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神様の手先の手先  作者: わやこな
冬のひしめき
34/59

四話


「――そうして棄てられたから、私は記録的にも死んでいるはずではないかしら。だから、死人が再び現れたなら、変に思われるわ」


 語り終えれば、辺りは沈痛な空気が残った。まるで黙祷をささげるかのような、重苦しいものだ。やがて一番に口を開いたのは、ズヤウだった。


「水の王家を恨めしいとは思わないのか」


 心の底から不思議そうに問いかけてきたズヤウに、ミレイスは返答に窮した。

 記憶を辿るに、ミレイスがかつてさびしい終わりを迎えたのも、王家が発端だったのだろう。だが今のミレイスにとっては、もう遠い出来事だ。まだ元凶は残っているのかもしれないことに、怖さを感じはするが。


「……わからない」

「滅ぼしたいとも、なくなればいいとも願わないのか」

「どうして、とは思うけれど……そこまで強く思えないの。そう思わないようにしてきたから」

「そうか」


 納得いかないとでも言いたげな声だ。

 ズヤウを見れば、なんとなく不満そうだな、というのがわかった。いつもどおりに見えても、そういう雰囲気がわかるようになってきたのかもしれない。場違いではあるが少し嬉しくなった。


「ふむ。おれとしては優しい義姉上ができるのは歓迎なんだが。仕方ない、女官でいくか」

「まあ、甘えるならミレイス嬢は優しいので、このままでもしてくれますよ。出自は適当に作るよう執政官殿にもあとで報告しておきましょうか。あ、フロウリー卿、ご内密に」

「秘密が増えるばかりで恐ろしゅうございますな」

「そんなものです。生きてさえいれば、秘密なんてものはどんどん増えますとも」


 あっさりと決定をくだしたイマチに、空気が緩んだ。ミレイスの処遇が決定したことで、改めてカイハンは説明を始めた。

 シギが所望する道具の回収をやり遂げたのはよかったものの、ミレイスは目覚めなかったため、それまでの間でと世話になっていた。ズヤウたちの目的はミレイスの様子を見に行けという大雑把なシギの言葉であり、そのミレイスが動けない以上離れるわけにもいかなかったのだ。

 そうして世話になっている以上、働きで返そうとなって、現在。

 カイハンが先に言ったとおりに適当な貴族籍をもらいうけ、一ヶ月半の間に功績をたたき上げたり、他の貴族位を買い叩いたりと周囲を黙らせてイマチの学友という立ち位置を獲得した。

 ズヤウとカイハンがともに得た「オモト」という貴族姓は、風の国から続く由緒正しい領地持ちのものらしい。だが、いわゆる訳ありで、歴史書や年鑑を遡っても、水の国になってから誰も相続をしていない浮地となっている。

 テネスナイとの交渉から分かったことによると、このあたり、旧風の国の領土は自分が王妃であった頃には約定により保護をしていたそうだ。ただ、現王になってからは徐々に約定を無視して土地の取り上げや吸収を行っている。それはここ数年でさらに増えてきた。

 水の国の王都が、さらにきな臭くなってきたというのだ。

 もともとテネスナイは現王家と反目し合っている。奪われる前に恩賞も地位もとにかく与えてしまえと気前よく与えたかわりに、協力を持ちかけてきたのだ。カイハンもズヤウも、思うところがあり、協力に応じている状況というわけである。

 二人がそうであるならば、ミレイス一人で別に行動する理由はなかった。アセンシャも相変わらず戻らないし、ミレイス自身が世話になってしまったのならば、二人と同じくして働いて返したいとも思う。

 かいつまんで改めて教えられた事情に、そうミレイスが返すと、わかりましたとカイハンはうなずいた。


「ミレイス嬢の基本的な仕事は、殿下の側に控えることになります。防御の魔法も仕えますし、作法については身についていますから、そう困ることはないはずです。知識も足りないところは殿下と学べば良いでしょう。なにより、私の目の保養になりますからね」


 いたずらっぽく言うカイハンは、励ましてくれたのだろう。


「わかったわ。お世話になります、カイハン」

「はい、お世話いたしますとも」


 にっこりと笑顔でカイハンは言葉を続けた。


「さて。目覚めた早々で急ではあるんですが、近いうちに情報をもらうためお出掛けしてほしいのです」

「二の姉上、えーっと、コンハラナ姉上がな、実はこの都に来ているのだ。どうにも様子がおかしいから、ご機嫌伺いの名目で会ってこいとばーちゃんに言われたのだが……あんまり、おれ、話したことがないんだよなあ」


 イマチが表情を困ったように変える。

 つまりは、王都の実情を知るだろう者に話を聞く、ということである。

 相手は王都から外の領地へと嫁いだ第二王女、現火の国と水の国の境にある辺境都市ポーティアの辺境伯夫人。

 名をコンハラナ・ケフェナ・ミクノニス。

 王家から出た形となったので、正しい呼び名はコンハラナ・ケフェナ・ポーティアだ。王族である洗礼名は王家から出ても、血が繋がる限りはついて回るものらしい。そのため、基本的には家名呼びのポーティア辺境伯婦人で呼ぶ。顔見知りであれば、コンハラナ殿下ないしはコンハラナ王女、親しい身内などに限ってケフェナと呼ぶのだ。

