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神様の手先の手先  作者: わやこな
秋にゆらぐ
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十八話


 邸宅内のさらに奥まった場所。整然と並んだ調度品たちの廊下を抜けて、幾重にも警戒をしかれている扉を三度抜けたさらに奥。鍵と魔法による封印が施された扉がぽつんとあった。

 鍵は騎士が、魔法の封印はイマチが解く。以前カイハンが言っていた厳重なので侵入は難しいとは事実のようだと思いながら、ミレイスは様子を見る。黒い石で出来た扉が床を擦って開いた。

 宝物庫に入るなり、イマチは付いてきた騎士のうち一人を外に立たせ、もう一人を中に入れて内から施錠した。重厚な閂を下ろした騎士が入り口に背を向けて立ち、軽くミレイスたちに向かって礼をした。こちらの騎士は女性らしく、イマチの秘密も知っているとのことから、多少は気安いものらしい。

 イマチは軽く、フロウリー卿の部下で護衛の一人だと紹介してくれた。信がおけるので安心して良い、とも。


「それで、ここのどこかなのだが。見つかりそうか?」


 無邪気にたずねられて、ミレイスはあたりを見回した。

 宝物庫の名に負けない、見事な品々が整理され収納されていた。

 広さからすれば、今朝見たアセンシャの拡張した衣装棚にも勝るとも劣らない。あの規格外たるアセンシャと張れるほどなのだから、そのすごさは価値をよく知らないミレイスにもわかった。

 カイハンとズヤウは一歩引いて観察している。


「一つ一つ手に取るのは手間ですね」

「うむ。貢ぎ物が多いのも悩みだとばーちゃんが言っていたぞ」

「地道な作業はあまり好きではないのですが……ズヤウ」

「真面目に働け」

「働いているじゃないですか。ねっミレイス嬢」


 話を振られた。確かに探すのは大変そうである。

 それならば、ミレイスの出番だ。こういうときの捜し物は、あの小屋を整理したときと同様にすれば早い。シギが作った道具を模した物であるならば、魔法の道具であることは間違いないだろう。


「私に任せてください。こういうのは、得意なほうなの」


 意識を集中して、水の手を作り出す。イマチが目を輝かせてその様子を見ている。

 上空に向けて伸ばして、そこからさらに枝分かれさせて方々に水の手を伸ばす。


(魔力を帯びた道具……これは違う。これも。あっ、あれはあるみたい。そこにあるのもかしら。思ったより多いわ)


 いくつか選んで目の前に運ぶ。カイハンたちが移動して、判別を手伝ってくれた。


「ところで、イマチ殿下が見た物ですが、形はどんなものです?」

「ええとな。きんぴかの」


(あ、これは)


 イマチが言った色の物を見つけた。

 宝物庫には金の装飾はいくつもあったが、魔力を帯びた物ならと条件を付ければこれだけだった。

 それは天井ほどの高さがある飾り棚にあった杯だ。

 両手で持つ薄く平たいボウルのような形状をしている。水の手が持っている様は、水を汲んで中に入れているようにも見えた。

 不意に、声が聞こえた気がした。


 ――さあ、これを飲み干しなさい。


 男とも女とも判別がつかない声。耳の奥でして、ミレイスは目眩がした。


(これを、知っているわ)


 水を入れると、この杯が空中の魔力を溶かし込み、酩酊状態にさせる神の水となる。飲めば、夢のようにまどろんでしまう。そこで聞いた言葉を合図に指示をされれば、よく聞く人形のできあがりだ。


(そう。水を注いで……)


「杯だ。選ばれた者が飲むと言っていた」

「へえ、それはずいぶんと特権階級好みの品ですね」


 水が満ちる。金の器にひたひたと。

 こぼれそうな水が徐々に虹彩のツヤを光に反射するように発した。


(私はこれを飲んだ)


 ――役に立てて嬉しいでしょう。


 ぐるりと視界が回る。

 宝飾品。光る器。落ちる雫。白い床に、白い服の男。

 脳裏に場面が浮かぶ。白い部屋の光景だ。前に見たことのある、殺風景な部屋。

 杯を与えられて、口に運ぶように促された。

 これからすることを言い聞かせられながら、回らない頭で頷いた。人の体で魔力を吸う実験だった。理由はひどく簡単で、王が望んでいるから、それだけだった。

 抵抗する気持ちは元からなかった。なぜなら、少女はそれしか教えられなかったから。短い人生が終わる直前まで、知らなかった。

 一人の美しい女性に会うまでは。


(私に宝物を、与えてくれた)


 生みの母からの形見だと渡された指輪。少女には大きくて、親指に嵌めたのだった。

 今までがんばった褒美だと言って、この世の何よりも美しく笑った彼女の顔を、何故忘れていたのだろう。

 残りの少ない時間は、それをよすがに過ごした。そうして少女が最期に見たのは、美しい黄金に燃えた太陽が沈む姿だった。


(ああ……そうだった。私はこれを飲んで、死んだのね)


