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神様の手先の手先  作者: わやこな
冬のひしめき
32/59

二話


 勢いよく体を起こす。

 ミレイスが慌てて周囲を見渡せば、明かりが小さく灯った部屋にいることがわかった。あたりは薄暗い。夜なのだろう。


(ここは……)


 夢ではない、はずだ。口の中は乾いているし、寝汗もかいている。それに、視線を左に向ければ、ミレイスの手を握る人物がいることに気づいた。

 浅い眠りについていたのか、ミレイスが身動きしたことで目を覚ましたのだろう。椅子に腰掛けてうつむいていた頭が上がった。目元を執拗に巻いて隠した顔に、ぱちりと目を瞬かせた。


「ズヤウ?」

「大分、遅起きだな」


 言葉はともかく、口調は柔らかい。


「うなされていたが、夢を見たか」


(夢……? そう、夢だったのね)


 あまりにも、身に迫る回想で、あちらが現実だと思えてしまうほどだった。

 こくりと肯定して頭を縦に動かす。動かせば、空気がひやりと感じて、思わず体が震えた。気温が低いのだ。それとも自分の体調でも悪くなったのだろうか。

 そもそも精霊が体調を崩すことはあるのか不明だが、ずり落ちた掛布を取って胸元まで引き上げる。


「ああ、寒いのか。あまり、火の魔法はうまくないが」


 言うなり、手のひらに小さな火球を作って宙に浮かせた。

 部屋の上空に躍りだせば、すこしずつ部屋が暖まってきた。それに、明るくなった部屋から窓の外も見ることができた。

 外は真っ暗だった。空に星明かりも見えないのは、暗雲があるからだとわかった。そこからぽつりぽつりと雨が落ちてきている。風が吹いて窓に当たれば、硬い物が当たったような音を立てた。


「本格的に降り出したな。通りで、冷えだしたはずだ……すこし待ってろ」


 ズヤウは言いながら手を離すと、椅子から立ち上がり部屋から静かに出て行った。

 見送ってしばらくもしないうちにズヤウはすぐに戻ってきた。手には湯気を立てたカップとポットを置いた盆がある。

 ベッドサイドにある背丈の低い卓上に置いて、またベッド近くの椅子にズヤウは腰掛けた。そして、カップにポットからお茶を注ぐと、ミレイスにカップの取ってを差し向けて渡した。ほっと落ち着くような良い香りだ。


「あ、ありがとう」

「熱すぎないように調整はしているが、気をつけて飲めよ」

「はい」


(うん? なにかしら。ズヤウがすこし変だわ)


 不思議に思いながらカップを両手で持ってゆっくりと口につける。

 甘い。蜜が入っているのだろうか。乾いた口内に染みこむような、優しい味がした。時間を掛けて飲み干すと、空になったカップをズヤウが取って盆の上へと戻した。


「落ち着いたら、もう少し休め……ミレイス」

「はい?」

「いや、なんでもない。これ、用があれば鳴らせ」


 ベルをつまんでミレイスに見せて、ズヤウはこれも卓上に置いた。そして、椅子を引いて立ち上がった。宙にある火球が散らされて、また薄暗い部屋に戻る。


「おやすみ……また、明日」

「え、ええ。おやすみなさい、ズヤウ」

「ああ」


(やっぱり、なにか、変)


 まだ夢でも見ているのだろうか。

 きゅ、と体に掛かった掛布を握りしめる。ぽかぽかと暖かくなったのは体だけではない。ミレイスはもう一度見回して、ベッドへ入り目を閉じた。





 翌朝。

 冷えに目を覚まして起き上がる。昨日のことは夢ではなかったかとベッドの横を見れば、盆がある。カップとポット、それからベルがあるのを見て、昨夜は現実だったのか、と息を吐いた。

 そのまま起き上がってみる。よろけたが、どうにか歩ける。

 上手い具合に力が入りきらない。まるでずっと寝たきりで体が働かないようである。格好は柔らかな素材の寝間着だ。脛まで伸びたフリルつきの白い寝間着にリボンが付いている。こんな服は持っていなかったが、どうしたのだろう。


(ズヤウが着せてくれた……とか?)


 自分で考えて、そんなわけがないかと首を振る。

 その拍子で窓に目が行った。昨夜は雨が降っていたが、今日は晴れ間が見えないものの、空が明るく白んでいる。それに、ちらちらと雪が降ってきていた。

 近づいてみれば、窓に息の跡が残る。ひたひたと忍び込む冷えが、肌を刺した。

 ミレイスの記憶では、まだまだ寒くなるには早い時季だったが、外の景色は冬の様相を現している。


(どうなっているの?)