 なお、イマチは名呼びの許可を簡単に与えるので、つい忘れがちになってしまうが、王族の名呼びの許可は心を許している証でもある。

 つまるところ、姉弟間でそう呼んでいないことは、親しい交流をもたないとすぐにわかるものだった。


「話したことはなくても、殿下の許嫁がいらっしゃいますぞ。そもそもその許嫁殿がお呼びになられたことがきっかけでしょうに」

「言っておくが、一度しか顔を合わせてないのだぞ? 文だけではどんな相手かよくわからぬではないか。まあ、悪い奴ではないと、思うんだが……でもなあ」

「おや、交流があるじゃないですか。まだ生まれた頃に決まっているわけじゃないだけ、いいのでは?」

「カイはいったいなんなのだ……?」


 フロウリーが口を挟めば、くるくると表情を変えてイマチが言う。それが楽しいのだろう、カイハンがからかい混じりに言って遊んでいるようにミレイスには見えた。

 許嫁。つまりは婚約者。

 ミレイスにはよくわからない世界だが、アセンシャの恋物語でも聞いたことがある。実際はこういう風に焦ったり困ったりするのね、と見ていればズヤウが小さく聞いてきた。


「お前も、いたのか」


 はて、と首をかしげる。いたとは、許嫁とかその類いだろうか。

 ミレイスの記憶には、登場しなかった。というよりも、そんな話は一度もなかったように思う。

 あの美に執着する男の教育には、異性との恋や愛は一切出てこなかった。ミレイスが覚えていないだけかも知れないが、あの限られた世界ではいなかっただろうと推定できた。


「いいえ、いなかったと思うわ」

「そうか」

「ズヤウは?」


 聞き返せば、ズヤウは黙った。


「名目上は……いたはずだ。面識もなにもなかったし、すぐにいなくなったが」

「そうなのね」

「ああ」


 その答えに、ほっと安心する。


(じゃあ、私とズヤウははじめて同士……はじめて……)


「ミレイス?」

「はっ、はい!」


 咄嗟にうつむいてしまった。

 じわじわと熱くなりそうな頬を意識して、また落ち着かなくなる。


「ほら、こういう可愛らしい方は早々いないですけど、実際会ってみるとこのくらい純真な方かもしれませんよ」

「カイ、おれの許嫁は、手紙に片腕で魔馬を投げられるようになったと書くような勇ましい娘だぞ」

「身体強化がお上手なんじゃないですか? いいじゃないですか、強い嫁」


 こそこそ交わされる言葉が耳に入る。強い、との言葉にミレイスはハッと顔を上げた。

 あまり役立てなかった自分をどうにかしたいと思っていたのだ。だから、いずれにせよ頼み込むつもりだった。この場合は誰に頼むのが適任かを考えて、稽古ごとを請け負っているらしいズヤウを選んだ。

 先の戸惑いや恥じらいの気持ちは抑え込んで、ミレイスはズヤウに言った。


「あのっ、私も、強くなりたいわ!」

「なんだ、急に」

「ズヤウ。私ももう少し魔法の腕を上げてみたいの。ほかにも、戦闘の練習とか」

「してどうする」

「ずっと貴方にお世話になっているから。すこしでも、返したいの」


 ズヤウが黙った。カイハンがケラケラと笑い声を上げる。


「よかったですね! 好かれて!」

「うるさい」


 目隠しをしているが、カイハンをねめつけているのがわかった。おそらくひと睨みしただろう後に、ズヤウはミレイスのほうへ振り向いた。さっと鈍色の髪が揺れる。


「第一、なぜ僕なんだ? そこの鳥頭にでも頼めばいいだろ」

「私が知るなかで、一番頼りになるわ」


 正直に答える。アセンシャは偉大な恩人だが気まぐれ。カイハンは親切でよくしてくれるから頼れることは頼れるのだが、ミレイスのなかでは事あるごとに面倒を見てくれたのはズヤウだった。狩りの腕も立ち、魔法もできて、戦う術も知っている。

 またズヤウが黙った。今度は顔を背けて手を当てている。すかさずイマチとカイハンが言い添える。


「うむ! おれにもよくわかるぞ!」

「そうですね、とっても頼りになりますからね」

「あの、駄目かしら」


 たじろいたズヤウがすこし後ろに下がる。顔を背けたままだが、やがて顔を隠した手を下ろして了承した。


「……あまり期待するなよ」

「ええ、ありがとうズヤウ!」

「おやまあ。随分御しやすくなったのだな、ズヤウ」

「自覚はしているから黙ってろ、カイハン」


 思わず、とこぼしたカイハンに自嘲気味にズヤウが返した。


 そうこう話して決まったことで、ミレイスの仕事は、翌朝から始まった。

 カイハンが説明したとおり、イマチに付き添って話し相手をしたり勉強や政務の手伝いをしたりが基本である。補佐には、御用聞きとミレイスに付けられていた、ケアレが担当してくれている。

 これまで病人だったからと周囲から気を遣われて、恐縮するの繰り返しの日々を送っている。ズヤウも結構な頻度でミレイスの様子を見ては確認して離れていくものだから、それがまた、仲の良い夫婦だと周囲にみられて、余計に気恥ずかしくなってしまった。

 訓練も順調で、起きてからは魔法の精度が多少よくなった。

 魔法を使うときに大事なことは、素養もだが、想像力だ。強く、確固とした意思を持って行えば、大抵のことはうまくいく。そう教えたズヤウに(なら)った結果である。

 とはいえ、攻撃魔法の威力はあまり出なかった。

 元々の素養が向いていないのだ。

 そう判断を下されたのは残念だが、代わりにと物量で押し切れと指導を受けている。困ったときには大量の水で押し流したりはじいたりしろとのことだ。それくらいならば水精であるミレイスにとっては楽な作業だ。

 はじめは躊躇いがちだったのが、繰り返すうちに慣れて自信もついてきた。


 そして仕事が始まり、数日経った今。その自身も訓練も、早速と役に立っていた。




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