 息が詰まりそうだ。喉が苦しい。空気が、いや、詰まったのは水だった。

 魔力を吸い、限界を超えて倒れ、もう使えないと落とされた。意識が僅かばかり残る中で用済みだと湖へと棄てられていった。


「おい、起きろ」


(そして、そう、こんな風に呼び起こされた)


 息をはくはくと懸命にして水を吐き出す。転がりたいのに自由に動かない体を恨みながら、声に応えようと意識を押し上げる。


「ミレイス」


 揺さぶられて、覚醒を促されて目を開く。

 そこに居たのは、恩人である女性ではない。


「……ズヤウ」


 ミレイスの返事に、安堵の息を吐く青年だった。


「カイハン、あとを頼んでいいか」

「ええ、もちろん。気が済むまで介抱してさしあげなさい。殿下、この二人が抜けてもよろしいでしょう」

「うむ、構わぬ。あの道具はやはり悪いものだったのだろうと知れた。細君が倒れて不安であろう、部屋を用意する。ケアレ」


 ミレイスがぼやけた視界でわかったのは、自分が抱えられていること、イマチが護衛の名前を呼んで退出を促したこと。そしてゆっくりとあの杯から離されていったことだった。







 柄にもなくうろたえてしまった。いつぶりだろうか。

 ズヤウは案内を受けて移動しながら、意識がまた落ちつつあるミレイスをしっかりと抱えた。

 ミレイスの魔法は見事だった。

 水の魔法しか満足に使えないと本人は言うが、ズヤウに言わせれば水の精霊であるのに他の魔法も容易く行おうと挑戦することがおかしい。そしてその水の魔法も使い方が独特すぎる。

 アセンシャの元で保護されたからか、魔法はこういうものという固定概念が欠如しているのだろう。一般的に水を用いる魔法は水流を用いた攻撃や防御、もしくは生活に根ざしたものくらいである。わざわざ手の形や触手を水で作って物探しをするなんて芸当は、精密性と才能に恵まれた者が奇行に走ったくらいのレベルで奇妙な魔法である。以前も一度目にしたが、やはり変な使い方をすると思ったものだ。

 簡単にいうと、ミレイスは水の魔法を探知魔法のような使い方をして、目当てのものを探し当てた。

 おかげで道具は早々に見つかったが、結果がこのざまである。

 探知魔法といえば、ズヤウも使えるし得意分野でもある。だが、あの部屋の魔法道具は多かった。シギの制作物くらい特徴的であればすぐにわかっただろうに、埋没していた道具はズヤウの捜索の網にはかからなかった。

 あの金の平たい杯は、ミレイスの記憶に関する物だった。

 魔法で取って、検分していたズヤウたちにも渡さずにミレイスが手に取ったときには遅かった。


(わかっていたはずだ。水の国に関わっていたことも)


 それなのにろくな警戒もせずに任せたことが腹立たしい。

 杯に水を満たせて飲もうとしたところで慌てて取り上げて、ミレイスを揺さぶった。

 そのまま倒れてからの気絶だ。気を失った時間はわずかな間だったが、意識が浮かび上がるかどうか焦ってしまった。

 死に様を思い出したのだ。

 ミレイスは今、現状との違いに体と頭が混乱している。何度か繰り返して、やっとミレイスがズヤウの名前を呼んだことで、命に別状はないとはわかったものの、今はおそらくショックによる休眠状態に陥っている。


(また無意識に魔力を吸おうとしていた。直接の死因はおそらくそれで、杯は……)


 シギの蔵番であるカイハンが簡単な分析をかけたところ、酩酊状態にさせて催眠をかける代物とあった。

 ろくな使い方をされなかったのだろう。予想される命令は、「魔力を吸え」だ。

 不幸中の幸いで窒息まがいの症状が出ていたため、魔力を吸う行動は失敗に終わっていた。体がそんな状態では満足に行えなかったのだろう。結果として助かったわけである。

 あの場所でそんなことをすれば、館の魔法も解かれて潜んでいる魔物を呼び込むことになったはずだ。街に潜んでいたあの魔物も、まだろくに捜査できていない。

 イマチの会話とミレイスの記憶の断片から語られた言葉で、水の王家が何かをやらかしているということははっきりしている。あんな魔物ができる条件は、ズヤウが知る限り一つだけ。