 部屋の中は、立派な造りだ。もちろん、あの仮宿の部屋も整えられているが、調度品が身分の高い部屋であると示している。ますますわからない。

 衣装棚も、本棚も、美術品まであるが、見覚えがない。


(確か、用があれば鳴らせと言っていたけれど)


 このままここに居ても、わからないことばかりのままだ。ズヤウに言われたことを思い出してベルを手に取った。そのまま恐る恐る振ってみる。

 コオーン。

 予想していたベルの音ではなく、低く長く響く金属音がした。何回か木霊して静かになると同時に、部屋のドアが叩かれた。


「失礼いたします」


 聞いたことがない声だ。ズヤウが来ると思っていただけに身構える。

 入ってきたのは、赤の騎士服を着た女性だ。

 年の頃はミレイスより随分と上の、落ち着きある態度が魅力的な人だった。背は一般的な女性よりも高く、黒に近い茶の髪を束ねて邪魔にならないように編んでまとめている。きりりとした面差しは、ミレイスを見ると安心させるように微笑みに変えた。


「初めてお目にかかります。私は、テネスナイ閣下の近衛師団団長フロウリー卿が配下、ケアレと申します。ラルネアン殿下により、ミレイスお嬢様の滞在中の御用聞きを拝命しています。お見知りおきを」

「ケアレ様、よろしくお願いいたします。私は、ミレイスと申します」


 丁寧な礼を受けて、慌ててそれに返す。


「畏まらなくても結構でございます。事情は、閣下より聞き及んでおりますゆえ。ケアレ、と気軽にお声かけください……とはいえ、見知らぬ私が申しても、戸惑いますでしょうが、ご理解ください」

「は、はあ。わかりました」


 ケアレはミレイスがまごつきながらも返事をするのを見て、ようございます、と言った。


「すっかり回復なされたご様子。御夫君もさぞや、安心されることでしょう」

「ごふくん? あの、ええと」

「ズヤウ様は、ミレイス様をそれは心配されていました。なにせ、ようやく目が覚めたのですから。さあ、お会いになる前に、湯浴みと着替えを用意いたしましょう」


 言うやいなや、ケアレは左手の人差し指を口に当てて吹いた。ピイッと高い音が鳴ると、静かに黒いドレスを纏った女官が数人入ってきた。


(ようやく? 目が覚めた?)


「丁重にもてなすよう。異変があればすぐに連絡を。私はここで待つ」

「かしこまりまして」


 代表して、年嵩の女官がお手本のような礼をして言えば、他の女官も続く。ミレイスが驚く間に、あれよあれよと運ばれていった。


 怒濤の磨き上げの最中、金の腕輪だけは外さないように死守をしてしばらく。

 服はズヤウたちからと用意されていた服を着せられ、髪を整えられる。凝った髪型はよいと遠慮して、代わりに見当たらない羽根飾りや髪紐はと聞けばすぐに準備された。預かっていたとのことだ。無くしたわけではなくて安心した。

 磨かれた鏡でいかがでしょうかと問いかけられて、わけがわからないまま、よいと思いますと返す。混乱のしっぱなしだ。

 そしてまた部屋へとつれて戻らされれば、ケアレとズヤウがいた。


「ああ、お綺麗でございますね。ズヤウ様、私はこれで一度下がります」

「わかった。このまま殿下方のところへ行くが良いか」

「貴方様がいらっしゃるなら大丈夫でしょう。またご用があればお呼びください」


 ケアレは女官たちをつれて部屋から出て行った。ズヤウは、前に見た格好のままだ。それに安心感を覚えながら、ミレイスはたずねた。


「ズヤウ、あの、いったい何が」

「おはよう」

「え? あ、おはよう」

「そうか、覚えもないか。歩きながら説明する」


 そう言って、ズヤウが右手を差し出した。黒い手袋をした手が前に来て首を傾げる。


「手、出せ」

「ええと? はい」

「ん。よし」


 左手を差し出せば、軽く握られた。いつも通りかと思えば、やはりすこし変な感じがする。

 もしかしてつらい夢を見た後で、楽しい夢を見ているのだろうか。そう思って、空いた右手で脇腹をつねってみる。小さく痛みが走る。夢ではない、らしい。不思議に思いながらそっとさすっておく。


