シギだ。

 多腕の黄金龍が、褐色の美貌の男、シギへと変わっていた。シギがズヤウたちを連れて各地をめぐっている。

 年数はいくつ経ったのだろう。

 目を隠して、懸命に働いて、カイハンが鳥の頭部となって舞い戻った。シギの仕業だとは気づいたが、カイハンが現れるまでのズヤウは見ていて痛々しいほどの無気力さだった。ミレイスにはない、兄弟分や友の存在がすこしだけ羨ましい。だが、それがズヤウの長い生の支えだったのだろうと理解できた。

 細かな会話は聞こえないが、穏やかに静かに過ごす生活が映る。


 しばらくすると、最近の記憶へと移り変わったのか、ミレイスが現れた。自分の記憶の中にもズヤウは現れたのだから、出てくるだろうとは思ったが、やはり出てくると驚いてしまう。

 ズヤウは、ミレイスと会ってから気に掛けてくれていたのだろう。よく記憶の端々にミレイスの姿を追う様子が見えた。

 次第にその割合は多くなり、アセンシャの仮宿で口づけをされたところがズヤウの視点から映ったときには、こんなときにも関わらず顔が熱くなった。自分の記憶のときには、目隠しの接写であったり、天井だったりとはっきりしなかったのだ。あのときどれだけ自分が茫洋としていたのかがよくわかる記憶だった。

 ズヤウから見たミレイスが、こちらを見て微笑む。こんなに緩んだ笑みをしていたのかと思えてしまう。


 最後の記憶は、ミレイスを隠して空へと駆け上ったあの場面だった。

 思わず、意識のないズヤウの頭部を抱きしめる。

 ズヤウの力は圧倒していた。だが、何かを気にかけながらも力を押さえているようでもあった。何故そうなっているのかと思えば、ズヤウの視界はミレイスが気絶しているあたりを幾度か垣間見ていた。

 ミレイスのもとへと魔物の手が延びれば、わざとその場にいた精霊を囮にしてでも、すべて吸収しきって防ぎきった。思いきり戦えば、強大な力で一帯もろともどうにもなれるようだったのに。

 つまりは。


(私を、気にしてくれたの?)


 どうして。

 ミレイスのことよりも自分のことを心配してほしかった。嬉しいはずなのに、苦しくて、頭を擦りつける。

 そして記憶の上映は終わった。ズヤウがマネエシヤに召喚されたらしい場面で、白く塗りつぶされて、終わったのだ。


「――物語には、未だ物足りぬ。見るに、星の子を喰らった所業、如何ばかりか」


 女の声がそう言った。星の子、精霊のことだろうか。それともシギの鱗のことか。

 同時に、威圧がミレイスを襲う。ズヤウの体が浮かぶ。

 離されてしまう。また、どこかに隔てられてしまう。思わず口走った。


「お待ちください! ズヤウを、彼を、お返しください!」


 ふわりふわりと浮かび上がる巨体に、体重を掛けてすがりついても、ミレイスごと浮かび上がるばかりだ。

 夢中で続けた。


「私も、私も同罪です! 言われるがまま、与えられるがまま、精霊を口にしたことがあったはずです。ならば、私を。彼ではなく、私に咎をお与えください」

「おまえの罪は幾許もなし。すでに死して生まれ直した身であれば、過ぎたる罪科は与えられぬ」


 男の声が否定する。だが首を振ってさらに言葉を重ねる。

 共に居た存在が失われることが恐ろしい。神ならば一瞬だというのに、それでも問答に応じているのは何故なのか。ただの気まぐれか。だが、今はその気まぐれがありがたい。溢れる感情が涙腺を押し出して雫をこぼす。引きつりそうになる喉から懸命に声を出して訴えた。


「私には、ズヤウが必要なのです! 失いたく、ないのです! ズヤウが、ズヤウがいないと……お願いです。どうか、お願いします。連れて行かないで。殺さないで。殺すなら、私も一緒にいかせてください」


 もはや言葉尻は涙に濡れて上手く言えていない。それでもズヤウの頭に抱きついたまま言う。

 一緒に居たい。離れたくない。失いたくない。

 もとはミレイスを気にして、あの姿に変わって満足に力を発揮できずにマネエシヤに捕まったのだ。ならば、それはミレイスのせいなのではないか。いや、そうに違いない。

 こぼれでた感情が暴れて、ただただうわごとのように呟く。


「ズヤウ、いやよ。起きて。いなくならないで。ごめんなさい。ごめんなさい、ズヤウ」


 懇願と謝罪を繰り返しながら縋る。意識のない相手に告げる言葉の頼りなさに、さらに涙がこぼれた。


「申し上げます。娘のために耐えた男と、その男を恋い慕う娘は、いかがでしたか」


 しゃくりあげながら、冷静に伺う声に目を見開く。マネエシヤだ。


「わたしの配下が直々に世話した者たちです。ご覧のとおり、わたしの配下の一部を喰らっても生きのびた精霊もどきの男も、人の器に入り込みできあがった精霊の娘も、物珍しくそうはおりますまい」


 ゆっくりと体が降ろされた。半ば呆然としながら、やり取りを耳に入れる。また離されないようにとしっかりと抱きしめながら伺う。

 マネエシヤの言葉に女神と男神は好意的に受け止めているようだった。


「さもありなん。先の言葉、こなた好みであれば……貴方様」

「あいわかった。愛しき我が妻の言うことならば。我も愛しい其方のためなら耐えようぞ」

「ああ貴方様。こなたも貴方様のためならば、何処へとも出向き、乞い願い、貴方様を求めましょうぞ」

「では、此度はよいか。愛しの妻よ」

「ええ貴方様」


 睦言を交わし始めたと思えば、ミレイスたちは見覚えのある景色へと戻された。

 地上に、戻ってきたのだ。

 あたりは、青々とした植物が生えている畑。アセンシャの畑だ。

 やはり、マネエシヤのあの菜園と似ている。繋がっているから当然といえばそうなのだが、どこがどうなって繋がっているのか不明である。

 そしてミレイスは自身が抱えている人物に気づいた。腹部に大事に抱えるように抱き込んでいたのは頭。そこから先へと視線を向ける。切り傷汚れがついているが、首から下をしっかりと隠した体がある。もう一度、頭の部分に目を戻す。


 解けた目隠しの下、整った容貌が見えた。鈍色の髪がまばらに散って顔に掛かっている。

 人の形に戻ったズヤウが、微かに呼吸をしながら眠っていた。





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