【生きている体に魔力をありったけつぎ込まないと生まれない。】


 世界に満ちている魔力は目に見えず、匂わず、聞こえないが、濃淡がある。濃ければ強く、薄ければ弱い魔法が使えるのだが、生きとし生けるものには容量限界がある。

 それを超えるとどうなるかというと、溢れる。

 裂けて、弾けて、溶ける。

 そして、魔力を身に纏うに適した体に変わっていく。

 大抵は、ああいった、なんらかの形になり損ねた物ができあがり、呻いたり這うだけの存在に成り果てるのだ。

 濃い魔力は生き物にとっては毒だ。だから、吸い出してほしくて、魔力を吸う魔法を感知してやってくる。

 だが、生きている。

 生きているからこそ食事をする。

 その食事は魔力を持つ人や魔物、精霊種だ。魔力を吐き出したいが、生命を維持するためにさらに魔力を貯め、苦しむ。矛盾した化け物。そんな存在になってしまう。


 予想するに、その過程でミレイスは死んで、生まれたのだろう。

 そこまでは予測がついたし、合っているのだろうとも確信を持っている。世にも珍しい稀少例に違いない。

 人の形を保っているのは、よほど適正があったのか、変わる前に運良く精霊が入り込んだのだろう。精霊は元々、人体を模さないし、模したとしても人外の特徴を身に持ち人語を解さない。感覚だけで自然に遊んで暮らす魔力の循環器だ。


 かつて、あの時。風の国に精霊はいなかった。

 おそらく、水の国もこのままでは精霊がいなくなるだろう。

 あの魔物は精霊を喰ってできている。

 実験で用いられる魔力は、目に見えた高濃度の魔力体である精霊を用いるからだ。あれほどの魔物が現れたとなれば、まともな精霊は間違いなく減っている。

 それが続けば、待つのは魔力循環の停止だ。だから、風の国は一度粛正を受けたのだ。

 星の管理を妨げると、怒りを買った。物語には悪巧みをして怒りを買ったとあるが、根っこの理由はこのことだった。

 なぜそんなことをしているのかは、ミレイスが起きれば聞けるだろうか。いや、聞いても良いのだろうか。

 そこまで考えてズヤウは抱えたミレイスの顔を見下ろす。


(無事、目を覚ますだろうか)


 抱えたミレイスの顔色は真っ白だ。血の気が抜けて、体温も下がってきているのではと思えてしまう。

 力を入れて小さく声をかければ、ほう、と息が返されてそのことに安心する。まだ生きている。

 間違いなく被害者だ。それに追い打ちをかけていいのか。

 華奢な体を抱える自分の腕に巻かれた包帯が、抱えた調子で力が入って音を立てた気がした。


(なんで、僕は)


 こちらですと通された部屋に入り、整えられていたベッドにミレイスを寝かせる。

 姿を変化させた魔法のおかげで色変わりした色の暗い髪が白い頬にかかっていた。それを避けて整えて掛布を体にかける。

 何かあればお声かけを、と案内した騎士が下がるのを見届けてズヤウはミレイスを寝かせたベッドの側に椅子を引いてきて座った。

 静かだ。

 遠慮がちな物言いから、慣れてきたのか最近では元気よく笑ったり声をかけたりとカイハンと楽しく会話している姿が浮かぶ。

 それとは似つかない静かな姿は、元々そうであったといわんばかりの姿に戻ったようだった。物言わぬ死体は、これまでで何度も見てきた。いくつか声を交わして交流があった者の死も見届けたこともある。それに、死に目や辛い目には事欠かない記憶もまだくすぶっている。

 それでも。

 唇に耳を近づけて、弱くても呼吸がしっかり聞こえることに、よかったと思ってしまった。

 生きていてよかったなんて、いつぶりに考えたのだろう。それも他者相手に。

 らしくもないと思いつつも、様子を見守って息が止まるのではと、また確認する。


(なんでだ)


 わからない。

 何も知らないから、精霊だから。ズヤウのことも、過去も、今もよく知らないから。

 それだけではないことも、薄々わかっていた。ミレイスの言葉や行動が、ズヤウにとって居心地が良くなってきたことも、確かだった。素直で、すぐに真に受けて、よく食べて、感情がすぐ顔に出て、それから。


(どうして)


 昨夜の眠った夢の中。

 唐突に現れたアセンシャがズヤウに告げた言葉。


 ――あなた、明日寝坊しなさい。一つお願いを叶えてあげるといったら、あの子が早起きして看病したいって、私に願ったの。


 そう言われた。

 今朝起きれば、自分以外が作った暖かい食事と気遣い、手当まで。慣れない手つきで真剣に異形の腕の怪我も心配していた。そうして、ズヤウを見て、自分のことのように痛がって、回復していると知れば嬉しそうに笑った。

 感情がない冷たい体になっていくことを恐れて、手を取って握る。

 無意識だった。

 自分よりも小さな細い指先まで両手で包んで、ズヤウは額を寄せて小さく呟いた。


「早く起きてこい」


(起きた顔が見たいと思うなんて、どうかしている)


 本当に柄でもない。

 手を離して、カイハンたちの元へ戻ろうと思えば戻れるのに、どうしてかそんな気が起きなかった。

 かわりにと窓から見える外の景色に視線を向ける。

 晴れた空が暮れ始め、澄んだ空気から見える星が一つ瞬いていた。



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― 新着の感想 ―
ミレイスちゃんたちの謎の輪郭が示された本章、彼女らの抱える人の業の深さに驚きました。 かつて風の国の人々がおかした過ちを、神様やその「手先」はどんな思いで見ていたのかなと、不思議な気分で想像しています…
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