「なんだ、腹が減ったのか」

「あ、いや……はい」

「あとで出す。我慢できるか」

「ええ、あの、私それほど食べなくても平気だから」

「知ってる。そうでないと、一ヶ月以上食べずに生きられるわけがない」


 会話をしながらエスコートをされて歩く。

 そうだ、一ヶ月。ミレイスが認識しているよりも経過している時間。いったいどういうことなのだろう。戸惑いながらもミレイスは質問をした。


「ズヤウ、私そんなに眠っていたの?」

「正確には一ヶ月と半だ。おそらくだが、精神的なショックによって体の防衛機能が働いて眠っていた……と思う」

「そう……そうなのね」


 ズヤウは顔をミレイスに向けて、短く言った。


「記憶は、戻ったか」


 心配そうな声音だった。ミレイスは、思い返しながらうなずく。

 あの夢の出来事が過去の振り返りだというのなら、ミレイスがミレイスになる前の少女の生を垣間見たのだろう。そのまま意識ごと沈みそうになったが、これまでの思い出や出来事がミレイスを揺り起こしてくれた。

 今またその記憶を振り返ってみても、もうすでに過去の出来事だと割り切れる。思い出せない部分もまだあるにはあるが、きっともう、いいのだ。


「全部、とは言えないけれど。大体は……もう、大丈夫」

「そうだな。案外、図太いみたいで安心した」


 それから、ほんのすこし間を置いて、吐き出した息と共に小さく言った。


「よかった」


 優しい。

 どうしたのだろう。ズヤウがとても優しい。

 なぜか、気恥ずかしくて、頬が熱くなる。


「お前が起きるまでの話だが。長期間の滞在になったから、ある程度の事情を説明している」

「ええと、どこまで?」

「御方々の依頼を受けていることと、あとはカイハンが執政官あたりにお前の事情もすこし」

「私の事情?」

「お前の死因となったことだ。執政官も心当たりがあるんだろう。お前に同情していたからこその、この待遇だ。それと」


 やや躊躇いがちにズヤウが言った。ふい、と顔がミレイスとは反対のほうに向く。


「悪い。書類上だが、籍が入った」

「せきがはいった」


 わからないことだらけで繰り返していたが、さらに混乱が追加した。


「元々は、僕とお前が他国から来た夫婦という話をアレが言っていたが、式も書面も何もしていない事実婚ではいけないと難癖をつけられた」

「難癖? だれが?」

「あの鳥頭が」

「カイハンが? どうして?」


 ズヤウが黙る。見上げるが、こちらを向かないズヤウは続きを言わない。

 代わりに、耳の辺りが赤らんでいるのに気づいた。


「ズヤウ?」

「ともかく、書面の形式上だが夫婦扱いになった。言葉だけのものとは、わけが違う。だから、お前が寝ている間は、僕が挨拶に回って根回しをしておいた。ここの館内の連中はお前のことを知っていると思っていい」

「それは、その、お世話になって」

「別に。お前が悪いわけじゃない」


 そうは言うが、ズヤウは確か、人嫌いだと初対面で言っていた。それはそれは嫌そうに言っていたから記憶に残っている。

 いいのだろうか。そのまま見上げていたら、また、軽く握られた。


「ズヤウは、よかったの?」

「僕は……僕より、お前こそ、よかったのか」

「ええと、私は構わないです。必要なことだったんでしょう?」


 それに、ズヤウのことは好きだもの。そう言おうとして、好きが気軽に言えず口の中で止まる。

 きゅうと苦しくなるような、胸の内側がざわめくような心地に戸惑って、首を振る。


「いいの。ズヤウがいいのなら」

「そうか」


 沈黙が降りる。


(わ、わからないわ! 私、変なこと言ってしまっていないかしら)


 用もないのに、ちらちらとズヤウを見てしまう。ズヤウはミレイスの足取りに合わせてゆっくり進む。途中ですれ違った使用人たちに何故か微笑ましく見られた。

 静かに進むが、沈黙がつらくて長いとも思えない。むしろ気になって、あっという間に感じたほどだ。

 ズヤウが足を止めるのに合わせて立ち止まれば、目の前にはいつの間にか装飾が施された扉があった。金の細工飾りが煌びやかにほどこされた白い扉を、ズヤウは遠慮なく叩いた。すると、少しして内側から開いた。

 開けたのは、以前下町で会ったことのある厳つい男だ。名前は、フロウリーといっていた。簡素な衛士服ではなく、立派な衣装を身に包んだ騎士の格好をしており、ミレイスと目が合うとわずかに目が見開いて、すぐに場所を空けて中へと案内してくれた。




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